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『0』

 その様子を静かに見守っていたヨグストは右手を掲げた。すると影は一斉に動きを止め、二人の攻撃にも無防備で容易に塵と化す。武器を構えたまま警戒していると間延びした拍手のような音が響き渡った。


「見事なものだ。雑輩(ざっぱい)とはいえこれ程とは。どうやらここまで来た実力も伊達ではないようだな」


「天下の魔王様も大したことねえな」


 ナルディは肩で息をしながら応える。


「まさか……これが私の本気だとでも?」


 ヨグストが指を鳴らすと、影は形を失い黒い泥のように溶け始めた。次第にそれらは混じりあい巨大化していく。瞬く間に無数の柱が立ち昇り、ヨグストへの接近を拒むように立ち並んだ。


 戦場は急激に冷え込み。吐く息は白く可視化される。まるで柱が周囲の生気を奪っているかのようだった。そのとき二人の近くにあった柱が突然クロイツ目掛けて倒れ込む。


「危ない!」


 咄嗟にナルディは氷の防御壁を展開したが、柱の勢いは凄まじく防御壁をものともせず、いとも簡単に突破してくる。二人は素早く回避行動を取り何とか事なきを得た。柱はゆっくりうねりながら元に戻る。よく見ると他の柱もゆらゆらと揺れ、その様子は風にそよぐ葦を彷彿させる。しかしその不気味さからは触手と形容した方が正しいだろう。


「さあ、続けようか」


 ヨグストの言葉に触手は殺気立つ。人の背丈の三倍はある触手が次々と倒れ込む。武器を合わせて対抗しようするが、その重量は凄まじく二人掛かりでようやく受け流せる。まともに戦える相手ではなく、必然的に二人は逃げ回る選択を強いられた。


 状況が膠着するなか、ナルディが動いた。痺れを切らしヨグストの方へ駆け寄る。触手はそれに反応しナルディに向かって倒れ込んだが、ナルディの瞬発力の方が一枚上手だった。右に左に翻弄しながら確実に距離を詰めていく。


 速度では勝てないことを悟ると、触手は後追いを止め進路を塞ぐように倒れ込む。しかしナルディは勢いを弱めることなく向かっていく。そのまま地面を強く蹴り上げると、横たわった触手を階段でも(のぼ)るかのように軽やかに駆け上がり、高く跳びあがった。


 すると空中で身動きができなくなるのを待っていたかのように、触手がナルディに向かって大きくうねった。狙いは正確でナルディの身体はバットに打たれたボールのように跳ね回った。


地面に落ちたナルディを触手が追撃する。容赦なく振り下ろされる触手から頭を護りなんとか意識を保つだけで精一杯だった。


「無茶しやがって」


 クロイツはナルディを助けようと向かうが、ヨグストに近づく程好戦的だった。クロイツは数体の龍を召喚し囮に使うと、ナルディを抱えて後退する。


「しっかりしろ! 回復薬は使えるな?」


 クロイツの問いに無言で頷く。安全圏で丁寧に横たわらせると光龍槍を手に、ヨグストの方へ駆け寄る。触手の反応は同じだった。クロイツは触手を避けると、倒れたものに槍を叩きつける。だが触手は鋼のように頑丈で、切断は(おろ)か傷をつけることもできなかった。


 通常の攻撃は効果がないと判断すると、龍を呼び出しヨグストの元へ向かわせる。しかし龍はそれほど素早くなく簡単に触手に捕らえられた。龍は尾を叩きつけたり、噛みついたりして抵抗するが次から次へと伸びてくる触手に太刀打ちできず、ポリゴンへと分解されていく。


「アホみてえにつええな……」


 クロイツは槍を構えて集中する。そして龍を呼び出すのとは異なる動きで槍を動かす。次第に身体は輝き出し、周囲の触手の動きが緩慢になる。


「ほう」


 ヨグストは目を細めた。続けて龍を呼び出すように槍を振るうと輝きは少しずつ槍に移っていく。クロイツの動きがぴたりと止まる。その刹那ヨグストに対してまっすぐ向けられた穂先から、純白の龍が具現化した。その姿は自身以外全ての物を拒絶するようにまぶしく、気高ささえ感じる。


 ヨグストへ突き進む龍を捕らえようと触手は躍起になるが、その素早さに対抗できず空を掴む。横並びに幾本もの触手が絡まり立ちはだかると、光の息吹(いぶ)きを浴びせ蹴散らしていく。ついには龍の行く手を阻む障害物はなくなり、大口を開けてヨグストに飛び掛かる。


「大したものだな。だが……」


 突然、龍はあと数メートルという所で空中に静止する。ヨグストは不可視の防御壁を展開していた。その防御壁は堅牢で、龍がどれだけあがいても微塵たりとも侵入を許す気配はなかった。ヨグストはゆっくり立ち上がり龍の元へ歩み寄る。そして鼻先に少し触れただけで跡形もなく龍は消え去った。


「足らんな」


 万策尽きたクロイツの中で何かが弾けた。怒りに震え狂ったように次々と龍を召喚する。そのほとんどは触手に捕まり、運良くすり抜けたものは防御壁に触れただけで雲散霧消していく。



 取られる、取られる、取られる。


 互角だった盤面は数舜のうちに黒が圧倒していく。



 幾多の龍に触手の防御網は手薄になっていた。混乱に乗じてナルディはヨグストに駆け寄り、何度も短剣を振り下ろす。しかし刃は簡単に弾かれ手応えはない。


「興醒めだ。雑魚に用はない」


 冷たく言い放つと軽く腕を振るった。触手は床にたまったゴミでも吹き飛ばすかのように薙ぎ払う。巻き込まれたナルディは軽々しく後ろへ吹き飛んだ。


「っつうーー」


 痛みにうめき声が漏れ、体をくの字に曲げて転がった。額が切れ血が滴り落ちる。ぼやけた視界に暴れ狂うクロイツの姿を捉えると、眠るように意識を失った。


 クロイツの雄叫びとヨグストの甲高い笑い声だけが響き渡る。召喚に応じる龍はいなくなり、光龍槍は徐々に輝きを失っていく。MPはとうの昔に零を示していた。


「もういい、見苦しい」


 ヨグストはまた軽く腕を振るう。触手は鞭のようにうねりクロイツの手から光龍槍を弾き飛ばす。歯を剝き出し、猛獣のようにヨグストを威嚇する。素早く背中の弓に手を伸ばすが、触手が絡みつき左腕の自由を奪う。


 抜剣し切り落とそうとするが、振りかざした右腕も絡め取りギリギリと締め上げた。クロイツは苦痛に顔を歪め、青銅の剣を取り落とす。それでももがき抵抗するクロイツに対し、今度は足を払い膝立ちにさせる。


 短い悲鳴が響き渡り、やがて静寂が訪れた。腕を組み仁王立ちのヨグストと跪き項垂(うなだ)れるクロイツは、王と死刑宣告を待つ罪人にしか見えなかった。


「少しは見所のある奴だったが、所詮その程度。せめて死に様は退屈させるなよ」


 ヨグストはクロイツに向かって真っすぐ腕を伸ばした。それを合図に触手は銃身から放たれた弾丸のように伸びていく。


「やっぱり俺には……」


 クロイツは全てを諦め静かに瞼を閉じた。


 ぐちゅり。


 暗闇の中、心臓を抉る音が脳にこびり付いた。


tips


魔王城:ある日突如として現れた魔王の拠点。不完全な魔王はこの中でしか活動できない。


ヨグスト:この世を統べる力の持ち主。完全体でなくても莫大な魔力を持ち、あらゆる生物を服従、使役させる。一度その手に掛かれば抜け出すことは困難。

ありがとうございました。

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