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D・ブレイク ~運命が変わる時~  作者: アイq
1章 始まりの森
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戻れない世界

 クロイツは冷たい視線を受けながら、この日の為に特別に用意された外の世界への道を進んでいた。人々の目の高さに道があるため、見下ろすような形でクロイツはある人物を探した。それはゲームを始めた時から付き合いの続く、レモンだった。自分が先ほどまで居たところへ目をやるとその姿はすぐに見つかった。


 彼だけは今日までの友情を信じ、笑顔で送り出してくれるのではないか? そんな淡い期待を抱いていたが、それは直ぐに打ち砕かれた。


 微かに動く唇が伝えたメッセージ。それは――


『おまえさいあくだよ』


 重い足取りで城門もくぐり抜ける。王国の外へ出ることを許されているのは一部の役職だけだ。彼にとっては初めての外。門が閉まる音を背中で聞くと、彼は本当に一人になったのを実感した。振り返れば愚か者の帰還を拒むように威圧的な城壁が静かにそびえ立つ。


 いつの間にか身に覚えのないアイコンやステータスの表示が視界に出現していた。チュートリアルによればそれは『メニュー』で、自分のレベル、所持品、図鑑などよくあるゲームの画面だ。他に説明されたものは目的、期限に注意事項。目的は言うまでもない、魔王討伐により世界を救うこと。期限は一か月。現実世界リアルとの兼ね合い次第で好きに使える。ログイン、ログアウトは自由だがアバターはその場に残されたままなので、モンスターたちから隠れてログアウトしなければならない。


 そこでチュートリアルは終わった。自分のレベルを確認すると『1』であった。どれだけ後悔しても状況は変わらないと自分を鼓舞すると一歩踏み出した。すると空中に一つの白いポリゴンが出現し急速に分裂し始め、瞬時に白いドームを形成しクロイツは中に閉じ込められた。壁を殴ってもびくともしない。ドームの外の景色は灰色に映っている。BGMもアップテンポなものへと変わった。同じくドーム内に捕らわれ草むらに紛れて動いているのは――


 見慣れない緑の半固体。


 視界上部に映し出されるゲージによればそれは『スライム』という名のモンスターであった。不親切にも魔法や所持品などのメニューが表示されるだけで、どんな戦い方をすればいいかも分からず立ち尽くしている。


 しかしプログラムされた敵はそんなことお構いなしに攻撃を仕掛ける。ちょこちょこと近づいてくる姿は可愛らしいが、足元まで来ると平たくなり反動を付けてクロイツにぶつかる。そのぶよぶよとした姿とは裏腹に人の拳のように硬かった。


「ぶふっ」


 呻き声を上げて後ろへよろめく。と同時に自分のHPゲージを表している画面で、三分の一ほどHPが減っているのを視界の隅で捉えた。魔法を使おうにもタッチパネルがあるわけではない。呪文の書いてある本も持ち合わせていない。そうこうしているうちに二度目の『打撃』が彼を襲う。


 やはり先ほどと同じくらいゲージが減る。どうやら戦闘はターン制でないようだ。このままもたもたしていれば開始五分で終わりを迎えることになってしまう。焦り始めた彼の目に留まったのは、腰に刺していたあの剣だ。


 柄を握り鞘から引き抜くと何の抵抗もなく刀身が姿を表す。左手も添えて構えるとスライムと向き合った。するとそれを見た途端スライムは凄まじいスピードで姿を消した。


 急に世界が色を取り戻しBGMも元へ戻っていた。一体何が起こったかを認識できずに立ち尽くしていると、いつから見ていたのか二、三人の勇者たちが自分を見ていることに気付いた。


()()()()勇者デビューおめでとう。楽しませてもらったよ。まあそのボロ剣と一緒に魔王討伐頑張ってくれ。魔王の城で待ってるよ」


 心無い一人の戯言に他の勇者が笑いだす。怒りで頭に血の上ったクロイツは剣を構えて襲いかかった。しかし相手は身軽な動きで刃を避けると腹に膝蹴りを決め、クロイツが倒れたところで馬乗りになると両腕を固定した。


「俺が剣を抜いていたらバトルが始まって、お前は消えてたなあ。俺に感謝したらさっさと失せろ」


 囁くようにそう警告すると残りの二人と姿を消した。どうやらチームを組んで動くようだ。


 ただ一人その場に残されたクロイツが抱えていた感情は悔しさだった。自分の無力さを嘆き、雫が頬を伝った。


 *


 雑魚や格上の勇者たちの洗礼で幕が上がったクロイツの旅。視界に表示されているマップによれば、魔王城は数十キロ離れた場所に存在するらしい。


 バーチャル空間の地球といっても造りは巧妙で、実際の地球とその大きさ、物理法則に大差はない。つまり地球の裏側からここまで来なければいけない勇者も存在する訳だ。そう言う意味で彼はかなりついていた。毎年ランダムに出現する魔王の城がたった数十キロの場所にあるのだ。


 マップが示す場所はもちろんそこだけではない。主要なダンジョンとそこをクリアするための推奨レベルが表示されている。まだ一体も倒していない彼のレベルは出発から変化はない。最適なダンジョンは一つしかなかった。


『始まりの森 推奨レベル10』


 他のダンジョンと比べ格段に推奨レベルが低い。最初の目的地を決めた彼はそこに向けて強く歩み出した。


 途中何度かスライムに出会った。どうやらモンスターたちにも性格が存在するようで、最初のスライムのように怯えて逃げ出す個体は少なかった。初戦の教訓を生かし、間合いを取りながら確実に攻撃をヒットさせては勝利を重ねていく。その甲斐あってレベルは4へと上がった。戦闘の仕方より深刻な問題は、HPが自動回復しないという点だった。


 前回での戦闘の残りHPがそのまま引き継がれる。今はレベルアップにより回復は容易に行われるが、レベルの上がりにくくなる後半は気を付けなければならない。


 そんなことを肝に銘じながら歩みを進めていると、遂に森の入り口へと辿り着いた。時刻は午後三時。一歩足を踏み入れると途端に空気が変わった。日に照らされ青々と光る葉が植物たちの力強い生命力の証だ。そこかしこで生態系の多様性を象徴するような鳴き声が反響する。


 もちろん変わったのは見た目だけではない。そこでは先ほどの平原では出会わなかったモンスターが続々と現れた。スライムはもちろん、シーヅ、トーボー、ナイフィー――


 しかしどのモンスターも大した差はなく、やることは同じだ。観察し、パターンを見つけ、隙をついて命を奪う。厄介なのはランダムに襲ってくるウォンウルフだった。決まった攻撃パターンが無いため個人のセンスが要求される。それは彼が最も不得意とし、なるべく避けて通ってきた道だ。現実逃避してきた自分を攻めるクロイツであったが、もう後の祭りだ。


 討伐を繰り返していると、回復薬と言った消費アイテムや弓、グローブなどの装備アイテムが獲得できた。とは言っても消費アイテムの大半はウルフ戦で消費してしまうのがオチである。


 そうこうしている内にいつの間にか八時を回るころまで討伐を続けていた。体力の限界を感じ木に寄りかかってログアウトしようとした時、恐ろしいルールを思い出した。


『ログアウト中もアバターはこの世界に残ります。モンスターたちから隠れてログアウトしてください』


 自分がログアウトしている間に負けてしまう。そんな間抜けな事態だけは避けるべく安全な場所を探そうとした。けれど足は言うことを聞かず、立ち上がっては背中を木に預けまたずるずると座り込む。やがて彼は決断を下した。


 ――寝ずの番で夜を乗り切る。


 普通の精神ではない。実際それ程までに大きく心は抉られていた。青銅の剣をいつでも手の届く範囲に置き、昼間ドロップしたリンゴを片手に目を光らせる。日が落ちた途端にそこは極寒の地へと変わった。否、実際はそこまで寒くない。しかし彼の普段着では外気を遮れず、容赦なく体温を奪い去っていった。また運動をやめたことで人最大の発熱機関、筋肉が作動しなくなったことも大きな要因だ。近くで物音がする度に体を強張らせる。そんな緊張と寒さに体力と気力を奪われ続けた。


 それでも朝は来た。疲れ切った心に森のざわめきが鬱陶しく感じる。敵意がはっきりせず、ただ張りつめた緊張感だけをもたらすモンスターたち。そんな条件で長時間も過ごしていれば投げやりな気持ちになるのも無理はない。


「来るなら来い。俺はこんなとこで負けるわけにはいかないんだ」


 自らを鼓舞するように、そう呟いた。


「来ないのか? なら……俺が行ってやる!」


 どこに隠されていた原動力か。音のした方へと突進する。今の精神力、体への疲労を考えればトーボー以上の強さを持つモンスターには太刀打ちできない。そして現れた敵は――


『スライム(Lv2)がバトルを仕掛けてきた!』


 何度となく倒してきた相手。最初は苦戦していたものの今となっては自然と体が動く。不眠不休で崩壊寸前の精神は、理不尽にも感じる程のストレス発散にしか見えない。戦闘が終わるとまた世界は元へと戻る。この十時間と少しで何度経験したことだろう。イベントが終わるのは一か月後。そこまでこの孤独が続き、毎夜恐怖に怯えながら過ごす。たった一日でこの有様だ。


 ――いっそのこと自分でこの『命』に終止符を打ってしまおうか。


 『故郷』ノバーリウムのやつらに笑われるだろうか? 今レモンがここにいたら何と言うだろうか? 様々な疑問が彼の中を埋め尽くす。やがて決意を固くすると、剣を捨て辺りをうろつき始めた。そうしていればいつか敵と遭遇(エンカウント)する。その瞬間はすぐに訪れた。


 ウォンウルフ――。最後までてこずった相手だ。ラストを飾るには丁度いい。今のレベルは15で、HPは満タン。この空間が『戻れない世界』へ変貌するまでに耐えなければいけない攻撃は四回、運が良ければ三回。深呼吸をすると二つの命が対峙した。


 *


 tips

 スライム:緑でぶよぶよしている半固体のモンスター。通常時は攻撃しても効果はない。そのため相手が固体化する攻撃態勢の時にダメージを与えるのが一般的。


 シーヅ:大きく葉と実の二パーツで構成されているといえる植物のモンスター。実の色は5種類に分かれ大まかな性格がそこから判断できる。ダメージが与えやすく倒し易い敵ではある。

ありがとうございました。

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