表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/34

1

必ず本編と後書きを最後まで読んでからの閲覧をお願いします。














『王宮の奇術師――攻略編――』

イメージとしてはスタッフロールの途中で本編に引き戻される演出でした。

非公開作品で続きを書いたのは目次から続きがありそうなことがわからないようにするためでした。

もう少しお付き合い頂ければ幸いです。

 突然意識が引き戻される。歪んでいた景色は急速に元に戻り、先程まで暖かったはずの室内は温度を失っていく。感情を失った三人の視線がクロイツに集まる。一筋の涙が頬を伝った。


「詐欺師は俺の方だったな」


 手の中にあったナイフはいつの間にか使い慣れた剣へ姿を変えていた。クロイツがテーブルへ刃を突き立てると、景色に亀裂が生じる。幻覚が破壊されていくのに連れて亀裂は大きくなっていき、隙間からは本棚が覗いている。


 辺りには幻覚の残骸が散らばっていた。最後に残ったのは幼馴染の舞だけだった。膝の上で手を組み無表情のままクロイツを見上げる。舞の首元に刃をあてがっても眉一つ動かさず、まっすぐ見返し何も言わない。


「悪い、俺に王子様は向いてないらしい」


「知ってたわ。だって何度も断ったでしょ」


 喉元を鷲掴みにされるような感覚に襲われ、上手く呼吸ができなくなる。視界が滲み舞の顔もまともにわからない。


「そう……だったな……幸せに……なってくれ」


 嗚咽混じりに何とか紡いだのは、愛した人間の幸福を祈る言葉だった。


「言われなくても」


 そこでクロイツの意識は途絶えた。気付くとクロイツは図書館で倒れていた。重たい瞼を少し開けると心配そうなナルディと目が合う。


「――丈夫か! おい、クロイツ! しっかりしろ!」


 ナルディが肩を揺すりながら呼びかける。時間と共に意識がはっきりしていった。


「大丈夫か? どこか痛むか?」


「いや、大丈夫だよ。それよりどの位経った?」


「精々二十分って所だな。安心しろまだ何も終わっちゃいねえよ」


 モトナフが答える。クロイツの心に安堵が広がると様々な記憶が蘇った。


「あいつは!? キロはどうなった!?」


 モトナフは親指を立てて後ろを示した。少し上体を起こして見ると、うつ伏せに倒れたキロの姿があった。目は晴れ上がり半分以上開いておらず、頬や口元を中心に顔中痣だらけだった。もはや元の顔はわからず、とても二枚目とは形容できない。


「な、何が……」


「俺は止めたんだけどよ……」



 パチン。


 キロが指を弾くと大きな音が部屋に反響する。その瞬間二人は糸の切れた操り人形のように前のめりに倒れ込んだ。現実世界なら何らかの疾患を疑われるだろう。


「さてさて、彼の方は前に覗きましたからねえ。最っ高のシナリオでおもてなしして差し上げましょう。ヒヒ、間違いなく私の最高傑作になります……フフ、私って……ハハ、何て天才なんでしょう! まさしく天からの授かり物、私以外にこれ以上の適任者はいませんねえ!」


 気味の悪い笑い声が高らかに木霊する。モトナフは拳を握りながらただ耐えるしかなかった。これは自分との戦いであり部外者にできることはない。


 その時視界の端から凄まじい勢いで何かが現れ、キロの後頭部を直撃する。頭が先に吹っ飛び、首から下が離されまいと着いていく。そのまま本棚に激突したキロの上にバラバラと本が落ちてきた。


 キロもモトナフも状況がわからずただ困惑していた。


「私達は……おまえのオモチャじゃねえ!」


 そこには肩で息をし、力の入り過ぎた拳をわなわなと震わせるナルディが仁王立ちしていた。


「ひぃ、な、なんで!? 自動とは言えこんなに早く抜け出した奴なんて」


 キロは声を裏返しながら疑問を投げ掛ける。ナルディはそれに構わず鬼の形相でずかずかとキロに近づく。キロは震える指でもう一度指を鳴らすと、再びナルディは支えを失った人形のように倒れる。しかし十秒もしないうちに立ち上がると何もなかったかのように歩き始める。


「そ、そんな……嘘だ、あり得ない! こんなの……インチキだ! 絶対ありえない! 僕の考えた最強の魔法なんだぞ! インチキ以外あり得ない!」


 半ばパニックになり、喚き散らしながら何度も指を鳴らし続ける。その度にナルディは何度でも立ち上がる。


「そうだ! 僕が直接覗いてやる! そしたらお前なんてぐっちゃぐちゃのこてんぱんに――」


「そいつはどうも」


 意識が途切れる瞬間ナルディはそう呟いた。


「してやるんだからな! 覚悟しとけ、この糞野郎! はっ! 最初からこうすれば良かった! そうすれば僕の最高傑作を最後まで見れたのに! 録画で見るしかできないじゃないか! この罪は重いぞ、絶対許さないからな! 裁判だ、裁判! これがお前のさい――何だ、これは?」


 早口に捲し立てるキロだったが、次の瞬間顔が右へ曲がる。やはりナルディは何事もなく立ち上がるとキロの方へ歩み出す。


「わ、わ、わかった! わかった! 降参だ! お前なんかもう知らない! さっさとどっか行け!」


 左頬に手を当てながらキロは降参する。


「話が早くて助かるわ。じゃあ連れも元に戻して貰おうか」


「む、無理だ……無理です。あれは自立型の魔法で発動したら対象者以外誰もコントロールできません。例え術者が死んだとて元に戻ることはない……んですけど……」


 指の関節を鳴らしながら歩み寄る。ナルディはしゃがみこみ頭を掴みながら言った。


「ふーん、じゃあどうなっても問題ないな?」


「いやーー!」



「俺は一応途中で止めたんだぞ。でもこれだけ大勢の人間を嘲笑ってきてこれでも足らないくらいだって」


「このゴリラほぉんな(みぇ)……暴力反対びょうりょくふぁんふぁい


「ああ? お前まだ懲りてねえのか? 第一、お前のやってることも立派な暴力なんだよ。人の貴重な経験を勝手に覗いて嘲笑う。どれだけの人間が苦しめられてきたかって――」


 振り上げた拳をクロイツが止めた


「もういい、その辺にしておけ。こいつにそこまでの価値はない」


「フヘ、お(みゃー)らなんてあの(ふぁふぁ)足元(ふぁひもほ)にも及ぶまい。ぐちょんぐちょんのけちょんけちょんにされちまえ」


「行こう」


 クロイツたちは入り口とは反対の閉ざされていた扉から出ていく。扉が音を立てて閉まるまでクロイツたちにはキロの乾いた笑い声がまとわりついていた。



 扉の先には長い廊下が続いていた。装飾品など一切なく、進んでいるずっと同じ景色の為進んでる実感はない。三人は黙々と歩みを進めていたが、沈黙に耐えかねたモトナフが問いかける。


「そういえば、なんであいつの魔術に勝てたんだ?」


 ビクッとナルディの肩が跳ね上がる。


「簡単だろ、魔法が効かなかったんじゃないのか? 催眠術だってかかりやすい、かかりにくいとか体質があるだろ」


「いや、かかることはかかってるんだ。指鳴らされる度にぶっ倒れてたからな。でもそのたんびに立ち上がるから確実に突破してるんだよ。だから気になったんだ。お前の一番のトラウマってもう克服されてんのか?」


「無理に話さなくたっていい。もう終わったことだ」


「別に隠すような事じゃねえからな……笑わねえか?」


「なんで笑うんだよ?」


 クロイツが不思議そうに問いかけた。ナルディは頬を赤らめながら俯き加減になる。


「嫌いなんだよ、――」


「ん?」


 先程の勢いは消え小声でぼそぼそと話す。


「だから嫌いなんだよ、――ご」


「何が嫌いなんだ?」


「い・ち・ご!」


「はあ?」


 二人揃って聞き返す。


「三歳くらいの時、じいちゃんに言われたんだよ。あの粒々から葉っぱが生えてくるんだぞって。葉っぱでモジャモジャのいちごなんて想像しただけで鳥肌立つだろ。それ以来苦手でさ……あいつの帽子、いちごっぽいだろ? それのせいなのか空間に囚われたときあいつが出てきて。思いっきりひっぱたいたら一瞬で解除されただけ」


「あいつクソダサ帽子のせいでやられたのか」


 腹を抱え、膝を叩きながら笑いだす。一頻り笑い転げると再び歩き始めた。


「ってことは逆にそれ以外のトラウマはねえのか?」


「当たり前だろ、どんな経験も必ず未来に繋がってると思う。例えそれがどんなに酷いものでも。そう考えたら記憶と感情をわけられるようになってね。まだ感情で動いてた子ども時代にしかトラウマはないんだよ」


 そんな話しをしている内に三人の前に巨大な扉が現れた。クロイツが扉に手をかけた。その背中にモトナフが声をかける。


「さてと、俺の冒険もここまでみたいだな」


「はあ? 乗りかけ……もう、乗った船だろ。つーかお前のじゃねえか。それをここで止めるなんて」


「そうじゃない。もちろん俺だって行きたい、例えどんな結末でも見届けたい。でもここから先には背景も、BGMもない。代わりに使えるプレイヤー情報もない。俺は存在できない」


「そんな……そんなのどうにかしろよ。捕まってもいい、いやむしろ捕まれ。データ書き換えても侵入してこいよ、頼むから……」


 モトナフはただ静かに首を振る。足元から徐々にポリゴン化しながら消えて行く。


「お別れだ。でも永遠じゃない。もう一度この世界で会えるのを楽しみにしてる。じゃあな」


「必ず勝ってみせる」


 モトナフは完全に消え去った。ナルディは扉に手を当てる。


「行こう」


 クロイツも扉に当てた手に力を入れていく。二人を招き入れるかのようにすんなりと開いた扉の先にはどこまでも続く闇と無音の空間だった。その最奥には魔王が頬杖をついて鎮座していた。



「さあ、始めようか」


 男は白のポーンを二マス進めた。


tips


キロ:魔王に使える奇術師。人の記憶と幻覚を利用し相手を自滅に追い込むことを得意とする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ