楽園の守護者――攻略編――
tips
エーミュル・ツヴァイン:堕天使の双角を削り出した双剣。刀身は黒くどれだけ使い込んでも変色することはない。
防具『ステュク』シリーズ:鮮やかな緑色を基調とした防具シリーズ。遠距離攻撃に対し高い防御性能を発揮する。
「それで? なんか策でもあんのかよ」
クロイツは矢をつがえながら並び立つモトナフに問いかけた。
「そんなもんねえよ。ぶん殴って目え覚まさせてやる」
モトナフは斧を構えガランデに向かっていく。
「そんな馬鹿正直に……仕方ねえな、支援に回ろう」
クロイツとナルディは二手に別れ様子を伺う。モトナフの振り下ろした斧は翼で受け止められた。ガランデはもう片方の翼でモトナフに襲い掛かる。クロイツはすかさず矢を放ち注意を逸らす。しかし体に当たった矢は深く刺さることはなかった。
「ステータスが変わった?」
ガランデの翼はモトナフの体を刃のように切りつける。モトナフの体は軽々しく後ろに吹き飛ばされ宙を舞った。背後からナルディが奇襲をかける。短剣は脚を掠めたが深手には至らなかった。ガランデは翼で突風を巻き起こす。バランスを崩したナルディに羽根が追撃を加える。
ガランデはモトナフに歩み寄り翼を高く振り上げる。モトナフ目掛けて振り下ろされた翼をクロイツの剣が受け止めた。
「一旦退くぞ! 突っ込んでいって勝てる相手じゃない!」
クロイツは必死に押し返すが体重をかけられ、じりじりと押されていく。今度は右の翼を振り上げる。引き剥がそうとするが相手の方が力強く、微動だにしない。動けなくなったクロイツはいい的だった。
バチン!
空気を切り裂く音とともに何かが翼に巻きつく。ピンと張られた鞭の先にはナルディがいた。ハミリオーン・マスクで翼の動きを封じる。まともに身動きできなくなったガランデは高速で回転し突風を巻き起こす。三人は吹き飛ばされたがすぐに戦闘体勢をとる。
「俺が奴の気を引く。二人は隙をついて攻撃しろ」
それだけ言うとクロイツはガランデと正面から剣戟を繰り広げる。しかしあくまでも誘導であり躱したり、いなしたりするだけだった。それでも効果は大きくがら空きになった本体をナルディとモトナフが攻撃する。
三人の連携された波状攻撃にガランデはどうすることもできなかった。ステータスは上がっているもののじわじわと体力を削られていく。
羽の落下でわずかに連携が乱れた。その一瞬を逃さず翼で突風を巻き起こし三人と距離をつくると、そのまま空へと飛び立った。
「畜生! あと少しだってのに。これじゃ攻撃が届かん」
クロイツは静かにスナイパーライフルで狙いを付け、引き金を引く。弾は確かに着弾したが反応は薄く、体力ゲージもわずかに減っただけだった。
「弓も銃もだめだ。残弾を考えても止めはさせん」
「あいつの戦闘スタイルだ。遠距離に強い防具と扱いやすい短剣で短距離戦に持ち込む」
「話してる暇はない! 来るぞ!」
ナルディの警告と共に羽根が落下してくる。三人は散り散りに躱した。ガランデはナルディに向かって突撃していく。ギリギリのところで避け反撃の体勢を取るがまた空高くへ
飛び去る。その後もガランデは羽根の落下と共に攻撃を仕掛けては攻撃範囲から逃げる。
「これじゃ奴のペースに振り回されるだけだ。なんとかならんか……」
「モトナフ! 後ろ!」
振り返るとガランデは降下体勢に入っていた。咄嗟のことに体は反応できず鉤爪と翼で切り刻まれる。衝撃で斧は吹き飛びモトナフは火口付近まで転がった。全身を焼けるような痛みが襲う。霞む視界の中に捉えた斧に向かって必死に手を伸ばす。しかし届くはずもなく掌は無念にも空を掴んだだけだった。
「お前は……また……」
既に瀕死の状態で放っておいても脅威でないことは誰の目から見ても明らかだった。しかしガランデは追撃の手を緩めなかった。一歩ずつモトナフの元へ歩み寄る。クロイツやナルディが駆け寄って言っても、一瞥することすらないまま翼で突風を巻き起こし近寄らせない。
そのままモトナフを攻撃範囲に捉えた。ガランデは翼を高く持ち上げる。クロイツが放った弾丸は攻撃を中断させるだけの威力はなく、ナルディの魔法も二人の間に障壁を作り出す程の空間はなかった。
万策尽きた。モトナフはゆっくり視線をレフォルへ向ける。
「お前の理想……見てみたかったな……」
*
「おっさん、ずっとこんなことしてて夢とかないの?」
「まだおっさんじゃない。俺はこれが夢なんだよ。ブレイカーだって戦える……それが証明できればそれでいい」
「ふーん」
「あんま興味ねえだろ。そういうお前は?」
「僕は世界を変えるんだ」
「はあ? 世界? 政治家にでもなんのか」
「法律に何ができるんだ? 法律を作ったからって犯罪がなくなる訳じゃない」
「減らすことはできるだろ」
「大切な人が被害にあっても? 減らせたからいいじゃないかっていうのか? そんな不完全な世界、僕の理想じゃない」
「じゃあどうしたいんだよ」
「世界を作っているのは一部の有名人やお金持ちじゃない。僕ら一人ひとりだ。犯罪が増えているのは、いじめがなくならないのは、僕らがそういう世界を望んでいるんだ。だから一人ひとりに伝えるんだ。自分はどんな世界に住みたいか、その世界に今の自分の行動は相応しいのか」
「うまくいくとは思わんが」
「やってみなきゃわからないだろ。だから僕がおっさんの夢叶えたら、今度は僕の手伝いしてよ」
*
モトナフは目を閉じその時を待つ。ガランデが止めを刺そうとした瞬間、下から強い風が吹き付ける。翼を大きく広げていたガランデはもろに喰らい体勢を崩した。機を見ていたクロイツが剣を携えて駆け寄った。切り上げた刃が体を傷つける。ガランデは逃げるように羽ばたき空へと上がる。ナルディはモトナフに駆け寄り応急手当を施す。
「何だったよくわからないけど助かったわ。万全じゃないでしょうけど早く体勢を整えて次のチャンスを――」
「いや、その必要はない」
「どういうことだ?」
クロイツが尋ねるとモトナフは火口に手を伸ばす。すると下から吹き上げる気流が感じられた。
「奴を落とす」
「どうやって?」
「奴はマグマの上昇気流を使って空を飛んでいる。ナルディ、水の魔法で火口を閉じてくれ。クロイツと俺が落ちてきたところ叩く」
「本当に効果あるの?」
「やろう。どっちみち今のままじゃジリ貧だ」
クロイツとモトナフは武器を構える。
「しょうがないか」
ナルディは目を閉じ火口を覆う水の膜をイメージする。
「今だ!」
「ラプル!」
モトナフの合図で火口が覆われる。ガランデは浮力を失い翼を動かしながらゆっくり落ちてきた。同時に羽根も支えを失い三人に向かって落ちてくる。
「しまった!」
ナルディは魔法に集中し無防備の状態だった。羽根が腕や足を傷つける。さらに水の膜も熱せられ再び上昇気流を生じ始める。集中が途切れ水の膜は壊れた。
「すまない、上手くいかなかった」
「でも手応えはあった。ナルディもう一度いけるか?」
「もうMPがない。次がラスト!」
「よし、俺が羽根を撃ち落とすから、ナルディは長く火口を抑えることだけ考えろ。モトナフ、お前が止めをさせ。準備はいいか!?」
「OK」
「任せろ」
「いくぞ! 三!」
ナルディは目を閉じイメージを膨らませる。
「二!」
クロイツは矢を番え引き絞る。弓がギリギリと静かな悲鳴をあげた。
「一!」
モトナフの斧を握る手に力が入る。右足を一歩引き腰を落とす。
「今だ!」
「ラプル!」
ナルディの詠唱に呼応し、一瞬で火口を覆うように水の傘が広がる。それを補強するように中央から凍結していく。火口の上昇気流は完全に遮断された。浮力を失った羽根が落ちてくる。砲台と化したクロイツは痛みに耐えながら二人を護る。
ガランデは忙しなく翼をばたつかせているが、その巨体を支えるだけの浮力は発生しなかった。そのまま真っ逆さまに落ちてくる。モトナフは地面を強く蹴りガランデの落下地点へ急いだ。
「これで……終わりだああ!」
ウォォォォォォ――!
刃がガランデの腹部を深く切り裂いた。ガランデのHPはゼロを示し、立ったまま行動を停止した。息を荒げたままモトナフは顔を上げる。そこにはかつての戦友がいた。
「レフォル?」
しかし少年はモトナフの問いかけに答えることなく背中を向ける。
「待て! ちょっと待ってくれ!」
伸ばした右手が何かを掴む。それはガランデの腹の中から出てきた一人のアバターだった。まだ幼い顔つきで体は小柄な方だ。モトナフは丁寧にその体を抱きかかえた。
「レフォル? おい、レフォル! 目を覚ませ、レフォル!」
呼びかけながら体を揺するが反応はない。やがてガランデの解体が始まるのと同時に少年の体からも黄色く小さな光が空へ消えていく。
「待ってくれ! まだ行くな! 頼む少しでいい、一度でいいから……もう一度だけ……頼む、頼む、頼むから……」
嗚咽混じりにモトナフは懇願する。しかし光は止まらず、最後の一粒が空へ消えた。ボロボロのクロイツはナルディの肩を借りて立っていた。
朝日に照らされた山脈にモトナフの慟哭だけが響いていた。
tips
天上の楽園:雲の上に広がる楽園。資格のある者がたどり着いたとき、姿を現す。
ガランデ:楽園に続く道の門番。侵入者撃退のため高い戦闘能力を有する。
ありがとうございました。