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2.捜索

 日中よりも、ベッドタウンへ向かう乗客でごった返していた私鉄を降り、安藤と別れた駅へ着いた時には暗くなっていた。

 通り魔事件とやらの影響だろう。駅構内やロータリー周辺には、警官が複数人立っていて、警戒に当たっているようだった。


「うわ~! 寒~いよぅ!」


 たった五つ駅を移動しただけだが、高度が上がったのだろうか。吹きすさぶ風は明らかに先ほどよりも冷たさを増していた。


 考えてみれば、平日の夕方にこの駅からなだれ出て来る人間はほとんどが地元の住民だろう。見知らぬ土地で、俺が一人できょろきょろしていれば、職質をかけられたかもしれないのだ。ハルカがいてくれた方がそういう目に合う可能性は低くなるだろう。

 まあ、ぎりぎり兄弟くらいに見えるはずだ。俺のみてくれがもう少し老けたおっさん風であったら、やはり職質の対象になっていたかもしれない。

 

 再び身を寄せてきた少女の白いポンポンを見下ろし、俺は少しだけ口元を緩めて駅前のレンタカーショップへ向かった。








「お客さん、やっぱりまだお戻りじゃありませんね……」


 店舗から少し離れたガレージを点検し、戻った男性店員が、自動ドアを潜るなり報告してきた。よく肥えて脂ぎったその顔は、俺たちが来店した時には七福神の様な笑顔で迎えてくれたのだが、今では寒い中確認にまで行かせやがってと言わんばかりに歪んでいた。


「あの、カーナビのGPSとかで、探せないでしょうか」

「そういうのは、メーカーさんに問い合わせてもらわないと……それに、ほんとに行方不明なら、まず警察ですよ」

 

 オトガイが消失するほど贅肉をたくわえた顔を揺すり、店員は面倒くさそうに対応した。


「そうですか……お手数おかけしました」


 まあ、突然現れて「この娘の父親――私の兄がこちらでレンタカーを借りて実家へ来るはずだったのに現れないんです」などと言う男女に対応してくれただけでもよしとしよう。俺は礼を言って、立ち上がった。


「ああ、ところでお嬢さん」


 さっさと出て行こうとする俺にハルカも倣ったが、その背中に声がかかった。


「お父さん、見つかるといいね……」

「はあ。どーも」


 憐れみをこめたつもりなのだろうか、不気味に細めた目をした店員に、ハルカは顔をしかめて対応した。


「行くぞ」


 店舗に入ってから初めて声を発したハルカであったが、それを聞いた瞬間に店員の頬に赤みが強く刺したのを見て、俺は細い手首を引いて足早にそこを立ち去った。


「マコピー。どうするの?」

「妙なあだ名で呼ぶな。とりあえず、ターゲットの婆さん宅まで行ってみようと思う。天頂が公衆電話で交渉に成功したかどうかも分からないけど、話している間に日高さんがそこへ向かったのは間違いない」


 俺が送った「15 カクニン急げ」とは、リストの十五番目でヒットしたので、そこへ急行するようにという指示だった。そのリストはもちろん、俺のバッグにも入っている。


「でもさあ、もう五時間近く前の話でしょ? まだそこにいるわけなくない?」

「そうだな。『だが確認しろ』さ」

「マコピー、ときどきわかんないこと言うよね」


 かつて大粛清によって自身の政策の反対派を数十万人も収容所送りにしたスターリンの名言を引用した。ハルカが首を捻ったのは、完全に使いどころを間違えたせいだけではないだろう。


「店長も日高さんも、携帯のGPS機能をオフにしているから、俺たちにできることは彼らの行動を追うことだけだ。そこに車が無ければ、探偵ごっこはおしまいさ」

「終わったら~?」ハルカが再び絡みついてきた。


「車で十五分くらいのところに、温泉がある」

「からの~?」そのまま前に回り込んで、下から俺の顔を覗き込んだ。いたずらっぽい笑みを浮かべているが、こういう時は逆に、妖艶な大人の女に見えるのだから不思議だ。まあ、自分がこうあって欲しいと思う欲望を通じて見ているからに他ならないのだが。


「一泊していくか」

「えっへへ~。マコピーのえっち~」

「…………」


 泊ることになれば――最悪密室ならどこでも――そう言われても仕方ない行為に及ぶつもりだから否定はしない。むしろ相手もその気だと確認できたことで、俺の気分は高揚していた。







「……あったね」

「……ああ」


 今日のターゲット――小林キヨさんの家の裏手、敷地を囲むブロック塀に寄り添うように、白い軽自動車が停められていた。

 俺はスマフォのカメラ撮影用ライトの明かりを頼りに、無人の車の周囲を見て回った。外からみる分には、特に異常はないようだった。

 ボンネットは冷たく冷えており、排水ホースの周囲も乾いていた。要するに、この車がここに駐車されたのはついさっきのことではないということだ。


「つか、開いてるんだけど」

「……ああ」


 ハルカの言う通り、運転席のドアは施錠されていなかった。


「キーが置きっぱなしだ」


 俺は車内へ潜り込んで、中を確認した。

 当然ながら、運転席のシートは冷たかった。

 よほど慌てて飛び出したのか。助手席には日高さんのバッグが残されていた。失礼ながら中を確認させてもらったが、携帯以外の貴重品が入ったままだった。後部座席に至っては何もない。

 ダッシュボード内には、当然あるべき車検証やレンタカーの契約書などが入っているのみだった。

 中から覗き込んで分かったことだが、ブロック塀側すなわち助手席側の窓が三分の一ほど開いたままになっていた。


「マコピー。トランクにも何にもないよぉ」


 ハルカがバタンとそれを閉めたのを合図に、俺は車外へと這い出した。


「うーむ」


 腕を組んで首を捻った。

 長時間放置された車と私物。

 これらから予測されることは、日高さんは慌てて車外へ飛び出したらしいということくらいで、事実らしいことは、そのまま戻っていないということだけだ。

 戻ってこない上に俺たちに連絡もできない理由に関しては、予測することしかできない。すなわち官憲に捕まったか、無法の輩の虜となったか、その他の事件に巻き込まれたか、金をもって逃げたかだ。


「どうするのぉ?」後部のドアを開けて、座席に腰を降ろしたハルカが訊いてきた。

「そうだな……」


 俺は右手に持ったままだったスマフォをしまい、詐欺グループ連絡用のガラケーを操作して、日高さんの番号を呼び出した。


「電話してみて、出なかったら放っておこう。向こうから連絡があるまでは、日常生活に戻るしかない」

「ううっ。さむッ! 早く温泉行きたいよう」

「…………」


 日高さんの携帯にかける。十五回目のコール音を確認して、俺は電話を切った。


「店長にも、かけておくか」


 誰かに捕まっているなら、電話に違う相手が出る可能性もある。まさかこの近くに拘束されているということもないだろう。知らない相手が出たら、即刻通話を終了して、ハルカと逃避行と洒落込めばいい。

 ガラケーの着信履歴から、店長の携帯番号を選んで通話ボタンを押した。


 暴れん坊将軍のテーマ。そういうタイトルかどうか知らないが、荘厳なイントロがブロック塀の向こうから聞こえてきた。


「マコピー、これって……」


 それは当然、ハルカの耳にも届いていた。


「店長……?」


 俺は、イントロが終了する前に電話を切り、そういえば夜だというのに明かりもついていない、憐れなターゲットの家を見上げた。




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