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いつかの涙 と明日の笑顔

「人間として生まれ変わった時、私は13歳の少女だった」


そう話し始めたRainを横目で見た僕は、彼女の真剣なまなざしにドキリとした。

そして、少し身体(からだ)を彼女の方へ向け直した。


「人間の13歳といえば、多感で繊細で、体力もあり一番危うい時期。

 人間としてスタートを切るにはとても難しい時期に私は生まれたの。

 今思えば、あの頃の私は学校に全く馴染めない転入生だった。

 雨つぶの頃は、ここ日本で知らない地はないと思う程の自信だったのに

 いざ人間としてこれから生活するという時になってみると、

 皮肉にもその土地の言葉が異国の言葉のようだったの。

 私は人間になって初めて、まずそれで打ちのめされたわ。

 周りの人間の発言はほぼ理解出来たけど、

 自分が発言する順番になって注目を浴びると、何ひとつしゃべれなかった。

 うまく話せる自信が全くなかったから...。

 そんな私は雨つぶ時代から独りで生きてきたから、

 休み時間になると大好きな本ばかり読んでいた。

 私にとってはそれが普通のことで、

 独りでいることに何の疑問も苦も感じなかったの。

 でもその年代の少女たちは、そんな私のことがとても信じ難く、

 近寄りがたくもあったのね。

 今ならきっと私もそう思うわ。

 でも中には、そんな私にでも声をかけてくれるクラスメイトもいたの。


 「独りでいるなら私たちのグループに入らない?」


 私には彼女たちと過ごす理由は特に無く、断ることも簡単なことだったけど、

 何かを変えないといけない想いで一緒に過ごすようにしたの。

 そのおかげで、自分独りでは理解出来ない事柄を学んだわ。

 13歳の人間の女の子がどんな話をして笑うのか、怒るのか、

 泣くのか、彼女たちの興味を知った。

 それから、みんなより半年遅れだったけれど、部活動にも参加するようになった。

 雨つぶ時代からやりたかった体育館でのスポーツ。

 だって雨が降っても中止にならないから嫌われないし。

 人間になっても、雨が嫌われることには敏感だったの。

 当時、そこそこ背も高かった私は誘われるままバスケ部に入部した。

 入ってみるとそこは、教室だけでは経験出来ないことばかりだった。

 そこは、年齢が1,2歳しか違わない人間たちの上下関係を築く場だった。

 これは社会に出てから初めて気付いたことだけど、

 あの頃の人間関係が社会で過ごす為のベースにもなったわ。

 理不尽に感じることもたくさんあったけど、人間の力や勢力、

 仲間を省くことや加えること、表の顔と裏の顔、同じように

 場面場面で変える気持ちや発言を持つ人間が実はとても複雑で深いことを知った。

 そんな激動の毎日を3年間過ごし、クタクタに疲れた私だったけれど

 人間一年生の私にとってはとても充実した実りの多い月日だったわ。

 そして私は高校へ進学した。

 そこでの3年間で私は初めて人間を好きになる経験をしたわ。

 さっきあなたも言ったように、私も初めはその気持ちが何なのか

 全く分からなかったの。

 その人を見ると、走ってもいないのに心臓がバクバクして胸が苦しくなったり、

 彼の一言で一喜一憂。

 悲しくなったり楽しくなったり、周りのことはもちろん

 自分のことさえも見失う時期もあったわ。

 そんな気持ちについて教えてくれたのは、その頃、仲の良かった友人たち。

 初めはバカにされたけど、その気持ちが何なのか知りたい私は

 毎日のように彼女たちに質問をし、答えを待った。

 そこで私は「恋」をしている現実を受け入れることが出来たの。

 その恋は、彼が卒業すると同時に終わってしまったけど、

 一度だけ彼と一緒に帰った日があったわ。

 たまたま帰りが一緒になっただけのこと。

 外がすっかり暗くなっていたものだから、彼が途中まで一緒に歩いて帰ってくれたの。

 どんな話をしたのかは覚えてないけど、とても背が高い人だった。

 あっという間の時間だったけど、それが私の初恋の思い出かな。

 そして、中学高校で私の人間性はほぼ完成された。


 高校卒業後は就職し、働く楽しさと辛さを知った。

 私は20歳を境に、何よりも人間として自由に生きていることに喜びを感じた。

 私にそれを譲ってくれた前任者に心から感謝を込めて。

 そして、そんな充実した生活を送り始めて10年以上が経ったある日。

 今から7年前、私はある男性と出逢ったの。

 彼と出逢ったことで、私の人生はガラリと変わった。

 今まで順調に回っていた歯車がカチャリと別の歯車に切り替わった感覚。

 それはとても滑らかな切替で、周囲で私の内なる変動に気付く人間は

 いなかったと思う。それだけ自然な切り替わりだった。

 私はそれまで、人並みにいろいろな出会いもし、恋もしてきた。

 でもその男性との出逢いは、今までのものとは質が違った。

 私は初めて人を愛おしく思った。そう想える自分に初めて気付いて驚いた。

 彼は、愛すること、愛されること、思いやることを私に教えてくれた。

 でも私はわがままばかりを言い、彼を困らせた。

 人がすぐには変われないように、私も雨つぶ時代を含め

 独りで過ごす時間が人一倍長かったことで、彼の優しさにとても戸惑った。

 どうしてそこまで相手を思いやれるのかと。

 私は彼を愛おしく思う気持ちとは裏腹に、彼に対して素直になれず反発もした。

 ひどい言葉も何度も言った。

 でも傷付いているばずの彼は、いつも「大丈夫」という顔をしてた。

 彼から返ってくる言葉はいつも思いやりのある言葉ばかり。

 それが余計私を苦しめた。

 大の大人がおかしいけれど、私たちの間で身体(からだ)の関係はなかったの。

 ただ一緒に過ごしているだけで、お互い幸せだった。

 一緒にいることがあまりにも自然で、そんな気持ちになれなかったのかしらね。

 そして交際から2年。

 私は自分の未熟さにやっと気付いた。

 結局、私のわがままで彼とは別れた。

 なんでも許してくれる心の広い彼と一緒にいることに苦しくなってしまったのかな...

 私は逃げるように彼の前から消えたわ。

 そして私は思ったの。

 もう人間として生きることに、一寸の悔いもないと。

 こんなに相手を愛おしく想い、同じ時間を過ごせたことって

 なかなか経験出来るものではないと思う。

 生きているうちに、一度でもそれが経験できる相手と出会えたことで私はもう充分。

 思い残すことなんて何一つないわ。

 彼の左手の薬指の指輪が光る度、幸せな時間(とき)が胸に刺さった。

 とても都合の良い、勝手な痛みなのに、たくさんの涙も流した。

 もっと早く出会いたかったと悔いたこともあったけれど、

 幸せなことも辛いことも私には多過ぎただけのこと。

 そんな、どうにもならない想いとその痛みと共に私は歩んできた。

 そして同時に、消えることのない痛みから逃れたくて

 彼との思い出を消し去りたい気持ちとも共に過ごしていた。

 あれからもう5年も経つというのに、

 そんな日々を送っていた私の心がある時、すっと楽になったの。

 ある人の一言からだった。

 その人とは仕事を通じて知り合ったのだけど、

 会うのは年に数回程度だったし、仕事以外の話もあまりしたことがなかった。

 ある時、何げなく二人で話をしていた時、口下手な私も珍しく会話が弾んで

 私たちは知らず知らずのうちに、お互いの深いところまでさらけ出していたの。

 そして、その人が私に自分の大切な思い出を話してくれた時、

 私は胸が苦しくなって呼吸をするのもやっとの感情に囚われた。

 それは、その人も私と同じ過去を持っていたから...

 その人も心から愛おしく思える相手と出会い、別れていた。

 そして、今でも私と同じ悩みで苦しんでいたの。

 私もその人に、私の大切な思い出を話したわ。

 話している途中からあの時の痛みが蘇り、

 やっぱり私はもう誰も好きになれないと改めて思った。

 そして私が伝え終わった時、その人はこうはっきり言ったの。


「人生を変えるくらいの出会いは、忘れる必要はない」と。


 彼との過去を忘れようと苦しんでいた私は、そんな考えもあるんだと驚き、

 同時に心が楽になっている自分に気付いた。

 その人の言葉は私にとって、

 あなたが言っていたような「sensei」の魔法の言葉のようだった。

 とても短いのに、すごい効果。

 その言葉は私を救ってくれた。

 その人には、とても感謝している。

 その人は私にとって、とても不思議な存在で、一緒にいることが自然な人よ。

 昔から知っているような感覚で、一緒にいると偽りの無いいつもの自分でいられるの。

 私に他にもいくつもの助言を残してくれて、尊敬もしている。

 これから、その人も私も誰かを愛おしく思える日が来るのかはわからないけど、

 出来ないと思っていたことが、もしかしたら出来るのかも?と

 思えるようになったことは、大きな大きな変化だった。

 人間には私たちが思っている以上にいろいろな人がいるわ。

 あなたなら、それらをうまく吸収出来る。

 なかなか自分とウマの合わない人の意見を聞き入れることはとても難しいことだけど、

 耳を傾けることは大切なことよね。無理にとは私も言わない。

 だけど、考えを言葉にすることは人間だからこそ出来ることだから、

 あなたにもこれからそれを楽しんで欲しい。

 雨として伝えられなかったこと、たくさんあったわよね。

 その想いを全て伝えていって欲しい。


 これはあなたに伝えるべきか迷ったことだけど、

 私は3年前に持病を悪化させ入院したの。

 麻酔から目覚めた病室に彼がいた時はとても驚いた。

 どうして別れた彼がここにいるのか、術後の痛みで頭が働かない私は

 笑顔を作るだけで精いっぱいだった。

 笑顔のはずが、涙が次から次へと溢れて...

 身体に残る痛みから流れ落ちるそれらを拭うことさえ出来なかった。

 麻酔のせいか、寒くて寒くて震えも止まらない。

 そして褐色の消毒液だらけの私の身体。

 私の傍らで静かに腰をかけていた彼は、やさしく拭ってくれたわ。

 たくさんの涙も消毒液も、不安も孤独も何もかも。

 結局、彼にはあの時の恩を何一つ返せなかった。

 なのに消えちゃうなんて、最後まで私は自分勝手ね。

 そして今、私はあなたと出逢い、過去を伝え、人間としての権利を渡した。

 これは起こるべき出逢いだったのかしら...

 それとも偶然...?

 あなたを見つけた時は、本当に嬉しかった。

 遠い昔の私を見ているようで、

懐かしくもあり、危うくて、心配で心配で...

 それからは、雨の日に働く不思議な力で

 私はあなたの言動をこっそり見たり聞いたりしていた。

 あなたにも備わる力よ。

 嫌われることの多い雨だけど、

 これからも人間になったあなたをずっと支えてくれるから

 あなたには雨を嫌いにならないでいて欲しい。

 きっとあなたはこれからの未来に心から愛する人と出会い、

 共に生きていくことになる。

 私には出来なかったこと。

 でもね、こんな私でも結婚も経験したのよ。

 その頃はまだ人間はもちろん、これからの自分すらも見えていない時期だったから

 興味本位でしかなかった。案の定、あっけなく終わってしまったわ。

 それには何の悔いもないけれど、もし唯一の心残りを探すとしたら...

 人間として、愛する人との子供を産む喜びを知りたかったこと。

 それは所詮、出来ればの希望だったから

 このタイミングであなたと出会えて本当に良かった。

 今まで通りのあなたでいいのよ。

 あなたは素敵な男性になれるわ。

 女性には優しくね。

 鏡がないからわからないだろうけど、

 Pain...あなた、なかなかのイケメンよ。


 そろそろ時間だわ。

 私は雨に戻ります。またいつかどこかで、Pain」



僕は立ち上がりRainの消えた場所をずっと見つめ立ち尽くしていた。

彼女が使用していたPCのディスプレイの光が寂しく周りを照らし続けている。


「ほんっと...最後まで勝手だよな...

 一方的に言いたいことだけ言って消えてさ...」


全身の震えと涙が止まらない。

僕は両手の握り拳を思い切り机に叩きつけた。

その拳は力強い生命力が漲った人間の手。


(泣くもんか...

 俺にはこれから人間として生きる責任がある)


袖で涙を乱暴に拭く。

俺は顔を上げ、窓を見た。

そこにはガラスに映る若い青年が立っていた。


「これが俺か...

 ...Rain、わかったよ。

 俺、いい(おとこ)になるから」


俺はそこに映る青年にも語りかけるように

真冬の冷たい外気が入り込む開け放たれた窓から雨空を見上げて誓った。






「そろそろ就活セミナー、始まるぞぉ~虹山ぁ

 んぁ?お前、泣いてん、あっ、すげーっ...

 虹山だけに、虹が出てんぞっ、そこっ!」


廊下から教室に顔だけ入れた友人の穂苅ほかりが俺に声をかける。


(つまんねぇし...

 って、俺が泣いてる?)


机に両手をついた体勢で立ったままだった俺の視野に自分の袖が入る。

確かに右の袖が何かで濡れている。


(えっと...

 俺、つっ立ったまま何してたんだ?

 ん?両手が痛い… で、虹?)


俺は彼が指さす窓の方を見た。

こんな平地では珍し過ぎる。

そこには、完璧な半円の巨大な虹が出ていた。


「すげぇ・・・」


それを見た俺の心の声が言葉に出る。

真夏の蝉の声がいつもよりうるさく教室に響いた。


(なんで開いてんだ?)


おやっ?と思った俺は、一面だけ全開になっている窓に気付く。

猛暑続きの教室は冷房がゆるく利いている。

「節電節電」と日々叩きこまれているし、

 わざわざ開けて熱風を入れるヤツもいる訳がない。


「あ~ぁ、また先生、ディスプレイ付けっ放しだしっ。

 あんだけ俺らに節電節電!言ってるくせに。なぁー?虹山」


穂苅がぶつぶつ言う。


(なんだろう、この感覚。

 夢で見たことあるぞ、これ。なんか、このくだり知ってるよな、俺...)


窓の向こう側には相変わらず巨大な虹。


(ん?)


俺は目を凝らす。


「おぃ穂刈、外、雨降ってんぞ」


「はー?めっちゃ晴れてるでしょ」


彼は反論した。


「見てみ、外」


俺は窓辺の机によっと座り、空に向かって指をさした。

彼は俺のいる窓辺に近づき、空をまじまじと見上げる。


「マジか...

 めっちゃ晴れなのにめっちゃ雨って・・・

 分かりづらいわっ!」


彼の隣に並んで虹を見ていた俺は、男同士、激近で見つめ合うのを避け

彼の言うその分かりづらい空を見上げて思いっきり声を出して笑った。

城所先生との出逢いに捧ぐ。


この小説を読んでいただいた皆さま、本当にありがとうございました。

そして、この執筆を支えてくれたたくさんの出来事や仲間に感謝します。

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