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「   ...「sensei」」


声まで震えた。

ぐっと押さえつけられたように胸が苦しい。

しんとした冬の澄んだ空気に、僕の小さな声が響いた。


(お願いだから届いて...)


願いながらも、僕の声が「sensei」には聞こえなかった時の衝撃から

逃げ出したい気持ちをぐっと抑え、僕は彼女の横顔を見つめた。

きっと、数秒間のことなのだろう。

でも、その静寂は僕にとっては途方もない長い長い暗いトンネルのように思えた。


「sensei」の横顔が少し動く。

彼女の横顔は「うん」と言うように軽く頷いた。

その横顔からは、さっきまでの難しい表情は消え、

穏やかなものが彼女の長い髪の間から見える。

彼女はゆっくりと、迷うことなく、僕へ真っすぐな視線を向けた。


目が合う。


あの時以来だ。

初めてこの窓辺から「sensei」の話を聞いていた時。

お互いの目が合い、会釈をし合った。

あの時のことは、僕の勘違いかもしれない。

でも、今の彼女は、確かに僕を見ている。


(僕の声が聞こえた...)


僕は、自分の目が見る見るまん丸になっていくのがわかる。

彼女の方は、待ってましたとばかりに顔いっぱいの笑顔をつくった。


「やっと私のこと、呼んでくれたね」


今さっきまでかじかんでいた心がぽっと温かくほどける。

ふぅぅぅと深く息を吐いた。

と同時に、彼女に呼びかけてから今までずっと息を止めていたことに気付く。

目と鼻の奥辺りがつんとして、彼女がぼやけて見え始めた。

僕はこんな自分を見られるのが恥ずかしくて、

窓の外を見る振りをして横を向いた。

急いで目をぱちぱちさせる為に。

目に溜まったものはなんとか散らばった。


「僕のこと...

 いつから気付いてたの?」


「そぅね...

ずっと昔から、かな」


彼女は優しく微笑んだ。


「えっ?!じゃ...え?!

僕がこの窓辺に来る前から?」


彼女はにこにこと微笑み頷いた。


「どうして...

 どうして僕のこと、見えるの?

 なんで僕の声が聞こえるの?

 人間みんながそうじゃないのはわかってる。

 今まで3人、それが出来る人間と会った。

 なんでなの?

 僕はみんなと話したいのに、どうして出来たり出来なかったりするのさ。

 知ってるなら教えてよ!「sensei」」


今までの想いが一気に溢れ出した僕は、彼女に全てをぶつけていた。

毎日気楽にのんびり暮らしていた僕だけど、

辛いことや悲しいこと、諦めることだってたくさんあった。

今まで他の人間とも話をしたことがあるのに、

彼女と出逢って初めてこんな気持ちになった。

どうしてこんな気持ちになるのか僕にはわかるはずもなく、

僕は留まることのない言葉を彼女に発していた。

そして、さっきはどうにか抑えたのに、もう抑えられない涙が溢れた。


「よくがんばったね、Pain」


彼女は優しく言った。

はっとなった僕は、涙でぐじゃぐじゃになった顔を彼女へ向ける。


「...Painって?」


「あなたの名よ」


「僕の名...

僕にも名前があったなんて...」


「あなたが産まれた時から名はあったわ」


「だけど、どうして?

「sensei」が僕の名を知ってるの?」


「それは話すと長くなるわ」


「構わないよっ、教えてよ!」


僕は彼女のをじっと見つめた。

何も知らない悔しさを込めて。


「 ...わかったわ。

 ただし、これから話すことは全て、秘密にすること。

 生涯、誰にも言ってはいけない。

 守れる?Pain」


「うん。絶対守る。」


「 ...わかった」


彼女は僕と語り始めた時に

自席から窓辺の席に移動し、僕と向き合っていた。

彼女は窓辺の机に軽くかけていた腰を上げ、窓を全開にする。

そして、すっかり暗闇に包まれた雨空を見上げて言った。


「昔、私も雨だったの」


僕に視線を戻した彼女の笑顔は、少し寂しそうに見えた。

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