目線
冷たい雨が一粒、僕の頬におちて目が覚めた。
どのくらい眠っていたのだろう。
いつの間にか雨が強くなっていた。窓にも雫がいくつも付き始めている。
空は暗闇に包まれ、日は完全に落ちていた。
雨の音は心地良い。 僕の大好きな音だ。
僕は「sensei」の話す言葉をここから聞いていた。
そして、その話を聞いている人たちの休憩時間が来た時、
僕も疲れた目を閉じ、ごろんと横になっていた。
そして、そのまま眠ってしまったようだ。
脳を精一杯使うと人は眠くなる。雨つぶだって同じだ。
心から何かを伝えようとする「sensei」の言葉は僕に染み渡った。
まるで、乾いた大地に僕たち雨が沁み込む時のように。
(どうして彼女の言葉は、
こんなにスッと僕の中に入ってくるのだろう。
先生の話す内容は僕には難しいことばかりなのに...)
「sensei」の前に座るあの人たちもきっと同じ感覚だったと思う。
そう思えるくらい彼女からは不思議な感覚を感じていた。
僕はこの窓辺から「sensei」の話を良く聞いた。
よく考えた。
それでもどうしても分からなくて泣きそうになった時もあった。
そんな僕と同じような人間も中にはいた。
そんな時「sensei」は、その人の側に小走りで駆け寄り
目線が合う高さまで腰を低くして、何か言葉をかけていた。
すると、その人の表情がパッと明るくなったのだ。
その後も次から次へと、「sensei」は目線の高さを合わせ言葉をかけ続けていた。
(スゴイな…「sensei」って。
「sensei」って、こんな感覚をくれる人間のことを言うんだ...)
僕の知りたいことの謎が、やっと解けてきた瞬間だった。
(僕だって分からないよ...僕がもし人間になれたら、、、
「sensei」は僕にも言葉をかけてくれるのかな...)
そんな切ない気持ちでいっぱいになった時
僕が彼女にぶつけてみたい想いが抑えようもなく膨らみ始める。
まだ僕が分からないこと。
僕のこと、見えるの?
会釈された時の彼女の瞳が脳裏に焼き付いて僕に付きまとう。
でも僕は、気のせいだったのかもしれないと思い始めていた。
あの時は驚きでいつもの僕ではなかったのは確かだから...
雨の日の窓辺。
目の前の窓はまだ開いている。
真冬でも雨の日にはいつも開いている彼女のいる部屋の窓。
僕は仰向けのまま、部屋の中に視線を向けた。
彼女はパソコンの前で、一人難しい顔をしている。
僕はまだぼんやりとする頭をゆっくり持ち上げ、降り続ける雨を見つめた。
すると、再びあの質問が僕の頭の中でぐるぐると回り始める。
僕のこと、見えるの?
やっぱり止めておこう...
話しかけるなんてバカげている...
僕は雨つぶだ...
話しかけてどうなる?
どうせ僕の声なんか聞こえる訳ないし...
それに今は難しい顔して忙しそうだし...
僕の質問を邪魔するものが、僕自身から底なしに溢れてくる。
でも試さないで後悔するなんて、もっとバカげている。
僕の一番キライなことじゃないか。
(今しかない)
僕は自分に暗示をかける。
そして震える身体に、ぎゅっと力を入れた。