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ドルチェ・デ・ドゥージェ! 〜王国軍第十二師団麾下製菓中隊〜  作者: 有沢楓
第1章 思い出は宝石のように(パート・ド・フリュイ)
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 彼女は厨房から運ばれた銀のワゴンから、これも銀の覆いを取った。

 優雅、美麗。そして、手入れの多さは富裕の証。

 だが、しかし、もう一つ意味がある。イギリスでキュウリのサンドイッチを食したのは、腐りやすいキュウリを育てられる畑があるステータスを示すものだともいう。と同時に、「本物の、安心な食事」を意味していた。チョコレートに煉瓦の粉を混ぜた時代もあったのだ。

 同様に、銀器はある種の毒で変色する、という。これはそれらの名残なのだ。

「食前酒として、まずマチェドニアです」

 カクテルグラスに乗せて出したのは、イタリア版フルーツ・ポンチだ。グレープフルーツ、オレンジに苺、桃、キウイを細かく切って、白ワインとレモンを効かせたシロップをかけてある。

 口当たりが冷たすぎないように、冷蔵庫から出して少し室温の中に置いておいた。

「前菜は、ゴマのパンケーキ。ラベンダーの蜂蜜をおかけください」

 赤ん坊の手のひら大の、小さく薄いパンケーキを三枚重ね。蜂蜜をたたえた容器を中央に置く。

 これもすぐに二人の胃の中に収まる。

「穀物料理の一皿目プリモ・ピアットは、トルタ・ディ・タリアテッレです。堅いので、どうかそのまま手で召し上がってください」

 タルト生地にアーモンドバターを詰め、平たいパスタ・タリアテッレを細くしたものを上に敷き詰めて焼いた菓子だ。

 一見するとまるで乾燥したパスタのような、鳥の巣に似た外観をしている。

二皿目セコンド・ピアットは、鳩のクロスタータです。フィリングは現在のよく知られる甘い物ではなく、塩味のものにしました」

 メイン・ディッシュ。塩漬けの鳩肉に香辛料を混ぜて、タルト生地に流し込み、残りの生地を紐に作り、格子状に飾った菓子だ。生地は菓子に使う物と同じ物なので、甘みがある。

「最後に、ジェラートです」

 酸味の強いリンゴに砂糖なしで、バターやシナモンを詰めて焼きリンゴにして、キャラメルのジェラートとホイップクリームを添えた。

 それから少し遅れて、皿を出す間にお湯を注いでおいたハーブティのポットを二人の前に置く。

 選んだハーブは、料理で重くなった胃を優しく軽く、口をさっぱりさせてくれる効果があるもの。

 しかし……、コンスタンツァは疑問に思う。

 二人は料理についての感想も、会話を楽しむわけでもなく、粛々と食事を進めていた。

 王子も学院長も多忙だろう。食事しながら仕事の会話をするのでは、と思っていたが、違うようだ。自分を同席させ、説明させ……。

(これじゃ、お腹が空いたから食事する、というんじゃなくって、まるで食事の批評が目的みたいなんだけど……?)

「……いかがでしたか?」

 沈黙に耐えきれず彼女が問えば、

「とても美味しかったわ」

 ベリーニは丁寧にナプキンで口元を拭い、にっこりと笑った。

「恐れながら、殿下は……」

 王子に視線を向けると、彼も小さく微笑むと、落ち着き払って彼女に答える。

「今日のテーマは変わっていましたね」

 王子の言葉に、ベリーニは控えめに頷く。王子は続けて、

「今日のために作った料理ではありませんね? 王族に出すには華やかに欠ける。審査してもらうための菓子……そして昨日のコンテストと同じものです」

「これは、人間の発達と菓子の制作の過程ね?」

「はい」

 ベリーニの指摘にコンスタンツァは頷いた。

 どういうことか、と問う王子に対し、ベリーニは一つ一つ、確かめるように解説を始める。

「マチェドニアは、食物を得る始めの過程である採集。

 ゴマのパンケーキの蜂蜜がけは、古代ローマから続くレシピね。菓子の基本である粉と水と甘い蜜を使って、料理を作り始めたのがローマ。小麦は、採集の次の過程、農耕も示しているわね」

 ハーブティの香りを楽しむように、鼻の辺りでティーカップの湯気をくゆらせつつ、

「これに続いた一皿目のタリアテッレは、その小麦が加工段階に入ったもの。

 二皿目のクロスタータ自体は割合新しい料理だけど、塩味の肉にパイという組み合わせは、パンケーキと同じくローマから続いているわ。

 こちらは農耕に加えて狩猟ね。アサフェティダが入っていたのは見事だったわ。当時珍重されたスパイス・シルフィウムが絶えた後、代用品として使われていたのを、よく知っていたわね。

 ジェラートは主張がなかったのが残念だけど。みんなとても美味しかったわ」

 上品なだけでなく声自体に、自信に裏打ちされた説得力が満ちている。

「ありがとうございます」

 コンスタンツァはつい満面の笑顔で笑って一礼した。

 学院長に認められたのだ。

 そうしてから、しまった、と表情をただす。笑顔はいいが、お客様の前では節度を保ち、感情をあからさまにしないこと、といつも師・リゼットから言われている。

(私の料理が食べたいと思われてる、なんて過信はしてないけど。まだまだ無名の、押しかけ弟子、見習いだもんね)

 だが、とがめられることはなかった。

「あなたはぜひ我が学院へ来るべきよ」

 コンスタンツァはのんきすぎて、つい、本音が出た。

「ほ、本当ですか!?」

 言ってしまってから、しまった、とあわてて口を塞ぐ。いくら何でも言い過ぎた。

「すみません……あの、でも、実はお金が」

 学費が払えるくらいなら、今ここにはいなかっただろう。

 実家は裕福とはとても言い難く、今菓子職人を目指していられるのだって、夫妻が住み込みで勉強させてくれているからだ。もしなれたとして、特待生で学費免除にならないと、たとえ食事を試作品で済ませたって、とても暮らしていけないけないだろう。

 コンスタンツァが罰の悪そうな表情をしてたのだろうか。ベリーニは、安心させるように一層ゆっくりと言葉を続けた。

「もちろん特待生としてよ。あなた程の実力があれば堂々と推薦状を書けるし、実技試験も全く問題ないでしょう」

 特待生というと――奨学金だ。

 学院の奨学金は、とれれば学費は入学金含めて一切免除、寮費もタダになる。

 幾度となく考えたことがある。それこそ<インヴォケイション>に押しかける前から。

(なれるものならなってみたい……でも)

 でも、普通の試験だってとても厳くて有名なのに、奨学金が取れるなんて逆立ちしたって無理そうに思えて、考える度に諦めざるを得なかったのだ。

「知っての通り、フィオリシェルゴの歴史に名を残す有名なパティシエの多くが学院の卒業生よ。その彼らが伝統を教えるの。履修しながら、学院内の仮設店舗で店を出すこともできるのよ。一般販売もしているしいい修行になるわ」

 小さくても、仮設でも、自分の店が出せる。

 コンスタンツァは心臓の動悸が速くなるのを感じた。

「そして学院で良い成績を残せば、あなたの師のように、小さな店を構えるだけの資金も出資できるのよ。勿論、低金利でね」

 ――自分の店。

 それは、たいした貯金もまだなく、いつも月末になると板チョコ一枚買うのにお財布に相談しているコンスタンツァにとって、大それた夢だった。

 でも、いつかはもちたいと思っていた。

(シフォンケーキに塗ったクリームのような白壁に、こんがりビスケット色の扉、窓には色とりどりの花を飾って、テラスなんかでお茶できて、ショーケースには色とりどりのケーキやクッキーが並んで……あははうふふ……ほーらガトーオーフレーズに乗った苺が欲しかったら捕まえてご覧なさい……クリームも付けないと許さないぞ~……って。はぁぁ)

「あなたも、リゼットさんのようになりたくない?」

 その問いかけがどんな意味を持つのか、まだコンスタンツァは知らないまま、

「なりたいです!」

 反射的に、返事をしていた。

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