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ドルチェ・デ・ドゥージェ! 〜王国軍第十二師団麾下製菓中隊〜  作者: 有沢楓花
第1章 思い出は宝石のように(パート・ド・フリュイ)
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「お腹が空いた人が盗み食いに来た、じゃなければ……」

「……泥棒?」

「コニーさん、どっちも泥棒だよ、それ」

「外部と内部の泥棒だと結構違うと思う」

 開いた扉を前に二人は顔を見合わせる。

 コンスタンツァののんきさに、フィオリーノは困ったように、

「そりゃあ結構違うけど……。新参者が、たとえば盗品の横流しを見つけたとしてだよ、厄介なことにならないとも限らないし……。ううん、単に掃除や整理してるのかもしれないよ? そっちの方が可能性高いと思う。ねぇ、やっぱり引き返そうよ」

 彼の言っていることはもっともだった。

 そもそも夜中こんなところまで出歩いている方が悪い。そのうえ厄介ごとに首を突っ込むのはもっと悪い。

 コンスタンツァは何秒か迷ったが、

「……でも、泥棒だったら扉をすぐ占めて閉じ込めることくらいはできるし、そうでなければ倉庫の整理のお手伝いしてしまえばいいような気が」

「楽観的過ぎますよ」

「じゃあ、フィオはここで待ってて」

「コニーさん!」

 フィオリーノの制止を今度は聞かず、コンスタンツァはそっと扉を開くと中に入り込んだ。

 真っ暗かと思ったが、奥の壁にぼうっと光の帯の残滓が伸びて、棚のかたちを部分的に浮き上がらせていた。

(誰かいる……)

 ごくり。喉が鳴る。暫く暗闇に目を慣らし、コンスタンツァはゆっくりと壁際に手を這わせながら進んでいった。

 金属の棚は、ひやっとして、今まで忘れていた初秋の冷たさを思い出させた。まだ昼間は暑い日があるが、朝晩はめっきり冷え込むことが増えてきた。

 何か粉が詰まった袋は手を置くとぎゅっとちいさな音がした。置かれた棚の木肌のざらざらした感触。

(静かに、そっと……)

 慎重に進んでいたつもりだったが、足に何かがぶつかった。

 ――がたん。

 床に置かれていた木箱を蹴ったのだ、と気付いた時には、遅かった。ぎゅっと身を縮こまらせたが足音が近づき、ライトを向けられる。

「誰かいるのか?」

 眩しさを感じ、咄嗟に腕で顔を庇う。逆光で良く見えなかったが、それは少年から青年に変わりかけた男の声だった。

「……何でこんなところにこんなガキが……」

 男が呆れたように呟いている隙に、コンスタンツァはこわばる身体を叱咤して照明から無理やり抜け出して、暗闇に隠れた。

 ちらと見えた男の服は、粗末で薄い上下で、床に大きなザックを置いている。

「泥棒……っ。早く誰かに知らせて」

 扉に向けて声をあげる。大声のつもりだったが、大した声は出なかった。

 それでも泥棒は焦ったのか、こちらを捕えようとライトでさっと部屋を撫でると、チッと舌打ちしてチーズの塊をザックに突っ込むと、担ぎあげた。逃げるつもりだ。

 ……そうコンスタンツァが認識したと同時に、彼女の瞳は部屋の隅の冷蔵庫を捕えていた。

 追ったら危険だ。

 自分は軍人でも何でもない。

 相手は男だ。

 抵抗したら殺されるかもしれない。

 無意識下の判断に伴う恐怖という感情が彼女の動きをぎこちなくさせ、声を出させなかったのに。

 それを見た瞬間、彼女の理性は半ば吹っ飛んでいた。

 開けっ放しの冷蔵庫の中に、白い柔らかそうな固まり。それはクロテッドクリーム。脂肪分の多い牛乳を使って作る、バターと生クリームの中間のようなこっくりした味わいで、イギリスのティータイムに供されるスコーンには欠かせない。その他、料理にコクを出したい時にも使われる。

 そんなクロテッドクリームだが……非常に腐りやすい。

 田舎育ちの彼女には冷蔵庫だって高価なもので。

(それをわざわざ開けっ放しにして食材腐らせるようなことするとか、食材泥棒の風上にも置けない……っ!)

 暗闇を出口目がけて駆けだした男の後を、コンスタンツァは追った。勿論冷蔵庫のドアを閉めておくのは忘れない。

 田舎で遊ぶ道具と言ったら大自然、野山を駆け回って来たコンスタンツァは、脚は早くなかったけれど障害物競争とスタミナにはそこそこ自信があった。

 扉を開け放って出ていく男の背中を見失わないように。視線は外さない。

「コニーさん、待って、何処に行くの!?」

 背後でフィオリーノの声がしたが、構わず走り続けた。

 相手には重い荷物というハンデ、おまけに軍の施設内。まさか正面玄関から堂々と出るわけにもいかないだろうし、すぐに壁にぶち当たるはず……。

 この時には彼女は、捕まって殺されるとかいう想像をすっかり頭の中から追い出していた。

 何となく相手の声が凶悪犯っぽくなかったのもあるが、すぐに味方が駆けつけてくれるだろうと思っていたし、

(一度、捕まえてちゃんと食材の扱いについて勉強してもらわなきゃ!)

 などと、思っていたからである。

 ――しかし、敷地の壁に辿り着いた時に、ふっと男の姿が消えた。周囲には隠れられるような場所はなく、茂みが少々生えているに過ぎない。

 右に行ったか、左に行ったか。……どちらにも壁は続いている。当然だ。元々どのような施設だったのかは分からないが、今は軍の施設として使われている以上、最低限のセキュリティ対策は講じられている――いま現に泥棒が入っているのは何なのか、という話はあるが――ために、敷地は壁で囲まれている。出入り口部分には鉄扉があり、夜中は門が閉り、人が立って警備をしていた。

 外を走れば走るほど、誰かに見つかる確率が増えるだろう。

 コンスタンツァは昔兄弟とした鬼ごっこを思い出すと、茂みを両手でかき分けた。羽織ったカーディガンに枝先が絡む。

「……あった」

 そこには穴が開いていて、壁の外へと続いていた。覗き込むと、白い袋……ザックが土埃にまみれながら、ずりずりと引き出されているところだった。

「ちょっ、お前何で付いて来るんだよ!?」

 角度の急なU字の穴から這い出そうと、地面に手をかけると、ザックを背負い終えた男と眼が合った。

 男……いや、少年と言った方が良かっただろうか。

 コソ泥、もといコンスタンツァにとっては凶悪なクロテッドクリーム殺害未遂犯、兼、電気代浪費犯でもある彼は、コンスタンツァとさほど変わらない年齢だった。2、3歳くらい年長だろうか。

 目を三角に釣り上げたような意地の悪い顔立ちではなく、灰青の瞳が人懐っこく丸くて、むしろ子犬を思わせる。

「何でって、人のもの盗んでおいて追いかけて来るなっていう方がムシがいいんじゃないですか?」

「ったく、危ないからもう着いて来るなよ!」

「何言ってるんですかっ」

 体を地上に引き上げた時、再び少年は走り出していた。

 息を一度整えてそれを追って路地に入りながら、コンスタンツァは初秋の冷え冷えとした路面で、小麦の藁に包って横たわっている人の姿を見た。

 横を駆け過ぎて、その手が足首に触れ、カサつき皮がむけてささくれだった小枝のような感触に、背筋を冷たいものが走る。

「何か……食べるものを……」

 それは先ほど倉庫で泥棒と出会った時よりも、ぞっとさせた。まるで死にゆく者の声で――いや、分かっている。これからこのまま冬が来れば、彼は、死ぬのだろう。

 ごめんなさい、とも言えず口を引き結んで駆ける。

 何のために走っていたのか、どうしてこんなことになったのか。

 訳の分からないまま辿り着いたのは、一軒の、小さな、古びた教会の前だった。


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