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ドルチェ・デ・ドゥージェ! 〜王国軍第十二師団麾下製菓中隊〜  作者: 有沢楓花
第1章 思い出は宝石のように(パート・ド・フリュイ)
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 フィオリシェルゴ王国軍には幾つかの師団があり、各師団は幾つかの兵科からなっている。師団の下には旅団、連隊……とあるが、補給部隊は師団の参謀本部直轄であった。

 そして製菓中隊が唯一存在する、この第十二師団<女王レジーナ>を任されているのが王家たるアルベルティーニ家のフランチェスコ第一王子であると知ったのは、コンスタンツァが夕食の席で、クラウディアから皆に紹介された時だった。

 紹介はとちらないでできた。先程「定員に満たない」と言われていたように――主食を焼き上げる製パン中隊と同じ中隊であること自体がコンスタンツァには不思議だったが――30名ほどで、菓子を作るという仕事のためか、女性の軍人の姿も多かったからだ。

 ……と、控えめだがやっと笑顔を見せたのはフィオリーノの方で、彼の笑顔はしかし食事が始まって数分後に凍り付くことになる。

「こ、こんな食事だったなんて……」

 元凶はぶつぶつ呟くコンスタンツァだった。スプーンをぎゅっと握りしめたまま、ぐるぐるとスープ皿をかき混ぜている。

「ど、どうしたんですか? コンスタンツァさん?」

「分かってるんですけど、どんな食事だって感謝して食べなきゃって……でも、これは、これは……あまりにも」

 周りの軍人たちが、コンスタンツァの手が震えだしたのを見てぎょっとする。特務少尉とはいえ周囲から見たらお嬢ちゃんにしか見えない彼女の緊張を解こうと、あれこれと冗談を言っていた最中だったから、尚のことだ。

「どうかしたの?」

「どうかしたの、じゃ、ありません。あまりにも! 適当すぎますっ」

 焼き過ぎて焦げたパン、噛み切れないほど固い肉にぐずぐずのジャガイモがどろどろの何かになっており、食べごろを過ぎてカビ臭が強いチーズ、何故か苦くて酸っぱいレモンティー……。これらを目の前に、コンスタンツァはめまいがするほどだった。

「作ってくれた人に失礼だっていうなら、どうして農家にも、死んでくれた豚にも失礼じゃないんですか!」

「お、落ち着いて下さいっ……」

 思わず軍人に詰め寄る勢いのコンスタンツァは、慌てて止めに入るフィオリーノに、今度はぎろっと視線を向けた。目が、座っていた。

「落ち着いてられませんっ、一番美味しいのがりんごだし……あ、いえ、りんごが美味しいのは当然なんですけど、産地ですし! だからって……」



 ――結局、コンスタンツァが落ち着いたのは食事を終えて自室に戻ってからだった。

 たまたま料理が苦手な人が食事を作っていたのかもしれない……その割に皆平気な顔をしていたから、もしかして料理下手な人間ばかりを集めたんじゃないだろうか、と、ベッドに寝っ転がりながら彼女は勘ぐっていた。

 たき火で大鍋で調理というならまだしも――それだってあんなにはならないと思う――ちゃんとしたキッチンがあるのに、少しでも料理の経験があるならああはならない。

(補給部隊って、食事も作るって言ってたような……? あれだったらみんな、「自分が作った方がいい」ってなるんじゃ……)

 今日は早く寝るようにと言われたのに、コンスタンツァは悶々としてなかなか寝付けなかった。

 勿体ないという理由で渋々あの食事を全部お腹におさめたものの、ただ腹が膨れる食べ物というだけでは、食事をした気にならない。育ち盛りの少女は既に明日の朝の食事の内容に思いを馳せ……いや、心配していた。

 もしも毎日あのような食事だったら。

 クラウディアが、まずはこの生活に慣れてくれと言ったのが気遣いを含んでいるのは重々承知していたが、その間中ずっとあの食事を食べると想像するとうんざりする、というか馴れそうにない。

(喉、渇いたな。……ついでに見てこようかな)

 そして腐った食材があったら取り除いて、多分してないから、野菜をちゃんと合った形に立て直して整理して……それくらいなら許される、だろう。

 希望的観測に従ってコンスタンツァは身を起こすと丸いかけ時計を見た。丁度時計の針は重なって直立している。夜中の12時。

(……ちょっとくらい大丈夫だよね……?)

 コンスタンツァは着替えて部屋を抜け出すと、しんと静まった廊下を抜けて女子寮を出て、敷地を小走りに抜けようとして、男子寮から出てくる人影を見付けた。

「あっ、コンスタンツァさん」

 ぺこりと頭を下げたのは見覚えのある姿……フィオリーノだった。シンプルなシャツに長ズボンという私服でようやく、年頃の男の子に見える。かわいい、という形容を抜くのは無理そうだったが。

「どうしたんですか? フィオリーノさん」

「……あの、ちょっと喉が渇いて……、……というのは口実で」

「もしかして、やっぱり朝ご飯が気になるんですか?」

 コンスタンツァの真面目な顔に、本気だと取ったのだろう、フィオリーノは苦笑した。

「違いますよ。眠れなくて風に当たろうとしたら、窓からコンスタンツァさんの姿が見えて……こんな時間に女の子が出歩いて、危ないじゃないですか?」

「それは……どうでしょう……」

 コンスタンツァは、言葉を濁した。外見だけなら彼の方が圧倒的に美少女なわけだし、彼に言われるのは複雑な気分だ。

「キッチンに行くなら、僕もついていきます」

「いいんですか? フィオリーノさんもその、規律違反……とかでしたら、付きあわせるわけには」

「フィオでいいですよ。それから丁寧語はやめてください。あと、ここでは僕が助手なんですから」

 にこりとフィオリーノは笑った。今までとは違う、親しみやすい笑顔だったのは、プライベートな時間だったからかもしれない。

「でしたら、私のこともコニーって呼んでください、丁寧語も禁止です。私はまだ学院に通えてないわけですし、先輩になるかもですから。

 ……それじゃあお言葉に甘えて。実は私……」

 二人はこれまでの事をあれこれ話した。共通の知人であるモニカとの関係や、二人が知り合いだと思われてフィオリーノがここに呼ばれたこと、彼の王都の実家がちいさな菓子店で、兄が後を継ぐので将来は他の店へ就職すること……。コンスタンツァが学院生でも何でもないこと、何故か王子様に呼ばれたこと。

「何故って、何となく理由が分かる気がするけどね。コンテストでは殆ど横で見てたけど、なんていうか、作っているときも食べているときもすごい集中力だし、こうやってキッチンに忍び込むくらいだから。さっきだって食堂であんな風に言うからはらはらして……」

「実は、時々見境がなくなるってリゼットさん――あ、師匠なんだけどね、よく言われるんだ」

 コンスタンツァは困ったような顔をしてみせたが、夜中にキッチンに行くような人間がそんな顔をしたところで説得力に欠けていた。

 彼女はキッチンに続くドアノブを握って、捻ってみた。しかし、固い手ごたえが帰って来るばかりだ。

「ねぇ……こっち、開いてるよ?」

 裏口を見て回っていたフィオリーノの手招きに応じて行ってみると、確かに裏口の扉がうっすらと開いていた。

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