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ドルチェ・デ・ドゥージェ! 〜王国軍第十二師団麾下製菓中隊〜  作者: 有沢楓花
第1章 思い出は宝石のように(パート・ド・フリュイ)
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「まだいたのか」

 部屋に戻ったクラウディアは、マグカップを取り出したアルベルトの向かいに腰を下ろし、足を組む。その視線は少女たちがいた時よりも幾分鋭かった。

「正直、お前がここに来るとは思わなかったな、アルベルト・シモネット軍曹――いや、少尉」

 アルベルトと呼ばれる青年に、クラウディアは別の名を突き付ける。

「しかも偽名まで使ってか。どこの密偵のつもりだ」

「そんなにロマンあふれるものじゃない」

 アルベルトは左手をひらひら振ると、挿し湯した紅茶をカップに注いだ。

「んー、ちょっと薄くなってきたかな」

「……どうしてこんな後方に? 派手好きの癖に、功もなにもないものを」

「上官の目には、娘をもてあそんで捨てた最低な男、そう映ったんだろうさ」

「前線に送られなかっただけで感謝するんだな」

「感謝してるさ、君にまた会えた」

「思ってもないことを」

 クラウディアはにらみつける。

「置き土産は南部産1955年ものだった、酔っ払って俺のことを忘れてくれるようにね」

「何故お前が飲まない」

「酒は酔うためじゃなく、女を酔わせるためにあるんだぜ?」

「皮肉のきいたプレゼントだな。指揮官が酔えるものか」

「……それにレーションに付いてくる不味いワインには皆飽き飽きしてるからな。勿論、君と飲む特別なワインは別に取ってある。無論、君と飲むならどんな安酒でも特別になるけどね」

「戯れ言を。女なら何でもいい人間の言葉が信用に値するとでも?」

 アルベルトは声を殺して笑うと、クラウディアにもう一杯紅茶を注いだ。

「ミルクは?」

「自分で入れる」

 クリーマーからミルクをどぼどぼ注いでおいて、紅茶の色が消えてしまってから、クラウディアは眉をひそめた。その様子にくくっと笑い、

「ほんと、うっかりなところは変わってないなぁ。それとも俺と二人っきりで緊張した?」

「っ……だ、だ、だ、誰が貴様などと一緒で緊張するものか!」

 叫びながら立ち上がりかけて、はっとして、勢いよく腰をソファに沈める。

「まったく……馬鹿さ加減は学生の頃から全く変わっていないな」

「それが俺のいいところ」

 悪びれもせずに言うアルベルトを呆れたように見てから、クラウディアは長い長いため息を吐いた。

「それで、シルヴィウス・デ・シーカ少尉。もう一度聞く。何故お前が私の中隊にいる?」

「上が、俺と少佐殿と知り合いだったことを調べきれなかったんだろ。俺もまさか少佐殿が製菓中隊に配属されてるとは思いもしなかったし。

 あとひとつ、ここ、本当に『後方』だと思ってんのか?」

 クラウディアとアルベルトは同じ陸軍士官学校の同期生だった。同期とはいえ、アルベルトは歩兵科、クラウディアは工兵科と、兵科が違うので接点はそう多くない。その後の進路も、大学進学したクラウディアとそのまま現場に配属されたアルベルトでは、違う。

 士官学校時代から──いや、高校に通っていた頃から遊び人で、女性をとっかえひっかえしてきた彼の交際歴を全部調べ上げることはできなかったのだろう。いや、最初から諦められていたのかもしれない。だから知られなかったのだ、数多の恋人達の中にクラウディアがいたということも。

 クラウディアが交際を秘密にしたがったということもあるが、当時二人の付き合いを知っていた数少ない友人たちも、その取り合わせに口々に意外だとか物好きだとか天変地異だとか言ったものだ。

「そうだろうな。でなければ貴様とは別の誰かが来ることになったのだろう。それとも私ではない確率の方が高かったか? では聞くが、偽名を名乗る本当の理由は何だ。諜報部にでもスカウトされたのか?」

「……答えなきゃ駄目か?」

「こういう手段はあまり取りたくはないが、実際はどうであれ表面上は私が上官だ。私は貴様を『極めて危険な任務』にも就かせることができる。そんな事態は望ましくないだろう」

 アルベルトは肩をすくめる。

「諜報部所属かっていう質問なら、それはNoだな」

「では何故」

「そんな怖い顔をすると美人が台無しだぜ」

 からかうような口調ではなかったが、クラウディアは眉を吊り上げてがちゃん、とカップをソーサーに叩きつけた。

「ふざけるな! 私には部下を守る義務がある。貴様が敵国に内通している可能性がないと断言できない以上、不安要素は潰す」

「今は駄目だ。そうほいほい話したら俺の首が飛ぶ」

「今ここで私に首を刎ね飛ばされる方がお好みか?」

「──勘弁してくれよ」

 そうアルベルトが言ったときだった。

 扉をノックする音が聞こえた。いいんですか、とアルベルトは目で語る。クラウディアは紅茶を一気に飲み干してから、

「どうぞ」

 声を投げた。見事に平静な声に戻っている。

 扉が開いて入って来たのは、三十半ばの男だった。細身の体を長いローブ状の服でゆったりと包んでいるのは奇妙に思えたが、首からロザリオをかけており、聖職者だとすぐに判った。

 明るい茶色の髪に灰青色の落ち着いた眼差しと雰囲気は、アルベルトとは正反対だ。

「彼もですか?」

 その細身の男はアルベルトをちらりと見やり、意外そうに尋ねる。

「そうだな……予定外だったが、丁度いい。シモネット軍曹にも聞いてもらおう。二人とも、そこに座ってくれ」

 クラウディアは席を立って場所を空ける。窓際の自分の椅子に腰掛けると、二人に向かって、コンスタンツァの到着を報告した。

「挨拶は夕食の席でしてもらう。今回の試みは異例続きであり、戸惑うところが多いと思うが、民間人の彼女を支えてやって欲しい。

 特にシメオン神父はその立場上、相談を受けることも多いと思うが、宜しく頼む」

 ローブ姿の男は、ゆっくりと頷くと質問を返した。

「どんな様子でしたか。まだ少女だと伺っています。さぞかし不安でしょう」

「……意外と平気そうに見えたが、まだ状況をよく呑み込めていないためだろう。後々疑問や不安が襲ってくるだろうな」

「私も当初はそうでしたからよく分かります」

 シメオンと呼ばれた男は、深くゆっくりと頷く。

「従軍してから多くの人の死を看取ってきました。この街でもそのようなことがないことを祈るばかりです。ことに少女の前では……」

「心配には及ばない。あくまでここは、製菓指導を受けるための……お料理教室だ。人よりも豚や牛の死を見ることの方が多いだろう」

 クラウディアはそう言ったが、自身に言い聞かせるような口調だった。

「二人には話しておこう。サント・アンセルモはのどかな街に見えるだろうが、実質、共和国のいち商人の支配下にある」

「ノルドランディシュの? しかし反乱の噂などは聞こえてきませんが……?」

 シメオンはやや首を傾げる。クラウディアはそれを、ああ、と肯定した。

「以前からこの街のりんご畑を買い取っていき、今はその殆どがその商人のもの、というわけだ。ろくな産業がないこの街の住民は、インドの茶、ブラジルのコーヒーのように安価な労働力で働かされている。と同時に、一つの作物に偏った大規模な栽培は飢餓を招き……そして、様々な不満を抑えるために、彼らは武装し始めた」

 クラウディアは言った。

 この街の調査こそが我々の任務である、と。


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