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ドルチェ・デ・ドゥージェ! 〜王国軍第十二師団麾下製菓中隊〜  作者: 有沢楓花
第1章 思い出は宝石のように(パート・ド・フリュイ)
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 建物の脇を通って正面、道路に面した場所に、正面玄関があった。

 典型的フィオリシェルゴ様式の建造物は、地上三階。

 白い漆喰で塗られた外壁の上に、モスグリーンの雨戸が開け放たれた長方形の窓が並び、周囲を同色の飾り枠が取り囲んでいる。

 屋根は糖衣を煮詰めて絡めている最中のアーモンドと、ヌガーを互い違いに貼り合わせたような色をしていた。

 一見すると公民館かちょっと大きめの民家のような佇まいだ。だがそこには花の飾ってある木の扉ではなく、教会の入り口のような、大きな鉄扉が付いていた。

 鍵をかけてないのだろう、分厚い扉が金属のこすれる音を立ててゆっくりと開く。

 そこは小部屋になっていて、脇には博物館の受付のような硝子窓のカウンターがある。アルベルトが声をかけてから、正面の二つめの、今度は民家サイズの鉄扉を開ける。

 二つの目の扉をくぐると、真っ直ぐ通路が延びていた。

(長い車の旅とアルベルトさんのおかげですっかり忘れてたけど、ここは軍事施設……なんだよね?)

 ごくりと喉が鳴る。

 カーキ色の見慣れない服を着た、体格のいい人が通り過ぎる度、コンスタンツァは先を行くアルベルトの背中に隠れるように歩いていった。

 幾つか角を曲がり、アルベルトは、今度は樫材の分厚い扉をノックする。

「シモネットです。例のお嬢様をお連れしました」

「入れ」

 女性の声がした。誰か偉い人の秘書さん、とかだろうか。

「大丈夫、取って食いやしないからさ」

 アルベルトはウィンクをしてから、扉を開ける。

「失礼します」

 窓もない部屋の中央に、二十代半ばだろうか、女性がそこにいた。ものものしい机で堂々と書き物をしていたが、ペンを置いて顔を上げた。

「ご苦労」

 美女は腰にまで届きそうな長い黒髪を背にやりながら、椅子から腰を上げた。ブーツの踵を鳴らして机を迂回し、私の前に立つ。

 身長が150センチと少ししかないコンスタンツァよりも頭半分は背が高いため、間近に立たれると見上げるような格好になってしまう。コンスタンツァがすらりとした長身に圧倒されるのとは対照的に、長いまつげに縁取られた深い黒の瞳が、真っ直ぐに見つめていた。

 秘書さん、ではないらしい。容姿だけなら大企業の受付嬢でも秘書でも遜色ないだろうが、編み上げのブーツから伸びているすらりとした脚を覆っているのはカーキ色の長いズボンだった。白いシャツにネクタイを締め、フラップ付きの大きなポケットが幾つも付いたジャケットを羽織り、腰でベルトを締めている。

 ジャケットの襟と、肩の部分に何かの文様や星や線が描かれたアップリケが付いていて、それはいつか戦争映画で見た階級章とかいうものだった。

 廊下で見かけた人よりも豪華に見えたのは、そのほかにも金や銀のバッジが付いているからだ。

 そしてもう一人。

 書き物机の前、コーヒーテーブルを挟んで置かれたソファに、見覚えのある少女が座っていた。慣れない軍服に着られているといった風の彼女は、見覚えがあった。

(あっ!)

 思わず声を上げそうになる。彼女は、学院で苛められているという、あの、コンクールを手伝った美少女だった。美少女はこちらに気付くと小さく頭を下げた。

 美女と美少女と美青年の取り合わせに別の意味でコンスタンツァが場違いな、居心地の悪さを感じていると、美女が口を開いた。

「初めまして。私の名は――」

 が、その言葉が終わらぬうちに、アルベルトの言葉が被せられる。

「彼女はシシィだよ」

「シシィ?」

「胸のカップがCだから」

 どう反応したものか、少し考えて、コンスタンツァは美女の胸を見る。

(リゼットさんほどじゃないけど、Cカップよりは大きい……)

 視線に気付いたのだろうか、彼女は、

「軍曹、下らんことを教えるな! それにCカップではない。こほん、私の名は」

「クラウディア・コルツァーニ。きれいな名前だろ?」

 台詞を奪い取った男に美女は間髪入れず、

「クラウディア・コルツァーニ。階級は少佐だ。この部隊の長を務めている」

 美女・クラウディア少佐は、アルベルトに厳しい一瞥をくれると、

「こちらの馬鹿者が無礼をしてはいなかっただろうか?」

「まさかー。名前で呼び合う仲ですよ?」

「ちょっ……!」

 呼び合ってない。コンスタンツァはついまじまじと見てしまったが、平気な顔をしている。

「貴様には聞いていない。……そうか、大変な無礼をしたようだな」

 いつもの事なのだろうか、クラウディアはアルベルトに冷たく言い放つ。

(初対面の私にこんな事平気で言うくらいだから、こんな美女の少佐さんにはいつもさぞ……)

 美辞麗句を並べているのだろう。想像に難くない。

 フィオリシェルゴは美女と見たら口説く男性が少なくないから、彼がが突出して変というわけではないけれど。

「いえ、そんなことはないですよ」

 ぱたぱた手を振って否定する。それ以外に何ができるだろうか。

 実際失礼なことはされてない、と、思う。

「そうか。もし何かあったらこれから遠慮なく言って欲しい」

「焼き餅焼いてるんですか」

「貴様は黙っていろ」

 下らない一言で、コンスタンツァはひやりとしたが、馴れているのだろう、クラウディアはぴしゃりと言い放った。

(軍って上下関係厳しいって聞いたことあるんだけど、上官にそんな口をきいて平気なのかな……)

「立ち話もなんだから、そこにかけてくれ。……軍曹」

 そんな思いも余所に、クラウディアはコンスタンツァには平静な声でソファを示した。言われたとおり、美少女の横に腰をかける。

「はいはい。コーヒーと紅茶、どちらがいいですか」

 アルベルトは適当な返事をすると、コンスタンツァにに向かって聞く。

「じゃあ、紅茶で」

「ミルクは入れます? レモン? それともオレンジ? 名産のりんごもあるけど」

「ミルクをお願いします」

「ミルクは先に入れます? 後で?」

「後にします」

「暖めます? そのままで?」

「そのままでいいです」

「ミルクの牛種はジャージー種とホルスタイン種とブラウンスイス……」

「何でもいいからさっさと行ってこい!」

 会話を遮られて、かしこまりましたと恭しく一礼し、アルベルトは部屋を出て行った。

 コンスタンツァとりあえず、ソファに座った。

「済まないね、ああいう性格なんだよ」

 クラウディアは苦笑して、向かいのソファに座り、今度は美少女の方を手で示した。

「あれのせいで遅れたが、こちらも紹介しておこう。学院からもう一人派遣してもらった君の助手だ。経緯は聞いている、名前は知っているだろうが……」

 ぺこり、と美少女は頭を下げた。控えめで女性的な仕草に、ブラウスとハーフパンツが少年らしい倒錯的な色気を醸し出している。

「実は、お話ししそびれていましたよね。モニカさんが話した時にちょうど鐘が鳴って……」

 美少女は笑顔で、こちらも控えめな声で言った。

「あの時はお恥ずかしい所をお見せして済みません」

「はい。あ、……いえ、気にしないで下さい。……あの、フィオさん……ですよね。お名前は、フィオレッラさん? それともフィオリーナさんでしょうか?」

「フィオリーノです」

 質問に、美少女はそう答えて、そして、コンスタンツァは狼狽えた。

「……あの、……えぇと……フィオ……リーノ……さん?」

 それは、男の名前だ。

「す、すみません! もしかして、モニカさんから聞いてなかったんですか……? ……ご、ごめんなさい! 僕、だますつもりは全くなくて!」

 フィオリーノは、顔を真っ赤にして、ぶんぶん、と手を大きく横に振った。

「その……僕、男、なんです。こんな恰好でしょう、だから間違えられたり、ああいう目に遭ったりして……。あ、言いにくかったらフィオって呼んでください」

 コンスタンツァはつい、まじまじと彼女、いや彼を見てしまう。

 よくよく見れば、肩幅は女の子よりも少し広く、すらりとした脚にも特有の丸みはない。服装だって、よく見れば全寮制の男子校でも違和感がないようなものではあった。胸まで伸びた長い髪――これだって、長髪の男性だっていないわけじゃない。

 ただそれらが全部合わさって女の子に見えただけ……。

(……って、ショックだ……)

 お菓子のこと以外ほとんど無頓着なコンスタンツァだったが、一応性別が女である自分とのあまりの違いに呆然とした。二人で並んでどちらかが男だから当てて見ろ、とでも問われれば、十中九人が自分を選ぶだろう。しかしそれにしても、どこからどうみても美少女……さらさらの髪の秘訣は何だろう。

「わざわざこちらまで来てくれてありがとう。事情はどこまで聞いているかな」

 あまりに呆然としすぎて、クラウディアがそう助け舟を出してようやくはっと気付いたくらいだった。

「あ、はい。ええと、そうだ、私はコンスタンツァ・オルランディといいます。料理を教えてくれと言われています」

「概ねその通りだ」

 軽く頷き、

「君は軍隊についてはどの程度知っている?」

「すみません、正直、よく知らないんです」

 他国と戦争になったら戦う兵隊。そんな認識しかコンスタンツァにはない。

 国境警備とか、敵国の軍事行動を調べたりとか。そういうことをしてるんだろうな、と思う程度。

 軍隊の制度とか装備とかについては全く知らない。弱小軍らしいというのは聞いたことあるが、国も小さいからそんな評価も致し方ないところだ。

「さっぱりか。それはいいことだ」

「え?」

「軍隊など、必要ないのならばない方がいいものだ。あなたのような少女が軍隊に詳しくならざるを得ないようでは困る」

 クラウディアはそう言って笑った。

「とはいえ、これから我が軍に一年とはいえ籍を置いてもらうのだ。最低限のことは覚えないと不都合だろう」

 コンスタンツァと、そしてフィオリーノがこくりと頷いて肯定を示すと、クラウディアは説明を始めた。

「軍隊というと、戦場で戦車を駆り、大砲を撃ち、歩兵が銃や手榴弾で武装して、土埃の中撃ち合いをする、と、こういうイメージがある。

 しかし、これは軍隊の一面だ。おおざっぱに言って、前線の兵を動かすためには彼らの凡そ四倍の支援が必要になる」

「支援、ですか。ということは、戦っているのは五分の一に過ぎないんですか?」

「そうだ。武器が故障すれば整備が必要だし、足りない弾薬や医療品を運ぶ人間も必要だ。食べなければ死ぬので食料を作る必要もある。補給という概念が少なかった古代の戦争などでは現地の略奪が殆どだったが、現代においてそれは非効率だ。

 余裕があるなら軍隊用の食堂で食べることもできる。が、前線にそんなものはない。そうなると自分たちで調理したり、余裕がなくなれば携帯食料を食べるわけだ。

 だがその量とて半端ではないからな。だからパンや肉を用意する専門の部隊などが軍隊に付いていってフォローする。尤も、武装は最前線で戦う者ほどではないから、後方に留まることも多い」

 製菓部隊もその一つなのだ、とクラウディアは続けた。

「第十二師団<女王レジーナ>麾下の製菓中隊……これが、この部隊の名だ。我が中隊の任は街に駐留し補給物資としての菓子を作ることだ。

 ただ、現在我が国は戦争中でもなければ内紛が起こっているわけでもない。先の大戦より四十年、政情は安定しており各国の治安レベルと比較しても、危険も少ない。基本的にサント・アンセルモの市街地の、この建物の中が職場だ。戦闘は起こらない、と思ってくれていい。

 とはいえ軍人が気を抜いていいものでもないからな。これは我が軍独特の税金の無駄づ……こほん、志気を維持するための景気づけだと思ってくれればいい。

 隊員も、一般的な中隊の定員を満たしていないしな」

「はぁ」

「早い話が、我々素人に菓子作りを教えて欲しい、ということだ。

 急務ではないため、さしあたっては、指導よりも暮らしに慣れることを優先して欲しい。その中で、菓子のみならず現状の食事を見て貰い、携帯する食事……戦闘糧食レーションについても意見が欲しい。

 ――以上。コンスタンツァ・オルランディ、あなたには特務少尉の身分が与えられる」

「とくむしょうい?」

「少尉は位。特務とつくのは、技能職だと思ってくれればいい。住居及び制服等配給品は全て用意してあるし、必要な物は酒保、売店や、外で買ってくればいい。疑問点は気軽に私かアルベルトに気軽に聞いてくれ」

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