結)生き返ったけど……
「チョー痛いーー」
二度目の叫びは痛みのためほとんど声にならなかった。僕は掛けてあったシーツを払いのけ、痛みのためにベッドの上でもんどり打つ。
「死人が生き返った!」
男の驚いた声が聞こえた。何処かへ連絡を取っているようだ。
「私だ。霊安室にいるのだが交通事故で運ばれた患者が生き返った。麻酔医師をこちらによこしてくれ。至急だ」
痛みで目を開けられない僕に、男は大声で話しかけた。
「私はここの医院長だ。すぐ麻酔医師を呼んだ。それまで我慢するのだ」
しばらくしてドアを開ける音がした。麻酔医師が来たのだろうか。
「――お前、ここには来るなと言っただろう。天上界はどうしたんだ。職場放棄か?」
医院長の慌てた声が聞こえたが、痛みを堪えるのに精一杯だった。
「――なにをするんだー!」
医院長の叫び同時に、頭に強い衝撃が来た。そのまま眠りについた。
目を覚ますと白い天井が見えた。体の痛みも感じない代わりに、感覚もなくほとんど動かすこともできない。かろうじて眼球を動かし周りの様子を確認する。右足は天井からつられ、右手もギブスで固定されている。首もコルセットが付けられているようだ。頭にも包帯が巻かれている。ここが病院の個室であることは分かった。
「――定ちゃん……」」
声の主は母さんだった。母さんは僕の隣で椅子に腰掛けていた。側には父さんもいたが慌てて病室から飛び出していった。母さんは僕の顔を覗き込んでそのまま鳴き出してしまった。
「――心配掛けてごめん……」
暫くして若い男性のお医者さんが父さんと一緒に慌てて駆け込んできた。お医者さんは涙を流す母さんと代わり、ベッドの脇の椅子の腰掛け計器類のデータを確認した後、「気がついたようですね。私の顔がわかりますか?どこか痛くないですか?」などと質問してきた。僕は一応に返答した。体のあちこちを調べられ一段落ついて彼に話しかけられた。
「あなたの担当医の木島です。あなたはここの病院に搬送されたときには、すでに呼吸も心拍も停止していた。確かに死んでいたのです。生き返ったと医院長から連絡があった時は、私も非常に驚きました。すぐに手術を行いました。大変な手術でしたがなんとか成功しました。今ここであなたと会話できるのは神様から賜った奇跡です。私は大いに感激しています。神のご加護に感謝しています」
――こいつも信者か?
感激するのも無理はなかった。目が覚めた今日はすでに手術から一週間も経過していた。
夕方にはかなり意識をもはっきりしてきた。そして突然の訪問者に驚愕させられた。片思いだった彼女が見舞いに来てくれたのだった。二人連れで……
「はじめまして、私、鈴木里美といいます。私がトラックに引かれそうになったところを、あなたが身代わりになって助けて頂いたことを、本当に感謝してます」
初めての会話だった。
「君が無事で本当に良かった……」
自分でも弱々しい声だと思った。
「私は少し後ろめたいとこあったんですけど、彼がちゃんとお礼を言いなさいって、一緒について来てくれたんです。これお見舞いです」
手に持った花束を見せてくれた。そして花瓶を借りてくるといって花束を持って部屋を出ていった。
僕は見覚えのある男と二人きりになった。僕は話しかける言葉が見つからない。でも相手はそうでなかった。
「僕もあなたにお礼が言いたかったのです」
唐突に切りだされた。
「事故のあと彼女と僕は警察署に連れて行かれ事情聴取されました。そこであなたが亡くなったと聞かされました。彼女はそれからすごく落ち込んで、会社しばらくも休んでしまいました。実は僕と彼女とは同じ会社の同僚でして、あの日会社は休みで、たまたまあの交差点で前から歩いてくる彼女を見つけ、僕は横断歩道も渡らず立ち止まって彼女を見ていたんです」
照れくさそうに続けた。
「前から彼女のことが好きで、片思いだったんですが、それがなかなか言えなかったのです。そしてあの日、トラックに轢かれそうになった彼女は、あなたに押され僕の胸に飛び込んできたんです。僕はしっかりと彼女を支えることができたんです。そして彼女の気持ちの支えにもなりたいと思いました」
「……」
「後日、事故の現場検証で僕も彼女も警察に呼ばれましたが、そのときあなたが息を吹き返したと聞きました。彼女もそれから元気を取り戻して、ここ二、三日は会社のも出勤するようになりました。僕と彼女の関係もなんとなく良くなって、会話も弾むようになり、これもみんなあなたのおかげです」
「……」
「僕も彼女に告白する勇気がわきました。次は僕が彼女を守ってみせます」
彼の宣言には僕も少したじろいだ。そして、僕の片思いは生き返ってもやはり終焉を迎えていたのだと知った。
彼女が花瓶にさした花を持って部屋に帰ってきた。隣の机の上に置くと、
「体に差し障りがあるといけないから、これで失礼します。早く元気になってください」そう言って彼を連れて病室を出ていってしまった。
――お幸せに
入れ替わりに誰か病室に入って来た。
「一文字さん、まだ生きていますか?死んでませんか?」
誰かと思えば医院長か。かなりふざけた医者だ。さっきの木島先生と数人の看護師さんを連れてぞろぞろと病室に入ってきた。一応に問診を行った。そのあと、若い女性の看護師さんが二人がかりで包帯を交換したり、傷口を消毒したり、手や足の指先まで拭いてくれた。動けない僕はされるがままである。
――まるでハーレムみたいだな。極楽極楽。股間は少し元気になったかも……
「今や君はちょっとした有名人だ。自分の命を犠牲にして人を助け、そして死の縁から生き返った。救世主再来だと報道しているテレビ局もあるくらいだ。インタビューの申し込みが殺到している。勿論、君は重症患者であり絶対安静を理由に断っているけどね」
「はあ」
「そこでだ、我が教団の広報主任になってくれないか?」
「はあ?」
「君は定職についてないんじゃないか? 健康保険はお父さんの扶養にだし、」
「そもそも、僕はあなたの教えの信者になったつもりはないんですけど」
「もう天国に行きたくはないのかな? フレイヤに会いたくないのかな?」
「――女神様はフレイヤさんって名前ですか? ……痛たたっっ」
けが人であることを忘れ起き上がろうとしたら、体中に痛みを感じた。
「その様子だと天国もまんざらでもなかったみたいですね。教団のパンフレットは置いときますので、十分考えてみてください」
そう言い残すと、またゾロゾロと病室から出ていった。
部屋の中はスタンドライトの明かりしかなく薄暗い。
夜になって眠ろうとしてもなかなか寝付けなかった。一週間も眠っていたのだから当たり前なのかもしれないと思う。さらに体中がジクジクと痛む。もしかして麻酔が切れそうなのか? かろうじて左手が動くようになっている。点滴のチューブが外れないように気をつけて、手探りでナースコールのボタンを探しだして押した。
――生き返ったけど僕は幸せになれるのだろうか。
勿論、父さんや母さんに再開できたことは良かった。でも生き返る動機になった彼女の件は解決していたし、また以前の滑稽な人生を送ると思うと少し気が滅入る。それにこの大怪我だ。お医者さん達はなにも言わなかったけど、後遺症がないとも限らない。それにいつまで入院していなくちゃならないのだろうか。それを考えると不安だ。
――フレイヤさんか。もう一度女神様に会いたいな
看護師さんがドアを開け病室に入ってきた。
「お呼びかしら?」
顔はよくわからないが、体の曲線はかなりグラマーだ、薄暗さもあいまって少しドキドキだ。
「体中に少し痛みがあって、眠れないのです。痛み止めと睡眠薬をお願いしたいのですが」
「そろそろだと思って、ちゃんと準備してきたわ」
彼女は背後からある物を取り出した、それは何度も小突かれた……
「ゲ! トールハンマー!」
近づいてきて、少しは明かりが届くようになった彼女の顔は、目と髪の入りは違うが、
――女神様!
「そろそろわたしに会いたくなってたんじゃないの?」
その問に思わず――ハイ! と答えそうになったが、今は生き返って痛みも感じる。もしアレで殴られたら、どんでもなく恐ろしい……
「――いえ、特に……」
「あら、冷たいのね。せっかく現世に戻ったときと同じように、痛みをとってあげようと、天国から来てあげたのに……」
――生き返ったとき、眠りについたあの衝撃は…… トールハンマーだったのか……、
「――本当にその節はお世話になりました……」
「思い出していただけましたのね。いえいえ、どういたしまして。それでは改めて」
両手で、大きな金槌を頭の上に振り上げた。
「ち、ちょっと待ってください。また一週間、眠り続けてしまうじゃないですか」
「心配にはおよびません。わたしの唇で起こして差し上げますので、安らかにおやすみください!」
――――ドカッーン
……「女神様~~」
……「あなたには早く元気になって人助けをしてもらわないと困ります。
そして多くの人を天国に導いてください」
……「そうか、僕は人助けをするために生き返ったのか」
……「そうです。そしてあなたも善行を積んで、天国で一緒に楽しく暮らしましょう。
十年後には……」
……「十年後にはもう死んでしますうか! 短すぎるだろー」
…… ――ド 完 ッ
『口語 新約聖書』
マタイによる福音書 第5章39節
しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。
ウィキソースより
最後までお読みいただき有難う御座いました。
面白さ以外の事も伝えることが出来たらと思い、書き上げました。(面白くなかったらごめんなさい)
皆様の感想をお聞かせいただけらた嬉しいです。
*なお地獄については、わたしの創作であり、私の書いた小説を「つまんねー」「くだらねー」と思われても強制労働が課されることはありませんのでご安心ください。