承)天国に召された理由
「一応、あなたが間違ってこの天国に来ていないか確認しますね」
「はい」
「名前は一文字 定男1990年2月10日生れ、性別男」
「はい。ところでなんで死んでしまったんでしょうか?」
「突然死の場合は記憶がとんでしまうことよくあることです。死因もこのFAXに記載してあります」
「FAX?」
眉をひそめ書類を覗きこむ。
「死因は交通事故。内臓破裂、頭蓋骨骨折、頚椎損傷、……虫垂炎、ミズムシ? 水虫が死因の訳ないわね。ドイツ語って難しい上にのたくった文字は…… 先生ちゃんと書いてほしいわ」
立ち上がって、書類を取り上げた
「これって病院のカルテじゃないですか!個人情報漏えいじゃねえか」
――ボカッ
「ところで、あなたはどなた様ですか?」
「この天国を管理している女神様です」
「ギリシャ神話の神様ですか?それとも、ローマ神話?」
「いえ」
「ではどんな宗教の神様なんですか?」
「新興宗教です」
「…………」
――ボカッ
「僕の父も母も仏教を信仰しているのに、何故僕はこの天国にきたんでしょうか?」
「あなたは生前、善い行いを数々しいました。だからこの天国にくることができたのです」
「例えば?」
女神様は手帳なようなものを取り出しページをパラパラめくる。
「例えば、小学4年生のとき、席が隣のイジメっ子に代わって給食に出た嫌いな人参を無理して食べてあげたりとか、中学生3年のとき、イジメっ子に代わっていつも掃除をしてあげたりとか、大学生1年のとき、化粧品代に困っている女性にデートもしてくれないのにバイト代全額を無償援助したりとか……」
「単にいじめられっ子だったんだよ。暗い過去は思い出させないでくれー!」
――ボカッ、(叫ぶな、ボケ!)
「交通事故の瞬間は最新AV機器で録画してあります」
片隅においてあるTVモニターを抱えて運んできた。女神様は座っている僕の前に重そうに置いた。その瞬間、女神様の白く豊潤な胸元が僕の眼差しを釘付けにした。彼女と目があった瞬間、彼女の白い平手がとんできた。
――バチン
「鼻の下伸ばしすぎです。あなたはもう死んでいるのですから、もう少し煩悩を消し去ってください」
「すいません……。ですが今は地上の世界ではブラウン管じゃなく薄型液晶テレビ主流なんですよ」
「えー!流行に取り残されたてしまったのね。パパに……、いえ、教祖様に買ってもらわなくては……」
「――どっちが物欲強いだよ……」
――ボカッ
「まだすべての記憶を取り戻してないあなたに配慮して、刺激の強い映像はカットしてあるそうです」
女神様はそう前置きをして、僕の隣に座りモニターのスイッチを入れた。
「女神様も見るんですか?」
「ええ、私もまだ見ていないので。あなたのことをもっと知る必要がありますから」
僕は少し恥ずかしかった。
TVモニター事故現場の交差点が映し出される。そこに映しだされたのは僕ではない。可憐で清楚な女性が横断歩道を渡っている。
「そうだ思い出した。彼女は僕の片思いの女性。彼女の姿を目で追っていたんだ……」
その女性を正面から撮影したアングルとなったとき、彼女から少し離れた場所で僕が呆然と立ち尽くしている姿が写った。
「あなたはストーカーをしていたのですか?」
「……」
猛スピードのトラックがモニターに映る。運転手は、過剰労働により居眠りをしている。交差点に突っ込んでくる。彼女はそのトラックに気づいた。その表情は氷のようにこわばり、足腰はすでに硬直している。
「あぶない!」
そう叫んだ瞬間、モニターの右端から僕が飛び込み、彼女を突き飛ばした。モニターの僕はつまずき、起き上がろうとするが、その表情には死を悟ったかの笑みが浮かんでいる。
トラックのブレーキ音が鳴り響く。もう避ける事ができない……。逃れられない……。
「……あの女神様、つまずいてから事故るまでに時間がすごく長いんですけど」
「事故のときは時間がゆっくり流れるって、それよ。それから死ぬ前に走馬灯のように思い出が……」
――ドカン!
「あなたが話しかけるから、迫力ある良い場面を見逃してしまったじゃないですか」
「僕も見逃してしましました。――てか、人が死ぬのが良い場面なんですか!」
女神様と僕はまたモニター画面に目をやる。そして、僕の思い出のシーンが流れる。
――イジメっ子に大嫌いな人参を食べさせられるシーン。
――イジメっ子にトイレを掃除させられるシーン。
――女生徒にかつあげされるシーン。
「あなたって、死ぬ間際ぐらい楽しいこととか嬉しかったこととか思い出せなかったのですか?」
「……」
モニターには今にも息絶えそうな僕の顔が映る。その視線が何かを探している。
「――そうだ、あの時の彼女は無事だったのだろうか」
僕の瞳に彼女の姿が写った。
彼女は押された勢いで向から歩いてきた男性の胸に飛び込み、強く抱きかかえられていた。そして、頬を赤らめている。
「あなたの片思いの彼女は無事だったのですね。よかったですね。まあ、受け止めた彼もいい男。彼女も幸せになるでしょう」
「……なんで二人の頭上を天使が舞って、ウエディングベルが鳴っている華やかな演出してるんですか!」
「あなたのシーンのも天使くらいキャスティングしていますので安心してください」
モニターには肉体から離れていく僕の魂が、羽ばたく天使に連れられ天に登っていく姿が映っていた。
「フランダースの犬かー!」
――ボカッ!
「いよいよ最後のお別れの場面です」
――お父さんもお母さんも悲しんだのだろう。
暗い部屋の中に白いシーツと顔には白い布を被せられた僕が横になっている。枕元には線香が置かれ、白衣を着たお医者さんが、聞いたことのないお経を読み上げている。
「女神様。ここは何処だ?」
「あなたが搬送された病院の霊安室です」
「僕の家族は?」
「葬式の準備に帰宅された後です。家族の方の映像は、地上界に未練が残るとよくありませんのでカットしてあります」
「一番大切ところをカットするなよー」
僕は肩を落とした。
「あのお医者さんは?」
「この病院の医院長です。そしてこの新興宗教の教祖様です」
「何故一人で拝んでいるんだ?」
「はい、商売敵に取られる前の信者勧誘です」
「あいつに連れてこられたんじゃないかー!」
――――ボカッ
女神様は呟いた。
「面白かったですね。もう一回見ますか?」
「……」