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幼馴染シリーズ

幼馴染は完璧野郎

過去作を投稿してみる。

 ある晴れた日の朝。

 よく使われる表現だけど、そんな言葉がピッタリと似合う晴天。

 こんな日は一日惰眠を貪っていたい。

 慢性的に寝不足なボクは願う。

 切に願う。

 でも、ボクにはそうはできない理由が幾つかある。

「おはよう。今日もいい天気だぜ。とっとと起きろよ、忍」

「……いい天気ならゆっくりと寝かせてはもらえないだろうか? 今日は学校は休みなのだぞ、勇輝」

 いきなりカーテンを開け放ち、穏やかな声で話しかけてくる美男子に文句をたれる。

 手は先ほどからベッド脇に置いてあるはずの眼鏡を弄っている。

 あれ? 中々見つからないな? どこに置いたっけ?

 ボクが穏やかに暮らせない原因その一。

 幼馴染であり、また最初にして最大の面倒ごとの発信源。

 神城勇輝。

 名に恥じず勇気と優しさを最上とする、惰性と日常がモットーであるボクの天敵だ。

 いつもいつも、コイツの周りには厄介事と女が絶えない。

 根っからの主人公体質であり、かつハーレム体質。そしてなにやらせても上手くいく天才。

 それが神城勇輝。

 根っからの脇役でありながら毎度のように事件に巻き込まれるボクの身にもなってほしいものだ。

 ようやく眼鏡を探り当て、かける。

 少々強い度に目眩を覚えながら、なおも文句をたれる。

「大体、貴様は何故毎日のようにボクの家に侵入するんだ。合鍵はこの前破壊したはずだろう?」

「また作ったのさ。幸い、型は残っていたからね」

 おのれ。次は型ごとぶち壊してやる。

 ボクは起床早々に物騒なことを考えながら、リビングへと向かったのだった。

 

 唐突に変なことを言うようだが、今の季節は夏である。

 故に外は暑い。蜃気楼で手元が揺れて見える程度には暑い。

 朝食を食べ終わり、外に出たボクたちは、それを身をもって体験していた。

「おいおい、それはいくらなんでも言いすぎだろう。忍」

「実際に手元が揺れて見えるのは何故だ?」

「お前が震えてるんだろ」

「そうか。実に興味深い現象だな」

 実のところ、この震えには覚えがあるのだ。

 そう、この震えは目の前のバカへの好意に対する嫌悪感の表れだ。

 この症状が現れると言うことはつまり。

「神城先輩じゃないですか! おはようございます!」

「やあ。おはよう、月郷さん」

 こうして勇輝に関係する女が現れるということだ。

 流石のボクでも、手元がぼやけるほどの気温の中で無事に立っている自信は無い。

 先ほどのは唯の現実逃避だ。

 話がそれた。

 閑話休題。

 ボクが穏やかに暮らせない原因その二。

 勇輝のハーレム要員たち。

 勇輝は特に以上が無い場合、毎朝欠かさず起こしにくる。

 (一分と違わずに、だ!)

 そして、平日ならば一緒に学校へ。

 休日ならばそのまま一緒に出かけるのだ。

 そして、それはハーレム要員たちにとって図ったようなタイミングである。

 毎日同じ時間に起こされるならば、家を出るタイミングも同じなのだ。

 故に、家を出た瞬間を狙うのがもはや恒例と言っていい。

 毎朝家のドアを潜るたびに、誰かしら美女美少女に出会う。

 (当然ながら、彼女たちが話しかけるのは勇輝だけで、ボクは無視される)

 羨ましいとは思わない。

 ただ、仲良しごっこならば他所でやってほしい。

 こうして、ボクに声がかからないのもいつもの事なのだから。

 同じ場所に居る人間を意図的に無視するような人間とは関わりたくない。

 願い下げだ。

 気持ち悪い。

 吐き気がする。

 人を人として見ない。

 ボクはそういう輩が二番目に嫌いだ。

 

 ボクと勇輝の出会いは幼稚園時代にまで遡る。

 その頃から、勇輝は既に異常だった・・・・・

 その頃から勇輝は既に主人公としての片鱗を垣間見せていた。

 何をやらせても上手くいく。

 運動であれお勉強であれ、何だってできたのだ。

 クラスで一番足が速かったし、一番頭もよかった。

 そんな勇輝は当然なのかどうか知らないが、孤独だった。

 幼い子供とは意図せずとも残酷なもので、異端に対して敏感だった。

 何でも上手くできた勇輝は何でもできたが故に・・・・・・・・気持ち悪がられ、不当に虐げられた。

 園児の親は勇輝を化物扱いしたし、園児たちもそんな親の真似をして勇輝を化物と呼んでいた。

 人を人として扱っていなかった。

 それはボクも例外ではなかったが、どうやらボクの場合はその手の事に関心が無かったようで、完全に彼を無視していた。

 ボクにとっては彼でさえもその他大勢でしかなかったのだ。

 友達ではなく、単に視界に入るだけの人間。

 その頃のボクの世界とは単純なもので、人間は‘特別‘か‘その他‘の二つしかなかった。

 近くに遊べる友達が居なければ、一人で本を読んでいるような子供だったらしい。

 だから‘特別‘になんら関わらなければ‘その他‘のことには関心が無かった。

 どうでもよかった。

 興味を持たなかった。

 だからと言うべきか、ボクは彼に気に入られてしまった。

 懐かれてしまったとも言える。

 彼は自分を化物扱いしないボクを気に入り、ボクも鬱陶しがりながらも彼を‘特別‘だと認めていった。

 そして現在。

 勇輝は腐ることなく努力し続けて‘天才‘と呼ばれるようになり。

 ボクはそんな圧倒的上位の存在である勇輝の背中を見ながら自堕落な性格に育った、と言うわけだ。

 そして、そんな孤独な勇輝を目の前で見つめ続けて、この価値観が生まれた。

 ‘特別‘がそんな目で傷つくのが嫌だった。

 それだけ。

 

 そうした経緯があるからだろうか。

 今、ボクは目の前の女に僅かながら嫌悪感を感じている。

 ただ、そんなことで怒るのもつまらないので飲み込んでいるだけだ。

「こんな所で会うなんて奇遇ですね!」

 何を言っているんだ。

 見計らったようにそこの角から走りよってきたくせに。

「うん。そうだね」

「あ、そうだ! 神城先輩さえ良ければこのまま何処かに遊びにいきませんか?」

 お、今少しいい事言った。

 いいぞ、そのまま勇輝をボクから引き剥がしてくれ。

 そうすればボクは二度寝に入ることができる。

 しかし現実とはそう上手くいかないもので。

 運命とはつくづくボクの都合の悪い方向へと向かっていくようで。

 勇輝は一番してはいけない断り方をした。

「ごめんね。今俺、愛しのハニーとデート中なんだ」

 突然のことで、思考が止まる。

 ……ハニー?

 誰のことだ?

「当然、君に決まっているじゃないか。忍」

 その瞬間。

 ボクは勇輝を思いっきり蹴り倒していた。

 爪先が側頭部にぶち当たるのが分かる

 我ながら、よくもまあ無表情でいられたと思う。

 いや、もしかしたら凄く怖い顔になっていたかも。

「冗談も大概にしろ。踏み潰すぞ」

 目の前の女がボクのことを凄まじい目つきで睨んでいるのが分かる。

 だからどうした。

 ボクはコイツの彼女扱いされるのが一番嫌いなんだ。

 それ以外のことは二の次だ。

 理由なんて簡単もいいところ。

 単純明快なんて言葉じゃ足りない。

 ‘面倒ごとに巻き込まれるから‘だ。

 勿論、細かい理由などいくらでも挙げられる。

 しかし、究極的には面倒くさいのだ。

 睨んでいる女を睨み返しつつ、勇輝の頭をコンクリートへと押し付ける。

 否、踏みつける。

 朝から気温が高めだったことも相まって、コンクリートはいい感じに熱かった。

 勇輝は逃れようとバタバタと暴れるが、力を強めると大人しくなった。

「ボクはいつも言ってるはずだぞ? その手の冗談は禁句だと」

「グッ……わかってる。だからこの足を退けてはくれないか?」

「いいや、貴様は分かっていない。昨日も関節を二つばかり外したばかりだぞ?」

「それで、今日はどこを外してくれるんだい?」

「軽口さえ許すか。今日は外すのではなく折るのだ」

「待て待て、それは不味い! 流石にそれは不味い!」

「そうよ! 神城先輩に何て事してんのよ! アンタ!」

「お仕置きだ。それから、いつまでも反省しない貴様が悪いのだ。勇輝」 

 そう言って足の力を僅かに強める。

 勇輝が呻くが、知ったことか。

「どうする? 今、謝るならば許してやらないことも無いぞ?」

「わかった! 悪かった、忍!」

「ふん。二度と繰り返さないことだな」

 そう言って、ボクは勇輝の肩を一瞬だけ外し、すぐに嵌め直す。

「ガッ!」

「分かったならさっさと立て。行くぞ」

 蹲る勇輝を背に、ボクは歩き出す。

 勇輝もすぐにダメージから立ち直り、「おい、待てよ!」と言いながら走ってきた。

 ちなみに、あの女はポカンとしたままだった。

 いい気味だ。

 

「おい、忍。これなんかどうだ?」

「……貴様のセンスを疑う」

 ところ変わって、近所の本屋。

 今日発売の新刊をチェックしに、ボクたちは暑い中、長時間歩いてきたのだった。

 ここらは田舎のくせに、ここだけはエアコン完備なので、涼みに来たと言っても通じると思う。

 小説コーナーへと足を運んだボクたちは、しばらくの間、陳列された本たちを見ていた。

 そして、定番と言ってもいいホラーコーナーへと足を運んだとき、勇輝が妙なことをいいだしたのだ。

「なあ、忍。お前、怖いのって平気か?」

「誰に聞いている。ボクは平気に決まっているだろう」

「なら、俺のお勧めを紹介してやろうか?」

「……一応聞いておこう。それはホラー小説か?」

「じゃなきゃ、怖いのが平気かなんて聞かないだろう」

 そう。勇輝はこの手の小説に詳しい。

 そして、的確にボクの弱点を抉ってくる。

 弱点。

 ボクはスプラッタは平気だ。

 血とか肉とか内臓とか、その手のものは全然平気だ。寧ろ好んで読む。

 ただ、まあ、その、なんというか。

 化物が、苦手だ。

 うん。こう言い換えてもいいと思う。

 ボクはお化けが怖い。

 妖怪とか、悪魔とか、超常現象とか。

 あと、人外とか。

 凄く怖い。

 子供らしいと笑えばいい。

 これだけは言っておくぞ。

 ボクを笑ったら、絶対に許さないんだからな。

 地獄を見せてやる。

 

 そして冒頭へと戻る。

 お帰りなさい。

 ゆっくりしていってね。

 勇輝が持っているのは【怪奇! 心霊スポット! ~伝説はよみがえる~】

 ……悪趣味だ。

 酷く悪趣味だ。

 タイトルとか酷すぎる。

 なんだよ伝説って。

 あれか? 妖怪の類か?

 っていうか妖怪にも心霊スポットなんてあるのか?

 そんなモン取材してどうすんだよ。

「もう一度言う。貴様のセンスを疑う」

「あれあれ? 普段強気な忍ちゃんはこんなものが怖かったのかな?」

「言い換えてやる。貴様のセンスは最低だ。最悪だ。滅びてしまえばいい。むしろお前が死ね」

「酷くねえ?!」

「酷くはない。貴様がバカだからボクが仕方なく反応してやってるだけだと言うのに」

「それが酷いって言ってんだよ!」

 などと、のんきにぎゃあぎゃあ騒いでいた少し前のボクを呪いたい。

 五月蝿かったのは認める。

 否定しない。

 ただ、いきなり叩き出すことは無いんじゃないか?!

 幾ら五月蝿かったからとて、いきなり首根っこ掴まれて店の外に放り出すのは非常識だ!

 ……うん。とまあ、自分のことを棚上げして店員さんを侮辱しまくったわけだが。

 これは普通にボクたちが悪い。

 反省する。

 むしろ猛省する。

 ごめんなさい。

 二度と繰り返さない。

 あの恐怖を味わうのならば、ボクは不良グループを一つ潰すほうが気が楽だ。

 ……店員さん怖い。

 もうトラウマだよ……。 

 

「で? どこ行く?」

「……今は話しかけるな。トラウマの撃退で手一杯だ」

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……。

「よし。それで、何と言ったんだ?」

「克服するの早いな。いや、本屋追い出されたからさ。次どこ行く?」

 さて、どこに行こうか……。

 研究所はこの間襲撃したばかりだしなあ……。

「うん。部室行こう」

「部室? ……まさかあそこか?」

「他にあるか? ボクたちが呼ぶ部室なんてあそこ以外無いだろ」

 うん。ちょっと変人がいる以外にはいい所なんだよ。

 美味しいお菓子も出てくるしね。

 

「着いたぞ。部室だ」

「言われなくてもわかるって」

 いや、なんだか言わなければいけない気がした。

「なあ、本当に入るのか?」

「無論だ。失礼するぞ! 部長はいるか?」

「あら? 衛守さんに神城君。どうしたの?」

「うん。ちょっと遊びに来た」

 さて。部長がいるとしたらまた面白いものが見られるぞ。

「神城さま~! お待ちしておりましたわ~!」

「うわ! 陽菜ちゃん?!」

 叫びながら勇輝に飛びついた身長の足りない少女は鞍馬陽菜くらまはるなさん。

 小さいが、本当に色々と小さい上に勇輝は‘ちゃん‘呼ばわりしているが一応先輩である。

 口調から分かると思うが、良い所のお嬢様だ。

 そして、勇輝が大好きだ。

 うん。もうこの人たち結婚しちゃえばいいと思うんだ。

 ボク的にはそのほうがずっと楽だから。

 ボクから見ても分かるけど、この二人はかなり仲がいい。

 勇輝もまんざらじゃ無さそうだし、とっとと結婚しちゃえばいいと思う。

 ああ、でも年齢的な縛りがあるんだっけ?

 卒業してから……いやでも高校が一番大変……う~ん(葛藤)。

「どうしたんですか? 頭を抱えて」

「いや、なんでもない。なんでもないぞ」

 最初に話しかけてきたこの少女は奈々瀬菜波ななせななみさん。

 ボクとは違って眼鏡がとても似合う知的美人で、常に左手に本を一冊持っていると言う不思議な人だ。

 そして、数少ない尊敬できる先輩の一人である。

 変人が多いこの高校において、真面目な常識人は絶滅危惧種といっても過言ではない。

(ちなみにボクは変人側だ)

 少し変な趣味は持っているが、れっきとした常識人だ。

 この部室にいるときはボクと同じくツッコミと事後処理に回されるタイプの人であり、ある意味ボクの同士だ。

 数々の修羅場を共に潜り抜け、その勇姿をボクは知っている。

 普段は物静かな先輩だが、有事の際は勇輝の次に信頼の置ける先輩だ。

 用は凄く頼りにしている。

 

「神城さま~!」

「ちょっ、離して! 動けないから! 陽菜ちゃん!」

 うん。今日も陽菜先輩は絶好調だ。

 勇輝に引っ付いて離れる気配が無い。ああなったら陽菜さんはしばらく引っ付きっぱなしだ。

「うんうん。今日も陽菜は神城君にベッタリだね」

「あのまま結婚してしまえばいいのだ。そうすればボクが絡まれることもなくなるのだからな」

「あら、嫉妬かしら?」

「嫉妬する必要は無い。ボクは奴から離れられるのならばたった今死のうが本望だ」

「……そこまで嫌いなの?」

「当然だ。信頼はしているし、信用もしているがそこまでだ」

「寂しい人ね」

「まあな」

 これだけでボクと菜波さんの会話は終わる。

 ボクは元から饒舌では無いからこれぐらいのほうが丁度いい。

 椅子に腰掛け、勇輝と陽菜さんの取っ組み合いを見守る。

 状況は陽菜さんの優勢。

 勇輝は女の子に対しては強く出られないから、もう実質的な負けと見ていいだろう。

 勝敗がわかってしまい詰まらないので、勇輝に発破をかけてみる。

「勇輝。貴様が陽菜さんを説得できたらボクが何か奢るぞ?」

「何?! 本当か?!」

「ああ。二言は無い」

 それはこの部室を出て、再びあのくそ暑い中へと出て行かねばならないと言うことだが、理解しているとは思えないなあ。

 

 五分後。

 ニコニコと上機嫌な陽菜さんとガックリと項垂れている勇輝の姿があった。

 あんなに発破かけてもダメだったなんて。そのヘタレ具合には感服させられる。

 しかし哀愁を漂わせるその背中は、なんだか凄く罪悪感を掻き立てられた。

 そんなにボクの奢りが惜しかったのだろうか?

 まあ敗者に賞品は無いからどんなに悔しがっても無駄だがな。

 結局、勇輝は陽菜さんの要求を呑んでしまった。

 それどころか自らの出した妥協案まで上乗せされて。

 見事に墓穴を掘った挙句、全面降伏からの不平等条約。

 至れり尽くせりじゃないか。おめでとう。

 もうお前ら結婚しちゃえよ。

「いやいや、俺は忍一筋だから……」

 モノローグを読むな。それから、今度こそ消すぞ?

「サーセンwww」

 ……陽菜さん、そのバカを好きにしていいぞ?

「やった!」

「え? ちょ、待って、どこにつれて……」

「逝ってくるがいい」

「字が違いますよ。衛守さん」

「わざとだ」

 さて、邪魔者もいなくなった。

 雑談でもしようではないか。

「衛守さん。紅茶をどうぞ?」

「済まない」

 渇いた喉に冷たい紅茶が心地いい。

 相変わらず紅茶を入れるのが上手い先輩だ。

 うん。とても美味しい。

「ところで衛守さん。この小説を読んでみて」

「ふむ?」

 手渡されたのは原稿用紙の束だった。

 少し目を通す。

 内容は……なんていうか……その……うん。

「凄く……卑猥です……」

「えっ?! あっ、やだ! 間違えちゃった! こっちよ、こっち!」

 原稿用紙を返し、代わりに普通のコピー用紙の束を受け取る。

 内容はありふれたファンタジー物。いや、SFか?

 とにかく凄く面白かった。

 設定が良く作りこまれており、キャラクターも魅力的だ。

「面白いです。でも、読みきりなんですか? 」

「ええ。今度コンテストに投稿するのよ」

「そうなんですか?」

「見事大賞に選ばれたら続きを書くつもりよ」

「がんばって下さい」

「ありがとう。フフッ」

「なんですか?」

「いや、口調。変わってるよ?」

「え?! ああ! ゴホン」

「無理しなくてもいいのに」

「いや、この口調じゃないとあのバカが調子に乗る」

「別にいいじゃない。可愛いわよ」

「それでも、だ。」

 これは譲れない。

「ところで、衛守さん。あなた、何で神城君と付き合わないの? 向こうはあなたの事、完全に好きだよ?」

 そらきた。ボクにとっては鬼門となる質問だ。

「それこそ愚問だ。ボクはアイツと付き合うことは無い。絶対に、だ」

「理由を聞いても?」

「簡単なことだ。ボクが耐えられない。ボクは十六年間勇輝の幼馴染をやってきて、分かったことがある」

「わかったこと?」

「ボクではアイツに勝てない。何をやっても、何があっても、ボクは決して勇輝には勝てない。どんな偶然が起ころうと、まぐれだろうと、ボクが勝利することは絶対にない。ボクがどんなに追い詰められたか、わかるか? 自分は常に全力を尽くしても、勇輝はそんな努力をあざ笑うように一蹴していく。絶対に勝てない存在と常に一緒にいるボクの気持ちは現状で一杯一杯だ。これ以上歩み寄ったらダメだ。きっとボクは我慢できない。……自殺するよ、そんなことになったら」

「そんな……」

「寂しいと笑うか? 別にかまわない。こんな感情、間違ってることぐらいわかるさ。それでも、ボクは自分の感情を優先にする。ボクが壊れてしまわないように」


 自己中心的だと後ろ指を指されたこともある。

 何故勇輝の気持ちを考えないのかと攻められたこともある。

 そういった奴らは何もわかってはいない。

 自分は精一杯やって、どうにかこうにか最上とはいえないような結果を残す。

 なのに、勇輝はそれを軽々と飛び越して、あまつさえ手を差し伸べようとする。

 例えるなら、自分がどうやっても抜け出せない、自分で超えなければならない泥沼を飛び越して渡り、此方に救助の手を差し伸べるようなものだ。

 その手につかまったが最後、人間として堕落していく一方になってしまう。

 努力を忘れ、向上を忘れる。

 結果として何時までも足踏みを続けることになる。

 

 日常を愛しても、停滞を恐れる。

 惰性を愛そうと、堕落は拒絶する。

 それがボクだ。

 そんなボクの生き方はきっと、勇輝との相性は最悪なのだろう。

 なのに何故一緒にいるのかというのは、ひとえにボクが我侭だからだ。

 傍にいたくても、隣には立ちたくない。

 ボクの我侭はきっと、勇輝を傷つける。今も昔も、傷つけてきたし、傷つけている。

 勇輝には申し訳ないけれど、今しばらく我慢を続けてもらう。

 ボクが成長するか、完全に壊れきるまで。

「……そう。大変だったのね」

「ああ。大変だったよ。さて、この話はここまでだ。これ以上は奴に聞かれると大変なことになる」 

「……そうね。うん。じゃあ、衛守さん。紅茶のおかわりは?」

「もらう」

 

 ボロボロの勇輝が陽菜さんと出てきたのは、既に夕方となった時間だった。

 ちなみに、陽菜さんはなぜかツヤツヤしている。一体何をしていたんだ。

「やれやれ、酷い目にあった。お前の所為だぞ、忍」

「貴様が余計なことまで喋るからだ。その口、ホッチキスで留めてやろうか?」

「やめろ! 某有名なツンデレさんと被っちゃうじゃないか!」

「ん? 貴様がメタな話を持ち出すとは意外だな。ならば、代わりに半田付けするか」 

「もっと危ねえ!」

「貴様なら耐え切るだろうよ。さて、お邪魔したな。陽菜さん。菜波さん」

「いつでも来なさいな。但し、神城様を連れてくるのよ?」

「承知しています」

「またね、衛守さん」

「ああ」

 

 部室を出ると、見事な夕焼けが出迎えてくれた。

 つい見とれていると、勇輝が茶化してくる。

「おや? 忍は意外とロマンチックなんだな?」

「黙れ。その舌抜くぞ」

「うわ。シンプルだから余計に怖い」

「貴様は少し黙れないのか?」

「ウワーキレーナユーヒダナー」

「消すぞ?」

「済みませんでした!」

 まったく、完全に空気を壊してくれる奴だ。

「何をしている。帰るぞ」

「ちょっ、おい! 待てよ、忍!」

 少し早足で歩き出したボクが拗ねたと勘違いしたらしい。

 走って追いかけてくる。

「ったく、お前はすぐに拗ねるんだからよ」

「拗ねてなどいない。早く帰って寝たいだけだ」

「お前はどれだけ枕が恋しいんだ?」 

「少なくとも、貴様の数千倍は恋しい」

「おいっ!」

 言い合いをしながら家への道を歩く。

 そんなボクたちの後ろには、長い影ができていた。

 そしてその二つの影の間には、決して埋まらない隙間があるように見えた。

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