第8話:恋に恋してる年頃ですから
【SIDE:初音美結】
貴雅と言う男の子を好きになるきっかけ。
私がそのきっかけを得る出来事は交際し始めてわずか1週間後の事だった。
恋を知るための恋愛関係。
恋かぁ……恋って何なんだろうとよく考えて見る。
思春期、青春真っ只中、恋に恋する年頃なので興味はある。
好きっていう感情は理解できるよ。
あの人が好き、あの人は嫌い。
人間の感情的なお話で好きと嫌い、という意味だけなら私はすでに貴雅が好きだ。
けれども、私は彼にそれは恋とは違うと否定された。
恋って言うのは意識をする事なんだって。
……何となくその意味は分かるけど、私にちゃんとした恋ができるのかな。
「ねー、小夜子。ファーストキスってどんなのだった?」
4時間目の授業が教師不在のために自習になっていたので、課題のプリントをしながら私は小夜子に質問する。
「は?ファーストキス?」
「そうよ。小夜子はもちろん経験あるんでしょう?」
小夜子は中学時代からずっと付き合ってる男の子がいる。
同じクラスメイトでもある彼とはいつだって仲がいい。
ああいうのを見て羨ましいなと思ったことはあったんだ。
「……念のために確認。美結ってキスは未経験?」
「当たり前じゃん?男に縁なく、彼氏いない歴17年だったんだよ。貴雅が初めての恋人だもの」
「まぁ、美結の場合は“できない”じゃなくて、“作んない”だけなんだけどね。それでようやく彼氏ができたわけだ。で、何?今度は初キスするチャンス到来?」
この前、無理やりキスさせようとした人間から出る台詞じゃないし。
絶対にアレはわざとだったよ、意地悪小夜子めっ。
なんて膨れてもしょうがない。
「うーん。チャンス到来ではないけれど、どういうものかなって」
私のキス経験はほっぺにチューだけ。
しかも、自分からした経験はゼロだもん。
「……そっかぁ。美結もようやく乙女らしくなったわねぇ」
しみじみと親友に語られるのもどうか、と。
よっぽど今まで私は乙女じゃなかったらしい。
過去を振り返り、自分の幼さに少し恥ずかしさを抱いてみたり。
「ファーストキス。チャンスがないなら自分で作ればいいじゃない。美結も彼女としていつまでも貴雅クンに甘えてばかりなわけないでしょう?いくら恋愛初体験でも、自分から行動しなくちゃダメよ」
小夜子の言う通りかもしれない。
私は貴雅にいろいろと頼ってばかりだ。
課題プリントをさっさと仕上げると私は本格的に小夜子に相談を持ちかける。
「……具体的にどうすればいいか教えてください」
「そのプリントを写させてくれるなら相談に乗ってあげないこともない」
「別にいいよ。これくらいで恋愛マニュアルを教えてくれるなら」
「サンキュー♪美結って見た目は●学生、中身も小●生だけど、胸は大きいし、頭もいいんだよね。さすが、学年トップクラス、問題もばっちりじゃない」
ものすごくバカにされてる気がするけど、笑って言われると怒れない。
何だかんだで小夜子は意地悪だけど、頼りにしちゃうんだ。
彼女は私のプリントを書き写しながら恋愛マニュアルを教わる事にしました。
「まず、ふたりはぶっちゃけどこまでの関係よ?」
「この前のほっぺにチューだけ。後は手を繋いだりするけど、腕はまだ組んでないなぁ」
「……美結、わかっていたけど言わせてくれる?」
小夜子は思いっきり呆れた顔でその言葉をはいた。
「ホントにお子様だね。17歳にもなった女子高生が手を繋いで頬にキスだけって」
「ま、まだなだけだもんっ。お子様禁止って言ったのに!」
「言っておくけど、恋人にはキスが終着点じゃないの。キスしたら、まだ次のステップがあるのよ。その辺も分かってるんでしょうね?さすがにそこまで子供じゃないでしょ?」
キス以上と言われたら思い浮かぶのはひとつしかない。
私は羞恥に顔を赤らめながらそれを言葉にする。
「――その先って“調教プレイ”って奴?はぎゅっ!?」
いきなり小夜子に口を押えられた。
彼女らしくない慌てた様子で私に言う。
「ちょっと待て。美結ちゃん、今、変な事を口走ったわよね?どこでそんな悪い知識を覚えてきたのかしら?」
「小夜子、怖い……。だって、クラスメイトの男の子たちが言ってたんだもん。『やっぱり、こういうのっていいよなぁ。男なら女を調教して服従させてみてぇ』って、変な本を見ながら笑ってたの。違うの?」
だから、キスの次は“それ”なんだと漠然としながらもずっと思ってた。
小夜子は頭を抱えて、私に強い言葉で否定する。
「うちのクラスの腐った男連中なんて無視しなさい。いいわね、それは間違えた知識よ?」
「ちなみにその台詞しゃべってたの、和也くん(小夜子の彼氏)なんだけど」
「――アイツ、後で1回マジで泣かせてやるわ。誰が服従してやるか」
何やら小夜子に彼氏への憎悪を抱かせてしまったらしい。
身体を震わせて怒りを押さえ込んでいる、めっちゃあふれ出してるけど。
そこまでひどい事なのかな、もう誰にも言わないことにしよう。
「……で、調教プレイって何なの?」
「お子様の美結は一生知らなくて良い知識よ。この話はなしにしましょう。いいわね?忘れなさい。今は美結がどうキスを迫るかを語りましょうよ。純情路線で話を進めましょう。ね?」
「は、はい……もう言いません」
威圧感たっぷりの物言いにそれ以上、私は尋ねることはできない。
うぅ、小夜子って時々、何か怖いよぅ。
とりあえず、彼女が落ち着くのを見計らい、私は先日の話をする事に。
もちろん、好きになってという前提は内緒にしました。
「へぇ、キスをするなら美結からしてって言われてるんだ?優しいのか、ヘタレなのか、微妙に判断に迷うところ。貴雅クンは美結の事をよく考えてくれているんだけど、それは女の子として少しハードルをあげられた感じかも」
「そうなの?私からしちゃダメ?」
「……タイミングの問題。初めてキスする子にそのタイミングを自分で考えろって事でしょう?こういう場合は経験のある貴雅クンが奪ってあげればいいの。そうすれば美結だって2度目からは自分からできるのに」
確かにキスの仕方もいまいち分からない私には難しい。
「いい雰囲気になったら、瞳を瞑って近づいてみるのもありね。そうすれば誘いのって向こうからしてくれるわよ」
「……経験ない私が無理にしてもダメってことなの?」
「ダメとは言わない。全ては雰囲気次第よ。自分がしてもいけそうならすればいい、できなさそうなら彼に任せればいい。恋人の2番目の通過点よ、頑張りなさい」
1番目は告白っていう事かな、私の場合は少し事情は違うけど。
恋人らしくするためには逃げるわけには行かない。
「そんなに意気込むこともないわ、美結。1回しちゃえば挨拶みたいなものになるし」
「0と1の間には大きな溝があるんだよぅ」
ファーストキスが当面の私の課題。
今からでもドキドキなのです。
いつかするかもしれないキス、私はそっと自分の唇を抑える。
ふと、携帯電話が震えて一通のメールが来ているのに気づく。
送り先は貴雅から、授業中に携帯使っちゃダメでしょ。
そう思いながら中を確認すると「今日のお昼はこちらに用事があるので一緒にとれない。帰りはいつもの場所で待ってる」という内容だった。
「一緒に食事できない理由。怪しいわねぇ」
「別に。向こうにも都合くらいあるでしょ?」
「単純な理由だといいんだけど」
「うん……って勝手に人の携帯を覗かないで、小夜子」
そんな風に意味深に言うから余計に気になるじゃない。
貴雅にメールで「用事はなぁに?」と尋ねるわけにもいかない。
こういう時は気にしない方向で行くのがいいんだ。
しばらくすると4時間目の授業も終わり、昼食タイムとなった。
私は今日は小夜子たちと一緒に食事することにする。
「久しぶりに美結と食事だ。たった1週間程度なのにすごく久しぶりな気がする」
「前から気になってたんだけど、小夜子は彼氏と食事しないの?」
「アレがそんな甘ったるいことしますか?いいのよ、私たちみたいに付き合い長いとある程度の距離も必要。美結はまだ付き合いたてなんだから、一緒にいる時間を増やす必要があるの。私とは事情が違うでしょう」
恋人というのはいろいろと複雑なようだ。
恋愛初心者の私にはまだまだ謎が多いんですよ、ふみゅぅ。
そんな感じでのんびりと食事をしていたら、友人のひとりが驚いた様子で私に駆け寄る。
「あー、美結!貴雅君が中庭で沢近絵美(さわちか えみ)と一緒にいたんだけど、こんな場所でのほほんとしていて大丈夫なの?あの2人って元恋人同士って噂だよ」
「沢近さんと貴雅が元恋人って、そんな話、初めて聞いた」
沢近さんと言えば2年の女子の中でも指折りの美人。
でも、男受けはするけれど女子には評判があまりよろしくない。
私も好きじゃないなぁ、常に他人を見下す感じがして嫌なタイプだ。
「……あの極悪サディスト女が貴雅クンと付き合ってたの?そういえば、半年くらい1年の男と付き合ってたって噂があったわね。ちっ、貴雅クンも変な女に引っかかってるじゃない」
ちなみに小夜子とは1年の時に同じクラスで相当揉めた過去(因縁?)があるらしい。
すごく険悪なので詳細は聞いてないけど、ふたりは会えば口喧嘩は当たり前なんだ。
不機嫌な小夜子はその友人に詰め寄ると、
「それで、貴雅クンと極悪女が一緒に中庭にいたってどういうこと?」
「私も詳しくは分からない。一緒に話をしている所を見かけたの。それで他の子に聞いたらふたりが前に付き合ってたって聞いてびっくりした。で、美結に報告しに来たわけよ」
「あの女、今さら何を……?貴雅クンは彼女にフラれたって言ってたのよね、美結?」
「うん。何か占いで相性よくないってフラれたという話を聞いたよ」
本当はそんな理由じゃなかったのかもしれない。
あの2人が付き合ってたなんて嫌だ、私も不安が胸に込み上げてくる。
「美結、中庭に行きなさい。事はすでに始まってる。あの女、絶対に貴雅クンへ何かを仕掛けているに違いないわ」
「え?でも、元カノなんだし別に会ってるくらい……」
「しのごの言わずに、私も中庭までついていってあげるから行きなさい。嫌な予感がするのよ。あの性根の腐ったバカ女が何をするのか。想像するだけで気持ち悪い。さっさと行くわよ、美結」
「は、はい」
小夜子の勢いに飲まれて私は頷くしかない。
不安もあるし、中庭に行くのもいい。
けれども、私には本当の恋人だったふたりの過去が胸に突き刺さるように辛かった。
貴雅、私はこういう時にどうすればいいのかな……。
今はただ、彼の事を信じることしか私にはできなかった。