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第7話:好きと嫌いの境界線

【SIDE:初音美結】


 好きとか嫌いとか、恋とか愛とか。

 そんなことを考えたことなんて私の人生に一度もなかったかもしれない。

 初恋もまだな私に、恋人ができるなんてありえるはずもなくて。

 

「美結には好きな子っていないんじゃないの?」

 

「私もそう思うな。だって、男の子と接点もほとんどないみたいだし」

 

「だよねぇ。で、実際はどうなの?好きな子ぐらいいないわけ?」

 

 友人たちにからかわれて私はムッとする。

 童顔で身長も低い私は年齢より幼くみられることも多々ある。

 だから、私は……何も考えずに嘘をついてしまった。

 

「好きな人くらいいるよ。仲よくしてる相手ぐらいいるもんっ!」

 

 つい子供扱いされて、ムキになってついた嘘。

 私の言葉に友人たちは鼻で笑うように、

 

「ありえないわ。つくならもっと現実味ある嘘にしようよ」

 

「そうそう。みゆちゃんが好きな男の子なんているはずない」

 

「……嘘ではないと頭ごなしに否定するのも可哀想でしょう。美結、好きな子がいるなら私たちの前に連れてきてよ?ぜひ、見てみていたわ」

 

 小夜子は意地悪く、私にそう呟いた。

 昔から私は嘘をついた事で自滅する場合がある。

 だけど、今回だけは私の女としてのプライドにもかかわる問題だ。

 

「いいわよ。それくらい……。そうだ、どうせなら告白して恋人になってから連れてくる」

 

「恋人?……へぇ、面白いことを言うじゃない。本当に連れてくることができたなら、美結を認めてあげるわ。もう子ども扱いもしないって約束もする」

 

 後になって恋人なんて言わなければよかったと悔やむことになるのだけど。

 私はすぐに出す相手もいないラブレターを書きあげると、放課後の校舎内を歩きだす。

 同じクラスに男の知り合いがいなくても、学年すべてを回ればひとりくらい……。

 だが、私の考えは甘すぎて、現実に私は親しくしていた男の子が一人もいないことにようやく気付いてしまうんだ。

 恋人役を頼めるほど親しき人間もいない。

 結局、うろうろと行くあてもなく校舎を徘徊するしかなかった。

 ……でも、それは私と一人の男の子と出会うきっかけになる。

 彼の名前は貴雅、私よりも1歳年下の男の子。

 身長は180センチ前半と高くて、いかにも女の子受けしそうな顔をしていた。

 はじめは何て生意気なんだろうと感じていたけど、1回、2回と会うたびに私の中で印象が変わっていく。

 気がつけば私は彼を信頼していて、恋人役を頼んでしまうくらいの仲になっていた。

 貴雅は気がきくし、優しくて頼りにもなるいい男の子だ。

 小夜子達に紹介して無事に嘘をつきとおせたとホッとするもつかの間。

 私は全校生徒の前で貴雅が恋人だと宣言しなくてはいけなくなる。

 すべては小夜子が企んだこと。

 

『本当に好きなら紹介してみたらどう?できるわよね、大好きな男の子と結ばれて嬉しいんでしょう?大丈夫、貴雅クンならきっと許してくれるわ』

 

 それまでも、何度か放送部の放送呼ばれて出た事もあり、私の登場はすぐに決まった。

 貴雅に迷惑をかけない、そう言った矢先の出来事。

 ちょっぴりの罪悪感ながらも、恋人がいるという嘘をつく。

 これで、みんなが私を子供扱いしないなら……。

 そう思い、私は全校生徒の前で貴雅が恋人であると宣言したんだ。

 恥ずかしくて、でも、嘘なのに皆に認められるは嬉しくて。

 

「私の恋人になってください!」

 

 さらに私は貴雅に告白した。

 このまま嘘をつき付けるよりもホントに恋人になってしまえば問題も解決する。

 でも、それは嘘を誤魔化すためだけに告げた言葉じゃなかった。

 彼と一緒にいる事が楽しくて、本当に恋人になれるなら貴雅がいい。

 私は恋を知らない、それなのに恋人になりたいなんて思ってしまう。

 貴雅につい甘えてしまう自分。

 彼がそれを許してくれるのもあるけれど、こういう風に男の子相手に接するのが初めてでもあるから。

 何ていうのかな、お兄ちゃんみたいな感じ。

 私の方が年上なのに、そういう雰囲気になってしまう。

 それはきっと貴雅が常に私の事を考えて行動してくれるからに違いない。

 私は彼に恋をする事ができるのかな。

 ううん、初めて好きになるのなら貴雅がいい。

 恋を知るための交際、私達は付き合い始めることになったんだ。

 

 

 

 

 貴雅と付き合い始めた翌日のお昼。

 お昼ごはんを友人たちと食べようとしたら、小夜子が「何でここにいるの?」と不思議そうな顔をして言う。

 

「え?何でって?」

 

「貴雅クンと食べないの?恋人と一緒に食べればいいじゃない」

 

 そういうものなかのかな?

 世間一般の恋人関係をあまり理解していない私にとって普通がよく分からない。

 

「えぇー。でも、私達、お昼くらいはそれぞれの関係を重視したいっていうか」

 

「美結。それは貴雅クンからの提案なの?」

 

「え?あ、えっと……」

 

 貴雅が付き合う条件として『これ以上、勝手な事はしない』と約束した。

 ここで勝手に嘘をつけばまた貴雅にも迷惑がかかるかもしれない。

 

「……違います、です」

 

「ほら、見なさい。いい?確かに私達との関係を大事にしてくれるのもいいけど、付き合いたてなんだから彼氏と一緒にいる時間を大切にしなさい。せっかく仲良くなるチャンスなのに」

 

 小夜子はそう言うけれど、私は過去の話を思い出しながら、

 

「でも、前に光紀ちゃんに彼氏が出来た時は『最近、付き合い悪くなったよね。やっぱり、友情より恋優先っていうの?恋人できた子ってホントに友情が薄くなるわ』とか言ってたじゃん。あれは違うの?」

 

 私の発言に小夜子は「うっ」と言葉を詰まらせる。

 

「それは……まぁ、あの頃は彼氏とか羨ましかっただけよ。今は色々と考える事もあるの。ほら、さっさと貴雅クンに会いに行く。文句は言わない、行くわよ」

 

 私はお弁当を手に、猫のように首根っこを掴まれて引きずられていく。

 

「ふにゃぁ~っ」

 

 小夜子、私のことを完全に子ども扱いしてるし。

 中学以来の付き合いだけど、いつも彼女にだけは逆らえないんだよね。

 貴雅の1年のクラスについた頃には彼が食事に出かけるところだった。

 

「あ、貴雅クン。ちょうどよかったわ」

 

「小夜子先輩?どうしたんですか?って、それ、何ですか?みゆ先輩?」

 

「貴雅クンに届け物。せっかく恋人になれたんだから食事も一緒にしたらどうって」

 

 貴雅は連れてこられた私を見て優しく微笑む。

 

「みゆ先輩には友達同士の付き合いがあるから気にしていたんですけどね」

 

「私達のことは気にしなくていいからこの子をよろしく」

 

「分かりました。小夜子先輩、お世話をかけます。みゆ先輩、行きますよ」

 

 小夜子の前で私の手を引いて歩き出す。

 

「また後でね、美結」

 

 彼女が手を振って私たちを見送る。

 なんか、小夜子にしてやられた感が……。

 

「何やってるんだよ、みゆ先輩?あんな猫みたいに引っ張られてさ」

 

「むぅ、違うもん。私、今回は頑張って誤魔化さずに正直に言ったんだよ」

 

「何か分からんが、とりあえず飯でも食いに行くぞ。先輩はお弁当か。俺は学食なんで、食堂で食べてくれ」

 

 私達は食堂に移動すると彼はすぐに定食を注文しに行ってしまう。

 私はテーブルの一角で彼を待つ事にする。

 

「何かこういのっていいなぁ」

 

 恋人と一緒に食事とか、羨ましいと思ってたので実際に自分がしている事にドキドキしたりしてしまう。

 何気ない事が楽しく感じる、これが恋人関係っていうのかな。

 ……私はまだ貴雅に恋はしていないけど、一緒にいたらすごく満たされるんだ。

 

「またせたな、先輩」

 

 彼が私の前の席に座る、うどん定食が今日の昼食らしい。

 

「……それじゃ、食べよっか」

 

 私がお弁当箱を開くと貴雅はマジマジと視線を向けて、

 

「やけに小さなお弁当箱だな。それで足りるのか?」

 

「小食だから、これで十分なの」

 

 量はあまり食べられないんだよねぇ。

 甘いものは別として、普段から食事も少ない。

 

「それでも、一部にはちゃんと栄養が言ってるんだな」

 

「……セクハラ発言、禁止。あのねぇ、私だって好きで身長低くて胸だけ大きいわけじゃないの。貴雅、今後はその発言はしないように気をつけて」

 

 中学になった頃から、胸ばかり大きくなって身長は低いまま。

 ずっと皆にそればかり言われるから正直、うんざりしてる。

 

「それは悪かった。機嫌を直してくれ」

 

「別に怒ってるわけじゃないから、気をつけてくれればいいの。いただきます」

 

 私は中に入ってる卵焼きに箸をつける。

 

「ねぇ、貴雅。いつも学食なの?」

 

「うちは両親共働きで、弁当なんて作らないからな。かといって、パンだけだと腹持ち悪いし、こういう食事も中々値段のわりに美味しい」

 

 私は学食で食事は取らないからよく分からないな。

 

「お弁当とか作った方が恋人らしいかな?」

 

「それって先輩の手作りなんだ?」

 

「まぁね。自分の好みと食べられる量のお弁当だもの。他人に任せても分からないじゃない。……で、どうしよう?」

 

「せっかくのお誘いだが、遠慮しておくよ。みゆ先輩に負担させるも悪い」

 

 そんな事ないのに、別に大した事はしていない。

 

「そう?試しに1回作ってくるぐらいならいいでしょ?」

 

「それくらいならいいけど、できるのか?」

 

「私に任せて。だって、私達……恋人同士なわけだし」

 

 貴雅は私の恋人、好きを知るためではあるけれど、関係が恋人である以上、する事だってそれに近いことをしていきたいんだ、これもひとつの勉強でもあるし。

 

「……それより、食事はどうする?小夜子先輩の様子だと、これからは一緒に食べた方がいいんだろうか。その辺、どうなんだ?先輩はどうしたい?」

 

「貴雅がいいなら私はふたりで取りたいな。今は少しでも貴雅と一緒にいる時間がほしい。私は貴雅を好きになりたい」

 

 彼はふと食事する手を止めると顔を隠す。

 ふにゃ?

 

「どうしたの、貴雅?」

 

「いや、何か普通に聞いてたら恥ずかしくなるな。俺を好きになりたいって」

 

 どうやら照れているらしい。

 何かそういう貴雅の姿、初めて見た。

 こういう時の男の子って可愛いな……。

 

「だって、好きになれたら本当の意味で恋人になれるじゃない」

 

 私だってこれは順序が逆だと思っている。

 でも、貴雅はいい男の子だもん、好きになるだけの価値があると思ってる。

 けれど、彼は私を複雑な表情で見つめていたんだ。

 

「俺はみゆ先輩にそこまで好かれるほど立派な人間じゃないぞ?」

 

「それを決めるのは私でしょ?大丈夫、信頼しているんだから」

 

「その信頼に応えられるかどうか、それが問題なわけだが」

 

 苦笑する貴雅、私はその時、彼の表情の意味をまだ理解できなかった。

 私の前で見せる彼はいつも優しくて、温かくて……。

 すでに私の心は貴雅に惹かれ始めていた、それなのに――。

 

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