第5話:恋人宣言は突然に
【SIDE:倉敷貴雅】
みゆ先輩のラブレター事件も無事に解決し、俺に平穏な日々が再び戻った。
平穏というほど大した事件ではなかったのだが。
あれから数日、何も目立った事は起きていない。
みゆ先輩とも会っていない、それまで以前の普通の日々が続いていた。
俺は知らない、その僅かな日々が俺に残された平和な時間だった事を。
「“146-86”はアレから何のアプローチもなしか?」
「あれでお終い。ラブレターですら、気まぐれだったんだろ」
昼休憩に俺は教室で甘ったるいイチゴ・オレを飲んでいた。
好きなフルーツ・オレが品切れだったんだ、仕方ない。
「……貴雅、何か隠していないか?」
翔馬は俺に詰め寄りそんな言葉を言い放つ。
「何も隠していない。ホントだって」
「俺には未だにお前と美結先輩の接点がよく分からん」
接点=ラブレターを拾った、以上。
いや、それにプラスして彼女の友人達には恋人として認知されているだけだ。
それが世間に広がる気配はないし、みゆ先輩ともアレ以来会っていない。
「で、正直な話、貴雅的にあの先輩はどうだった?告白を断ったにしろ、本物を見たんだろう?ああいうロリ系美少女はどうだ?いいだろう?」
「本当に身長が低いな。思ってた以上に小学生に見えた」
「それに不似合いな胸の大きさが魅力なのさ。あの理想的なアンバランスは神が与えたに違いない。お前も惜しい事をしたと後で後悔するぞ?」
後悔なんてするわけない。
あんな先輩、相手をするのも大変なのに、恋人なんてありえない。
そりゃ、意外に可愛い性格しているのも分かったわけだが。
「俺は大人びた女性が好きなんだ」
「元カノも年上の美女だったな。一応、あの人も年上なんだが?」
「ランドセルのよく似合う美少女は勘弁してくれ。俺はアレを年上だとは認めたくない。俺はあの子の恋人になる男を見て見たいね。本当になんていえばいいのか、変わった子ではある」
外見と同様に中身も幼いみゆ先輩。
俺の好みで言わせてもらうなら彼女はストライクゾーンではない。
「彼女は一体、貴雅のどこを気に入ったんだろうな」
「さぁ?そんなのはいいから、5時間目の数学の宿題を写させてくれ」
俺は思い出した宿題を慌てて写させてもらう。
のんびりとした昼休憩が中盤に差し掛かったとき、その悪夢は始まった。
『はぁい。皆さん、こんにちは~っ。放送部のお昼の放送始まります』
スピーカーから流れてくる元気のいい声。
「おっ、いつもの奴が始まったな」
毎週水曜日、うちの放送部は昼休憩にラジオ番組のような放送を流している。
いろんなコーナーがあり、生徒には概ね評判、教師たちには半ば黙認されている状態で、それなりに盛り上がりを見せていた。
『さぁて、すっかりと冬になりました。12月ですねぇ。なんと、今日の放送部はいつもと違うんです。後半の「恋☆恋」のコーナーに皆さんの驚くような方が来てくれてます。お楽しみに。さて、まずはリクエストの音楽から流します~』
俺は放送部のことよりも目の前の課題の方が重要だ。
「なぁ、恋☆恋って今日は誰が来ると思う?」
「知らん。あんな恋愛相談などに興味はない」
『恋☆恋』っていうのは放送部名物の恋愛コーナーだ。
大抵は誰が誰と付き合い始めました、と皆に報告したり、恋の悩みを相談したりという感じの女の子向けの人気コーナーで男にはあまり関係ない。
「……おい、それよりもこの問題の2の答えって間違えていないか?」
「間違えていない。それはお前の考え方が間違えているんだよ。この公式じゃダメだ、使うのはこっちだ。そうすれば違う数値が出てくるわけなのだ。覚えておけ」
「ホントだ。さすが理系だな。俺は数学は苦手だよ」
そんな感じで俺は問題を書き写していく。
一通り書き写し終えた頃、放送部の放送も後半に差し掛かっていた。
俺はまだ中身の残るイチゴ・オレを飲み干そうと紙パックに手を伸ばす。
『皆さん、お待ちしました。次は「恋☆恋」のコーナーですよ♪今日のゲストは学園のアイドル、初音美結さんです』
『こんにちは、初音みゆでーす♪』
『相変わらずスタイルがいいですねぇ、美結さん。いいなぁ』
俺はその声に飲みかけたイチゴ・オレを噴出しそうになる。
何であの先輩が放送に出てるんだよ。
「……なんと、美結先輩がゲストか。どうした、貴雅?」
「い、いや……何でもない」
何となく彼女の出現には嫌な予感がしてたまらない。
クラスではみゆ先輩の登場に賑わっている、人気があるのは確からしい。
『さて、美結さんがこの放送部に来てくれるのはこれが3回目なんですが、この「恋☆恋」のコーナーに来てくれるのは初めてですよね?』
『私、今まで好きになった人もいなくて、こういう恋愛事に疎かったんです。だけど、今日は皆さんにある報告がしたくて来ちゃいました』
『おおっ。皆さんに報告したいって事はもしや?でも、美結さんといえば先日、後輩の男の子に告白して失恋なされたって聞いてますけど?その辺、教えてくださいよ』
クラス中の好奇心の視線が俺に向けられる。
えぇい、俺を見るな……あれは遊び、ラブレターなどホントはもらっていない。
『はい、1度告白してふられちゃいましたぁ。でも、あれからまた進展があったんです』
『そうなんですか?美結さん、もしかして、進展というと?』
……待て、激しく待て。
みゆ先輩、アンタはまさか……また変な事を考えてやしないだろうな。
俺の焦りを無視するようにみゆ先輩は明るい声で言い放った。
『実は1年2組の倉敷貴雅とお付き合いする事になりました。えへっ』
『えぇー。本当ですか?全校生徒の前での恋人宣言、皆さん、聞きました?美結さんの交際報告ですよ。美結さんとお付き合いなんて羨ましいですね、貴雅クン』
突然の交際宣言に教室、いや、学園中がざわめく声に包まれる。
やりやがった、みゆ先輩……何と言う爆弾を落としてくれたんだ。
『貴雅クンといえば1年生の中でもイケメンで女子に人気のある子ですよね。私は直接あった事はありませんが、女の子に優しいと言う評判もよく聞きます。告白は美結さんからしたんでしょう?どこを好きになったんですか?』
『貴雅はカッコいいし、本当に優しい人なんです。初めて会ったのは怪我をしていた私を助けてくれたんです。その時からすごく気になっていて……好きになっちゃったんです』
おいおい、嘘をつくな、誰が怪我をしていたって?
ただ、ぶつかってラブレターを拾っただけだ。
周囲に皆が詰め寄ってきて、俺は放送を聞くどころではない。
「どういう事だ、付き合ってるって今さっき否定したばかりだろ?」
「本当に知らない。俺は付き合ってるつもりはないぞ!?」
翔馬すらも驚き、詰め寄られるので俺に味方はいない。
「我らの『146-86』を独り占めしようなどとは貴雅め、許せんな」
「ここは闇に葬るのが得策ではないか?やるなら今しかない」
などという物騒な声まで聞こえてくる、俺、命の危機ですか?
『美結さん、放送を多分、聞いている貴雅クンに何か一言ありますか?』
『貴雅、あのね……大好きっ♪これからも私を大切にしてね♪』
『うわっ、ラブラブ発言。貴雅クン、男として美結さんを守ってあげるんだよ~っ』
スピーカーから聞こえる甘い発言などは既にどうでもいい。
……守る?何を冗談言ってやがりますか、守って欲しいのは俺の方だって。
俺の昼休憩は大騒ぎのど真ん中、この騒動、どう治めてくれるんだ?
やっぱり、あのロリッ娘先輩なんかに関わるんじゃなかった……ぐわぁ!?
――平和という2文字を今日ほど強く噛み締めた日はないだろう。
所々、身体が痛む中で俺は放課後、逃げるように人気のない屋上へとあがる。
そこで待つこと数分、みゆ先輩が俺の連絡を受けて気まずそうにやってくる。
「よぅ、みゆ先輩。この俺に何か言いたい事があるのなら聞いてあげるぞ」
「あ、あはは……えっと、その、ね……」
言いよどみながら、彼女は俺の方をゆっくりと見つめてくる。
この前と違い、俺の顔色を伺うように、
「もしかして、怒ってる?怒ってるよね?」
「怒ってなどいない。ただ、理不尽な憤りは感じている。憤懣と言ってもいい」
「ふんまん?って何?」
「憤懣っていうのは“発散できずに心中にわだかまる怒り”って意味だよ」
俺がにっこりと笑顔で丁寧に説明すると彼女はビクビクと小動物のように震える。
「うぇーん。やっぱり、怒ってるんじゃない」
「泣きたいのは俺のほうだ。あの昼休憩の放送はなんだ?」
「……あれには理由があるんだって」
みゆ先輩の話を要約すると、この事件の黒幕は小夜子先輩らしい。
小夜子先輩に「全校生徒の前で恋人宣言して」と言われて断りきれなかったそうだ。
なんということを……小夜子先輩、完全に俺も巻き込んで遊んでますね。
何度か放送部の放送に出たことがあるらしく、今回の騒動へと発展した、と。
俺は突き刺さるような肌寒い屋上で息を白くさせて、
「困ってる時は助けてくれるって言ってたから、つい……」
「……確かに困ってるなら、助けくらいにはなると言った。だが、先輩は俺なんか頼りにしないって言ってなかったか?俺に迷惑をかけないとも言ってたよな」
「うぅっ。だ、だって、自分じゃどうにもならなかったんだもん」
お子様先輩にシュンっとさせると怒る気力も失う。
はぁ、ホントに何をしているんだか、この先輩は……。
「事情は分かった。だが、ホントに後先考えずに嘘をつくからこんな事になるんだ。もうこれ以上は協力できない。俺が先輩の恋人役をしてやれたのは先輩の友達内だけのつもりだった。全校生徒相手に嘘はつきたくないんだ」
これ以上は俺も付き合いきれない。
後は自分で何とかして欲しいものだ。
俺の言葉に彼女はショックを受けた様子をみせる。
「……う、嘘じゃなかったらいいんだよね?」
「ん、どういう意味だ?」
「私だって色々と考えてた。私のついた嘘を突き通すこと。ここまで話が大きくなってどうしよって。だったら、嘘じゃなくしてしまえばいい。これ以上、嘘は積み重ねたくない。だから……」
決意を秘めてこちらを見上げてくる先輩。
先ほどまでの弱々しさはなく、かといってこれまでのような強気さもない。
素の彼女と言えばいいのだろうか。
「――貴雅。お願いがあるの……私の恋人になってくださいっ!」
恋人宣言の次は本物の告白が待っていた。
みゆ先輩の告白に俺はどう答えればいいのだろう?
12月の寒空の下、俺はひとつの選択を突きつけられたんだ。