第4話:俺と先輩の関係
【SIDE:倉敷貴雅】
何やら勝手に俺とみゆ先輩は恋人関係だという事になっていた。
ロリ顔巨乳な先輩は何を思ったのか、その嘘を友人達の前で突き通すつもりらしい。
だが、何とか乗り越えられると思った矢先、最後の試練が二人を待っていた。
「それじゃ、最後にキスしてみせてくれない?おふたりさん?」
小夜子先輩に言われて俺達は固まってしまう。
マズイぜ、この展開だけは避けておきたかった。
よくある定番の確認方法だが、実際にキスしてしまうわけにもいくまい。
「え?あ、でも?き、キスは……その、ね?」
「美結は貴雅クンとキスできないの?恋人同士なのに?」
みゆ先輩が動揺して判断できない以上、俺は必死に対応を考えるしかない。
「……実はまだふたりはキスしたことなくて。その、できるなら別のタイミングでしたいんですよね。ダメですか?」
「うん、ダメ。そう言うことならここでしてちょうだい。それで、疑う事はないわ」
小夜子先輩、絶対に気づいてるな。
俺と彼女がただの知り合いである事に。
多分、他の二人もそうだ。
それを納得したフリをして、みゆ先輩の反応を楽しんでいる。
だとしたら、ここでキスをしても意味はない。
「……先輩、ここまでだな。本当にキスすることはない。嘘だと言ってしまえ」
俺が小声で耳に囁きかけると、彼女は首を横に振って否定する。
「最後まで私に合わせて。き、キスぐらいやればいいんでしょう」
震える身体、潤む瞳から察するにかなりの緊張をしているらしい。
この分だと相手はファーストキスか?
余計にできない、なんとしてもキスは回避の方向で話を持っていく。
「人前でするのは苦手なんです」
「私達の大事な友人よ。任せるというからにはその誓いを見せて欲しいの」
「そこの所は勘弁してもらえないですかね?」
「ダメ~。貴雅クンは美結とキスしたくないの?」
くっ、小夜子先輩は完全にからかいモード、どうにもならんか。
「……いいよ、貴雅。それで皆がホントに納得してくれるならキスしよ」
「みゆ先輩……?」
「えへへっ。こういうの、憧れてたんだ。好きだからしようよ」
もはや、後には引けないとばかりに、みゆ先輩は俺とキスする選択をした。
小夜子先輩はその判断にニヤリと笑みを浮かべる。
「美結は乗り気みたいだけど?どうする、貴雅クン?」
「……先輩、いいんですか?」
「わ、私はいいよ。うん、誰にだって初めてくらいあるもん。それが……今だってだけし」
無理するなよ、自分のファーストキスくらい好きな奴のために大事に取っとけ。
そう言いたくなるが、一生懸命に作り笑顔を見せるみゆ先輩には言葉は届かない。
そこまでして、この嘘を突き通したいのなら俺も覚悟を決める。
「いいですよ、分かりました」
俺は先輩の身体を抱きしめて見る、小さな身体に手を回す。
「146-86」というコードネームで呼ばれるぐらい胸ばかり強調されている感じはするが、実際に触れて見ると、すごく可愛らしい女の子だと改めて実感させられる。
「……ぁっ……」
潤いに満ちた唇をこちらへと尖らせるみゆ先輩。
俺にファーストキスを捧げようとする、その行為。
「キスしてよ、貴雅……」
そんなに泣きそうな顔をして、紡いだ言葉に何の意味が……。
瞳を瞑るみゆ先輩は覚悟完了、ってここまでしなくちゃいけないのか?
「……んぅっ」
複雑な気持ちながらも、俺は彼女に口付ける。
優しく身体を腕の中に抱きとめて――その頬に唇を触れさせた。
「……え?」
キスの瞬間に驚いた顔をするみゆ先輩。
本気で唇にされると思っていたんだろう。
俺は小夜美先輩にこう言い放つ。
「本気でみゆ先輩が好きなんで、これ以上は人前で出来ません」
「そっか。貴雅クンって優しいわね」
「さぁ、どうでしょうか?」
俺はまだ呆気に取られるみゆ先輩の頬を撫でる。
「先輩、唇のキスはまた次の機会という事で」
呆然と顔を赤らめるだけしかできないみゆ先輩。
「これで俺達が交際してるって分かってもらえました?今度こそ、本当に失礼します」
「……ありがとう、貴雅クン。これからも美結をよろしく」
なぜか小夜子さんにはお礼を言われてしまう。
やれやれ、結局、こうなる事も想定していたんだろうか。
多分、みゆ先輩はそれに気づいていないんだろうけど。
放課後、俺達は待ち合わせをしていたわけじゃないのに中庭にいた。
ベンチに座るみゆ先輩、俺の存在に気づくと軽く手を上げる。
「今日のお昼はどうもありがとう。おかげで大助かりよ」
「人に合わせろというなら、自分がテンパってどうする?」
「仕方ないじゃん。あんなに皆が意地悪なんて思わなかったし」
先輩は長い髪を結んでいる髪留めをいじる。
「よく、あんな手で小夜子たちを乗り切ったわね」
「あんな手ってどんな手だ?」
「頬にキス。私はてっきり、本気でチューされると思った」
まだあの時の事を思い出すのか、頬が紅潮している。
可愛いところもあるじゃん。
俺は何ともないと言う風に淡々と答える。
「ん?もしかして、ホントに俺にキスされたかったか?」
「そ、そんなわけないでしょう!!冗談でも嫌だって」
「それなら否定するなりすればよかった。俺はたかがキスで動揺するほどお子様でもないんで、恋人同士っていう設定なら、どう動けばいいか考えただけだ。……それに、あの形でも小夜子先輩的にはOKなんだろう」
「ふぇ?どういう意味?」
そう、小夜子先輩はとっくに俺達が付き合っていない事を見破っていた。
それでもキスしろと言ったのは、みゆ先輩ではなく俺を試した。
俺が……どういう気持ちであの場に立っていたのかを知るために。
完全にあの人の手の中で躍らせされていたんだよ。
それにみゆ先輩は気づいていない。
「お子様先輩には考えても意味のない事だよ」
「失礼なっ。私だって、色々と考えてたんだから!」
「それなら、まず、どうしてこの状況になったかを説明してもらおうか?」
まず、俺が恋人役をさせられた理由から問い詰める事にする。
先輩は昨日のラブレターの真相から話し始めた。
「昨日、小夜子たちが言ったんだ。私には好きな人もいないだろって」
「実際にどうなんだ?初恋ぐらいしていたんじゃないのかよ?」
「ううん。今まで好きになった男の子ってひとりもいない。高校に入れば誰かを好きになって恋人ぐらいできるって思い込んでいた。現実はそんなに甘い世界って中々めぐり合わないんだよ」
「噂じゃよく告白されてるらしいが、それじゃダメなのか?」
その発言にみゆ先輩は溜息をつきながら、嘆きに似た声で言う。
「嫌よ。私に告白してくる相手、ほとんどが私の胸っていうか身体目当てだし。分かる?誰も私を好きになって告白してきたわけじゃない。ひとりくらい、私の事を本気で好きになれっていうのよ」
確かに「146-86」と男子が呼んでるくらいだ、失礼ながら恋人って感じではない。
「そんなわけで、私に好きな人がいないっていうのを皆にからかわれたの」
「それがあのラブレターとどう繋がるんだ?」
「……言っちゃったんだよね。私にも好きな人くらい存在する。何なら今すぐ告白して恋人として皆に紹介してみせるって。言った後で後悔、急いでラブレター書いて、彼氏を探してたわけ」
想像通りの展開に俺は呆れるしかない。
好きな奴もいないのに大見栄を張ってしまったわけだな。
それで昨日はラブレターを手に学校中を走り回ってた、と。
「それで学校中を駆け巡った成果は……?」
「私の周りに親しい男の子って誰もいないことに気づいて愕然としてた。親しいって思ってただけなんだよね。知らない子に告白する勇気もなかった」
「なるほど、ラブレターをいらないって言ったのは作戦を諦めたからだな?」
「そういうこと。まぁ、こうして協力者が見つかったのは幸いだったけど」
こちらを恥ずかしそうに見上げるみゆ先輩。
……可愛いじゃん、そういう子供っぽさも愛らしく見えてくる。
「私は誰も恋したことがない。皆にはそれが悪いみたいな言い方されて、ムッと来てたんだよね。いつまでも子ども扱いされるし。でも、今回の事で少しだけ分かった気がする」
「何に気づいたんだ?」
「貴雅にキスされた時、私の事を考えて頬にしてくれたじゃん。あの時、それまで怖いとか思ってたのになぜか安心っていうか、こういうのいいなって感じの気持ちがあった。人を好きになるのって大変だなって改めて思うわ」
つまり、このロリッ娘先輩はこれまで恋の高揚感すら知らなかったわけだ。
今回の件はある意味、いい経験にはなったんだろう。
「……本物の恋っていうのはすごいぞ。その緊張感や高揚感の何倍も胸に来るから」
「さすが経験者。そっか……恋ってどう言うのなんだろう」
「恋愛に興味でも持ったら自分でいい男でも探せよ」
「そうだね。いつまでも嘘ついてるわけにもいかないし」
小夜子先輩たちにいいように遊ばれてるとも知らずに、まだ続けるようだ。
「これで私達の関係は終わり。これからも、名前だけは使わせてもらうけど、そちらに迷惑をかけない程度にするわ」
「そうしてくれると助かるよ。あと、嘘をつくならもう少し考えてくれ」
また妙なことに巻き込まれるのは勘弁だ。
先輩はうっと弱気な顔を見せて言う。
「頑張る。……多分、何とかなる、かも」
めっちゃ不安なんだけど、これがみゆ先輩か。
俺はその小さな頭をポンッと撫でる。
「……困った事があれば後輩として手伝ってやらんこともない」
「ふ、ふんっ……先輩としての意地として、頼りなんかしないもんっ」
お互いに顔を見合わせて微笑しあう。
俺とみゆ先輩、何かいい感じの関係になれたじゃないか。
だが、俺は後にその安請け合いが新たなる展開を迎える事をまだ知らない。




