第37話:言葉だけじゃ足りなくて
【SIDE:初音美結】
大好きな彼氏。
貴雅との付き合いは私に恋だけでなく色んなことを教えてくれる。
2月になり、バレンタインデーの時期を迎えていた。
当然、私もチョコをあげて彼も喜んでくれたんだけど……。
「えぇ?貴雅ってチョコが嫌いだったの?」
「はい、確か苦手だったはずですわよ?」
天音ちゃんから聞かされた真実。
どうやら彼は苦手なのにちゃんと食べてくれたらしい。
「でも、貴雅って甘いものはそんなに苦手な方じゃないはずだよね?」
「そうですね。確か食べられないとかじゃないんですよ。チョコレートパフェなら大丈夫、とか。そう言う類の苦手です。私もチョコレートが嫌いだということしか知りません。一度、詳しく聞いてみたことがありますの。そうしたら秘密だと教えてくれませんでしたわ。よほど、何か秘密にしたいことがあったのでは?」
天音ちゃんの話だと彼はチョコにトラウマがあるんじゃないかって。
それを本人に確認するために私は彼の部屋と向かう。
部屋ではゴロンっとベッドに寝転がる貴雅がいる。
テーブルには私があげたチョコの箱。
ちゃんと食べてくれたみたい、苦手だっていうのは誤解なのかな?
「……ん?何だ、みゆ先輩。どうかしたか?」
「どうかしたって、一応、彼氏の家なんだから彼氏に会うのは普通でしょ?」
「俺の家に来る時は大抵、天音と遊ぶためだろう。ふわぁ」
彼は欠伸をしながら起き上がる。
私は今がチャンスと彼に詰め寄り、尋ねてみる事にした。
「ねぇ、聞いてもいい?チョコが嫌いだって言うのはホント?」
「……バレンタインの日に聞く質問じゃないだろ」
「あっ、やっぱり嫌いだったんだ?ごめんね?」
「いや、嫌いと食べられないは違うし。別に味がダメだとかそういうんじゃないから。気にすることじゃないぞ。こーいうのは気持ちだからな(棒読み)」
めっちゃ、気にしているじゃん!!
うぅ、何だよぉ、貴雅はそう言うところで気をつかうタイプだ。
気配りしてもらえるのは嬉しいけど喜んでもらえていないのは嫌だ。
別に嫌がらせしたいわけじゃないんだもの。
「何でチョコがダメなの?甘いものが嫌いってわけじゃないんでしょ」
「まぁな。何ていうか精神的なものだ。それはもういからさ。別の話をしようぜ」
彼はストレートに話を変えようとしてきた。
むむっ、貴雅の態度が怪しいなぁ。
私は彼の弱みを握った感じで攻めてみる。
たまにはいつもいじられているので仕返しがしたい。
「教えてよ。ね?ねぇーってばぁっ!」
「それは甘えているつもりか?俺には鬱陶しいんだが」
「ひどっ!?こんなに可愛い彼女にひどい暴言だ。ふーん、そう言う事を言うのね。あることないこと、学校で言いふらすわよ。私に対して屈折した愛情と性癖を抱いているとか」
「すまん。それだけはやめてくれ」
いつも私の事をロリ先輩とか呼ぶクセに、実はロリコンだと言われるのは嫌らしい。
私にも諸刃の剣的にダメージがあるのでこのネタで攻める事は滅多にしない。
自分の身体が小柄なのは私自身望んでいることじゃないもんっ。
私はもっとスタイルのバランスがよくてモデル体型の女の子になりたかったの。
「……ほら、教えてよ。いいでしょう?」
「誰にでも嫌なのくらいあるだろうが。その頬を引っ張るぞ」
「最近、彼氏の暴力に悩まされています。天音ちゃんに相談してこよう」
「ちょ、おまっ、そう言う事を冗談でも言うな」
慌てふためく姿も面白いけど、そろそろ本題に戻りたい。
私は箱に残っているチョコを指さして、
「何なら口移しで食べさせてあげよっか?」
私は唇にチョコを挟んで「んーっ」と突き出してみる。
何かこーいうの、恋人っぽくていいなぁ。
「どこのバカップルだ、やめいっ!」
そう言って私の口にチョコを押し込んでくる。
口に広がる甘いチョコレートの味がする。
「んぅっ!?甘いけど……ひどいなぁっ。何てことをするの」
「別に何もしてねぇよ。大体、口移しなんてしているうちに体温でチョコが溶けるって」
「……今、ものすごく意味深発言したよね?何よ、それ?どこの誰かと経験したことあるっていうの?ねぇ!?」
私を不機嫌にしたのは彼の一言。
そりゃ、貴雅は恋愛経験があるので、いろいろとしたことがあってもおかしくないけど。
ちょっと待って、貴雅がそういう経験した相手ってまさか……!?
「そのバカップルみたいな真似をした相手は絵美さんでしょう!?」
貴雅の元カノにして私にとってのライバル、絵美さん。
貴雅の「初めて」って大抵彼女と体験しちゃっているので不愉快になるんだもんっ。
初チューとか初デートとかさぁ……いろいろとねぇ?
「あぁ、変な地雷踏ませたなぁ」
彼はしょうがないと言った顔をして私に言う。
「まぁ、昔の話は置いといてだ。チョコの話に戻ろうか?」
「嫌よ、そっちの話の方が重要じゃないっ」
「どっちだよ。はい、チョコに戻ろう。いいな?」
無理やりだけど、チョコレートの話に戻る。
不本意ながらも、私は本題を聞ける事に……。
だけど、恋人として私は絵美さんとの話の方が聞いておきたい。
「チョコだろ、チョコ。戻ってこーい」
「あぅ、むにゅ~って引っ張るのはやめてよ。分かったわよ、もういいから。チョコレートの話に戻る。はぅ……」
少々不満は残るがチョコの話が聞けるのでよしとする。
彼は仕方ないと諦めたのか自分のチョコ嫌いの理由を話す。
「みゆ先輩は子供の頃、おやつって何だった?」
「ケーキとかクッキーとか。そういうのだったけど?」
「大抵は洋菓子だろ。俺の家って見たとおり、旧家じゃん。しかも、母親は華道以外にも茶道をするから和菓子とか多かったんだよ。洋菓子に憧れていたのさ」
天音ちゃんなんて着物がよく似合う和風美少女だもの。
どういう家庭で育てられたかよく分かる。
「それで……この話でまたみゆ先輩に不機嫌になられても困るのだが、小学6年の時、ある女の子から初めてバレンタインデーでチョコレートをもらったんだよ」
「ふーん。貴雅ってモテるもんねー(棒読み)」
「いや、その時はまだ身長も低くてそんなにモテなかったけどな」
今、さらりとその後はモテたみたいな事を言ったよ、この人。
貴雅がカッコイイのはいいけど、他の女の子にも好かれて欲しくない。
「初チョコねぇ。それがどうしたの?」
「これがまた美味くて、こんなに美味しいものだとは思わなかった。ケーキはその2年前に親に我が侭言って誕生日から食べさせてもらえるようになったんだが、チョコレートだけは父親が許してくれなくてな……」
そんな苦労話風に言うけど、その代わりに食べていたのは有名職人手作りの超高級和菓子なんだけどね……。
ちなみに天音ちゃんは女の子と言うことで小さな頃から洋菓子も和菓子もどちらもオッケーみたいだったの。
なるほど、そういう経緯なら貴雅がチョコレートが美味しいと思うのは普通かも。
「それからは俺は親に隠れて小遣いでスーパーでチョコを買いまくり食べていたわけだ。昔は好物のひとつだった」
「それが何で今はダメなわけ?」
「世の中、食べ過ぎと言う言葉があるんだよ。どんなに好きだからって食べ過ぎはいけない。ある日の夜、俺はチョコの食べすぎで鼻血を出した。そして、それを父親に見つかり、隠してあったチョコも見つかり、かなり怒られた」
何て可哀想な結末なんだろう、ちょいと同情しちゃう。
幼き頃の貴雅が可哀想、チョコレートくらい別にいいじゃん。
「それ以来、チョコを食べるとあの時の辛い記憶を思い出す。鼻血を止めながら親に説教され、さらに目の前で天音にそのチョコが食べられる様を見ている事しかできない屈辱と悲しみ。涙なしには語れない過去だ」
とりあえず、貴雅がピュアな子供だった事はよく分かった。
「へぇ、そんな可愛い理由があったんだ?今は食べてもいいの?」
「その時、皮肉にも残すともったいないと不満を口にしつつ、父親がチョコレートを食べたら俺と同じように感動して、ハマってからは我が家でもチョコが解禁された。あの時の俺の悔しさは我が家の歴史を動かしたともいえる」
何かものすごく壮大なスケールがある言い方をするけど、ようするに彼のお父さんの食べず嫌いだっただけじゃないの?
「……ほら、あーん」
話を聞き終えた私はそのチョコを今度は手で持って彼の口に差し出す。
「ちゃんと食べる量を考えて食べたら美味しいんでしょう?」
「あぁ、そうだな。チョコは嫌いではないからな」
そう言って彼はチョコを口に入れる。
貴雅って普段は生意気だけど、可愛いよね。
年下の男の子の魅力に年上のおねーさんとしては嬉しい。
「さて、チョコの話は解決したから貴雅の過去について話そうよ?」
「うげっ……その話はやめてくれるんじゃなかったのか?」
「ダメですっ。話してくれないと地味に意地悪しちゃからね!」
貴雅のチョコ嫌いも気になる。
だけど、それと同じくらいに私は貴雅自身についても聞きたいの。
「絵美さんとどういう恋をしてきたのかチョコのように甘~い話を聞かせてね」
「か、顔が笑ってねぇ……怖いよ、みゆ先輩」
女の子の嫉妬をなめないでよね、ふんっ!
私が彼を好きだって想いはどんな言葉でも足りないくらい溢れている。
大好きな人だから、どんなことでも知りたいの。
「ふふふっ……。さぁて、尋問開始と行きますか?」