第36話:みゆちゃんパニック《後編》
【SIDE:倉敷貴雅】
なんと、みゆ先輩の家にお呼ばれしてしまった。
日曜日、俺はちょっと緊張しつつ彼女の住むマンションへと向かう。
「うーむ、こう言うのは苦手だ。本気で苦手だ」
どこかのロリ先輩と違い初対面相手に積極的に慣れる人間ではないのだ。
しかも相手は交際相手の両親、緊張するなと言う方がおかしい。
高校生だろうが、恋人の両親って言うのはハードル高めだ。
あぁ、みゆ先輩みたいな無駄な仲よくできるパワーが欲しい。
ていうか、あの先輩の父親って政治家だろ。
やはり厳しいタイプなのだろうか。
……いや、みゆ先輩を見ていると甘やかされて育っていそうな気もする。
「さぁて、手土産も持ったし行くか」
手土産は日本全国を飛び回る人気華道家の母さんがよくお土産で買ってくるものを適当に持ってきた。
長崎名物のカステラ、お値段的にも品物的にも人様にあげて大丈夫な品物だろう。
俺はみゆ先輩のマンションに入ることにした。
玄関前でピーンポーン、呼び鈴を押してみる。
既にオートロックを開けてもらうときにみゆ先輩が中にいるのは確認済み。
あとは問題の彼女の両親なんだけど。
「貴雅、来てくれたんだね!」
「……まぁな。気は重いが……お邪魔します」
「どうぞ、両親はリビングで待ってるよ」
緊張さらに倍増中、どういう人たちなんだろうか。
俺はリビングへと入った瞬間、目の前に入ったのは刀を振り上げるおっさんだった。
「――うぉおお、覚悟せいやっ!!」
WHAT!?みゆ先輩のパパはヤクザさんですか!?
俺はその振りかざされた刀を慌てて避ける。
ブンっと風邪を切る音がして俺の真横を刀が通り過ぎていく。
マジでこえぇーっ!?
「くっ、避けられたか。次は外さんぞ。ふふふっ」
いや、誰だって普通に避けるだろ!?
しかも、何だかおっさんの目がヤバい、殺る気満々だぞ、おいっ。
隣のみゆ先輩も呆然とその光景を見てた。
「あ、あの、俺、その……!?」
いきなり何するんだ、と叫ぶ間もなく刀を振り回すみゆ先輩のお父さんはこちらを睨みつけた。
顔が怖い、渋い系というかちょいワル親父系っていう感じの人だ。
「うちの可愛いひとり娘を傷物にした責任、どうやってとってもらおうか」
「傷物って、俺はこのロリ、じゃなくてみゆ先輩にまだ手は出してないんですけど」
「ふっ。我が愛娘を恋人にするという事は命をかける覚悟が……ぐわぁ!?」
「はーい、ちょっとこちらに来てね」
彼の後頭部を殴ったみゆ先輩のお母さんが隣の部屋と彼を引きずっていく。
扉が閉まってすぐに、ガゴンッと言う鈍い音が響く。
……え、今の何の音ですか?
「ごめんなさいね、貴雅君。ちょっと娘に熱が入り過ぎているの……普段はいい人なのよ」
「は、はぁ……。あ、これ、どうぞ」
まるで、何事もなかったかのようにリビングに戻ってきたので俺は手土産を手渡した。
ホントに怖いのはみゆ先輩のお母さんの方かもしれない。
みゆ先輩の性格が変なのはお母さん譲りか。
「あら、カステラじゃない。ここのお店のってとても美味しいのよ。ありがとう」
「いえ、ただの母の土産なんですけど。先日は長崎に行っていたので」
「そうなの。貴雅君のお母様って何をしている方なのかしら?」
「華道家ですよ。生け花とか教えたりして、日本中を飛び回ってる人です」
たまにテレビにも出ている人なので忙しいようだ。
この前は長崎、その前は北海道と行く場所も様々だ。
「改めまして、いつも美結がお世話になってるわ。美結から貴雅君の事はよく聞いているの。初めての彼氏だからとてもいい人でよかったわ」
どうやら彼女には良い印象を抱かれているらしい。
なのに、みゆ先輩のお父さんは俺に敵意をむき出しにしていたのはなぜだ?
「美結って結構ドジばかりする子だから大変でしょう?」
「えぇ、まぁ……」
思い返せば、出会いからそうだったし、それ以外もみゆ先輩伝説は多々ある。
事実のために曖昧に返事するがみゆ先輩はそれに不満なのか。
「むぅっ、私は別にドジっ娘じゃないもんっ」
「十分すぎるほどだと思うけどな」
「もうっ、貴雅ってば意地悪なんだからっ。いつも私を子供扱いするし」
頬をふくらませて抗議するみゆ先輩、可愛いじゃん。
「……今、うちの美結ちゃんのこと、可愛いとか思っただろ」
「うあっ!?」
いきなり真後ろから声をかけられてびっくりする。
そこには頭を押さえたおっさん、もとい、都議会議員であり将来は国政に乗り出すと言われて地元の支持も高いみゆ先輩のお父さんがいた。
「パパ、もう大丈夫なの?ママもちゃんと始末しておいてよ」
「ホント……意外と効かないのね、アレ」
おいおい、アレって何だ!?
みゆ先輩&みゆママ、この親子の方が危険な気がする。
何だか普通に怖いよ、この家族。
「落ち着いてよ、パパ。これ以上、貴雅にひどい事をすると許さないよ?」
「うぅ、だからと言って……この男はいずれ『お父さん』とか言うつもりなんだろ。愛情かけて育ててきた果実を他の男に摘み取られるパパの苦しみも……昔はパパのお嫁さんになると言ってくれたのに」
「それは捏造。私は一言も言った事ないもんっ」
その気持ちは男として分からなくもないが、やられるこっちはたまらない。
このままだと「俺の屍を越えていけ」的な展開になりそうだ。
だが、そんな不穏な雰囲気を消したのはみゆママのある発言だった。
「はいはい、そこまで。貴雅君が困ってるでしょ。彼は貴方にとっても大事なの人なのよ。貴方を支援してくれている白銀グループの関係者なんだから」
「……白銀グループの関係者?はい?」
その言葉にみゆパパは俺の方を見て驚く。
あー、そういうことか。
俺は冷や汗をぬぐいながら彼に自己紹介することにした。
「俺の名前、倉敷貴雅って言うんですよ」
「く、倉敷!?それはまさか、白銀グループの関係企業を束ねている倉敷家の?」
「えぇ。白銀の分家なんです。一応」
分家とはいえ、その地位も力も世間一般では存在する。
あまり普段意識しないようにしているが、政治や経済界では名の通った家柄だ。
「……ごめんなさい、すみません。倉敷家の御曹司に対する無礼な振る舞い、本当に申し訳なく思っています」
「――態度、変えるの早っ!?」
みゆパパが素直に謝った、しかも低姿勢に頭まで下げてきた。
娘の彼氏に敵意むき出しだったくせに権力を前に呆気なく屈したぞ。
「知らぬことだったとはいえ、数々の暴言、許してください」
「い、いえ……俺自身がすごいわけじゃないんですけど」
どうやら白銀グループには普段から支援してもらっているらしい。
まさに権力者には逆らうなってやつだろうか。
「ママが言ってた大丈夫ってこう言うことだったの?」
「そうよ。貴雅君はパパがお世話になってる企業の大事な御曹司さん。議員であるパパが手荒な真似なんてしたらどうなるのか。だから、私は安心してと言ったの」
権力って……やっぱり、俺は嫌いだ。
今回は命の危機を救うことになったのでよかったけどさぁ。
「ほら、貴方。気はすみましたか?ケーキでも食べましょう。貴雅君、甘いものは大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「それならよかった。私、趣味がお菓子作りなの。ケーキを作ってみたから食べてね」
綺麗にデコレーションされたショートケーキ。
手作りでこれだけ美味しそうなのは初めてみるかも。
これだけでも、彼女が料理が上手だという事が分かる。
「美結、お皿を並べるのを手伝って。そうだ、貴雅君は紅茶、それともコーヒーがいいかしら?どちらも用意できるわ」
「それじゃ、コーヒーでお願いします」
彼女達はキッチンへと行ってしまい、みゆパパとふたりっきりに。
うぅ、かなり気まずい。
彼はしばらく何も言わなかったが、やがて口を開いた。
「美結ちゃんは今まで僕が大事に育ててきた可愛い娘だ。もしも、近づく男がいるのなら我が家に代々伝わる(という噂)日本刀で叩き切ってやるつもりでいたんだ。娘っていうのは自分にとって宝物だからな」
「つもりっていうか、実際に襲われましたけど」
あれを“つもり”ですマされるのは非常に不満があります。
彼はそれを反省したうえで俺に言う。
「だが、キミのような素晴らしい人間に美結ちゃんが出会い、恋をした事を今は本当に嬉しく思う。本当に美結ちゃんは人を見る目があるなぁ。さすが我が娘だけのことはある」
「……思いっきり、倉敷の名前目当てな上に、みゆ先輩はそんなすごい子じゃないでしょう」
「実際、そこらのどこの馬の骨か分からない男と違う事は父親というものは安心できるものなんだよ。子を持つ親の気持になれば分かる。……僕の事はこれから『お父さん』と呼んでくれてもいいい。むしろ、今すぐ、呼んでくれたまえ」
俺の事を歓迎しすぎた、みゆパパ。
俺が倉敷家のものと知るやいなや、この態度の急変どうよ?
「まだ呼ぶつもりは全然ありませんから」
「何!?まさか他に付き合ってる女性がいたりするのか!?だとしたら許さんっ!二股で美結ちゃんを傷つけることがあれば……どうなるか、分かっているよねぇ?ん?」
ぐぐっと顔を近づけてくる、ヤクザの若頭みたいな容姿なので普通に怖い。
みゆパパに対して俺は首を横に振りながら否定する。
「そ、そんなつもりはありません」
「ならいいんだ。キミに美結ちゃんを任せた。男と男、分かり合えると思っていたよ」
仕事柄で慣れているのか固い握手を交わしてくるので握り返す。
この人相手だと任侠映画を彷彿とさせる光景だ。
みゆ先輩も変だけど、その親もどこか変だと切実に思う。
その後は平穏そのもの、美味しいケーキを食べながら話がはずむ。
俺の隣でみゆ先輩は笑いながらこう言った。
「よかった……貴雅、パパにやられちゃうんじゃないかって思ってたの」
「そういう危機があるなら最初に言っておいてくれ」
というわけで、何とか無事にこの危機は乗り越えることができた。
……ある意味、みゆ先輩がどういう育て方をされたのかよく分かる家庭訪問でした。
そりゃ、あれだけ甘やかせたらああいう子が育つわな。
はぁ、ものすごく精神的にも肉体的にも疲れた休日だった。