第36話:美結ちゃんパニック《前編》
【SIDE:初音美結】
1月下旬、寒さも一層厳しくなり始めて、時々東京でも雪が見られる。
夕食後、リビングで先日、貴雅の家でお世話になったときの写真を見ていた。
「これが、私の和服バージョンの写真よ」
「へぇ、七五三の時みたいね~」
「うぅ、その比較はものすごくキツイです。ちゃんと成長しているのに」
今日のお昼、貴雅がその時の写真をくれたので、ママと一緒に見ているの。
その中には彼の親戚の集まりに参加した時の写真も含まれている。
久しぶりに着た着物、浴衣と違って締め付けがきつかった。
「でもよく似合っているわ。お正月にお世話になっていたのも、電話だけのお礼でよかったのかしら。ちゃんと1度尋ねた方がいいわよね……」
「え、あ、でもぉ……何だか恥ずかしいよぅ」
「そう?よく彼の家に訪れてるんでしょう?」
なんていうか、そういうのって恥ずかしいじゃない。
確かに私は週に何度か貴雅の家に遊びに行っている。
だけど、それは彼に会うというだけではなくてもうひとつの目的もあるの。
「貴雅の妹とも仲がいいの。よく遊んでいるのは彼女の方だよ」
私と彼が出会って恋をしてから3ヶ月。
私もすっかりと彼との関係を深めている。
恋人関係になるのって予想していたよりも楽しいの。
それに何よりも好きな人がいるっていうのは心に大きな影響を与えている。
「この写真の横にいるのって噂の貴雅君?」
「そうだよ。私の貴雅、カッコいい子でしょ?」
「そうね。それにしても、ずいぶんと身長が高いようだけど……」
「私より1歳年下なのに、身長180センチ越えだもん。身長差が40センチもあるんだ」
一緒に見ている写真は私が彼に抱きしめられているものだ。
天音ちゃんや美咲さんにからかわれて、撮られたものだから、貴雅も照れくさそうな表情をしている。
……えへへっ、可愛い。
自分の恋人が年下の男の子でよかったなぁって思う。
ママはその写真を眺める私に言うんだ。
「美結、幸せそうな顔をしちゃって。そんなにいい人なの?」
「うん。とても優しくて頼りになるの」
私がそう言うと、いきなり背後で妙な声が……。
「な、なんだ、その写真は!?隣の男は誰なんだ?」
「あっ、パパ。おかえりなさい」
「ただいま、美結ちゃん。……って、それより、その写真は何だ?」
あちゃー、見られてはいけない人に写真を見られてしまった。
パパは私が男の子と交際しているのを未だに許してくれていない。
「お、男と抱き合ってるだと!?」
「だって、恋人だもん。甘えて当然じゃない」
「そんなのパパは認めていないぞ!」
私とママは顔を見合わせて溜息をつく。
ダメだ、こーいうときのパパはとても対応に困る。
いかにも典型的な娘を溺愛してるタイプ、この年で「美結ちゃん」は恥ずかしい。
娘として愛される事に嬉しくもあるけど、今は普通に困る事のほうが多い。
「貴方もお仕事でお疲れでしょう。ご飯の用意をしますね」
「それは後でいいから詳細を教えなさい、美結ちゃん。この男は誰だ?確かクリスマスの時にも話に出てた相手だよね?今日はしっかりと話してもらうよ」
ママの言葉も届かず、仕方なく私はパパに貴雅の事を話す事になる。
「彼の名前は貴雅。ひとつ年下の男の子で私と付き合ってるの」
「ほら、お正月にはずいぶんとお世話になったと言う話をしたでしょう?」
「おかしいな。僕は友達の家でお世話になってたと聞いていたんだが」
――ぎくっ!?
そうなのです、パパには内緒でお友達(天音ちゃん)の家に遊びに行ってると答えたの。
だって、恋人の家とか言ったら絶対に反対されているもん。
「正直に言いなさい。……美結ちゃん、まさかこのパパに嘘をついたのかい」
「違うってば。彼の妹と私は親友なの。だから、嘘はついてないもんっ!」
「つまりは、お正月はその恋人という“野獣”と一緒に数日を過ごしてたと言うのか。おおっ、何たる不覚っ」
ソファーに顔をうずめてうな垂れるパパ。
これが若くして都議会の議員となり、地元からの評判も高い政治家だとは誰も思わない。
普段はピシッとスーツ姿がよく似合う自慢のパパなのに。
「ここは亡き父より譲られし、先祖伝来の日本刀で叩き切らねば……」
そういうやいなや、彼はリビングに堂々と飾られている日本刀に手をかける。
「それ、前にパパが出たお宝鑑定番組で模造刀だって言われた奴じゃん。しかも安物」
「うぅ、まさか先祖伝来の名刀のはずが、ただの安物の模造刀だったのは泣ける」
パパが某有名なお宝鑑定番組に出て、大恥をかいたのもつい最近の話。
おじいちゃんは面白い人だったのでネタで買ってきた模造刀を、先祖伝来の由緒ある刀だと自慢げに語っていたのを真に受けたらしく、実際はただの質の悪い安物だったらしい。
それ以来、名刀(自称)は暴漢対策用とかいう物騒なものに使われている。
「はい、没収。美結の前で危ない真似はさせませんよ?」
パパとママの力関係は圧倒的にママの方が有利。
模造刀を奪われた彼は怒りが収まらないらしく私に言うんだ。
「とにかくっ、僕は美結ちゃんの交際を認めんぞ。どこの馬の骨かも分からない男と交際するなど豪語同断だっ!」
「一応、家柄はいいんだけど……?」
貴雅の家は結構有名のはずなんだけどなぁ。
そんな私の言葉を聞く耳持たぬと彼は怒鳴る。
「ふんっ。ちょっとばかりの家柄の男なら認めん。いいかい、美結ちゃん。恋人になるっていうのは大事な人とめぐり会う事から始まってね……」
以下、数分間、彼の恋愛観を聞かされ続ける。
ママは止める気がないのか、食事の準備を始めてしまう。
延々と彼の説教をひたすら聞かされてお疲れ気味の私。
私は面倒になったので止めの言葉を告げた。
「あのね、パパ。私は貴雅が好きなの。将来も結婚したいの(願望)」
「ガーンっ!?け、結婚だ、と?つまり、お嬢さんを僕にください的シチュエーション!?」
思いっきりショックを受けたパパはそのままソファーのクッションに顔を沈める。
普段の面影なしで見るも耐えないパパの姿に私とママは呆れるしかない。
「あらら。相当ショックだったみたいね?」
「……だって、パパが私の話を聞いてくれないんだもん」
「そうだ、1度、貴雅君を家に連れていらっしゃいよ。向こうの御宅にお世話になっているんだもの。たまにはこちらにも来て欲しいわ。私も彼に会って見たいし」
ママの発言が思わぬ波紋を生む事に。
いきなりバッと起き上がったパパは鼻息を荒くして、
「ふふふっ、あははっ。そうだ。美結ちゃん、彼を連れて来るんだ。僕の愛娘の恋人になるにふさわしい相手かどうかこの目で判断してやる。今度の日曜日でも連れてきなさい。さぁて、この刀の手入れでもしておこうかな……」
どこか目がヤバい、あんなパパは滅多に見たことがないよ。
私は身体を震わせながら、ママに「大丈夫かな?」と尋ねる。
「問題ないわ。“貴雅君”なら大丈夫よ」
「ホントに?貴雅、ばっさり切られちゃうんじゃ……」
「そんな事にはならないの。美結が心配しなくてもいいから、連れてくるといいわ。私もケーキを焼いて待ってる。どんな子なのかしらねぇ」
期待に胸を脹らませるママと別の意味で期待するパパ。
うぅ、貴雅は無事にいられるのかホントに心配だよ。
という昨夜の出来事を経て、私は学校で貴雅に提案をする。
彼は最近、カットしたばかりの自分の髪の毛が気になるのか、いじっている。
「……ちょっと短め過ぎかなぁ。何か今日は皆に髪型を笑われるんだ」
「いいんじゃない。よく似合ってると思うよ。あのね、貴雅。話があるの?」
「何だ、改まって?みゆ先輩らしくないな」
貴雅は本気になったパパの恐ろしさを知らないの。
以前、1度だけ私が彼に怒られたことがある。
子供の頃、パパのお気に入りのワインボトルでボーリングごっごをして遊んでいたら(総額で数百万円以上の物らしい)、もの凄い剣幕で怒られて泣いちゃった。
幸いにもワインは割れなかったけど、あのときは怖かったな。
まぁ、すぐに私が泣き止むまで謝り続けてくれたけどね。
後にも先にもあれ以来、パパに叱られたことはない。
「実は私の両親が貴雅に会って見たいって……。ほら、お正月にお世話になったことのお礼っていうか、ただ単に口実で興味があるっていうか」
「何だ、そういうことか。……ごめん、俺、そういうの超苦手」
「分かってるよ。両親に紹介とか、そんなのじゃない。今度の日曜日、空いてるかな?出来れば来て欲しいなぁ」
彼は苦笑いしつつも「そういうことなら」と頷いてくれる。
「でも、みゆ先輩のお父さんって都議会の議員さんだろ?」
「そうだよ。ママはね、昔はパパの秘書してたんだって」
「へぇ、そうなんだ。……つまり、自分の部下に手を出した?」
「逆よ、逆。ママの方がパパを好き過ぎて積極的なアタックを仕掛けたの」
そういう所の行動力は貴雅のお母さんと似ている気がする。
私も恋をしたら猪突猛進一直線な性格を受け継いでたみたい。
「みゆ先輩の家って前に行った事あるけど、今回は両親と会うのか」
貴雅はふと考え込んで言うんだ。
「例えばだけど、みゆ先輩のお父さんってどういうタイプなんだ?いわゆる『娘は絶対にやらん』って怒るタイプなのか?それは勘弁して欲しいな」
「どうかなぁ。会えば分かると思うよ」
私は不安もあるので警戒させちゃ悪いと思い、黙秘する。
「まぁ、何とかなるだろ。みゆ先輩の両親だもんな」
はぅ、それ無理……絶対、変な事になっちゃうよ。
私は不安たっぷりに貴雅にこれだけは言う。
「あ、あの、言いにくいんだけど……貴雅の髪、前より後ろの方が変だよ?ぴょんってなってるの。ハサミあるから切ってあげよっか?ジッとしていてね」
「何っ!?うわっ、ホントだ。だから、今日は皆笑っていたのか。ちくしょーっ」
私はハサミで彼の髪を少しだけ切りながら、大いなる不安を抱えていたのでした。