第34話:初めて好きになったヒト
【SIDE:倉敷貴雅】
毎年、正月の3日目は本家に親戚一同が集まる事になっている。
倉敷家の本家、白銀家の屋敷はかなり大きい。
それにしても、何で親戚の前で俺はみゆ先輩をさらすはめになるのやら。
今日、俺はなぜか兄貴の命令でみゆ先輩をこの集まりに参加させることになった。
「……まだ不満なのかい?貴雅、彼女は可愛らしいじゃないか」
「俺の恋人には体型が不似合いなのが唯一の悩みだ」
「そうかな。僕には彼女はとても魅力的に思えるよ」
「兄貴はロリな人だという事を美咲さんに言ってやる」
彼は慌てて、「そう言う意味じゃない」と否定する
兄貴の恋人であり本家の令嬢である美咲(みさき)さんは嫉妬が強い。
下手に他の女の話をするとえらい目にあわされているらしい。
過去にも数度痛い目にあってるとかいないとか。
「それで、みゆ先輩は何をさせられているんだ……?」
「さぁ、それは僕もよく分からないんだ」
「あの人の事だから大体の想像はつくが……」
この白銀家の本屋敷に入ってすぐに、美咲さんにみゆ先輩は見つかる。
本家のお嬢様、美咲さんは彼女を見るやいなや、
『なんて可愛らしいお嬢さんなの?さすがは貴雅君。女の子の見る目が違うわね。ホントに可愛い。ねぇ、お名前は?』
可愛いもの好きな美咲さんに抱きつかれながらみゆ先輩は言う。
『初音みゆです……こうみえても、17歳なんですけど』
『えぇ、知っているわよ。でも、歳なんてどうでもいいじゃない。可愛いのは最強、世界は可愛いのがすべてなの。私の妹もものすごく可愛いけど、みゆさんもめっちゃ可愛いわ。ほら、こちらにきて。天音、貴方も来なさい』
『え?あ、あの、うわぁーー!?』
と、みゆ先輩は美咲さんに引きずられて行ってしまった。
あれから1時間、俺達は親戚に挨拶をしながら彼女を待っている。
「あ、お兄様。こちらにいらしたんですか」
「天音。どうだ、みゆ先輩はどうなった?」
「まだこちらに来るのはかかりそうです。今、着せ替え人形とさせられています」
あの人は昔から彼女の妹や、天音など可愛い子をみればすぐに服をきせたがる難儀な性格があるのだ。
本人いわく、可愛い子に可愛い姿をさせるのは当たり前のことだそうだ。
しかし、実際は着せ替え人形のように扱われるらしい。
被害者の天音が以前に疲れた顔でそう言っていた。
「それと貴雅兄様の事を根掘り葉掘り聞いていました。初チューとか、欲情されて襲われそうになったこととか。兄様も意外とやりますね」
「してないって。俺は襲ってはいない、それは断言できるぞ」
「まぁ、とにかく兄様の情報は美咲さんに知れてしまったわけで。後でどう皆さんに離されるのか、今からでも楽しみです」
「……うぐっ、俺の今後に影響する事はやめてほしい」
親戚っていうのはつまらない事をいつまでも覚えているものだ。
そんな話のネタにされるのは非常に不愉快だ。
「貴雅兄様の恋人、絶対に面白いことになりそうですね」
「美咲は嫌がる事はしない主義だ。さほど心配はするな、貴雅」
「どうだか。これまでがこれまでだけに、何とも言えない」
それにしても、兄弟3人でこうして話をするのは久しぶりだ。
やっぱり、何かいいな。
安心感のようなものを感じることができる。
「そういえば、紫苑はどうしたんだ?どこにもいないぞ」
美咲さんには紫苑(しおん)という中学生の妹がいる。
けれども、この広間には他の親戚は騒いでいるが、彼女の姿はない。
「紫苑ちゃんは旅行中だそうです。年末からずっとこちらに帰って来ていない、と。留学の経験を積むとか言って冬休みの間だけアメリカの方で過ごすらしいです」
「そうなのか。高校を卒業したら、あの子は留学するって話があるらしいからな」
「本家の方針でね、美咲はそれを何とかしたいようだ。紫苑には自由に道を選んで欲しいと悩んでいたよ。ん?どうやら叔父さん達が俺達を呼んでる」
俺達は親戚に呼ばれてそちらで話をすることに。
みゆ先輩が来たのはそれから数十分後、親戚一同がお酒や食事で楽しんでいた最中。
俺は親戚の中で最も厄介な世話好きおばちゃんの見合い攻撃を「みゆ先輩」というカードでかわして、別の従兄に恋人がいない事をリークする。
意気揚々とそのおばちゃんは彼の方へ向かっていく。
彼には悪いが、あの人のお世話にだけはなりたくないのだ。
「お待たせしました、皆さん。まずはあけましておめでとうございます」
そう言って頭を下げる美咲さん。
ご令嬢というだけあって気品溢れるその姿。
「おー、美咲ちゃんか。ずいぶんと綺麗になったな。来年こそは光里と結婚かい?」
親族からの言葉にも美咲さんは微笑で受け答える。
「えぇ、そのつもりですわ。それは、また後ほど……その前に皆さんに紹介したい人がます。貴雅君の恋人、いずれは倉敷の家に嫁ぐ相手ですわ」
「いや、まだ結婚とかそんなの気が早いって……」
「倉敷の人間が遊びで女性と付き合うなんてあってはなりません。交際するなら、ちゃんと将来を考えてください」
ここで否定すると再び、世話好きおばちゃんの標的にされて、すぐにでもお見合いをさせられるに違いない。
とりあえずはその件で反論するのはやめておこう。
「というわけで、初音みゆさんです……可愛らしい子ですが、17歳だそうですよ」
彼女の合図と共に、着物姿のみゆ先輩が現れた。
黒い髪は綺麗にまとめられている。
いつもは身長が低いのでロリ先輩と呼ぶ俺だが、その可愛さには驚かされる。
「……はじめまして、初音みゆです」
上品にお辞儀するみゆ先輩。
小柄な身体は和風な着物姿がよく似合う。
いつもはただの子供にしか見えないが、今日は普段と違う。
「貴雅兄様、みゆちゃんに見惚れてますね?」
「み、見惚れてなんていないさ。見慣れている顔だぞ」
「女性は常に変化します。綺麗になったみゆちゃんに見惚れるのは当然だと思いますけどね」
内心は見透かされているに違いない。
天音のにやついた顔がその証拠だ。
「ほぅ。貴雅君は面食いだな。綺麗な子を選んだじゃないか」
「それにあの身のこなし、上流階級のご令嬢かしら?倉敷に不釣り合いな人間ではないのは確かなようね」
親戚共の反応は上々、好印象の様子だ。
身のこなしと言えば、確かに俺も気になる。
あのロリ先輩、たった数時間で礼儀作法を身につけているとは思えない。
「初音?もしかして、初音さんのお父さんは都議会議員の初音議員では?」
「えぇ、そうですよ。確か、前にお会いしましたよね?」
「あぁ、やはり初音議員の娘さんだったのか。あの時は先生にお世話になって……」
なんと、みゆ先輩の父親は政治関係の人間だった。
……そういや、住んでたマンションも高級マンションだったような。
みゆ先輩はああ見えて、うちのように古い家柄ではないが、それなりに育ちがよかったらしい……普段が子供過ぎてよく分からなかった。
そんな感じですっかりとみゆ先輩は親戚の話題の中心になる。
後はお得意の人に好かれる特別な力もあり、1時間もすれば皆の人気者だ。
「いやぁ、みゆさんがいれば貴雅君も倉敷を背おっていける、我が白銀家も倉敷が安定すれば安心だ。いいお嫁さんを見つけたなぁ」
酔った叔父さんに肩を叩かれながら俺は内心ため息をついていた。
「子供は早い方がいいぞ、貴雅君。頑張りたまえよ」
「――まだ結婚できる歳でもないのに何を頑張れ、と?」
酒も入り、気をよくした彼らを止めることなどできそうにない。
俺もまだ子供だってのに子供の話をされても……まずい、このままだと本気で結婚しなくちゃいけない流れになってる。
俺にはそういう話はまだ先なのだが、まだ18歳まで2年もあるぞ。
まだ16歳だというのに、そんな先の話で盛り上がれる親戚というのはどこでもおかしな連中である。
……いや、俺もいつかはそんな風になるのか?
「ずいぶんとみゆさんは皆に気に入られているようだ。僕の見立てに間違いはなかった。美咲も喜んでくれているし、大満足だよ。それにしても、初対面だというのに気負いしないのはさすがだな」
「いじられ続ける俺にとっては災難だ」
「そう言わないでくれ。ほら、みゆさんも楽しそうだよ」
親戚の同世代の女の子たちに囲まれて楽しそうに笑う彼女。
「えーっ。ということは初音様は貴雅様が初めてのお相手なんですか?」
「うん。彼が私の初めて好きになったヒトなの。えへへっ」
嬉しそうにそういう彼女。
無邪気なお子様先輩、恋を教えてしまったのはこの俺だ。
横目に俺はみゆ先輩を見つめながら思う。
「……まぁ、いいか」
俺が彼女を愛しているのは事実だし、未来の事なんてどうなるか分からない。
こんな風に盛り上がるのも悪くはない。
「それでね、貴雅ったら可愛いの。私と一緒に部屋にいるだけで、男の子って欲情しちゃうんだよ。いきなり私に迫ってきて、ベッドに押し倒されて……あ・と・は、きゃーっ♪」
「――って、そこ、おかしなことを言いふらすな!!」
女の子達の黄色い声、何を盛り上がってるのかと思えばそれか。
みゆ先輩が調子に乗っておかしなことを言いだすのを阻止する。
油断もすきもないな、本当に……。
結果、俺はロリコン扱いされることはなかったが、ものすごく疲れました。
……もうこの親戚連中にはみゆ先輩を見せたくない。
「また来年も来てくださいね、みゆさん。貴雅君、来年も連れてきてよ?」
どうやら美咲さんにずいぶんとお気に入りにされたようだ。
こうして正月早々、ずいぶんとみゆ先輩に振り回されることになった。
それにしても、ホント、俺の恋人は人に好かれる才能に満ち溢れているな……やれやれだ。