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第32話:夢で見た世界

【SIDE:倉敷貴雅】


 新たなる年、今年の初夢は変な夢だった。

 俺に抱きつく女の子、本来は甘い雰囲気のある光景もその時は違った。

 

『み、みゆ先輩。離してくれないか?』

 

『嫌だよ、離さないもん。絶対に離れないんだからっ』

 

 みゆ先輩が俺に抱きついて離れないのだ。

 ずるずると引きずっても離れてくれない。

 

『離せ、うぉっ、ちょっとこれは……げふっ』

 

 力強く締め付けられて俺は苦しくなる一方、恋人に抱きしめられて死ぬのは嫌だ。

 俺はジワジワと苦しみながらめっちゃくちゃ怖い思いをしたのだ。

 

 

 

 

 そんな悪夢から目を覚ました俺はそれが夢ではないことに気づく。

 

「うにゅぅ……」

 

 布団の中から顔を出す女の子、俺の身体にぴったりと抱きついている。

 心地よさそうな寝顔は今の俺にはかなりイラッとさせる。

 俺の初夢を悪夢に変えたのは間違いなくこのみゆ先輩のせいだ。

 夢にまで見た、というか、夢にまで出たロリ先輩。

 人の夢に介入してくるとはやってくれる。

 

「ったく、人様の夢にまで出てくるなよ」

 

 俺は軽く鼻をつまんでみてやる。

 彼女は小さく唸っている、ちょっとぐらい俺の苦しみを理解しろっての。

 

「――かぷっ」

 

「い、痛てぇっ!?か、噛んできたぞ、このロリっ娘め」

 

 俺は慌てて噛まれた口から指を引き抜く。

 危うく指を食べられる所だった、この子は寝ていても危険な存在だ。

 ……というか、改めて状況を把握するとなぜみゆ先輩が俺の部屋に、さらに細かく言えば俺達はなぜ同じベッドの中にいるのだろう。

 とりあえず、確認……ふぅ、俺がロリ先輩と一線を越えたわけではなさそうだ。

 俺を犯罪者にするつもりか、この人は……。

 

「起きろよ、みゆ先輩。さっさと起きろ」

 

 身体を揺らすが中々目を覚まさない。

 

「うぅっ……んぅ……」

 

 朝から妙な声を出すんじゃない、俺をどうしたいんだ。

 自分を抑えるのも男として限界ラインはある。

 こんな無防備な恋人の姿に多少なりとも俺は意識をしてしまう。

 

「いや、ここで反応したら人として負けな気がする」

 

 俺は雑念を振り払うように彼女の身体をぽいっとベッドの外に放り出すことにする。

 

「……ひゃんっ」

 

 ベッドからゴロンっと転がって落ちた先輩。

 目が覚めたのか、頭を押さえながらこちらを見上げる。

 

「痛いよぅ。何で突き落とすの。そこは朝からキスするとかしなさいよ」

 

 しかも、どうやらそれ以前に起きていたようだ。

 ふわぁと軽く欠伸をする彼女は悪びれた様子もない。

 俺はムッとこみ上げる怒りを抑えながら彼女に尋ねる。

 

「いつから目が覚めていた?」

 

「貴雅が私の鼻をつまんだ辺りから起きてた。とりあえず、噛んでみて……いひゃいっ!?な、何するのよ、いやぁ~」

 

 俺は思いっきり彼女を抱きあげて振り回す(セクハラでもDVでもない、お仕置きだ)。

 朝っぱらからこの俺をドキドキさせるようなことをしやがって。

 何かロリ先輩に遊ばれた現実に腹が立つわ。

 

「俺の反応を楽しんでいたのか?ん?」

 

「ご、ごめんなひゃい~っ。うにゃぁ。ちょ、ちょっと待って。脱げる、パジャマが脱げるってばっ!?にゃー!」

 

「……あっ」

 

 俺が勢いよすぎて、思わず手を放すとベッドにみゆ先輩の身体が飛ぶ。

 飛ぶといっても実際は軽く身体が跳ねた程度だが。

 俺の手にはロリ先輩のパジャマが……俺は思わず目をそらす。

 

「ふにゃっ、な、何をするのよ。パジャマを返して、バカぁっ」

 

 真っ赤になって、すぐに布団で身体を隠そうとする彼女。

 ちくしょう、見えてしまったじゃないか、白い……忘れろ、忘れてしまえ、俺。

 

「――貴雅兄様、みゆちゃんの回収に……きました?」

 

 タイミング悪く扉を開けたのは天音だった。

 ……今の俺たちを第3者の立場からみたらどうなるのか。

 ベッドに座って顔を赤くする女の子、なぜか下半身は下着姿だ。

 そして男は意味深に女の子のパジャマのズボンを持って立ち止っている。

 この状況、どう見てもマズイ展開にしか思えない。

 

「……あ、天音、これは、だな」

 

「いいえ、何も言わないでください。兄様、みゆちゃんの色気に負けて襲ってしまったのですね。恋人同士ですもの、いつかは通る道ですわっ」

 

 なぜに嬉しそうな顔をするのだ、妹よ。

 

「よかったですわね、みゆちゃん。作戦通りです」

 

「うぅ、違うの。作戦は失敗、私はただ貴雅にパジャマを脱がされてお尻を見られたの。恥ずかしくて死んじゃいそう」

 

 いや、白いパンツしか見てねぇよ。

 と、堂々と言うこともできずに俺は新年早々、頭を抱えるのだった。

 ……ちょっとだけいい思いをしたけどな。

 

 

 

 

「というわけで、昨日の夜にみゆちゃんが兄様の寝室に忍び込んでいました。兄様がどのような行動をとるのか興味がありましたの」

 

 朝、おせち料理を食べながら天音は事の真相を話した。

 朝から騒がせた原因、ロリ先輩はまだ怒っているのか、ぷいっと視線をそらす。

 何の反省もないなら、あとで反省させるだけだ。

 

「ふんっ、手を出すどころか甘いことなんてひとつもなくて、ただお尻を見られただけだったけど。貴雅ってそういう男の子だったんだ。しかも、放り投げるし、痛かったよ」

 

「あらあら、貴雅さん。男の子としてちゃんと責任は取らないといけないわ」

 

「いや、この場合、何の責任だよ」

 

 母さんは微笑ましそうに言うが、親として別に言うことがあるだろ。

 俺は黒豆を食べながら彼女達の話を黙って聞く。

 

「みゆさん、貴雅さんは押しが弱いから既成事実を作ってしまえば……」

 

「正月の朝から何を言い出すんだ。相変わらずだな、母さん」

 

 えらく物騒なことを言い出す母に俺は呆れていた。

 そうだ、この人はこういうことに関してはまるで女子高生のように目を輝かせる。

 心は今でも恋愛大好きな年頃のままなのだろう。

 

「でも、既成事実は強いわよ。私も貴雅さんが出来て……」

 

「リアルに聞きたくないって。頼むからそれ以上はやめて」

 

 しっかりしてくれよ、父さん……何を誘惑に負けてんだよ。

 そうだった、この人は昔から数多の伝説がある人だった。

 

「……それくらいで慌てているようでは駄目ですわよ、貴雅兄様」

 

「天音はもう少し小学生らしい反応をしめしてくれ」

 

 何でこうも朝から俺は疲れなくてはいけないのだろう。

 女3人の女子高談話に俺は頭を悩ませるのだった。

 

「天音、さっきから俺の方に数の子を持ってくるのはやめろ。俺はその黄色の魚卵が嫌いなんだよ。って、言ってる傍から俺の皿にいれるな」

 

「好き嫌いしては大きくなれませんわ。兄様、さぁ、どうぞ」

 

「……これ以上、大きくなってもしょうがないだろう」

 

 仕方なく俺は苦手なものを食べることに、うぅ、この食感が苦手なんだ。

 

 

 

 

 食事を終えた後はみゆ先輩と一緒に初詣だ。

 本当ならば昨日のうちに済ませておこうと思ったが、肝心のみゆ先輩がぐっすりと寝てしまったためにずれたのだ。

 しかし、その眠りはただの狸寝入りであり、今回のための罠であったことが判明したのだが……ホントにこのロリ先輩はややこしい。

 

「天音ちゃんも一緒にくればよかったのにね」

 

「アイツも付き合いっていうのがあるんだよ。友人は少ないが、関係は広いからな」

 

 すっかりとご機嫌をなおしたみゆ先輩は俺の腕を組んで歩いている。

 神社まで登る階段を腕を組むのは大変だ。

 

「……さて、と。もうすぐ境内だな。みゆ先輩は何を願うつもりだ?」

 

「もちろん、貴雅との関係の発展を……」

 

「ホントかよ。少しでも背が伸びますように、じゃないのか?」

 

「そ、そんなことないもん」

 

 まぁ、何を願おうとそれ以上身長が伸びることはないと思うが(禁句)。

 奇跡のボディ、みゆ先輩はそのままが1番だろう。

 お賽銭箱に金を放り投げて、俺は目をつむる。

 何を願おうか、俺は……。

 隣のみゆ先輩は手を合わせて、小声で何かを呟いている。

 

「……少しくらいは身長が伸びてくれますように」

 

 やっぱり、それかよ!?

 ていうか、俺との関係よりも身長の方が大事か。

 ……まぁ、それがロリ先輩らしさなんだけどさ。

 今年も初めから俺を悩ませる彼女。

 俺の願いは当然、これしかないだろう。

 

「今年はロリ先輩が大人しくしてくれますように」

 

「それ、無理」

 

「即答か、みゆ先輩。そこは素直に頷いてくれ」

 

 隣でにっこりと可愛く笑う彼女、美少女の笑顔には勝てないってか。

 俺はやれやれと肩をすくめるしかない。

 神様、もしもいるならちょっとばかり俺のストレス軽減に協力してください。

 

「初詣終了!ねぇ、貴雅。駅前のスーパー、今日から開いているんだって。何か面白いものがないか、見に行こうよ」

 

 俺の恋人、初音美結……彼女は常に俺を飽きさせない。

 今年も何だか大変そうだ、頑張れよ、俺。

 

「言い忘れてた。あけましておめでとう、今年もよろしくね。貴雅っ」

 

 まぁ、俺がみゆ先輩を好きになったんだ、覚悟はしておこうか。

 

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