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第30話:背伸びしてもまだ遠い

【SIDE:倉敷貴雅】


 季節は12月後半、冬休みなので、俺はのんびりとした朝を迎えていた。

 むしろ、寒さに震えて布団から出られなかったと言いなおしてもいい。

 数日の間に一気に気温が下がったせいだ。

 だが、休みと言うのはいつものように慌しく学校の準備をせずともいい。

 

「これも正しい休みの使い方のひとつだ」

 

 寝坊を正当化しつつ、欠伸をしながら顔を洗い、俺は食事をしようとしていた。

 すると、廊下で荷物を抱えた母さんとすれ違う。

 

「おはよう、貴雅さん。悪いんだけど、これから出かけてくるわ。帰りは明日の夜になるの。食事とか、いつものように勝手にすませておいて」

 

「んー、了解した。気をつけていってらっしゃい」

 

 うちの母は華道の先生なのでこの時期はお正月用の花とかで忙しいらしい。

 俺が台所を覗くとちゃんと朝食は用意してくれていた。

 遅めの朝食をとりながらテレビを見ていると、家の電話が鳴る。

 

「はい、倉敷ですが?」

 

『その声は貴雅か?僕だよ、光里だ』

 

 電話に出ると相手は俺の兄だった。

 今は大学に通うために県外に出ているために中々会う機会がない。

 

「何だ、兄貴か。母さんなら今、出かけているよ。何か伝えておく事でも?」

 

『年末に帰る予定だったんだがちょっと野暮用が入ったんだ。帰るのは1月2日頃になると美琴さんに伝えておいてくれ』

 

「分かった。3日の本家の方にはちゃんと行くのか?」

 

『もちろんだ。それに間に合わせるために予定を組んでいる』

 

 うちの家は古くから続く名家って奴で、正月になると毎年、本家に親戚一同が集まる事になっている。

 正直言って面倒くさいことなのだが。

 兄貴はその本家のお嬢様と恋人なので、参加しないわけにはいかないのだろう。

 

「……話は以上か?だったら、もう切るぞ」

 

『あぁ、そういえば、貴雅に恋人が出来たというのは本当か?』

 

「本当だけど……それが何か?高校生なんだし、恋人くらい普通にいるだろ」

 

 特別なことでも、珍しい事でもない。

 そりゃ、小学生同士ならまだ話は別だけどさ。

 

『年始の本家の集会に連れていくのはどうだ?みんなの前で紹介しておけ』

 

「冗談。何で好き好んで親戚連中にいじられなきゃならないんだ」

 

 しかも俺の恋人はみゆ先輩だぞ、ロリ顔で巨乳な女の子だ。

 親戚から変な目で見られる光景が容易に想像できるっての。

 

『勝手に誰か婚約者でも決められたらどうする?』

 

「俺はまだ結婚できる年齢じゃないから心配なし。世話好きなおばさんもさすがに俺まで紹介しようとしないだろ」

 

『そのおばさんから僕は「貴雅クンにもそろそろ……」と言う話を聞いたから、お前に話しをしているんだが?』

 

「それはマジで勘弁。従兄の博道さんの二の舞にはなりたくないな」

 

 親戚の中にはやたらと一族の若者を結婚させようとするおばさんがいるのだ。

 去年のターゲットは従兄で、それなりの家柄のお嬢さんを紹介してもらったらしい。

 だが、性格がかなり気が強いタイプで可哀想に思える結婚生活をしているとか。

 

『彼は自分で選んだ道だぞ、一応。今でも仲はいいじゃないか』

 

「お見合いとか、最初から逃げ場がないようなものだろう。俺は嫌だね」

 

 一緒にいるうちに好きになる事もあるだろうが、そういう恋愛は遠慮する。

 俺は自分で選んだ相手と添い遂げたい、それが普通の事だろ。

 ……みゆ先輩がその相手なのか、という問題はおいておく。

 

『だったら、早めに恋人がいる事を伝えておくといい。まぁ、回りくどく言ったが、美咲が貴雅の恋人を見たいと我が侭を言ってるんだよ、頼む』

 

「結局、それかよ。はぁ……」

 

 兄貴は恋人にかなり甘いのだ。

 幼馴染なので付き合いの長い中で、頼まれた事を断った事がないんじゃないだろうか。

 当然ともいえる態度にあきれつつ、俺は断っておく。

 

「その話は帰ってきてからでもしよう。じゃぁな、兄貴」

 

 電話を切ると小さく溜息、気が重くなる話をしてくれる。

 

「本気でロリ先輩を親戚一同の前に出すのはやめてくれ」

 

 好きな女の子ではあるけれど、周囲からロリコン扱いされるのは嫌なのだ。

 妙に朝から疲れてしまった俺は自室に戻る事にした。

 しばらくの間、漫画でも読んで時間を潰す。

 ベッドに寝転がりながらダラダラしている。

 

「ふわぁ……」

 

 あれだけ寝ても寝たりない、眠気に襲われてダウン寸前。

 

「寝むいなぁ、ぐぅ……」

 

 言ってる間に俺の意識はすでに落ちて、再び眠りについていた。

 


  

 

 モゾモゾと何かの音が聞こえる気がする。

 しかも、なんだかやたらに体が重い。

 

「うっ……ん?何だ?」

 

 薄っすらと目を開けながら俺は寝ぼけながらそれを掴むとぽいっと放り投げる。

 何だ、天音の悪戯か?

 ぬいぐるみとかベッドに大量に置かれて、目覚めて本気でびびった過去を思い出す。

 

「ふ、ふにゃ~っ!?」

 

 だが、今回は違ったらしい。

 どこかで聞いた女の子の叫び声とともにガシャンという大きな物音を立てた。

 

「――な、何だ!?」

 

 ハッと気づいてしっかりと目を覚ます。

 目の前には本棚が崩れている悲惨な状況。

 

「うぅ、放り投げるなんてひどいじゃないっ!」

 

 そして、1匹の猫が不満そうに口を尖らせてこちらを睨みつけていた。

 怒っても全然迫力がないのは愛嬌だ。

 

「何だ、夢か?おやすみ~」

 

「寝るなぁっ、くぉらっ!私の傷の手当をしなさい!」

 

 こちらに飛んでくる本、そのうちの何冊かが俺の身体を直撃する。

 ちょっと待て、本の角は普通に痛いんだよ。

 

「いてぇ。何するんだよ、みゆ先輩。……みゆ先輩?」

 

 そこでようやく俺はそれが猫ではなく、恋人のみゆ先輩だったと気がついた。

 すりむいたのか赤くなるヒザをさするみゆ先輩。

 ロリ体型の美少女は間違いなく俺の恋人だった。

 

「恋人をいきなり放り投げるなんてひどくない?」

 

「いや、寝ぼけていて、つい……。ていうか、何で俺の部屋に来ているんだよ。その方がびっくりした。今日は会う約束してたっけ?俺の記憶が確かだとそんな約束はしていなかったが」

 

「ガーンッ!貴雅が私に対して暴力振るっただけでなく存在的に否定しようとしている。恋人になってから冷たくなったよね、釣った魚にエサをあげない典型的な男だったなんて。ぐすんっ」

 

 薄っすらと瞳に浮かべた涙、俺が全面的に悪い奴みたいな言い方はやめてくれ。

 

「不注意の事故だ。寝ている相手に何かしてきたみゆ先輩が悪い」

 

「何かって、ちょっと抱きついただけなのに。悪戯なんてしてないもんっ」

 

「……それはすまなかった」

 

 どうやら俺の方に非があるようだ、素直に謝る事にしよう。

 で、なぜに彼女が我が家に来たのかと改めて尋ねる事にしよう。

 

「天音ちゃんと遊ぶ約束をしていたの。でも、お稽古があるって待っているのよ」

 

「稽古?今日は何だ、お茶か書道か……?」

 

「書道だって言っていたよ。ホントにすごいね、和風お嬢様そのものじゃない」

 

 いや、ただ習い事が書道や華道をしているだけ和風お嬢様っていうのはどうかと。

 まぁ、天音は見た目から大和撫子なので文句はないんだけれど。

 俺は身体を起こすと、とりあえずみゆ先輩の治療と部屋の片づけをする。

 本を片付けながら俺達は冬休みの話しをしていた。

 

「へぇ、それじゃ、お正月は皆が集まるんだ?」

 

「本家に行きたくない、大人に囲まれるのは苦手なんだよ」

 

「でも、貴雅って父方も母方も同じ親戚なんだよね?そういうのって珍しいかも」

 

 そりゃ、普通ではないかもしれないな。

 親同士が従兄妹だったために、当然、親戚は同じなんだ。

 

「そう言う事情だと、美琴さんも結婚する時、頑張ったんでしょ」

 

「親戚からは反対意見も多かったみたいだが、うちの母さんって行動派だからな。結局、反対意見を言ってた連中をまるめこんで話を片付けたらしい」

 

 なので、今での倉敷家は父よりも母さんの方が力があるように思う。

 未だに親戚からはあの時の母さんのすごさを武勇伝のように語る人もいるし。

 18歳の少女が親戚に対して何をどうして、結婚を認めさせたのか。

 自分の母親の事なのであまり知りたくないのが現実だ。

 

「……ん、もうこんな時間じゃないか。昼ご飯は食べてきたのか?」

 

「私は食べてきたけど?貴雅はこれからなの?」

 

「そういや、母さんは出かけるって言っていたか。仕方ない、コンビニにでも行って来るかな。弁当でも買ってくるよ」

 

「お弁当?それなら私が何か作ってあげよっか」

 

 みゆ先輩は自信を持って言う、料理が上手だったっけ。

 というわけで、エプロン姿の先輩があるものを適当に使って料理をしてくれる事に。

 

「この材料だとオムライスかな。それでいい?」

 

「全然、オッケー。それにしても手際がいいな」

 

 前にも見たがみゆ先輩はかなり料理が上手なのだ。

 見た目的には子供向け料理番組を思い出すが。

 

「普段から料理をしてるし。もう少しで出来るから待っていて。ちゃんと栄養のあるもの食べないと大きくなれないんだからね」

 

「それを先輩に言われるともの凄く違和感があるな」

 

 みゆ先輩と俺の身長差は約40センチ、背伸びしても俺に届かない。

 それなのに、やはり内面的なものでは妙に年上を感じる事があるのだ。

 

「……見た目と中身、あってるようであってないか」

 

 それも彼女が俺を惹きつける魅力のひとつなんだろう。

 

「ん?何か言った?」

 

「エプロン姿がやけに可愛いと思っていたんだ。今度、子供向け料理番組にでも……」

 

 問答無用で攻撃されました、やっぱりただの子供なのかもしれない。

 ちなみに作ってくれたオムライスはどこで食べたものよりも美味しかった。

 恋人が作ってくれた料理、というのが何よりも美味しいのかもしれない。

 いや、訂正、料理が上手い恋人だっただけだ。

 ……自分で言っておいて普通に恥ずかしいぞ、俺。

 

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