第2話:その手紙は誰のもの?
【SIDE:倉敷貴雅】
コードネーム『146-86』。
身長146センチでバストサイズ86センチという素晴らしいスタイルの美少女。
学園屈指のアイドル的存在、『146-86』、みゆ先輩と出会ってしまった。
俺は自宅に帰ると気になっていた彼女のラブレターを開封する事に。
捨てておいて、というからには中身を確認しておきたい。
中には便箋がひとつだけ入っている。
「ホントにラブレターじゃん。みゆ先輩って好きな人でもいたのか?」
ロリッ娘に好かれるのはどんな相手なのだろう。
気になりながらも読み始めることにする。
『貴方に出会い、ずっと思い続けてきました。私は今まで貴方に言えなかった事があります。私は貴方と交際したいと考えています。どうか、貴方にも私への気持ちがあるならば受け入れてもらえないでしょうか?』
……ラブレターそのものだが、何か引っかかるというか。
「うーむ、何だろう?この違和感は?」
女の子らしい文字、しっかりとした想いはそこにある。
なのに、妙な違和感が付きまとうのだ。
俺はベッドに寝転がりながら、続きも読んでみることにする。
『貴方の事を想うだけで私は胸が辛くなってしまいます。それは恋をしているからでしょうか。それとも、他の女の子に振り向いている貴方の姿を見ているからでしょうか。私は貴方にとって1人だけの女性になりたい』
……独占欲は強い方なのかも、いや、人間って誰しもそうか。
俺も元カノの最初で最後の恋人になりたかったのさ。
占いさえなければ、絞め殺したいくらいに恨みを持つ占い師さえいなければ。
ハッ、また俺は過去の傷跡に涙するところだった。
今は俺の過去はどうでもいいのだ。
問題はこの手紙、みゆ先輩の気持ちだ。
『最後に、どうか私の我が侭をひとつだけ聞いてください。もしも、貴方が私に好意がなくても、嫌いにだけはならないで欲しいんです。私は友人としても貴方の傍にいたい。貴方の前向きな答えを聞かせてください。そう願っています』
ラブレターを読み終えた俺はその違和感の正体に気づいた。
貴方、という言葉が引っかかっていたのだ。
この手紙には名前が出てこない。
この想いを向けている相手が先輩なのか、同級生なのか。
それすら書かずに貴方というだけ、友達としての関係を望むなら名前くらい書いてもおかしくないはずなのに。
みゆ先輩がこの手紙を放置した理由は分かる。
これだと名前がないので、誰に出したのかが全く分からない。
……だが、それは想いを伝えるラブレターとしては意味がない。
「初めから誰かに渡すつもりはなかった……?」
そういや、彼女の態度から本命相手に渡すって言う感じはなかった。
思い込めて書いたラブレターなら手荒には扱わないはず。
……真実は闇の中、どれだけ考えても答えは出ない。
「明日にでも返すことにしよう」
その時に聞いてみればいいか。
学年と名前が分かっていればすぐに会えるさ。
俺はそう軽い気持ちで考えて、その手紙を再び鞄の中にしまいこんだ。
……そう、名前と学年が分かっていれば会えるのである。
「遅いっ!学校にはもう少し早い時間に来なさいよ!」
翌日の朝、学校に登校した俺の目の前にみゆ先輩はいた。
というか、俺の教室で俺を待ち構えていたのだ……。
なぜ、彼女がここに……ま、まさか本当にセクハラで訴えるつもりなのか!?
「おはよう、みゆ先輩」
「おはよう……あれ、名前は言ったっけ?」
「それよりも、何でここに?俺に何か用事でも?」
「……ここじゃ、視線が気になるから移動するわよ。ついて来て」
俺は強制的に誰もいない屋上へと連れ出される。
朝のHRが始まるまで時間的には余裕があるからいいか。
「……昨日の件で俺を訴えるのはやめて欲しいな」
「は?何言ってるの?いいから、手を出して」
俺の手に手錠でもして、ついに逮捕ですか?
うぅ、俺の手が悪いんです、魔がさしたんです……すみませんでした。
そんなビクつく俺の予想とは違い、彼女が取り出したのは絆創膏だった。
そして、俺の手にある擦り傷を見て「やっぱり」と呟いた。
「昨日、私の手に血がついてた。私には怪我がなかったから、貴方が怪我したんだって思って……これ、貼っておくわ」
そう言って俺の手に絆創膏を貼ってくれる。
「別にこの程度の傷、放っておいてもいいのに」
「そんなワケにはいかない。私のせいで怪我させたんだもん。昨日は嫌な思いもしたけど、それとこれは話が別。助けてもらった事には感謝してるよ」
意外と素直な先輩は昨日の事を引きずらないらしい。
ちょっと安心した、セクハラで連行されると本気で思っていたからな。
すっかりと肌寒くなりはじめた秋の屋上、いつまでもここにいるのもアレなんだが。
「そうだ、昨日のラブレター。ちゃんと回収しておいたから取りに来てくれ」
「あれはもういらない。それなら……」
「捨てておいて、はなしにしてくれ。人の手紙を捨てれるタイプじゃないんだ」
みゆ先輩は少し考える素振りを見せる。
「……あの手紙の中身は読んだ?」
「あ、あぁ。気になったんで一通りは目を通した。すまん」
「別にいいわ。それでどう思う、あの手紙?ちゃんとしたラブレターだった?」
彼女は手紙を読んだ事を責めずに感想を求めてくる。
俺は文面を思い出しながら言葉を考えた。
「いい感じのラブレターではあったけど、相手に対する気持ちっていうか、想いみたいなのは感じ取れなかった」
「そりゃ、別に誰かを思って書いたわけじゃないもん」
誰にも想いを込めていないラブレター?
ますます謎は深まるばかり……。
「どういう意味だ?」
「……貴雅だっけ?貴方、恋人はいるの?」
「いないよ。つい最近、別れたばかりだ」
俺に元カノの話をさせるな、泣けてくるから。
彼女はそんな俺の心の傷を知りたくもないらしく、
「それなら、昼休憩に私のクラスに来て。2年3組よ、いいわね?そこで私に話を合わせてくれたら、昨日のセクハラ事件は無効にしてあげる」
「……もしも、それを断ったらどうなるんだ?」
「今日の放課後は無事に帰れないわね」
つまり、セクハラ事件を風紀委員会に伝えるということか。
“B-86”をつい揉んでしまった俺も悪いが、脅しとも取れる発言、このロリ先輩はやることが荒い。
だが、俺にも完全無視する事ができないのも事実だ。
「よく分からないがいけばいいんだな?」
「私の名前、知ってるみたいだけど、一応、自己紹介しておくわ。2年の初音美結よ」
先輩ねぇ、こんな可愛い先輩と知り合いになれたのは良いが、妙な雰囲気だ。
ここからどういう風に関係が発展していくのか。
それはこの時の俺達には想像すらできていなかっただろう。
教室に戻った俺の周囲を翔馬たち男子に囲まれる。
その事に俺は「……なんだ?」と疑問を抱きながら彼らに問う。
「どうした?俺が何かしたのか?」
「聞いたぞ、貴雅。さっき、この教室に“コードネーム『146-86』”が貴雅に逢いに来ていたって話じゃないか?どういう繋がりだ?というか、いつから知り合いに。昨日まで知らなかったんじゃないのか?」
「……まぁ、落ち着け。お前らの知りたいのはこれだろう?」
彼らの羨望の眼差しに調子に乗る俺はついあの手紙を出してしまう。
ピンク色の封筒に入れられたラブレター。
「そ、それはまさか青春を謳歌するための必須アイテム、ラブレターか!?」
「何で倉敷がみゆ先輩からラブレターなどもらっているんだ?」
クラスの男子共の嘆きにも似た叫びに優越感を得る。
ふふふっ、手紙は破棄しろと言われている、有効活用ぐらいさせてもらおう。
「昨日の放課後、いなくなったのはホントはそれが原因か?」
「それも原因だと言っておこう」
翔馬も意外そうな顔をして、「それでふたりはどうなった?」と尋ねてきた。
興味津々とクラス中の視線が俺に向けられる。
周囲からの期待に応えてやりたい気もするがここは無難に収めておく。
「悪いが、俺も恋人と別れたばかりなんで、今はそういう事を考えられないって答えた」
その言葉にクラスメイトの反応は様々だ。
女子は「みゆ先輩に好きな人がいたんだ」とそちらに興味を、男連中は「146-86は誰のものにならずにすんだ」と安堵の声が聞こえる。
「もったいないな?あれだけの美少女、恋人にすればいいだろう?難攻不落、他人からの告白には絶対にOKなどしないって有名なんだぞ」
「……関係ない。恋愛って言うのは恋して始まるものさ。遊びや見栄で付き合えるほど俺は甘いものだと思っていない」
「さすが、どこぞの占い師の言葉で可哀想なくらいにあっさりと恋人に捨てられた男の台詞は重いな」
「それを言うな。本気で泣くぞ、おらっ」
そんな感じで、みゆ先輩の話はクラスの話題になり、そのうち沈静化するだろう。
俺と先輩が付き合うなんてありえない。
――そう、思っていたんだ。
昼休憩、俺はみゆ先輩の教室に行くまでは……。
そこで彼女は自分の友人達に俺の事をこう紹介した。
「彼が私の恋人の倉敷貴雅よ。昨日、告白して付きあう事になったの」
満面の笑みで俺を紹介する、みゆ先輩。
……は?俺がみゆ先輩の恋人って一体、どういう事なんだ!?