第28話:幼馴染に注意せよ!?
【SIDE:初音美結】
――お姉さんは怒ってます。
年下の恋人が無駄に女の子にモテる事に。
「だから、華奈とは幼馴染であって恋人なんて関係になったこともない」
喫茶店に入り、紅茶を飲む私は貴雅の言い訳を聞く。
華奈と言う女の子との関係を問い詰めたら、彼は別に何でもないと言い張るのだ。
『先輩だけが彼の特別な人間じゃない』
あの意味深な台詞、挑発的な視線、彼女は私に明らかに不安を煽ってきていた。
「そんなの信じられない。大体、あの子が言っていた心の恋人って何?」
「……そんな事より、このケーキを食べろ。好きだろ、ショコラケーキ」
「食べるけど、話を逸らすなっ。私、怒ってるんだからね?」
ケーキを食べながらも私の怒りは収まらない。
「怒るって言われてもな。ホントに何でもないんだ。みゆ先輩だって周りに男の友人くらいいるだろう?それでいちいち文句言われても困る……」
「私の周りに親しい男の子はいないもんっ。貴雅みたいに女の子に囲まれた生活していないから。ふんっ、モテるからってそんな言い訳しないでよね。正直に言って、あの子と貴雅って何なのよ?ただの……」
「しつこいぞ、みゆ先輩。何でもないって言ってるだろ!」
「ひゃんっ!?」
貴雅に怒鳴られて私は身体を縮ませる。
こんな風に声を荒げる彼を見るのは2度目、前と同じく彼は怒ってる。
彼はハッとして、すぐ私に謝ってきたの。
「わ、悪い。つい怒鳴って。ホントに何でもないんだ。華奈は幼馴染だ、それだけで何の関係もない。それに女に囲まれてって言うが、言うほど俺は女の子が……」
「ふぇえーん~」
私は貴雅に怒られたのがショックで涙ぐむ。
彼は私の涙に慌てた様子で「え?」と驚いた。
「えぐっ、私は……貴雅が他の女の子といちゃラブするのが嫌なのっ。それだけなのに、怒らなくてもいいじゃん、ぐすっ」
「お、おい、みゆ先輩?」
「貴雅のバカーっ!不安になる私の気持ち、少しは理解してよ。貴雅が……貴雅が私を好きって言ってくれないから不安になるんだよーっ。バカ、バカ~」
私は言うだけ言って、半泣きの表情を手で覆い隠しながら席を立ち上がる。
呆気にとられた貴雅の顔、私はぷいっと逸らしてその場を去る。
「ま、待てよっ!みゆ先輩、ちょっと待ってってば!」
彼の制止する声も聞かずに私は喫茶店を飛び出した。
うぅ、女心の分かってくれない貴雅のバカ~。
その数十分後、私には冷たい視線を向ける天音ちゃんがいた。
「――で、また喧嘩したんですの?みゆちゃん、懲りませんわね」
あの後、部屋に来た私にそんな辛らつな言葉を投げる彼女。
その頃になってみれば、私も多少は冷静になれていた。
「だって、貴雅が私に怪しく秘密にするんだもの。何かを隠すの嫌でしょう?」
「まぁ、気持ちは分かりますわ。貴雅兄様の方が今回は悪い様子ですわねぇ」
つい先日喧嘩したばかりの私達に天音ちゃんは呆れた顔をする。
「ホントにおふたりは似たもの同士ですわ」
それ、褒めてないよね?
私だって好きで喧嘩したんじゃないもん……。
拗ねるように唇を尖らせながら、ふつふつと怒りが再沸騰。
「そうだよ、そもそも幼馴染のあの子さえ出てこなければ……もうっ!せっかくの楽しいデートだったはずなのに!」
私は苛立ちを抑えきれずに叫ぶことにする、がおーっ。
子供っぽいって自分でも思って自己嫌悪……。
「……今、幼馴染って言いました?それってもしかして?」
「そういえば、言ってなかったっけ。私たちの間に亀裂を入れる原因だったのは貴雅の幼馴染の華奈って子が私に意味深台詞を言ったのが……天音ちゃん?」
ふと、天音ちゃんの様子がおかしい事に気づく。
その子の名前を聞いた瞬間に身体をビクッとさせていた。
「みゆちゃん、念のために聞いておきますわ。華奈に写真を撮られませんでした?」
「そういえば、いきなりツーショット写真を撮られたかも。何か女の子と写真を撮るのが好きみたい。それが何か?」
僅かな沈黙の後、天音ちゃんは小声で私に言った。
「――みゆちゃん、楽しい学園生活は諦めたほうがいいですわ」
「いきなり、何なの?」
物騒かつ不吉な台詞に私は天音ちゃんに尋ね返す。
「手遅れです。あの女、『美少女を不幸にする女』ですわ。彼女に狙われたのが最後、どんな不幸がみゆちゃんに襲い掛かるかと思うと……あまりにも不憫で涙が、うぅっ」
「ちょっと待ってよ?意味がわかんない」
「……みゆちゃんって、見た目通り、学園ではかなり人気者でしょう?」
「え?あ、うん。それなりに皆には好かれているけど?」
男子は影で私の事を『コードネーム“146-86”』と呼んでるらしい(小夜子談)。
「146-86」って何だろうと気になって貴雅に聞いたら教えてくれなった。
むー、何だよ、ワケが分からないなぁ。
と、それは今はどうでもいいから置いといて。
「それがどうして私の残り少ない楽しい学園生活と何の関係あるの?」
「華奈、私もその名を口にもしたくない相手です」
普段、どんな相手にも恐れることなく毒舌を吐く天音ちゃん。
そんな彼女が怯える女の子、どういう子なのかな?
彼女は少し待っていてくださいと、身を翻して部屋を出て行く。
相変わらず、その着物の帯を引っ張りたくなる……ダメ?
数分後、彼女は私の前にアルバムを持ってきた。
「貴雅のアルバムだよね?中学の卒業アルバムって書いているもの。うわっ、懐かしいなぁ。私と同じ中学なんだ?」
「小学校、中学と同じのはずですわよ?おふたりともその事を知りませんでしたの?」
「……私、あんまり男子と関わらない生活していたもん」
この歳(17歳)になるまで恋という言葉と縁がない生活。
ようやく春が来たのはつい1ヵ月前なんだ。
「さて、確かこの辺に……ありましたわ。みゆちゃん、この子を見てください」
そこに写っていたのは可愛らしい女の子だった。
貴雅の学年って、すごく可愛い女の子が多い……複雑な気分だわ。
「……これは私が独自に入手した情報です。多分、兄様に聞けば裏づけはとれるはずですが、この女の子、少女Aは学年でも人気の女の子でした。告白されるのも当たり前、恋人を見つけるのには苦労しない美少女でした」
「よくいるよね、そういう子って……調子に乗ってる高飛車系?」
「えぇ、ですが、彼女はひとりの女に目を付けられたのです。自分よりも人気がある可愛い相手だという事。それが少女Aにとっての不幸の始まりでした」
彼女は次のページをめくると、少女Aはすごく暗い顔をしている写真が多い。
笑顔の似合うはずの彼女らしくないその表情に私は疑問を抱く。
「え?何で、この子、こんなに疲れた顔をしているの?」
「少女Aは恋人が二股して失恋した直後、悪い噂だけが周囲に飛び交い、学校のアイドルの座からも引きずりおとされて、友すら失う寂しい中学生活をおくったそうです。順風満帆だった彼女に何が起きたのか……次の写真を見れば分かります」
その次のページからは中心にいる女の子が変わっていた。
先ほどの子や他の可愛い子は皆、暗い表情になり、中心で皆に囲まれて笑うのは華奈に変わっていたのだ。
私はアルバムを眺めながら嫌な予感を口にする。
「もしかして、不幸を呼ぶって華奈が何か仕組んだの?」
「……華奈は自分が皆の中心にならないと嫌な人間なのです。世界で一番可愛いと自意識過剰な想いを抱く危険な女。嫉妬深く、可愛いと褒められる事が生き甲斐で、自分より優れている他人が気に入らなければそこから突き落とす。そのやり方も自分の手を汚す事がなく、相手を追い込む卑怯なやり方ですの」
少女Aの恋人を誘惑したり、恋人関係で悪い噂を流したり、徹底的に彼女を追い込んだらしい。
うんざりと言った天音ちゃんの言葉。
彼女は自分が目を付けられないように華奈にだけは逆らわず、関わらずに来たらしい。
「えー?でも、そんな子に見えなかったけどな。まるで昼ドラの泥沼みたい」
「実際にするのがあの自意識過剰な陰険女です。写真を撮られたでしょう。何と言うコレクションか知ってます?」
「確か美少女コレクションが増えたって」
「そのタイトル、前にある言葉が付きます。不幸にしたい美少女ベスト10ってね」
……それ、マジですか?
ふわぁ、私ってもしかして大ピンチなの?
「みゆちゃんが高校で人気の相手だと知り、近づいて来たに違いありません。目を付けられたが最後。みゆちゃんは人気者の座から突き落とされて、多分、貴雅兄様との関係すらも……いえ、すでにこれは別の形で危ないですが」
「うわぁーん。もしや、あの意味深台詞もそういう意味なの?すべては私と貴雅の信頼関係を壊すため?何て子なんだ……。あれ、でも、貴雅はその事を知っているの?」
「男の子に敵を作らない、それが華奈のやり方ですもの。知るはずがありませんわ」
華奈に不幸にされた女子はこれまで5人、どれもが悲しき結末を迎えているらしい。
人気者って、その反面で反感を抱かれやすい性質があるから……。
芸能人とかと同じ、盛り上がるだけ盛り上がれば落ちる時は皆に見放されるもんね。
「ちなみに貴雅が彼女を好きって話は聞いた事ある?」
「いえ、ありませんわ。それに逆もないと思います。華奈が兄様を好きなんて、きっとありえません。だから、みゆちゃんは彼女の巧みな罠にはまらずに冷静に対処していく事が必要なんです。気をつけてくださいませ」
私は彼女撒いた地雷を踏んでしまったようだ。
あぅ、貴雅を信じていればよかったのに。
「……どうやら貴雅兄様が帰ってきたみたいです。謝罪するなら今しかありません」
廊下を慌しく走ってくる物音、やがて、天音ちゃんの部屋の扉が開く。
「はぁ、はぁ……ここにいたってオチかよ!!人がどれだけ繁華街を探しまくったか……諦めて帰ってきて、家の玄関に見慣れた靴があった時に普通にびっくりした」
疲れた様子の貴雅はそう言うと、私の手を引いて部屋から連れ出す。
その横顔は文句を言いながらも安心した様子にも見えたの。
「天音、少しこのロリ先輩を借りるぞ」
「どうぞ。貴雅兄様、妹として忠告します。女の子は好きな男の子に愛される証拠が欲しいモノです。言葉にしなければ伝わらない、それが人間ですもの。これからは気をつけてくださいね?」
「忠告ねぇ。ほら、俺の部屋に来いよ。あんな中途半端な事で終わらせるつもりか」
貴雅の必死な姿に私は少しだけ不謹慎ながら嬉しくなった。
ちゃんと、私は彼に想われているだって……えへへっ。
「何をにやけてるんだ?まぁ、いい……話があるんだよ、ちゃんと聞け」
年下の彼氏が握る手はひんやりと冬の寒さで冷えていた。
一生懸命に私を探してくれていた、そう考えると嬉しくなっちゃうの。