第26話:粉雪の奇跡《後編》
【SIDE:倉敷貴雅】
みゆ先輩がどうやら風邪をひいたらしい。
彼女が俺に咳混じりの電話をしてきたのは12月24日の午後5時半を過ぎた頃だった。
時間になってもこないので、またドジでもしているのかと思っていた矢先。
こんな日に風邪とはまたみゆ先輩らしいハプニングだな。
昼間の帰り際に会った時は別に異常はなかったはずなんだが。
俺は駅前の時計塔の前で白い息を吐きながら、
「……俺の予想だと、今日のデートは中止だな」
別に俺はさほどクリスマスデートにこだわりなどなかった。
ただ、彼女と一緒に楽しい時間が過ごせればいいと思っていた。
すぐに頭を切り替えて、俺は財布の中身を確認する。
元々、デート用の資金はそれなりに持ち合わせていた。
手に持っていた彼女へのプレゼントはジャンバーのポケットに突っ込んでおく。
「あとは、みゆ先輩の居場所か。俺は知らないんだよなぁ」
とりあえず、みゆ先輩に電話をかけてみるが応答なし。
既にダウンしている可能性がある、これは今日のデートはホントに諦めておこう。
家に誰かがいればいいが、今日は両親が出かけると言っていたような気がする。
「さて、どうするかね」
俺は心当たりのある相手にメールを送る。
相手は絵美、彼女は知らないだろうが、彼女の幼馴染である小夜子さんに連絡をとりついでもらい、みゆ先輩の住所を聞きだす事にした。
『私が小夜子に連絡なんて嫌よ。悪いけど、自分でしてくれる?』
と明らかに不満そうなメールが絵美から帰ってくる。
ついでに一言、「あと例の話……ごめんね?」とだけ文字が書かれていた。
すぐにそちらの謝罪の意味を察する。
「あちらもようやく彼氏ができたか」
今日はクリスマス、絵美も独り身が嫌で他の相手を見つけたらしい。
美人なお姉さんだ、相手を見つけるのには苦労しないだろう。
やれやれ、予想はしていたがこうなるか。
「絵美とは縁がなかった、お互いにそれでいいだろう」
元カノが新しい恋人と付き合い始めた、最初にそれをしたのは俺だ。
今さら、俺が何かを言う権利も資格もない。
何となく気分が盛り下がるが、今はそれどころではない。
このままじっとしていても寒いので近くのコンビニに入ることにした。
小夜子さんの電話番号がメールには書かれていたので連絡を取ると、彼女からは詳しい住所を教えてもらえた。
「なるほど。意外と近いんですね。分かりました、ありがとうございます」
『うーん。でも、あの子もこんな日に風邪ひいちゃうなんてバカよねぇ。本人はめっちゃショックを受けていると思うから優しくしてあげて』
「……まぁ、あまりにみゆ先輩らしいので責めるつもりは微塵もないんですが」
『キミは優しいから信頼しているわ。いくら、病人だからって襲っちゃダメよ?』
俺は即答で「しません」と答えて苦笑いのまま電話を終える。
コンビニ内の時計を見ると時間は約束の時間、6時半を過ぎている。
ふと、外を見るが待ち合わせ場所にその姿は見えない。
もう1度だけみゆ先輩の携帯に連絡をしてみるが反応はなかった。
「ちょうどコンビニだし、適当に物を買っていくか」
俺は恋人の体調が心配になり、彼女の所に行く事にする。
コンビニの袋をさげて歩く事、20分程度。
俺の家からだと電車で一駅程度は離れた場所にみゆ先輩の住むマンションが見えた。
「……このマンションの25階か。これだけ高い場所に住んでいると大変だな」
高層マンションとか住みたがる奴の気持ちはいまいち分からない。
出かけるのも一苦労だろうに、なぜにそんな高い場所を選ぶかな。
そんなどうでも良い事を考えて、エレベーターで目的の階まで上る。
「あっ、どうしよう……」
そこで俺は彼女の家に入れない可能性がある事に気づく。
両親は出かけている=当然、家には鍵がかけられているかもしれない。
「……まぁ、その時はその時だ。とりあえず、行ってみよう」
部屋の前まで来て、俺は呼び鈴を何度か鳴らすが反応なし。
試しにドアノブをひねってみると……スッとドアは簡単に開いた。
「不用心だろ。それに、これって不法侵入だよなぁ……」
だが、状況が状況だけに仕方ない。
俺は彼女の名前を呼びながら居場所を探すと部屋の一室に『美結の部屋』と書かれたプレートがぶらさがっている。
「……みゆ先輩、無事か?生きてるのか……って、何だこりゃ」
部屋に入るとみゆ先輩は確かにそこにいた、のだが……。
「……なっ……!?」
着替え中に倒れこんだのか上半身だけ下着姿。
ベッドに倒れこんだままの彼女は身動きせずに苦しそうに息をしていた。
……やばいよ、この人って身体の一部だけは十分すぎるほど大人なんだよ。
ちらりと見え隠れする白い肌、下着姿がやけに生々しい、俺もこれには動揺する。
俺は慌てて目を逸らすが、ぐったりとしている様子の彼女を放置しておけない。
「……仕方ない。着替えさせるか。べ、別にやましい事をするわけじゃない」
その場に脱ぎ捨ててあったパジャマを拾い上げて、俺は心を無にして行動を開始した。
手に触れる女の子の柔らかな感触。
やれやれ、本当にこのロリ先輩は俺に試練ばかりを与えてくれる……。
2時間後、俺は手持ち無沙汰にその辺の雑誌を読んでみゆ先輩が起きるのを待っていた。
コンビニで他に役に立つものを用意してくるべきだったな。
水や食べ物ぐらいしか買ってこなかったことを後悔する。
「……ふぅ、少しはマシになったか?」
氷水で冷やしたタオルを頭にのせてやると、ずいぶんと彼女の表情は楽になったと思う。
いまだに眠り続ける彼女。
今日は遅くなると親に連絡済み、何やら別の意味で勘違いされていそうだが気にしない。
彼女の家族がいつ帰ってくるのかが不安だが、それも状況次第だろう。
「んっ、起きたのか?」
彼女が目を覚ましたのは夜の8時を過ぎた頃だった。
辛そうにまぶたを瞬かせると俺の存在に気づいて声をあげる。
「ふぇ?た、貴雅……冷たいっ!」
慌てて動いたために濡れタオルの水がパジャマの方にはいったようだ。
「ったく、無茶するからだろ。ほら、タオル変えるからじっとしておけ」
「どうして貴雅が私の家に……?」
俺はタオルを水に冷やしなおしながら、
「あー、勝手に入ってきて悪かった。時間になってもこないし、携帯も通じないから心配になったんだよ。みゆ先輩の家にきたのはいいものの、誰もいないみたいで勝手に入らせてもらったんだ。で、案の定、倒れていたみゆ先輩を見つけたわけだ。適当にあったものをつかったぞ」
「そうなんだ、ありがとう。今日は両親が出かけていて……。ごめんね、貴雅」
どうにも覇気がないのは病気のせいだけではなさそうだ。
気分的にもすっかり沈んでしまっている様子。
「でも、クリスマスデートをダメにしちゃったよ」
「それは残念だが、これが最後なわけじゃない。デートならいつでもできる。今はゆっくり休め。辛くはないか?おなかは空いていないか?他にも何かあれば言ってくれ……みゆ先輩?」
「うっ……うわぁあああん」
今度はいきなり泣き出した。
病気で情緒不安定になってるせいか、本気でこのデートがダメになったのが寂しいのか、それとも俺の態度が……いや、これは俺の自惚れかもな。
「仕方ないなぁ」
俺は彼女が落ち着くまでずっと髪を撫で続けてやる。
みゆ先輩は泣き止んでからが大変だった。
お腹がすいた、ケーキも食べたいっと我が侭言いたい放題。
まぁ、看病してやる側としては別に不愉快ではない可愛い我が侭だったが。
コンビニで買ってきた夕食を食べ終わり、ふたりでケーキを食べる。
イチゴのショートケーキ(クリスマスVer)は程よい甘さがした。
「このケーキ、美味しい~っ」
「コンビニのケーキで喜ばれるのも何だかなぁ」
俺はふと窓の外を見るといつのまにかいい感じの雪が降っている。
「粉雪舞い散る聖夜。いい感じのホワイトクリスマスだよねぇ」
「みゆ先輩、じっとしてろ。口元に生クリームがついている」
俺がティッシュでそれを拭ってやる、ホントに子供相手にしてる気分だ。
けれど、目の前にいるのがただの子供ではなく、一人の女性だという事も自覚している。
「……雪が綺麗。もっと近くでみたいから窓を開けて?」
「風邪をひいているくせに。悪化しても知らないぞ」
「いいから、あけてよ。うわっ、冷たいじゃない。いきなりはやめて~っ」
窓から雪が室内に入り込んでくる。
ほんのり冷たい粉雪、ふたりでその光景を見入る。
「……貴雅、今日はありがとう。感謝しているの」
「感謝してくれ。その代わり、さっさと風邪なんて治してしまえ。せっかくの冬休みがもったいないぞ」
「そうだよね。また一緒にデートしよう。今日のクリスマスは残念だったけど、楽しいの。やっぱり、貴雅が一緒にいてくれたからだよ。えっと、あのね……」
「来年も一緒にクリスマス・イブを過ごせればいいな。今度はちゃんとしたデートをしたい」
「え?あ、うんっ!私もしたいよ、クリスマスデート♪」
すっかりと機嫌を直したみゆ先輩に俺はプレゼントを手渡した。
彼女に似合うと選んだピアス。
デザイン的には今までの彼女の身に着けているアクセサリーにはないタイプ。
「子供っぽいのから少しは脱却してくれ。という意味で大人っぽいのを選んでみたぞ」
「動機は気に入らないけど、プレゼントは気に入った。ありがと、大好きっ」
「……メリークリスマス」
みゆ先輩と過ごすクリスマス・イブ。
こんな聖夜も悪くはないと俺は窓辺から降り続く雪とそれを楽しそうに見ている先輩の横顔を見つめながら思う。
俺って、もしかせずとも隣にいるこの子の事が好きなんだろうな。
いつのまにか、俺は本気でみゆ先輩を愛している事に気づいたんだ。