第25話:粉雪の奇跡《前編》
【SIDE:初音美結】
クリスマス・イブ、12月24日は子供の頃から心の躍る特別な1日。
いつもはケーキを食べてお終いなんだけど、今年のクリスマスは恋人と過ごす初めてのクリスマスだから楽しみだった。
貴雅とどんなデートをするのだろう。
期待に胸を膨らませていた私はその前夜に眠れずにいた。
本を読んだりして、ようやく眠りにつけたのは朝方ぐらい。
「ふわぁ……」
小さく欠伸をして私はリビングに朝ごはんを食べるためにおりた。
そこではいつものようにママとパパがいる。
「おはよう、美結。今日は何だか眠そうね?寝ちゃダメよ」
「んー。昨日は眠りが浅くて……ぐぅ」
「こらこら、言ってる傍から寝ないの。今日は終業式だけなんでしょう?」
「そうだよ。あっ、今日は恋人とデートだから帰りは遅くなるかも」
ママに私はそう言うとコーヒーを飲みながら新聞を読んでいたパパが吹きだす。
「なっ、なんだと。みゆちゃんに恋人?そんなの僕は聞いていないぞ?」
「あら、美結も年頃ですもの。恋人もいるわよね。今日はクリスマスでしょう。私たちもクリスマスデートしましょう」
「いや、それよりもみゆちゃんの恋人が……」
「今日はお休みでしょう?いい機会じゃないですか」
パパは私に恋人の話を聞きたそうだったけど、ママが微笑んで誤魔化してくれる。
そういえば、恋人の話はママにだけしかしていなかったっけ。
仕方ないと言った風にパパはそれ以上の追及は諦めたようだ。
「……いいじゃない、デートしてくれば?そうすれば、私ものんびりとできるし」
うちの両親はすごく仲がいいので、デートなんてしょっちゅうしている。
泊りがけで旅行もよくあるし、私は別に問題なんてない。
「えぇ。そうさせてもらうわ。夜遅くまで遊んでも、ちゃんと帰ってきなさいよ?」
「分かってる。その辺は大丈夫だから心配しないで」
んー、貴雅とデート、楽しみ~っ♪
そんな気分のいい1日が始まろうとしている。
「……くしゅんっ」
だけど、私はまだ自分の身体の変化に気づいていなかった。
「ふにゅ。今日は寒いなぁ」
大好きな貴雅と2度目のデート、特別な夜は意外な展開を迎える事になるなんて……。
約束の時間は夕方の5時半、私はお昼近くに帰ってくると既に家には両親の姿はない。
テーブルの上には「パパと少し遠出してくるので明日のお昼頃に帰ります。ちゃんと戸締りをして出かけてね」とママからの伝言が書かれた紙が置いてある。
「……お泊りデートなんてラブラブだなぁ」
ずっと仲のいい関係、両親は未だにお互いに恋愛している。
そういうのって理想的な関係だと思うんだ。
私はくすっと笑いながら、その紙を片付けて昼食の準備をする。
「……んっ?」
帰り際に買ってきたクリームパンを食べていると何だか気だるさに襲われる。
脱力感というか、疲れているのかな?
「今日は眠れなかったから。お昼寝でもしようっと」
眠りが浅いせいだと思い、私は食事を終えると自室に戻りベッドに寝転んだ。
「目覚ましは4時半頃にセット。ついでに携帯電話の目覚ましもセット。これで寝過ごすって事はないはず。ふぅ、何だろう。ホントに……身体がダルいよぉ」
私は布団に入るとすぐに強い眠気に飲まれてしまう。
「……くしゅんっ」
後になって思うと異変はもうその前からあったんだよね。
「……う、うぅっ」
何だか頭が痛い、ズキズキする。
数時間後、目をあけた私が時計を見ると5時を指していた。
目覚ましでは起きられなかったらしい、そろそろ行く準備をしないといけない。
「あ、あれ……?」
立ち上がった瞬間に立ちくらみがして再びベッドに座り込んでしまう。
頭がボーっとしている事に気づいた私はハッとする。
「もしかして、私……けほっ、けほっ」
咳をする私はその時になって自分が風邪をひいている事に気づいた。
朝から体調不良はあったけど、それは寝不足のせいだと勝手に思い込んでいた。
多分、昨日の夜に眠れなくて夜遅くまで起きていたのが原因だと思う。
なんていうタイミングで風邪をひいてしまったんだろ。
「うぁっ。とりあえず、薬と体温を測らないと……」
よろよろと家の中を歩いてリビングに向かう。
途中に何度か壁にぶつかりながら、私は今日は誰もいないことを思い出した。
ホントにタイミングが悪すぎるなぁ。
「げっ……嘘でしょう?」
さらに体温を測ってびっくり、私の現在の体温、38.3℃。
微熱レベルではなかったので、深いため気をついてた。
「……どうしよう、どうしよう」
刻一刻と容赦なく時計の針は進行中、どうしようもない展開だ。
このままだと間にあわない、私は慌てて自室に戻ると服を着替える。
こんな風邪なんかに負けないもんっ。
熱を下げる薬は飲んだし、この程度なら大丈夫。
せっかくのデートを台無しなんて事にだけはしたくない。
「私は……ふにゃんっ!?」
バタッと着替え中にベッドに仰向けに倒れこんだ。
「えぐっ、これはマズイよ……力が入らないにゃぁ」
窓の外は夕焼け空ではなく曇り空、今日は夜には雪が降るかもって。
まさにホワイトクリスマスが楽しめるかもしれない。
そんな特別な夜を逃すわけにはいかないの。
「……少しだけ休めばよくなるはず」
私は身体を半分だけ起こしたままで、布団の中に入る。
「貴雅に連絡をして、時間をずらして……けほっ」
自分で思ってる以上にダメかもしれない。
私は不安を抱えながらも、貴雅に電話をかける。
『……どうした、忘れ物でもして遅れるって電話か?』
時間はすでに5時半過ぎ、彼はいつもの意地悪口調で言う。
余計な心配はさせたくないので「そうなの」と短く答えた。
『おいおい、ホントかよ。どれくらいかかりそうだ?』
「もう少しだけ、待ってくれない。すぐに……くしゅんっ!」
『……みゆ先輩?もしや、風邪をひいたとかいうんじゃなんだろうな?』
気まずいので、どうやって誤魔化すのか悩んでいた。
その沈黙が貴雅には肯定ととられたみたい。
『今、どこにいるんだ?家だよな……?』
「え、あ、そうだけど……。けほっ、けほっ!」
『おい?本気でまずそうなら今日のデートはやめておいた方が……』
「だ、ダメっ!1時間だけ時間をちょうだい、すぐによくなるから!待ち合わせは6時半、それまでにそこに行くから待っていてね。絶対に間に合わせるから!!じゃあね」
私は無理やりに約束を取り付けると、そのまま電話を切る。
このままだとデートが中止になっちゃうかもしれない。
クリスマスデートだけは絶対に一緒に過ごしたいもん。
恋人として、このイベントだけははずしたくない。
「も、もうダメにゃぁ……」
だけど、私は彼に電話した後にぐったりとしてしまう。
くしゃみと咳がひどい、頭も熱で気持ち悪い。
「……どうして、今日に限って、風邪なんてをひいてしまったの」
楽しみにしていただけに何とも言えない気持ちになる。
そのまま私は意識を手放して眠りに付いた。
「んっ……」
冷たい感触が額に当てられているのに気づいて目が覚める。
「あ、あれ?今、何時っ!?……いたっ」
ひどい頭痛を我慢しつつ、枕元の時計に目を向ける。
時刻は夜の8時過ぎ、完全に寝過ごしてしまっていた。
やっちゃった……遅刻もそうだけど、連絡もしないでこんな時間なんて。
慌てて起きようとするけど身体がだるくて、身動きできない。
「うぇっ……」
ちょっと涙目になりながら、私はショックを受けていた。
貴雅に嫌われちゃうよぉ……。
だけど、その時、私の額に濡れたタオルが当てられているのに気づいた。
「え?これって……?」
私が声をあげると室内に男の子の声が聞こえた。
声の方を向くと貴雅が携帯電話を眺めて、私の部屋にいたの。
「んっ、起きたのか?」
「ふぇ?た、貴雅……冷たいっ!」
「ったく、無茶するからだろ。ほら、タオルかえるからじっとしておけ」
優しい声で言うと彼は私の額に手を当てた。
すぐにタオルを濡らして、もう1度私の額に乗せる。
「どうして貴雅が私の家に……?」
「あー、勝手に入ってきて悪かった。時間になってもこないし、携帯も通じないから心配になったんだよ。みゆ先輩の家にきたのはいいものの、誰もいないみたいで勝手に入らせてもらったんだ。で、案の定、倒れていたみゆ先輩を見つけたわけだ。適当にあったものをつかったぞ」
布団に寝かせてくれたのも彼らしい。
「そうなんだ、ありがとう。今日は両親が出かけていて……。ごめんね、貴雅」
私はシュンッとしてしまうが、彼は「気にするな」と言うだけだ。
「でも、クリスマスデートをダメにしちゃったよ」
「それは残念だが、これが最後なわけじゃない。デートならいつでもできる。今はゆっくり休め。辛くはないか?おなかは空いていないか?他にも何かあれば言ってくれ……みゆ先輩?」
「うっ……うわぁあああん」
私は貴雅が優しすぎる対応に思わず泣いてしまったの。
「仕方ないなぁ」
年下の恋人はそんな私の頭を撫で続けてくれた。
「ひっく……えぐっ……」
窓の外は粉雪の舞い散る夜の景色。
今日は1年で最も奇跡がおきる確立の高い1日、クリスマス・イブ。
私達のクリスマスはまだ終わっていない。