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第24話:恋の予感

【SIDE:倉敷貴雅】


 問題だった期末テストも無事に終わり、残すところあと1日で学校も終了。

 今日は最後の授業、明日は終業式で冬休みがやってくる。

 そして、明日は12月24日のクリスマスイブだ。

 

「あーっ、貴雅クンじゃない」

 

「ん?あぁ、小夜子先輩。お久しぶりです」

 

 5時間と6時間目の間の休憩中、美術室に美術の課題作品を提出終えた俺は特別校舎内で小夜子先輩に出会った。

 この特別校舎は美術や音楽などの特別な科目の部屋が集まっている校舎なので授業がない限りは用はない。

 

「……美術室から出てきたという事は選択科目は美術なんだ?」

 

「えぇ。美術か音楽か、どちらかといえば大抵の男子は美術を選びますよ」

 

「ふふっ。1年はまだそのふたつなんだけど、2年になるとまだ選択が増えるからね」

 

「先輩もその選択科目ですか?」

 

 彼女が手に持っているのは大きな箱だった。

 特に重そうではないようだが、女性が持つのは大変そうだ。

 

「これは理科室からの調達もの、今日はクラスの方で授業なんだ。ほら、数日前の事件で理科室が使えないから。これを教室まで運ばないといけないの」

 

 数日前の理科室の事件というのは実験中のクラスが火の始末に失敗して小火騒ぎがあったことだ。

 消火器での消火作業で鎮火したものの、まだ室内は荒れ放題。

 ついでなので老朽化してきた内装を工事する事になり、冬休みまでそのままらしい。

 

「なるほど、それは大変ですね。クラスまで箱を持ちましょうか?」

 

「ホント!?ありがとう、助かるわ。正直言えば、腕が痺れかけていたの」

 

 小夜子先輩はホッとした様子で俺に箱を渡す。

 中身は器具のようだが、確かにずっしりとくる重さがある。

 

「今日が日直だった事を恨むわ」

 

「ははっ。まぁ、仕方ないですよね」

 

「……それにしても、貴雅クンって優しいわ。だから、美結も好きになったのかな」

 

 俺達は廊下を歩き出すと、小夜子先輩は話を続けた。

 

「うちの美結はどう?あれからすっかりと貴雅クンにハマって、今じゃすっかりと恋する女の子状態じゃない。正直に言えば初めて、私たちに恋人だって紹介した時は交際していなかったんでしょう?それが本当にこうなるなんてねぇ」

 

「やっぱり、バレていたんですか?」

 

「当然。あの子の嘘なんてお見通し。でもね、それが本当に恋してるに変わったのを知った時、びっくりしたの。恋を知らないお子様がちゃんと女の顔をしているんだもの。たった数日で彼女はずいぶんと成長していた」

 

 俺は並んで歩く小夜子先輩を横目で見る。

 

「あの子に恋を教えて、どうなるのか。興味はあったけど、心配でもあったの。見た目どおりに純粋で子供だから。貴雅クンみたいに優しい男の子が彼女の恋人になってくれたことには素直に嬉しいわ。あの子を任せられるもの」

 

 楽しそうに笑う彼女、みゆ先輩の事を想うひとりの親友としての言葉。

 

「……美結のこと、好き?」

 

 今度は俺に尋ねてくる、彼女はきっとこれまでの俺の気持ちすらも気づいていた。

 俺がまだみゆ先輩に心の奥底から恋をしていないことを。

 

「気になる相手ではいますよ」

 

「そっか。後一押しで恋愛しちゃうかも、いいじゃない。まぁ、初めから心配はしていないんだけどさ。貴雅クン、キミもそろそろ自分の事を考えてみたらどう?美結の事を気にかけるのはいいけど、今度は自分の気持ちも向き合わないと」

 

 立ち止まる彼女は両手のふさがる俺の制服の胸ポケットに1枚の写真を入れる。

 

「……これは?」

 

「それは美結の隠し撮り写真。ふふっ、心配せずとも着替えシーンとかじゃないわよ?」

 

「だとしたら、悪趣味ですが。それ以外ならこれは何の意味があるんですか?」

 

「それはね、美結がキミに恋をしている時の表情を写したものなの。後で見れば良い。きっと思わず笑いたくなるような顔をしているわ。その写真を見たときにキミはひとつの答えを見つける事ができるはず」

 

 どんな顔をしているのやら、とても気になるじゃないか。

 だが、俺はまだその写真を小夜子先輩が見せようとした意図に気づいていない。

 

「恋愛っていろんな形があっていいと思うの。一目惚れとか、告白とか、些細な事がきっかけで恋って始るものでしょう。貴雅クンは美結に付き合う形で交際している。まだ明確な想いはないのに好きになるために交際してるんでしょ?」

 

「小夜子先輩はどこまでこちらの事情を知ってるんです?」

 

「よく知らない。ただ、美結を見て色々と気づいているだけ。否定しないという事は多少は当たってるみたいね。キミ達の恋愛は、別に珍しいことじゃないわ。初対面の相手に呼びだされて『好きですっ』と告白されて、『お友達から始めませんか?』ではなく『付き合います』と答えた場合の恋愛に似ている。違う?」

 

「いや、全く持ってその通りです。俺はみゆ先輩を好きになるために付き合い始めたんです。それと彼女に恋を教えてるためにもね」

 

 今まで俺達の関係を整理したことがなかったが、先輩の言う形に近いのかもしれない。

 恋人として付き合う事になった経緯を思い出していた。

 

「……人を好きになるって大変よねぇ」

 

 ポツリと言う小夜子先輩は今度は絵美の名前を口にする。

 

「貴雅クンの元カノ、絵美って私の幼馴染なの。昔から頭の固いお嬢様で私とはいつもぶつかってばかり。でも、お互いにそれを認め合うところもあって仲はそれなりによかったわ。喧嘩するほど仲がいいってやつかしら?」

 

「絵美から聞いた事がありますよ。好きな男の子をめぐりあったとか?」

 

「そうそう。今は私の彼氏なんだけど、これがまた普通の子なの。特別カッコいいわけでも、性格がいいわけでもない。だけど、私も絵美も彼が好きになったの。それが始まり、私は彼と交際したけど、その結果、絵美は私から距離をおくようになった。後悔はしていないけど、別の方法はあった気がするわ」

 

「友情と愛情の両立はできないものですから」

 

 絵美も今、気にしている様子はないが、過去は大変だったのだろう。

 小夜子先輩は「若さってやつよ」と苦笑いを浮かべて言った。

 

「人を好きになる、この気持ちって奴ばかりは自分じゃ制御できないんだ。気づけばそこが始まって抑える事も難しい。感情のままに、自分を突き動かしてしまう」

 

「……それがいつ俺に起こるかもしれない、と?」

 

「気がついたら恋をしていた。なんていうのはよくある話。だから、貴雅クンも自分の気持ちをよく考えて見直してみたらどう?すでにあの子に恋しちゃってるかもしれないじゃない。あっ、ここまででいいわ。サンキュー」

 

 先輩達のクラスについたので、俺は荷物を彼女に渡す。

 時計を見ればもうすぐ授業が始まりそうだ。

 

「美結は良い子なの。本当に純粋で無垢で、可愛らしい女の子。あれだけ可愛い子もそうそういないわ。貴雅クンはいいチャンスにめぐり合ってると思っていい」

 

 偶然から始まった、コードネーム“146-86”のみゆ先輩と出会い。

 

「だから、彼女を幸せにしてあげて。私たち、彼女の友達としてはそれだけが望みよ」

 

 これから先の未来、俺とみゆ先輩はどういう道を進んでいくのだろうか。

 

「……私はキミからちゃんとした交際宣言を聞けるのを楽しみにしているわ」

 

 最後にそう言うと小夜子先輩は教室の中に入っていく。

 ちゃんとした、か……それはそれで緊張するな。

 俺はこっそりとクラスの中を覗き込むとクラスメイトと楽しそうに雑談する先輩の姿が見えた、相変わらず、周囲に人を惹きつけているようだ。

 授業の準備を終えた小夜子先輩がこちらをふっと微笑んで見ると、みゆ先輩に耳打つ。

 

「……あ?」

 

 そして、俺に気づいたみゆ先輩はすぐにこちらにやってきた。

 

「貴雅だぁ、どうしたの?」

 

「小夜子先輩の手伝いしてただけだ。ついで我が恋人の顔を見ておきたくて」

 

「や、やだぁ。そう言われると照れるにゃー」

 

 昼休憩にもあったばかりなのだが、みゆ先輩は嬉しそうだ。

 

「……時間がないから一言だけ聞かせてくれ。みゆ先輩、俺の事、好きか?」

 

「ふにゃ?い、いきなりだけど……大好きだよ、貴雅が好きっ」

 

 その一言で十分だった。

 臆面もなく好きといえる彼女の気持ちを確認できた。

 すでに彼女の恋は本物、疑う余地はなさそうだ。

 

「……」

 

 俺は照れ隠しに彼女の額にデコピンする。

 

「恥ずかしいんだよ、真顔で言うな。ロリ先輩」

 

「な、何でー。聞いてきたの貴雅なのにーっ。むぅ~っ」

 

「ははっ。そんじゃ、俺は教室に帰るよ」

 

 俺は教室に帰ろうと身を翻す。

 

「待ってよ。貴雅からは聞いてないよ?」

 

 だが、俺の服のすそを掴んでみゆ先輩は制止させる。

 

「私も一言だけ聞きたいな。貴雅からの気持ち」

 

 俺はみゆ先輩の顔を見ずに小さな声で言ってやる。

 

「……みゆ先輩ほど、今、気になる女の子はいない」

 

「うわっ、そっちの方が照れるよぉ。ふふふっ、嬉しいよ。私って愛されてる~っ」

 

 言った本人も恥ずかしいから、過剰な受け止め方はやめてくれ。

 俺はこれ以上、甘ったるい雰囲気を続けていられなくて足早に去る。

 少し離れてから後ろを振り返るとみゆ先輩は満面の笑みで俺を見送っていた。

 先ほど、小夜子先輩に言われた言葉。

 俺はすでにみゆ先輩に恋をしているかもしれない。

 

「好きか。俺があのロリ先輩に恋をしているなんて思えない」

 

 年上好きな俺を好きと言わせるにはあの容姿だと難しいぜ?

 そう思いながらも、否定をしない事は可能性としては残されたままという事で。

 俺はふと思い出した、胸ポケットに入れられた写真を取り出した。

 

「そういや、結局、これは何なんだ?小夜子先輩は笑える写真って言ってたな」

 

 どんなマヌケな顔の写真だろうと、俺はそれを見た。

 

「……っ……!?」

 

 そこに写るみゆ先輩はとても満たされた表情を浮かべ、幸せそうな顔をしていた。

 何も特別な事はない、いつものみゆ先輩……。

 

「ふふ、ははっ……」

 

 だからこそ、俺は思わず笑ってしまうのだ。

 これが、みゆ先輩が俺に恋をしている時の表情だと小夜子先輩は言っていた。

 何気ない事が幸せだと、人は気づいた時に初めて知る。

 

「毎度お馴染み、いつもの可愛いみゆ先輩じゃんか」

 

 ――そして、この笑顔こそが俺にとって1番好きなみゆ先輩の表情なんだ。

 

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