第19話:素直が1番なんだって!
【SIDE:初音美結】
天音ちゃんの恋は川相が私に告白すると言う事で終わってしまう。
好きな相手から別の女の子が気になるなんて言われたら誰だってショックだよ。
ふみゅー、私はそんなわけで川相を睨みつけているのです。
「……もしかして、それって睨みつけているつもり?だとしたら可愛すぎ」
「うっさい、何をしているのよ。せっかく、天音ちゃんが勇気を出して……」
「俺に告白するつもりだった、だろ。分かってる、昨日の事も雰囲気もそんな感じだった。じゃなきゃ、他校生であるみゆがこの学校に来てまで倉敷に付き合うはずがない。あ、悪い。言っとくけど、みゆの事は気にいっているが好きじゃない」
「え?それじゃ、さっきのは……?」
彼は別に私を好きになったわけじゃなかったらしい。
あれは口から出任せ、という事はどういうこと?
川相はちょいと真面目な顔をすると私に言うんだ。
「俺って告白される事が多いんだが、俺には本命の子が別にいる。他校生の子だから、うちの学校の連中は誰も知らない。だから、告白されても困るだけなんだよ。倉敷の事も、断るという意味では答えは同じだ」
「へぇ、モテ男さんはそれなりに考えてはいたんだ。でもね、アンタのしている事って、結構、男として最低。恋する女の子の気持ち、考えてあげるつもりなら告白をちゃんと受け止めてあげるべきだった。“答え”は同じでも“結果”は違う」
天音ちゃんは傷ついたはず、予想していた痛みとは違う痛みで……。
「みゆはちゃんと受け止めているのか?ひとつ、ひとつの人の想いを。俺には無理だね。悪いが、俺に恋するのは他人の勝手だ。そこまで付き合いきれない」
「川相の言うことも間違ってはいないわ。私も彼氏ができるまで、色んな人から告白ぐらいはよくされてた。それを受け止めていたかと言うと私も受け止めていなかったと思う。けれど、私は恋をして気づいたの」
そうだ、私も他人にどうこう言えるほど偉くはない。
私も川相みたいに男の子から告白された時にキツイ言葉で断った記憶もある、読まずに捨てたラブレターも数多くある。
それは私の場合は胸に興味を持つ男の子ばかりだったから。
「想いが大きくなって、告白しようと思う気持ち。好きだって気持ち。その意味、もう少しちゃんと考えて受け止めなくちゃいけないんだって。他人の痛みを知るという事も、恋愛には必要だと思う」
「……それが例え、見ず知らずの相手だとしてもか?」
「えぇ。相手が誰であれ、自分を好きになってくれたんだモノ。川相は天音ちゃんからの想いに逃げたでしょう。面倒だから?それとも……」
「最初に言っただろ。俺は他人の痛みを受け止めたくない。告白を断れば、大抵相手の女の子は傷ついて泣くんだよ。それが嫌だ、だから自分から身を引いてくれればそれでいい。いつもの断り方なんだ。別に好きな相手がいると間接的に伝えて相手に告白させない。みゆみたいに俺は他人の恋愛を大切には思えない」
子供のくせに彼は彼なりにこの問題に考えがあるんだろう。
それを否定する事は、意見を押し付けるだけで意味はない。
「ダメでも告白はさせてあげるべきだわ。相手に自分の想いを伝える、それができないと例えダメだっても未練が残るもの。お子様のアンタにはまだ理解できないと思うけどね。本気で恋をするのって常に全力、大変なものなの」
人が違えば受け止め方も、考え方も当然違う。
世の中に物事に対しての “正しさ”はあっても、それは“絶対”ではないから。
しょせんは他人の考えは別物、それを自分のモノにするかどうかは自分次第。
「……最後にひとつだけ言っておくわ」
冬の風に私は肌寒さを感じつつ、私は淡々とした言葉を彼に言う。
「女からしてみれば、アンタみたいに想いから逃げて見ないフリするタイプって1番嫌いよ。アンタも恋しているなら相手の立場になって考えて見なさい。自分がされて嫌な事、いつか他人にされて平気でいられるかしら」
「それは……」
黙り込んでしまう川相に私はそれ以上、何も告げずに立ち去る事にした。
まだ本物の恋愛を知らない子供とは言え彼には彼の意見がある。
それを捻じ曲げるつもりはないし、する気もない。
ただ、今後、彼が成長していく中でその“意味”に気づけばそれでいい。
私は中庭を後にして失恋した天音ちゃんを探す事にする。
昔懐かしい校舎内を歩き回るけど、どこにも姿はなくて。
「うぅ、この辺は新校舎になってるから余計に分かりづらい」
私がいた頃と違い、ずいぶんと変わった場所もあって迷子になりそう。
天音ちゃんは学校内にまだいるはずなんだ。
運動場、中庭、図書室、保健室……思い当たる場所を片っ端から見てまわる。
どこにもいないよ、天音ちゃん。
「……あれ?そうだ、6年生の教室っ!」
私は廊下のプレートを見上げながら彼女の教室を探す事にする。
すぐに目当ての6年生の教室が並ぶ階について、教室を覗いた。
「何組かわかんないけど……あっ、いた」
彼女はそこにいた、机に頭を押し付けるようにして沈んでいた。
けれども、私は教室にはいる事はできなかったんだ。
なぜなら……彼女の前には一人の少年が優しそうな顔で頭を撫でていたから。
「私、バカですもの。人に嫌われる事だって平気でしますわ」
「それが嫌われると分かってるならやめればいいじゃない。倉敷さんは僕から見て、わざと他人と距離を作ろうとしている気がするんだ」
その男の子は以前に会った小林君だった。
天音ちゃんに好意を抱く男の子、失恋に沈む天音ちゃんを慰めている。
「何かと金持ちを自慢している嫌なお嬢様、それが周りの望む私だったんです。あの人はカッコいいから人当たりが言いに違いない、あの子は美人で優しいんだ。どうせ、人はイメージによって色々と決め付けられるものでしょう」
「だから?周囲のイメージなんて関係ない。倉敷さんはその通りにならなくたっていいはずじゃないか。僕は少しだけど本当のキミを知っている。我が侭だけど可愛い所がたくさんあるって事を……」
「か、可愛い?私がですか?そんなの初めて言われましたわ」
天音ちゃんは可愛い、素直になれないだけだもん。
私は教室の陰に隠れて中を覗き込みながら二人を眺めていた。
天音ちゃんは顔をあげると、小林君を純粋な瞳で視線を向けた。
「小林君は以前から私に優しいですわね」
「そうかな?」
「そうですわ。思えば、貴方ぐらいですもの。私がこうして普通に話せる相手というのも。今日だって、泣いてる私を慰めてくれました。どうしてですの……?」
ここで「どうして?」と聞かれる小林君は大変だ。
それが意図的なものだと言えば、天音ちゃんに好意を示すことになる。
だからと言って、素っ気無いふりをしても彼女は傷つくだけ。
この選択、男の子としての重要な選択肢だよ、頑張って。
私は影ながら小林君を応援することにする。
彼は困った顔をしながらも、ひとつの答えをだす。
「……それは、倉敷さんが気になる相手だからだよ」
おおっ、そっち路線にお話を持っていくの?
小林君はしどろもどろながら、言葉を続けていく。
「僕は以前から倉敷さんの事、気になっていたんだ。この子はどういう子なんだろうって。だから、その、どうしてというのは……。僕は倉敷さんと仲良くなりたいんだ」
「ふふっ。面白いですわ。小林君は私に興味がありますの?」
天音ちゃんは彼に穏やかな微笑みを浮かべた。
先ほどまでの涙はもうそこにはない。
ふたりだけ(私は隠れている)の教室で彼らは今、何を想うのか。
「私、この学校の生徒には無関心だったんです。きっと、今回の事すら本気ではなかった。でも、だからこそ、気づけましたわ。私も小林君に興味を持つ事にします」
「は?え、えっと、僕に?」
「えぇ。このクラス全体に興味を持つにはもう卒業まで時間もありませんから無理ですわ。だけど、小林君ひとりなら興味を抱いても大丈夫でしょう」
困惑気味の彼、うぅ、天音ちゃんって無自覚でそういう事をさらりと言うんだ。
それが彼女なんだけど……どうなるのかな?
「何か不思議だけど、お互いに興味を持つ事はいい事だと思うんだ」
「はい。私もそう思います。また今度、私のお話に付き合ってくださいますか?」
「も、もちろんっ。僕でよければいつでもいい」
小林君は天音ちゃんに気があるからいいとして、彼女はどうなんだろう?
それにしても、失恋のショックは何とか乗り越えられたみたい。
……やっぱり、人間って素直になるのが大切です。
小林君が帰ってしまったのでようやく私は教室にはいる事ができた。
「天音ちゃん、変な事になってごめんね?」
「いえ、みゆちゃんは協力してくれてありがとうございました。私、自分は恋愛をしていると勘違いしていましたの。川相君の気持ちは恋じゃなかったみたいです。本当の恋、まだまだ手にするには時間がかかりそうですわね」
彼女はもう大丈夫、気持ちを切り替えている。
「――案外、幸せっていうのは身近にあるものじゃないかな?」
私が何を指しているのか、天音ちゃんには理解できているようで。
「そうかもしれませんわね。私、その事に気づいてしまいましたもの……」
顔を赤らめて答える彼女はいつもの大人びた女の子ではなく、年相応の女の子だった。
いつか小林君と天音ちゃん、ふたりがいい感じになればいいなぁ。
「みゆちゃん。改めてお願いしますわ。恋についてこれからもっと教えてください」
「私にできることなら何でも協力してあげるよ。だって、私達は友達でしょ?」
放課後の教室に二人の笑い声が響き渡る。
「はいっ。私達はお友達です」
天音ちゃんはきっといい方向に変わることができると思う。
私もそれまでに対応できるようにしっかりとレベルアップしていかないと。
貴雅が好きだから、彼に好きになってもらうんだ、まずはそこから頑張ろう。
「……みゆちゃんがいれば貴雅兄様も“こちら”にい続けてくれるかもしれませんわね」
「え?それはどういう意味?」
「い、いえ。何でもないです。ただの独り言ですの。さぁ、帰りましょう」
天音ちゃんの言葉に私の知らない貴雅の現状が込められていた事を私は知らなかった。
……私はまだ彼のことを本当によく知らないんだと思い知らされるのは数日後の話。




