第16話:最近、うちの妹と恋人が……
【SIDE:倉敷貴雅】
図書室は本を読む以外にも自習室としての使い道がある。
12月後半、迫る期末試験をクリアすれば冬休み。
その問題の期末テストを前に俺は図書室で勉強をしていた。
「違います。はい、やり直し」
「はぁ。今回はうまくできたと思っていたんだが」
「何度使う公式を間違えればいいの。貴雅は理解力はあるんだから、もう少し丁寧に問題を解くクセをつけなさい」
目の前で俺を教えてくれるのは元恋人である絵美だった。
彼女は頭がかなりいいので付き合い始めた頃からこうして勉強を教えてもらっていた。
おかげで今では俺自身、成績では上の方を取れている。
「貴雅は私の教えがなくてもいい成績が取れるわ。でもね、少しのミスに気づかない事が多いの。そこさえ直せばいい」
「それが難しくてな。そういう所を絵美に頼んでるんだよ」
俺は決して優秀なタイプじゃない。
そういや、みゆ先輩も見た目によらず学力はいい方だと聞いていたが、アレは本当なのか未だに半信半疑だ。
「……ふっ」
みゆ先輩の顔を思い出して思わず、笑ってしまう。
別に「あの外見で賢いなんて想像できない」と、けなしたわけでもないのだが、つい笑ってしまっていた。
「あら、思い出し笑い?それとも私に対して何か?」
「すまない。ちょっと思い出した。うちの妹を覚えているか?」
その“妹”という言葉に絵美は表情をムッとさせる。
「えぇ、覚えているわよ。これでもかってくらいにイラつかせてくれたもの」
彼女と交際している時に1度だけ妹の天音に会わせた事がある。
その時は先日の子猫対決の比ではない修羅場を迎えた。
俺も思い出したくないな、あの惨劇は……。
「で、その毒舌大和撫子が何か?」
「この前、みゆ先輩と会わせてみたら最初は戦闘モードだったのに数十分、目を離していたら仲良くお友達になっていたと言う話だ。本人曰く、生まれて初めて他人に心を開いたらしい」
まさかの展開というのはこう言う事だろう。
ほとんど人を近づけさせない、我が侭姫なうちの子猫を彼女は手懐けた。
みゆ先輩の持つ独特の雰囲気に馴染んだのか、お友達宣言など初めは信じられなかったぞ。
はっきり言って、俺はみゆ先輩を見直した。
うちの妹は典型的なお嬢様タイプの性格、並大抵の事で懐くことはないからな。
「……なるほど、確かにすごいわ。あの毒舌大和撫子が他人に心を開くとは到底思えなかった。そう、彼女は外見が幼いし、相手にとってよかったのかもね」
「俺としてはひとりでも友人ができた事にホッとしてる」
「貴方やお兄さんが甘やかしすぎたのよ。あの子、見かけよりも性格は意外としっかりしているわ。お姉さんとして面倒を見てくれるんじゃない」
俺は絵美の顔をジッと見てしまう。
この人からそんな発言が出るとは思っていなかったから。
「な、何よ。何か言いたい事でもあるの?」
「いや、みゆ先輩と絵美ってそんなに親しかったっけ?」
「全然。挨拶ぐらいしか会話もした事がないわよ。でも、あの子は小夜子からよく聞いていたもの。見た目は子供、性格も子供っぽいけど、物事の捉え方や考え方はしっかりしているってね。なぜか自慢げだったから、覚えていたの」
「質問。小夜子先輩とは仲悪そうだったけど、どういう関係だ?」
めっちゃ仲の悪そうな雰囲気を前回の時(告白事件)に感じたが、今の発言で少し疑問に思えることがある。
絵美と小夜子先輩の関係、それは意外なものだった。
「……小夜子は私の幼馴染よ。いえ、そこに元はついてるかもしれないけれど」
「幼馴染?家が近かったのか?」
「お隣さん、歩いて10秒の距離。さらに言えば、私の部屋の窓の向こうは小夜子の部屋。これが男女なら恋のひとつでも生まれそうな立場関係なの」
嫌そうに答える彼女だが、そこには複雑な事情が込み入っていそうだ。
「ん、でも、みゆ先輩とは面識がないのはどういうことだ?」
「友達の友達と知り合いになる確率は少ないものよ。貴方だって友達の全てに自分の友人を紹介する?違うでしょう?それに私と小夜子の関係は中学時代に悪化していたからね。その辺の事情はあまり話したくないわ」
と言いつつも、彼女は愚痴るように語り始めた。
要すると、小夜子先輩と絵美は中学時代に好きな男の子で揉めたらしい。
同じ相手を好きになるって言うのは珍しい話じゃない。
お互いに初恋同士、一歩も引けない状況は幼馴染の関係に亀裂を入れた。
まぁ、結果は小夜子先輩がその人と交際し始めて、絵美は負けたそうだが。
それからふたりの仲は当然、悪くなってしまった、と。
今でもその件は彼女達の間に影を落としているそうだ。
「私と小夜子の話なんてどうでもいいの。そのロリッ娘が毒舌大和撫子が仲良くなってお兄さんとしては安心でしょう?」
「まぁな。兄貴としては妹の性格を少しでも改善できるのならそれに越した事はない」
みゆ先輩と友人になったと報告してきた天音の表情は本当に嬉しそうだった。
今まで友達と呼べる相手がいなかったからな。
悩みのひとつでも相談できる相手がいるのは心強いだろ。
それがみゆ先輩になるとは俺は思いもしていなかったわけだが。
「これで少しは安心できるよ」
俺は喋りながらも問題を解いていく。
「……これならどうだ?」
「うん、正解。さすが飲み込みは早いわね。次はこちらよ」
絵美の教え方は教師のものより分かりやすい。
頭脳明晰、容姿端麗、誰もが惹かれる女の子。
性格に難がなければ、いや、俺とロリ先輩が出会わなければ今も恋人だったかもしれない。
「……あの子が羨ましくなる。私には仲良くなんてできなかったもの」
「何か言ったか、絵美?」
「いえ、何も。ほら、手を休めない。問題はまだあるんでしょう?数学以外にも科目はあるのよ。時間は限られているわ」
「了解。頼りにしてますよ、家庭教師のお姉さん」
くすっと微笑む絵美に俺は感謝している。
人の縁というものは想像して、どうにかなるものじゃない。
本当に世の中はいろんな出会いの積み重ねなんだと実感していた。
夜になって俺が家に帰ると妹が玄関に駆け寄ってくる。
「あーっ、おかえりなさいませ、貴雅兄様。今日もみゆちゃんとお話していたんですよ」
「そうなのか。ここの所、テスト勉強で会えていないと思ってたらそっちにいたのか」
ふたりが友人になってから数日、携帯電話や直接会って話をしているようだ。
俺は夕食を食べるためにリビングに向かう途中も、妹はみゆ先輩の話をする。
「みゆ先輩と仲がいいみたいだな」
「えぇ。初めてのお友達なんですもの。あ、でも、話していて気づいたんですけど、みゆちゃんは兄様のこと、あまり知らないみたいですわね。誕生日すら教えていなかったのですの?」
「そういうのって機会がなければ話すものでもないだろ?」
「ダメですわよ。彼女は『貴雅って自分の事をあまり教えてくれないんだよぉ』と拗ねていました。恋人なんですから色々と教えてあげればいいでしょう。貴雅兄様には乙女心が分かりませんのね」
天音に軽く注意されてしまったので、俺は肩をすくめる。
色々教えろと言われても、そんな大した人生を送ってきたわけじゃない。
ネタになるような事なんて特別ないぞ?
「普通に生きてきた人間だ。特別に話す事なんてそんなにないさ」
「それでも、女の子は好きな人の事を知りたいものなんです。些細な事でも知りたい、それが乙女ですもの」
「そういうものかね?天音もそうなのか?」
「ふぇ?わ、私ですか?それは、まぁ……」
天音が顔を赤らめる、へぇ……彼女もお年頃なワケだ。
その辺の事情でふたりが仲良くなったのかもしれない。
繊細でピュアな乙女心など男にはいまいち分からないな。
「私、今までお友達なんていらないと思っていました。でも、それはただの我慢でしたのね。やはり、誰かとお話しするのは楽しいものです。今まで気づけなかった事に驚かされる毎日です」
天音は兄から見ても素直じゃない性格だ。
家族に対しては甘えたりと人懐っこい本来の性格を見せるが、他人の前では別人にも思えるくらいだ。
そういう意味では、みゆ先輩の存在は良い意味で彼女に影響を与えるかもしれない。
「彼女のどういうところが気に入ったんだ?」
「みゆちゃんは優しいです。普通の人なら私みたいな捻くれた性格の子だと距離をとるでしょう?彼女はちゃんと真正面から受け止めてくれるんです。まるで姉みたいに思っています」
「自分で捻くれたというな、妹よ。兄は少しばかり悲しいぞ」
俺や兄貴のせいでもあるんだろう、甘えさせてばかりだったからな。
異性の姉妹でもいれば、少しは違ったかもしれない。
可愛く笑う天音、本人が楽しそうなのが1番いい。
「で、今日の夕食は何だ?今日も天音が作ったんだろう?」
「はい、私の手作りなんですよ。明日は調理実習なのでその予行練習です」
「……5日続けてコロッケがメインの食事と言うのも何とも物悲しいな」
「ちゃんと味付けは変えていますのに。兄様は文句が多いですよ」
妹の練習台になってやるのも兄の務めだろう。
例え、調理実習の課題であるコロッケが5日連続朝昼晩と続いたとしてもな……。
俺は苦笑いながらも、美味しそうな料理を眺める。
「悪かったよ。それじゃ、いただくとしよう」
「今日のはアレンジを加えてカレー味なんです。自信作ですわ」
妹はこれからどんな風に成長していくのだろうか。
きっと、その成長にはみゆ先輩が関わっていくのだろう。
「いいお友達ができてよかったな、天音」
「はいっ。貴雅兄様には感謝していますわ」
だが、しかし……俺にはひとつの予感があるんだ。
この流れだと次回から3話ぐらいは俺の活躍はないだろう、と……。
「ん?兄様、何を嘆いていますの?」
「なんでもない。いただきます」
今後のみゆ先輩の活躍に期待しておくとしよう、変な事しなきゃいいけどな。