第14話:竜虎ならぬ子猫対決
【SIDE:初音美結】
日曜日の朝、私は期待に胸を膨らませてある場所に向かっていた。
初、彼氏のお宅訪問……いざとなるとすごく緊張してしまう。
でも、両親は不在みたいなので少しは気負いせずに済むけどね。
「どんな子なんだろう?貴雅に似てるのかな?」
それよりも今回の目的は貴雅の妹の天音ちゃんに会う事だ。
しかし、貴雅からは「少々、口が悪いがその辺は覚悟しておいてくれ。あと、これだけは絶対に言わないで欲しい禁句がある。『そんな性格だから友達がいないんだ』これだけはマジでやめてくれ」と忠告されていた。
彼に書いてもらった地図を頼りに街を歩くと高級住宅街に入った。
「……え?貴雅ってこういう場所に住んでるの?」
しばらくすると目的地に到着、私は驚いてしまう。
『倉敷』と表札がある、間違いなくそこは貴雅の家なんだけど。
まず一言、めっちゃ大きいお屋敷でした……すごいなぁ。
広大な敷地に建てられた和風建築の屋敷、いかにもお金持ちって思う。
もしや、貴雅ってお金持ちの御曹司?
それにしてはあまりにも普通の高校に通ってる気がする。
「よぅ、みゆ先輩。来てくれたか。ちゃんと迷子にならずについたんだな」
インタホーンをならすとすぐに貴雅が家の中から出てくる。
「何よーっ。失礼だね、私は方向感覚はいいから問題なし。それよりもこのお屋敷が貴雅の家なの?すごくない?お金持ちだったんだ?」
「そんな大したもんじゃない。うちは祖父の代までがすごかっただけで、今はこの屋敷も見た目だけさ。某有名財閥の分家ではあるけど。本当にお金持ちの息子ならもっといい生活してるって」
「ふーん。そうなんだ。まぁ、いいや。早く妹ちゃんに会わせて?」
何やらあまり深く追求して欲しくなさそうな雰囲気。
倉敷というお家柄には問題があるのかな?
「どうぞ、今日は妹しかいないから気を楽にしてくれ」
「……天音ちゃんはどこに?」
「話はしてある。客間でみゆ先輩を待ってるよ」
それにしても、本当に和風なお屋敷、こういう家に住んでるんだ。
貴雅が落ち着いてるように見えるのは育ち方なのかも。
私が案内された客間には一人の少女が座っていた。
「貴雅兄様。私に紹介したい人がいると言っていましたけど、誰なんですか?」
漆黒の長髪が印象的な綺麗な女の子、まるで人形みたいに可愛らしい。
それだけじゃない、彼女は薄い青色の着物を着ていて本物のお嬢様に見える。
うわぁ、大和撫子ってこんな子を言うんだろうな。
しかも、貴雅の事を兄様って呼んでるんだもん……育ちもよさそうなこの子が問題児なの?
和服姿のよく似合う彼女は私の顔を見ると、ゆっくりとこちらに微笑む。
「ふふっ、貴雅兄様?もしかして、恋人なんて言いませんよね?」
「あぁ。紹介しよう、俺の恋人で初音美結って言うんだ」
「こんにちは、天音ちゃん。美結です、お兄さんと付き合ってるの」
私が挨拶をすると彼女はじっくりと品定めするような目線を向ける。
その視線が真剣すぎて、私はジッと身体を強張らせてしまう。
「……貴雅兄様、妹として警告しますわ。小学生は犯罪だと思うんです」
「誰が小学生だよっ!……もぐっ」
さっそくの攻撃に私は反論しかえそうとすると、貴雅に口を手でふさがれる。
『いいから大人しくしておけ』と彼の目が語る。
うぅ、現役小学生に「小学生?」と言われた私の心の痛みが分かるの?
「天音の言いたい事も分かるが、こう見えても、高校2年の17歳。人生の先輩だぞ」
「嘘でしょう?冗談はなしでお願いします。どう見ても私の同級生ですわ」
「それが冗談ではない。俺も疑問に思うんだが、学生証ではちゃんと17歳だった」
私はいつでも持ち歩いてる学生証を天音ちゃんにも見せる。
初音美結、生年月日で見れば間違いなく17歳です。
「この学生証、偽造ですわね?」
「さも当然とばかりに言うな、妹よ。残念ながら本物だ」
「……ほ、本当なんですの。世の中は不思議が満ち溢れています」
私の容姿が幼いのは世界の不思議と同等か。
どうやら信じてくれたようだけど……ちなみに私が学生証を持ち歩いているのはよく子供に間違えられるからです。
天音ちゃんはさらに私に対して酷評を連ねる。
「でも、私から見て、彼女は貴雅兄様の恋人にふさわしくありません。大体、お兄様の女性の趣味は悪いんですよ。前も見かけ美人なだけの女性に騙されていました。あれだけ忠告してあげたのに、結局、フラれて……私が思っていた通りの結果になったでしょう。それなのにまた……しかも今度は“コレ”ですの?」
明らかに敵意を持って“コレ”扱い……見た目に騙されたけど、口の悪さはかなりのものだ。
絵美さんが彼女を「2度と会いたくない女の子」と言った意味を理解する。
彼女の時も大変だったんだろう、私は大人の女性として我慢中。
ここで悪口を言い返したらただの子供と同じだもん。
「見た目は幼い、身長も低い……どこから見ても胸の大きいだけの子供じゃないですか。まさか、お兄様にそちらの趣味があったとは思いませんでした」
「俺にロリ趣味はないって。天音、初対面の相手に失礼だろう?」
「あら、私は事実しかのべませんよ。はっきり言って、彼女では私の兄にふさわしくない。そう言ってるだけです」
にゃー、この子、すごくムカッとくる。
怒っていい?もういいよね?
「ふさわしくないって、私は貴雅のことが好きだもんっ」
「好きだから?貴雅兄様、このお子様先輩のどこが好きなんですの?」
貴雅に聞くなーっ、私はまだちゃんと好きになってもらえてないのに。
だけど、ここはいつもの彼に任せておけば……。
「えっと、どこが好きかといわれると……ねぇ?」
貴雅は普段と違い、言葉を詰まらせて考え込んでいた。
妹の前じゃハッタリすら見せられないの!?
「見た目が可愛いところとか?」
「それは否定しませんが、それなら別にこの先輩じゃなくてもいいでしょ」
「……他には?何かあるでしょ、貴雅!」
「貴方は黙ってください。私は兄様に聞いているんです」
ふみゅぅ、年下なのに何か怖いよ。
このお嬢様、着物の帯でも引っ張ってやろうかな……。
「いい所ねぇ。思い返せば返すほど、みゆ先輩って変な子だよなぁ」
「全否定!?ひどいっ、私の事を本気にさせておいて……」
「貴方自身に魅力がないだけでは?貴方が兄様を好きになった出来事はあっても、逆はなかったというだけでしょう」
うっ、するどい……私は貴雅の優しさに惹かれたけど、私はまだ貴雅に好きになってもらうだけの事をしていない。
「図星ですか?当然ですよ、私の兄様は貴方みたいに子供っぽい女性は嫌いなんです」
「うにゅ、私の事を嫌いなの、貴雅?」
「あー、その、だな。好きか嫌いかと問われると、嫌いではなく、だから好きといわれたらそれは違うというか……あっ、俺は少し用事を思い出したからふたりで仲良く話し合っておいてくれ。ではっ」
苦笑いを浮かべて貴雅は部屋から出て行く。
「大事な場面で逃げるな、卑怯者~っ!」
不本意ながらもふたりっきりになったので、私は目の前にいる和服美少女を威嚇するように睨む。
ここから先がホントの勝負、やってやろうじゃないの。
「さっきから聞いていれば好き放題言ってくれたじゃない。大人しそうな大和撫子の見た目でずいぶんと口の悪い子ね」
「見た目のことでとやかく言われるのは、“貴方だけ”にはありませんわ」
「うぐっ。ああいえば、こういう……可愛くないなぁ」
「別にこれが会うのが最後の女の子にどう思われてもかまいません」
どういう意味だよぉ、やんのか、くぉら!
はっ、いけない、子供相手に私は何を本気になろうとしているんだろう。
落ち着いて、ここは大人の余裕を見せ付けてやりなさい。
「残念ね。私はいずれ、貴雅と結婚して天音ちゃんの義姉になるんだから」
「――女の妄想を口にするのは本気で痛いのでやめた方がいいですわよ」
可哀想っていかにも同情するような顔でこちらを見ないで。
えぐっ、私、負けない……負けないもん。
私の大人の余裕は数秒で崩れ去り、再び、一方的に責めの言葉が放たれた。
「私は兄様の恋人だという事すら信じてませんわ。どうせ、彼の優しさにつけ込んで恋人になったに違いありません」
「うん、そうだよ?」
「なっ、自分で認めましたわね?やはり、貴方のような……」
「だって、私はまだ貴雅から好きだって言われていない。彼が私を好きかどうかは微妙だし。でも、未来は分からないじゃない。貴雅は付き合ってるうちに私を好きになるかもしれないって言ってくれた。それまで、私は頑張るんだ」
もしかしたら、それまでに破局してしまうかもしれない。
そんな不安はあるけど、私はポジティブな性格だから気にしない。
必ず、貴雅を私に振り向かせて見せるんだ。
私の言葉に天音ちゃんは語気を強めるようにして、
「貴雅兄様はホントに優しい方ですわ。だからこそ、私は彼に幸せになってもらいたい。……貴方のような人に傍にいて欲しくないんです」
この子、ホントにブラコンなんだと実感する。
私に兄妹はいないからその気持ちは分からないけど、家族を大切に思えるっていいと思うんだ……だからと言って、ここまでひどい事を言われる筋合いはない。
「私は貴雅の事が好き。私が幸せにしてみせるもの」
「自信だけで、そこに確証がなければただの妄想です」
「天音ちゃん……恋愛に確実、絶対なんて言葉はないんだよ」
そう、貴雅が私を好きになってくれる事が“絶対”ではないように恋愛が難しい事を私は身を持って知った。
今だって、頑張っても努力が報われるかどうか不透明だもの。
「天音ちゃんは男の子を好きになった事ある?経験がないんじゃないの?」
「あ、ありますわ。好きな子ぐらいちゃんといます」
おやぁ、顔を赤らめて可愛い反応するじゃない。
「だったら、その子と付き合えた?恋は想いを伝える難しさ、不安、色んな事を乗り越えなくちゃいけないの。現実は思い通りになんていかない。恋愛未経験な天音ちゃんに私を否定する権利はない」
私の言葉に黙り込んでしまう天音ちゃん。
どうやら“恋愛”というワードは彼女に効果的なようだ。
この方向で攻めていけば私にも勝ち目あり?
「そんなこと、貴方に言われなくても分かってますわ」
「分かってないよ。だって、天音ちゃんの想いは片想いだもの。恋は経験、0と1の間には常に大きな差があるの。私は恋愛の経験者よ。まだ挑戦もしてない子に恋の事だけはとやかく言われたくないな」
大和撫子のお嬢様はシュンっと視線を俯かせている。
……あれ、予想以上にダメージを与えてしまった?
天音ちゃんは先ほどの覇気を失い、小さな声で言った。
「だって、仕方ないですわ。相手は私の事を嫌っていて、見てもくれない。どうせ、私の事なんて好きになってもらえない」
「どうしてそんな事が言えるの?」
「分かります。私はクラスで嫌われていますもの。親しい友達もいません。ただ、私があまりにも美人で、育ちが違いすぎると言うだけなのに。私の存在を受け入れられない庶民の子は困りますわ」
いや、その傲慢で生意気な態度が敵を作ってしまうのは仕方ないでしょう?
でも、それは天音ちゃんにとっては大きな問題のようだけど、その性格から何とかすれば?
貴雅が最初に言ってた「そんな性格だから(以下略)」の意味をようやく理解する。
「だから、その子も自分の事を嫌っている?それは確認したことなの?」
「……そんな勇気ありませんわ。可能性としては十分ある憶測です。だって、こんな私の事を好きになってくれるとは到底思えません。私だって、他人から好かれる性格ではない事ぐらい理解しています」
「また、それだ。全部『かもしれない』じゃない。どれもこれも確認すらしていないのに決め付けている。本当にその子が好きなら痛みがあっても挑戦しないとダメ。私だって、貴雅を好きになって色々と大変だった。でもね、失敗しながらも私は少しずつ前に進めてる。怖くても、幸せを手に入れるためにはその痛みは必要なの」
天音ちゃんはこちらを見上げると真面目な顔を見せた。
また何か言い返してくるつもり?と構えるけど予想外の展開を迎える。
「どうしたら、私も貴方みたいに恋を経験できますの?」
私を見下していた態度を改めて彼女は私に頭を下げる。
「……あ、あのっ。私に恋愛を教えてくださいっ!」
彼女はその可憐な容姿で私に詰め寄ってくる。
「私もちゃんとした恋がしたいんです。お願いしますわ、美結先生!」
えーっ、私が天音ちゃんの恋の先生!?
恋を覚えたての初心者がまさか恋を教える立場になるなんてマジですか!?