第13話:初恋は人生に1度だけ
【SIDE:初音美結】
生まれて初めての恋はとても幸せな気分です。
貴雅を好きになった私は毎日が充実していた。
寝ても覚めても、頭の中は彼のことばかり。
まさに恋の病、恋わずらい状態……だって、初恋なんだもんっ。
自分がこんな風になるなんて想像もしていなかったな。
授業中でも机に寝そべりながら彼を思う。
これが4時間目だから次は昼休憩、貴雅に会える。
早く会いたいなぁ……あと20分が待ち遠しい。
ちなみに受けているのは数学の授業。
私はこう見えても頭がいいので、適当に授業を受けてもテストの点は大して変わらない。
「……こらっ、初音!お前はまた授業中に寝て、いい加減にしろ!」
でも、ぼーっとしていたらいつのまにか真横にいた先生に注意されてしまう。
ついでにポカっと教科書で頭を殴られる、角は痛いよぉ。
「なんだ、文句でもあるのか?成績優秀だからって、先生の授業を真面目に受けなかったお前が……」
「うぅ、先生が暴力振るったぁ……ぐすんっ」
私が涙をぬぐうような泣き真似をすると教室中がざわめく。
泣き真似するのはオーバーだけど、ちょっと痛かったし。
「ひどいな。美結ちゃん、殴ったよ。教師としてというより人間として最低だ」
「可哀想じゃない。ホントに先生だからって暴力が許されるって思ってるわけ?」
「初音さんに謝れよな。我らのアイドルに暴力を振るうなんて許さん」
周囲の生徒からの集中砲火、先生は顔を青ざめさせていく。
このクラスはほとんどの子が私の事を好いてくれている。
さすがにクラス全員からの言葉の攻撃に先生は追い込まれていく。
「そ、そんな目で皆、私を見るな。なぜ、不真面目な生徒を注意しただけで……いや、だから、お前ら……も、もう何も言わないから私を責めるな。ごめんなさい」
先生は分が悪くなり、私に謝罪して逃げるように教壇に戻る。
教師という仕事も大変ですねーっ、と私が言ってみる。
「ありがとう♪」
私が皆に微笑むと彼らは嬉しそうに笑顔に包まれる。
「いやぁ、美結さんのためならこれくらい何て事ないよ」
「そうそう。初音さんは私達クラスのマスコットキャラだからね」
常に守ってもらえる私って皆から愛されてるね、うふふっ。
と、私が4時間目を無事に乗り切ったので、チャイムと同時に貴雅に会いに行く。
そんな私を数学教師が何の権利があってか呼び止める。
「ちょっと待て、初音。昼休みの前に少し職員室に寄れ」
「え?今からですかぁ?……まさか、さっきの注意の続き?」
ジロッとクラス中の視線が再び先生に向けられる。
「ち、違う。あれはもういい。それとは別件だ、あと西村と河崎も職員室まで来い」
「はぅ、急いでるのに~っ」
どうやら、別の問題で呼ばれたみたいだ。
私は渋々、職員室に行くことになってしまう。
後わずかに迫った期末テスト、私は毎回、それなりにいい点を取ってるつもりなの。
でも、前回は数学でちょっとミスして平均点をさげた苦い思い出がある。
てっきり、その事かなと思ったら、クラスに渡しておいて欲しいプリントを渡されただけ、私じゃなくてもいいじゃないっ。
あれか、これはさっきの件での嫌がらせに違いない。
おにょれ、先生め……覚えておいて。
私がつまらない用事で職員室から戻ってきたら、昼休憩に入って15分が経っていた。
貴雅を待たせたままなので、急いで私は彼の教室に向かうことにする。
「お待たせ、貴雅っ。ごめん、先生に呼ばれて……いて?」
彼の教室に貴雅を昼食に誘う私、そこで見た光景は驚きを隠せなかった。
「……あら、恋人さんが来たみたい。それじゃ、私はこれで戻るわね」
「ありがとう、助かるよ。正直言って、今回も協力してくれるとは思わなかった」
「私は今でも貴雅の事は後輩としていい関係を築いてるつもりよ。こういう時は頼りにして。じゃあね、貴雅。他の科目はまた近いうちに教えてあげるわ」
私の目の前にいる女、それは貴雅の元恋人の沢近さんです。
私にとっては天敵、だって、めっちゃ貴雅好みの大人の美女なんだもんっ。
はっ、この人、また私の貴雅に何か仕掛けようと……?
私は危機感と警戒心をむき出しに彼女たちに近づく。
「ふふっ、可愛い顔してるわね。怒った顔も素敵よ、美結さん」
超余裕の表情で含み笑いを浮かべて私の横を通り過ぎていく。
ガーンっ、何だか乙女として負けた気分。
私は貴雅に詰め寄ると、事の詳細を聞き出す。
「何であの人が貴雅と仲良くお話してるの?」
「何でって勉強を教えてもらっていたんだ。もうすぐ期末試験だからな。付き合ってた頃からお世話になってたんだが、今回はダメかなと思っていたら快く承諾してくれた。絵美は優しい先輩だよ」
絶対に違うから、思いっきり下心ありだからっ!
私は通りすがる瞬間の挑発的な笑みを見たもの。
うぅ、まだ貴雅は彼女に狙われているの?
「不満顔だが、どうした?みゆ先輩が気にする事でもないだろ?」
「気にするよ。だ、だって、私達は恋人なんだから」
「それもそうだな。それじゃ、みゆ先輩が教えてくれるのか?」
「人に教えるだけの頭はあるけど、沢近さんより賢いかと言われると、うぅ……」
私が言葉を濁す理由、それは彼女が学年首位で私は10位以内という成績の差。
悔しいけど、私が教えるよりも沢近さんが教える方が貴雅のためになる。
ちくしょーっ、今度のテストでは1位になってやるんだからぁ。
私は嘆きながらも納得する事にした。
「別に今さら復縁どうこうじゃないから安心してくれ?いいな?」
「不愉快だけど、理解したくないけど……納得します」
ごめんね、貴雅……えぐっ、私がもっと頭がよければよかったのに。
やっぱり、沢近さんは私のライバル、今度こそ完全に倒すという決意をする。
時間もあまりないので、今日は貴雅の教室でお昼を取ることになる。
年下の子のクラスで食事なんて、めっちゃ浮いてるけど、気にしない。
まぁ、私達の交際もそれなりに認められてるので前ほど騒がしくないし。
一時は一緒にいるだけでも相当騒がれて、大変だったの。
「みゆ先輩は相変わらずの小食だな」
「あれ?貴雅は今日、お弁当なんだ?可愛い女の子の手作り弁当……って、え!?」
明らかに親が作ってくれたものじゃない、女の子の手作りお弁当だ。
しかも、両親共働きという貴雅がお弁当なんてかなり珍しい。
「恋人という私を差し置いて、誰が作ったの?言ってみなさい?」
私が問い詰めると彼は苦笑いをして、素直に答えてくれた。
「あぁ、これか。これは妹の手作り弁当。何でも近いうちに調理実習があるらしくて、そのための練習で今週はずっと弁当を作ってくれるんだとさ」
「貴雅って妹がいるんだ?どんな子なの?可愛い?っていうか、いくつ?」
「質問はひとつに絞ってくれ。……世間では可愛いと呼ばれているぞ。あと、歳はだな……小学6年生だ」
彼は言いにくそうに私に言うと、一応、私は話の流れで聞くだけ聞いてみる。
「ちなみに妹ちゃんの身長の方は?」
「この前、150センチになったと喜んでいた」
「ふぇーん。どうせ、私は現役小学生より身長が低いですよーっ」
今日は何だかショックなことばかり続いている。
本日の運勢がそんなに悪い日なのかなぁ。
私は気を取り直して妹ちゃんの話をする事に。
「妹ちゃんはお料理上手なんだ?」
「どうかな。料理するのは好きみたいだ。昔から失敗作を兄貴に食わせていたっけ」
これはかなり作りこんでると思う、見た目もいいし、美味しそうなお弁当だもん。
こういうの作ってきたら貴雅も喜ぶかな?
「妹ちゃんとは仲がいいの?いいお兄ちゃんやってる?」
「うちの妹はもう少し兄離れして欲しいくらい。まぁ、妹が誰よりも仲がいいのは兄貴だけど今は大学生でいないから」
「お兄さんもいるんだ?貴雅は3人兄妹の真ん中なんだね」
私は1人っ子だから兄妹とか羨ましいな。
お弁当を食べながら彼は兄妹の話をしてくれる。
貴雅の妹の名前は天音(あまね)ちゃんって言うらしい。
お気に入りのお兄さんがいなくなって、天音ちゃんは彼にべったりで、お兄さんの分まで甘えてるみたい。
なるほど、彼が私に対して優しいのは天音ちゃん相手で慣れてるからかも。
絶対にいいお兄ちゃんだよ、彼が私の兄ならブラコンになるに違いない。
「今度、天音ちゃんに会わせてよ。どんな子か気になる」
何気なく言ったら、彼はハッと表情を変える。
何だかものすごーく嫌そうな顔をしてるけど、もしやワケあり?
「あー、やめといた方がいいんじゃないか?」
「それはどういう意味よ?私じゃダメなの?」
「ダメというか、なんと言うか。経験談で言うのならば、絵美に会わせた事があるんだが、『もう2度とあの子に会いたくない』と言わせたほどだ。兄の俺が言うのも何だが、親しくなる女の子が極端に好き嫌いが激しくてな」
性格に難があるらしくお友達も少なくて、人付き合いの不慣れさは兄として心配してるみたい。
人付き合いが苦手な子ってよくいるし、特別に変な事でもない。
「沢近さんが会って、私が会っていないのは不公平だよ。ちゃんと私も会いたい」
「後で悔やんでも知らないから。どんな悲惨な結果になっても俺は一切の責任は持てない。それでいいなら、紹介くらいするけど……ホントに後悔する結果になると思う」
貴雅は真剣な顔をして「やめておいた方がいい」というから余計に気になる。
「いいよ、後悔しないし、自己責任でいいから会わせて?」
「はぁ。みゆ先輩の性格で引くわけないか。俺って余計な事を言ったな。どうなっても知らないぞ」
彼は天音ちゃんに会わせるが嫌みたい。
そこまで気が重くなる理由が分からない私は逆に期待している。
どういう妹なのか、気になって仕方がない。
「……あっ、予備鈴がなった。私、もう教室に帰るね」
「あぁ、妹の話はまたメールで連絡するよ」
「うん。楽しみにしているから、天音ちゃんによろしくっ」
先ほどから貴雅の表情が重たいと言うか、辛そうに見えるのは気のせい?
その表情を理解するのは3日後の事だったのにゃ……にゃ?