第12話:私を好きになりなさい!
【SIDE:初音美結】
生まれてから17年、男の子を好きになった事もなかった。
初恋はいつかするとは思ったら、“いつか”なんて中々こない。
高校になれば恋人くらいできるはず、でも、告白はされるけど、身体目当てで誰一人私を好きだって人はいなくて。
恋人くらい簡単に作れると友人に見栄を張って、初めて私は現実に気づかされたんだ。
私は自分から恋するために行動した事がなかった。
これは運命、貴雅に出会ってから私は色んな事を知っていく。
人を想う事、好きって気持ちが何なのか。
恋は身体を、心を熱くさせるものなんだ。
心の底から溢れ出す、自分では制御できない強い想い。
それが恋だと私は知ったのは貴雅とのデートのクライマックス。
乗っていた観覧車は頂上に達して、窓から差し込む夕陽が眩しく見える。
狭い室内、私は貴雅に抱きついて身体の火照りに戸惑う。
「貴雅。私は今の今まで知らなかったことに生まれて初めて気づいたの」
恋愛は恋だと気づいた時から始まる。
「私は貴雅が好き、大好き……。私の中で初恋が始まったんだ」
動き出すのは小さな想い、やがてそれは私の心を大きく膨れ上がり満たすんだ。
好きだって思いを伝えても貴雅は何も言わない。
この沈黙は私にまるでキスしてもいいと言う合図にさえ思える。
唇が触れ合うほどの間近に顔がある。
“ファーストキス”。
貴雅は私が彼を好きになったらキスをしてもいいと言った。
それまではしちゃいけないものなんだって。
「最初のキスは私から」、それが2人の間にあるルールだったの。
今こそ、初キスの大チャンス。
だって、普段は身長差があってこんなに間近で顔を見合わせることもないもん。
貴雅って男の子らしい顔つきだけど、結構可愛いかも。
そうだよね、まだ高校1年生、男としての成長はこれからだ。
ふぅっと心を落ち着かせるように深呼吸して私は再びその唇に目を向ける。
密着状態で体温上昇中、冬で寒いはずなのにここの室温ちょっと高くない?
見つめ合う瞳と瞳、ゆっくりと唇を近づけていく。
……あっ、で、でも、キスってどういう風にするの?
ドラマだと唇を重ねるだけに見えるけど、呼吸法とか全然分からないし。
そういえば、よく歯が当たって痛いとか漫画のシチユとかであった。
わ、わかんないよ、初めてだから、ドキドキ……。
いざ、自分からキスをすると思うと未知の世界に足を踏み込むみたいで謎だらけ。
こういうのは経験者の貴雅にしてもらうべきなんだ。
おねだりでもしてみる?
『……貴雅、して?(はぁと)』
だ、ダメぇ、絶対に言えないし、言ってる自分を想像したくないっ!
そもそも、今でさえ恥ずかしいのにこれ以上、恥ずかしくなると死んじゃう。
ふにゃー、どうすればいいのぉ。
「さっきから何をにやけたり、嘆いたり、百面相をしてるんだ?」
「ち、違うの、これには深いわけがあるの」
私は1度タイミングを改めるべく、彼から距離を取る。
うぅ、ファーストキスは手強いです。
貴雅は私の行動を不審がることもなく、先ほどの言葉に話を戻す。
「で、好きっていうのは本当なのか?」
「え?あ、うん……私は貴雅が好きなんだ、多分」
「……それは恋じゃないぞ、先輩」
「こらっ。人が真剣に恋心を実感しているのに否定するなぁ」
貴雅は私の頬をむにっと引っ張った。
ふぇ、いきなり何するのっ!?
「俺が好きだっていうのが本当ならば、先輩が恋をしてると言うわけだ」
「にゃによぅ、いひゃいじゃにゃにの(何よ、痛いじゃないの)」
「……ホントに恋してるのか?雰囲気に流されただけじゃないのか?」
「ちゅがう、ふぉんとにしゅきなんだもんっ(違う、ホントに好きなんだもん)」
私の頬を伸ばしたりして遊ばれると彼はようやく指を離す。
そんなに痛くないけど、からかれる理由が分からない。
好きだから好きって言っただけなのにーっ。
貴雅が意地悪なのは知ってるけど、こんな時まで……ん?
その時、私は気づいてしまったんだ。
そっぽ向いて視線を逸らす貴雅の頬がほんの少しだけ赤らんでいる。
それは夕陽のせいでも、目の錯覚でもなくて。
もしかして、照れちゃってるの?
私相手に貴雅がそういう素振りを見せるなんて。
いつも余裕ぶって上から目線、さらに言えば私を子ども扱いばかりする男の子。
そんな彼の照れる顔がやっと可愛い年下の男に見えたんだ。
「ふふっ、そうか。貴雅、私に好きだって言われて照れてるのねぇ」
「なっ!?そんなわけないだろ。ロリ先輩に好きって言われたくらいで照れるか」
「隠さなくてもいいのよ。お姉さんの魅力にメロメロだと素直になりなさい」
「ある胸をはって、えらそうにするな。だ・れ・が、意識してるって?ロリ先輩のクセに生意気だ」
そういいながらも彼は顔を手で隠してしまう、可愛い所もあるじゃない。
やっぱり、私は貴雅が好きなんだと思う。
だって、今、この瞬間、目の前の彼が愛しく思えるんだもの。
「――何度でも言うよ。私は貴雅が好きなんだ。恋してるの」
貴雅は手で顔を隠したまま、静かに私に語りかける。
「それがホントに恋だとしたら、このデートにもそれなりの意味はあったわけだ」
「うん。初めての恋、人を好きになるって意味も分かったの。だから、キスして?」
言っちゃったよ、私。
勢いに任せて自分の口から出た台詞に今度は私が頬を紅潮させてしまう。
「……ちょいと待て、みゆ先輩。世の中には両想いと片想いって言葉があるんだ」
「私の片想いだっていいたいの?何よ、私を好きになりなさいっ!」
「相変わらず、無茶苦茶だな」
「私だけ好きになるなんてずるいじゃない。貴雅が私を好きになればいいでしょ?」
今さらごちゃごちゃ言うなんて貴雅らしくない。
私は別の理由があるんだって気づいたんだ。
……緊張してるんだ、貴雅だって私と同じなんだって。
私のことをちゃんと意識してくれている。
もうすぐ観覧車が終わっちゃう、キスするなら今しかない。
キスをするのは大変だよ、でもね、私はそれでも……。
「好きだよ」
溢れていく愛しさの気持ちのままにキスがしたい。
貴雅との思い出が欲しいんだ、初恋記念だもん。
ありったけの勇気を込めて、私は貴雅にキスをしようとした。
それは一瞬の出来事、私がするよりも先に彼から唇を触れさせてくる。
「……んぅっ」
初めてしたキスの味はレモン味でもなかった。
だけど、その行為は私に幸せをくれたの。
ずっと羨ましかった、愛されるという証。
私は今、大好きな男の子とキスしてるんだ。
「……っ……んぁ……けふっ!?」
だけど、恋愛初心者の私はキスの最中に呼吸をするの忘れて(呼吸法が分からず)、思わずむせてしまう。
どうしよう、キスを失敗してしまった……あぅぅ。
唇が離れると気まずい雰囲気がふたりの間を流れていく。
「……うわっ、もうやだぁ、恥ずかしいよぉ」
まさかのキスの失敗に穴を掘ってそこに入りたい気分。
超がつく恥ずかしさ、でも、貴雅はそれを笑って誤魔化す。
「ふははっ。何だよ、それ。みゆ先輩らしすぎ」
「わ、笑うなぁ!私だって初めてなんだからしょーがないじゃんっ」
「分かってるって。あははっ、面白いよ。今度、ちゃんとしたキスの仕方を教えてやるから。みゆ先輩は俺の期待を裏切らないな。可愛いぞ、先輩。よしよし~」
ぽんっといつものように私は彼に頭を撫でられる。
ムカつくと私は唇を尖らせるけど、これが彼の気遣いだと知っている。
この失敗、貴雅じゃなければドン引きされてるかも。
彼はあえて笑う事で、嫌な雰囲気ごと、流してくれたんだ。
年下の男の子なのにホントに頼りにしちゃってるなぁ。
「……むぅっ。私を子ども扱いするにゃー」
「そう拗ねるな、みゆ先輩。可愛い顔が台無しだ。……さて、次は俺の番だな」
「え?それはどういう意味なの?」
尋ね返すと彼は赤い夕陽を背に優しい声で言う。
「みゆ先輩は恋を知ることが目標だった。それを今日、達成したということは俺がみゆ先輩を好きになる。それが次の目標になったわけだろ?」
「私を好きになってくれるの?」
「それができるかどうかはみゆ先輩の頑張り次第さ。今の俺の先輩の評価は恋ではないぞ。生意気なのに憎めない可愛い感じが近所の小学生を連想させるし、何より俺は大人の女性が好きなんだ」
「ちょっと、それはひどい!私、小学生じゃないのにっ!!」
絶対に私を好きにさせてやるんだ。
むしろ、私なしじゃダメなくらいにしてみせる。
私は決意を胸に秘めて、観覧車が残り僅かな時間を彼に甘えて過ごす事にした。
初めてのデートは大成功。
恋を知り、キスもできたし、貴雅の良さを再確認できた。
しかし、私にはまだ難題が待ち受けている。
自分が人を好きになるのはそれほど苦労はしない。
でも、逆に自分を好きになってもらうのは難しいんだって。
まだまだ恋愛のスタート地点に私は立ったばかりなんだ。
これからが本番、頑張って貴雅の心を手に入れてみせる。
私の恋愛、ファーストフェイズは無事にクリア。
難題ばかりのセカンドフェイズの始まりはすぐそこまで来ていた。