第11話:ロリ先輩、恋を知る時
【SIDE:初音美結】
遊園地デート、私にとって貴雅との初めてのデートなんだ。
恋人になって2週間が過ぎて、未だに唇同士のチューはしていない。
私は貴雅を好きになりかけている。
それは彼の元カノが出てきた時に本気で奪われたくないと思った事から実感したの。
でも、恋を知るにはまだ経験不足。
なので、今回はデートをしてみる事にしてみました。
それにしても、初デートをして改めて“経験”ってすごいなと思う。
私なんてはしゃいでいないと緊張しちゃってどうしようもないのに、貴雅はいつもと変わらない様子で私と接していた。
「おい、みゆ先輩。次のジェットコースターは大丈夫なのか?」
「ここのは怖いらしいけど、ジェットコースターは好きだから大丈夫!」
「いや、身長が足りているかの心配なんだ。おっ、140センチ以上だって。みゆ先輩の身長でも大丈夫そうだ」
「そんな心配はしなくていいっ!」
このように貴雅はちょっと意地悪だったりする。
でも、私は彼が優しい事は誰よりも知ってるの。
普通の男の子なら私の我がままに付き合ってくれたりしない。
「きゃーっ。超楽しい!」
コースターに揺られながら隣の貴雅を見る。
彼も別に苦手と言う様子もなく、こちらと視線があった。
「……この上りが終わった後が1番ヤバいから覚悟しておけよ?」
「ふーん。そんなの余裕よ、受けて立つわ」
私は上昇を続けるコースターに楽しみを抱きながら、しっかりとレバーを握る。
次の瞬間、コースターは急降下して円を描くように一回転した。
落差のあるスピード感がたまらない。
やっぱり、ジェットコースターは迫力あるし、スリルが最高だよね。
一周を終えた後、私は貴雅に「もう1度、乗ろうよ」と誘う。
それがあんなことになるなんて。
――数十分後。
私はジョットコースターから降りてふらついていた。
「あぁ、頭がぐらぐらする~。目が回るよぅ」
「そりゃ、3回もジェットコースターに乗り続けたら酔うだろ」
あまりにも楽しくて何度も乗ったのが間違いだった。
これがデートだってことも忘れちゃったし、貴雅は2回目でやめたから普通に平気の様子、私だけバカみたいじゃない。
私は気分を悪くして貴雅に介抱される。
「ほら、飲み物を買ってきたぞ。オレンジジュースでいいんだな」
「ありがとう……」
「とりあえず、寝るなりして休め。落ち着いたら楽になるはずだ」
私はベンチに寝転がると、貴雅が膝枕してくれた。
まずは額に缶のジュースをのせて冷やす。
「気分はどうだ?」
「冷たい~。でも、気持ちいい。……貴雅、ごめんね」
「こんな事は何でもない。先輩ならいつかバカすると思っていたしな」
「そんなの予想しなくていいよ。あぅ……」
怒るでもなく、呆れるでもない彼は私が安心するように優しさで包み込んでくれる。
……私には貴雅を好きになるという目的がある。
だけど、それは適当に彼氏が欲しいからじゃない。
貴雅を好きになっても後悔しない、確信が私の中にあったからだ。
迷惑とか思われたら嫌だけど、今のところ彼に私を嫌悪する感じは受けない。
このまま甘え続けることが悪い事だというのは分かっている。
でも、私には貴雅に甘えることがひとつの幸せだったりするんだ。
「ふにゃっ!?」
いきなり、貴雅が私の頬に触れてびっくりした。
「あ、悪い。驚かせたか?いつまでもこいつを乗せたら温くなるだろうって」
頭を冷やし続けていたジュースを私に手渡す。
少し休んだおかげもあって、気分も調子もずいぶんと楽になってくる。
「貴雅、身体を起こしてくれない?」
「はいはい。これくらいでいいか?」
私は貴雅に肩を預けるような格好で恥ずかしくなる。
今までも十分照れるんだけど、本物の恋人みたいに寄り添うと気持ちが高ぶる。
私はオレンジジュースの蓋を開けて飲み始めた。
「ん、ちょっと復活。もう大丈夫かも。次の所にいこうよ」
「おいおい、無理はするなよ?」
私の心配をしてくれる貴雅に悪い気がする。
初めてのデートなのに私って何してるんだろう。
「ホントに大丈夫よ。その代わり、貴雅に手を繋いでもらうけど」
「はぁ、それならしばらくは軽い奴で行こうか。これなんてどうだ?」
彼が指差したのはメリーゴーランド、子供が楽しそうに乗って遊んでいる。
彼がにやっとするので私は不機嫌そうに言う。
「はっ、そうきますか。貴雅は意地悪さんだよ。子ども扱いしないって約束したでしょ」
どうせ、私にはメルヘンチックがお似合いです。
自分の髪をいじりながら拗ねると貴雅は否定する。
「……違うって。その横だ、横。さすがに俺もみゆ先輩にアレに乗れとは言わない」
「その横……?ふぇ?だ、ダメっ!!あれはもっとダメ!」
その横はもっとひどい、だって大嫌いなホラー系なんだもんっ。
ボートに乗って、水の上を進んでいくタイプのアトラクション。
それにホラー要素なんて足さなくていいのに。
「何だよ、ザブンッと水しぶきがなるタイプじゃないぞ?ゆっくりと進むから大丈夫だって。……それとも、あれか?ホラー系ダメなのか?まさかそんなわけないよなぁ?みゆ先輩、大好きだろ?」
「べ、別に怖がりなわけないし!ただ、ホラーなんて時期じゃないでしょ。あれが楽しいは夏だけよ。冬にホラーなんてつまらないもん。そうよ、時期はずれなものにわざわざ乗る事なんてないわ」
「……真冬にマイナス温度の世界を体験させたのは誰だ?いいから行くぞ」
ふにゃー、連れて行かないでよぉ。
抵抗むなしく、手を握ってるために逃げられない。
分かっていたけど、時期はずれと水物という事で人気もなくすぐに私達の番が来た。
うぅ、暗いの怖いよ、お化け嫌いだよぅ、ぐすっ。
今さら怖がっても仕方ない、私は貴雅の腕にすがりつきながら、
「……ねぇ、ここってどういうコンセプトなの?」
「水をテーマにしたホラー系で幽霊だったり、化け物だったりが襲ってくるんだ。時々、ボートが揺れたりして結構面白いんだぞ。……怖いのか?怖いなら抱きついてくれ、胸を押し付けるようにしてな」
「ふざけるな。怖くなんかないわよ。ただ、まだ疲れてしがみついてるだけなんだからねっ」
ぎゅっとすると彼はくすっと笑い、「そういう事にしておきますか」と言った。
胸を押し当ててとか言うし、私が怖がるの楽しんでいるに違いない。
問題のアトラクションは、子供っぽいお化け屋敷だと思っていたらボートに迫ってくる幽霊やお化けが本当に夏向けホラー映画並に怖くて震えまくる。
バカぁ、こんな事にお金かけてリアルに作らなくてもいいじゃない。
ふぇーん、怖いよ、怖いよ……また変なのが出たっ、もうやだぁ。
ガタガタとボート自体も激しく揺れて、雰囲気を誘い出す。
「……たかまさ……貴雅ぁ……うぅっ」
「大丈夫だって。俺はここにいるから安心しろ」
貴雅はずるいの、だって、意地悪するくせに助けを求めるとすぐに優しくするんだもん。
落ち着いた声で私の身体を抱き寄せてくれる、ホントにずるいよ。
半泣き気味の私は出口にまで、恐怖と戦いながら貴雅の温もりを感じていたんだ。
デートも終盤、最後のアトラクションは夕焼けをバックに観覧車に乗る。
絶対にこれははずせないと最後に持ってきた。
だって遊園地デートっていったらこれでしょう、少女漫画とかで憧れてたんだぁ。
告白シーンだったり、キスシーンだったり、この密室は何でもOKな不思議な空間。
高所恐怖症ではないので、のんびりと景色を見下ろす。
「……先輩は自分が苦手なら素直になった方がいいぞ?」
「そうだね。じゃないと意地悪な彼氏に悪戯されるものっ」
「ははっ、そうそう。ついからかいたくなっちゃうんだよ。みゆ先輩って可愛いから」
貴雅の笑う声が室内に響く、ムカつくけど憎めない。
だって、そこには悪意なんて微塵もなくて……。
こちらに向けられる視線そのものが愛しさに満ちてるんだもの。
私は窓に手を付いて真下の景色を眺める。
高いだけあって、遊園地の全てが見下ろせる。
「夕焼けって本当に綺麗だけど、こういう場所は夜景の方がいいのかな?」
「俺は夕焼けの方が好きだな。先輩はどちらの方が好き?」
「私も夕暮れの朱色一色に染まる方が綺麗だと思う」
文字通り、ふたりっきり……これまで以上に私もドキドキしてしまう。
「もう、これが終わったらこのデートも終わりだな。初デートはどうだった?」
「……楽しかったよ。途中アクシデントはあったけれど、すっごく満足した」
だから、こんなにも終わるのが寂しく感じる。
――寂しいんだ、本当に胸に寂しさが込み上げてくるんだよ。
でも、寂しいのはデートが終わることじゃない。
そうだ、私は貴雅と離れちゃう事が寂しいんだ。
今日一日でたくさんの貴雅の表情を私は知った。
優しさも意地悪な所もたくさん見てきた、彼と接している時間はとても満たされる。
この観覧車が地面にたどり着いたらデートは終わってしまう。
そうしたらまた明日、学校でしか会えなくて。
今と言う時間の愛しさ、もっとゆっくりと時が進んで欲しいと願う心。
これは何なの、どうして私は……。
「みゆ先輩、何かボーっとしてるけど遊び疲れたのか?」
「……貴雅はどうだった?私とデートして楽しかった?」
「そりゃ、予想通りな事もあったけど、概ね楽しませてもらった。俺って遊園地でデートするの初めてだからな。絵美とのデートは買い物や映画とかそんなのばっかりだったからさ。こういう風にデートするんだって思った」
彼の元恋人である絵美の話に私の心はチクリと痛む。
彼の口から他の女の子の名前が出るのは嫌だ。
これは“独占欲”……思い出を作りたい、私と一緒の思い出をもっと作って欲しい。
貴雅とたくさんの時間を一緒に過ごして行きたい。
「……貴雅は優しくて、男の子なのに気配りできるし、頼りになるよね」
「ん、何だよ。いきなり俺の事を褒めるなんて」
「私との付き合いだって無視する事できたはずじゃない。それなのにこうしてデートまで付き合ってくれるのはどうして……?本当に脅したくらいで付き合ってくれるわけないもん」
彼には私に絡むこと自体、メリットなんてほとんどないはず。
メリットと言えば私みたいに可愛い美少女と付き合えることだけ。
それは自慢は出来ても、彼自身を満たすことには思えない。
貴雅は交際相手に形ではなく愛を求めている事を知っているから。
脅したくらいでこんな風に付き合う義理なんて何一つないんだ。
私の疑問を貴雅は今さらとでも言いたそうな顔をして、
「放っておけないんだ。理由と言うのならばあまりにもみゆ先輩が純粋だから。自分でも不思議なくらいに、みゆ先輩と絡むのは嫌じゃない。恋愛は置いといても、先輩の笑顔を見ると和む。俺はみゆ先輩の笑顔が好きなんだ」
「それが……理由なんだ?私の笑顔……ふにゃぁ」
高鳴り続ける心臓の鼓動、ドキドキがおさまらない。
私は今、ものすごく顔が赤いに違いない。
貴雅と離れたくない、ずっと一緒にいたい、この寂しさは楽しさを知るからこその感情。
……楽しい時間に終わりを告げたくない。
必然だったのかもしれない。
私がこの気持ちに目覚めて、実感してしまうことは。
ずるいなぁ……本当にずるいよ、貴雅。
「みゆ先輩、もうすぐ頂上に辿り着くぞ。みて見ろ、人がゴミのようだ。なんて名台詞を言いたくなる」
「……景色よりも私を見て欲しいな」
「え?何か言ったか?……みゆ先輩?」
私は思わず自分から貴雅の身体に抱きついていた。
アクシンデントでもなく、自分の意思で彼に正面から抱擁するのは初めてだ。
私の鼓動の速さが彼に伝わってしまうんじゃないか。
そんな事を思いながらも男の子の身体を強く抱きしめる。
「私は今の今まで知らなかったことに生まれて初めて気づいたの」
そう、この溢れ出す気持ちの名前は……。
「私は貴雅が好き、大好き……。私の中で初恋が始まったんだ」
眩しいくらいに輝く夕陽が私たちを穏やかに照らす。
初音美結、人生17年目にして初めての恋心が芽生えた瞬間だった。
――そして、間近に迫る貴雅の顔、その唇に私の視線は自然と向けられていた。