第9話:ロリッ娘にお仕置きを
【SIDE:倉敷貴雅】
冬独特の寒さも、唯一身体の温もる太陽の日差しも、今の俺にはどうでもいい。
中庭に向き合う2人の人影、ひとりは俺でもうひとりは……。
「久しぶり。こうしてまた貴方に呼ばれるなんて思ってもいなかったよ、絵美」
綺麗にウエーブがかった長髪、強気なその瞳にかつての俺は惹かれていた。
俺の元恋人だった先輩、名前は沢近絵美という。
俺の好みの美人で、向こうから告白された。
初めて付き合いだしてから半年、破局を迎えた先日まで俺の心を支配してた女性。
そんな彼女が再び、俺の目の前にいる。
「同じ学校なのだから、こうして会う事くらいはあるわ。でも、今日は貴雅に用があって呼び出したのよ。本当に来てくれると思わなかったけど」
「呼び出されて、興味くらいは持つだろう?喧嘩別れしたんじゃないだから」
相変わらず、色気ある大人らしい雰囲気を持っている。
やっぱり、年上のお姉さまって感じだ。
俺の好みど真ん中、どこかのロリ先輩とは大違い。
「それで、絵美が今さら俺に何の用事なんだ?」
あっさりとフラれてしまったので、もう話すこともないだろうと思っていた。
それが先ほど「貴雅にもう1度会って話がしたい」と連絡が来たんだ。
そのメールをもらった時、自分の中にわずかな期待を持ってしまったのも事実。
だから、こうして俺は彼女に会いにきた。
絵美は俺に近づくといきなり抱擁をし、甘い声で囁いた。
「……ごめんなさい」
「え?」
「貴雅、私がバカだったの。あんなエセ占い師の占いごときで貴方との関係を解消したこと、今、すごく後悔している」
どこぞのロリ先輩と違い、絵美は170センチというモデル体型のために俺と並んでも違和感がない……みゆ先輩だと正直、身長差がありすぎだからな。
「私、貴方と別れて分かったのよ。どんなに貴方の優しさに私が救われていたのか。私は貴雅じゃないとダメなんだって……自分勝手、今さら、そう言われるのは仕方ないと分かっているわ。でも、言わせて欲しい」
絵美は豊満な胸を俺に押し付けながら、その想いを口にする。
「私はまだ貴雅のことが好きなのよ。どうしても、この想いを捨て去る事なんてできなかった。私には貴方が必要なの、お願い……私とよりを戻して欲しいの」
まさかの復縁宣言に俺はびっくりした。
彼女の方から恋人に戻って欲しいなんて……。
それでも、俺はその返答に困ってしまう。
「だが……俺は今、別の子と既に付き合っているんだよ」
「初音美結。彼女のことは知っているわ。でも、本当に彼女でいいの?貴雅相手にあんなおチビさんじゃ犯罪でしょう?」
「それは否定できないな」
すまん、みゆ先輩、それだけは否定できない。
くすっと絵美は微笑みを見せて、俺をベンチへと誘う。
俺が座るとその横に方を預けてくるようにして座る。
「最初、貴雅が初音さんと付き合うと聞いてびっくりしたわ。いつのまにロリコンになったんだろうって。よく考えて見ればあんなロリ系は貴雅の好みじゃない。違う?」
「あぁ、好みかどうかと言われたら、彼女は好みではない」
……胸の大きさは別として。
いや、あれはちょいと裏技的な反則みたいな?
もちろん、女の子としては可愛い方だが、あくまでも個人的な好みの問題だ。
「それならどうして、2人は付き合ってるの?愛していると、言えるのかしら?」
「……」
愛してる、俺とみゆ先輩はまだその域に達してなどいない。
世間的に見れば俺達の関係は恋人でも付き合っているとも言えない。
「もう1度、私と付き合ってよ。今度は勝手な想いで別れたりしない」
「気持ちは正直にいえば嬉しい……けれど」
「考えるまでもないんじゃない。私ほど魅力的な女にこれから先、めぐり合える事なんて確立的に少ないわ。さっさとあの子なんて別れて、私のものになりなさい。いいわね……?」
ゆっくりと彼女は俺にキスをしようと迫ってくる。
初めての恋、初めての恋人、初めてのキス、初めての……愛。
俺にとって絵美は初めての女性。
今だ変わらぬ心の存在……はずだった。
「――ちょっと待った!!」
中庭に響き渡る大きな声。
叫んだのはみゆ先輩、なぜか後ろには小夜子さんもいる。
「どうして、みゆ先輩と小夜子さんが……?」
驚く俺をよそにロリ先輩は俺達を咎める。
「貴雅は私の恋人よ!!勝手にキスしようとするんじゃないっ。……私はまだなのに」
俺と絵美の身体をみゆ先輩は文字通り身体を張って離れさせる。
ムッとした顔は俺にではなく、絵美に向けられていた。
「こんなのひどいっ。沢近さん、どういうつもり?」
「どう?どうって?私はただ、元恋人とよりを戻そうとしていただけよ」
「堂々とよく言えるわね。さすが性根がとことん腐った極悪女。人のモノになったのが面白くないからって奪い返しに来たってわけ?どうやったらそんな捻じ曲がった性格が生まれるの?」
小夜子さんは喧嘩腰だ、このふたり、仲がよくないのかもしれない。
「小夜子、人聞きの悪い事を言わないで。貴雅はこんなロリッ娘に興味なんてあるはずがないでしょう?大体、どれだけの身長差があると思ってるの?」
「し、身長なんて恋には関係ない。恋は見た目でするもんじゃないっ」
さすがに身長を攻められるとみゆ先輩に勝ち目はない。
絵美は余裕めいた表情で先輩を潰そうとする。
「あるに決まっているわ。人は所詮、外見にこそ価値を求めるの。そんな小さな身体でつりあいが取れると本気で言ってるの?それは明らかに周囲が見えなさすぎ」
「うぅ、そこまで言われる筋合いないし。そもそも人の恋人に手をだすなんて最低っ」
「……勘違いしてない?これだから、お子様は嫌なの。私は貴雅にまだ愛されているのよ。貴方みたいな胸が大きいだけのロリッ娘には最初から不釣合いなの。ふたりが交際しているなんて事実、そのものがありえないわ」
「私だって貴雅に……あ、愛されてるもんっ、多分」
不釣合い、その言葉に自信なさげにみゆ先輩は俯いてしまう。
絵美の攻めにたじろぐだけ、らしくないぜ、先輩。
「愛されてる?そんな自信もなく言われても。これではっきりしたわ。貴方に貴雅はふさわしくない。元々私のモノだし、返してもらうわよ。愛し合うモノ同士が付き合ってこそ初めて恋人だと言えるの」
「嫌だっ。私にとっても貴雅は必要で……気になる相手で……私達は恋人なんだからっ!!」
みゆ先輩が泣きそうな顔で叫ぶ姿に俺の答えは……。
そんなの最初から決まっている事だろう?
「絵美、俺とみゆ先輩は付き合ってるんだよ。どんなに彼女が……ロリな見た目でアレだとしても。それだけは事実だ、他人である絵美には否定はさせない」
「ちょっと本気で言ってるの?貴雅、この私がまた付き合ってあげるって言ってるのに?こんなロリ女と付き合って何になるっていうの?私じゃなければ貴方を満たす事なんてできやしないわ」
俺は思い出す、絵美との交際は本当に楽しかった。
彼女の性格に難があるのはよく知っている。
それを踏まえても、魅力たっぷりな彼女との幸せだった時間は存在していた。
……だが、それは既に終わりを告げたもの、過去なんだ。
「そうだった、俺とみゆ先輩が出会うまではずっと、そう望んでいた。一緒にいられた時間は楽しくて、自分が恋をしていた実感もあった。それでも、元に戻るつもりはない。絵美、俺は貴方の恋人には戻らない」
俺の気持ち、すでにそこにはないんだとはっきり言い放った。
絵美が本気で復縁を求めているのか、気まぐれなのかは分からない。
それでも、嬉しくはあっても、過去を振り返りはしない。
「そう、残念ね。はっ、こんな子供相手に私を否定されるとは思わなかった。私と付き合わなかったこと、後悔するわよ?貴雅、その選択は間違えている。それでもいいの?」
「後悔なんて私がさせない。貴雅は私と付き合って幸せになるんだからっ」
「どこにその根拠があるのかは疑わしいが……ということらしい。絵美、今度こそ本当にさよならだ」
ベンチから立ち上がると、今度は俺の口から別れを告げる。
「ふんっ……。こんなロリッ娘が良いなんて貴雅って女の見る目がなさすぎよ」
絵美は納得いかないと不機嫌そうな顔をしてる。
みゆ先輩は睨みつけているままだが、相変わらず子猫が威嚇しているようにしか見えん。
「それは自分も否定しているんだけど?まぁ、アンタが元カノなんだからその通りね、絵美」
「うるさいわよ、小夜子!大体、アンタはこの件に関係ないでしょう!」
「あら?負け犬さんがワンワン可愛く吼えてるわねぇ。それにしても、マジで貴雅クンの事を好きだったの?失恋したての可哀想な絵美、私が慰めてあげよっか?」
「だ、黙りなさいっ。本当にアンタは昔からムカつくわ!って、ついてくるな!!」
小夜子さんと絵美は言い争いをしながら去っていく。
その場には俺とみゆ先輩だけのふたりきりになってしまう。
みゆ先輩は俺の顔を小動物のような瞳で見つめると安堵の溜息を漏らす。
「……ふぅ、何とか貴雅を失わずにすんだ。もしかして、初めから断るつもりだった?」
「揺れる心はあったがな。初めに言ったろ、この交際は俺も本気なんだって……あのナイスボディで魅力的な姉さまをこの腕に抱きしめられないのは非常に残念だがな」
「あっそ。それくらい私が代わりになってあげるから、そう拗ねないでよ」
「……あと10年後にその台詞を言ってくれ、お子様先輩」
俺はそう言いながら、彼女の頭をポンッと撫でる。
いつのまにか、自分の中で絵美が過去の存在になっていた事には驚いてる。
あの誘いを受けたときから、みゆ先輩を裏切る気には全然なれなかったんだ。
「ふふっ、何だかんだで私の溢れるばかりの魅惑にのめりこんでいるわけだ」
「どこにそれだけの自信があるのか、教えてくれ」
自意識過剰、いや、子供っぽい中身が早々変わるわけもないか。
それなのに、知らず知らずに俺も彼女に惹かれているのかな、参ったね。
「ふみゅ?何を笑ってるの?」
苦笑する俺が気になるのか、背伸びして顔を覗き込もうとする。
……やめてくれ、恥ずかしくなるだろうに。
「……みゆ先輩、目を閉じてくれ」
「え?あ、え?そ、それって……もしかして!?」
戸惑いながらも彼女は静かに瞳を閉じた。
端整で幼さの残る顔立ち、それでも彼女はちゃんと年上の女性なんだ。
その事を俺は改め思わさせられる。
ドキドキと緊張してるのが見てるだけで伝わる先輩に俺は軽くデコピンをかます。
「……ふにゃんっ」
まぁ、この程度で勘弁してやろう。
彼女は痛むおでこを押さえつつ、不満そうに唇を尖らせる。
「な、何で?ここはキスシーンじゃないの!?」
「絵美を恋人に出来なかった恨みを先に晴らしておこうと思ってな」
「ひどいっ。何よ、私のせいなの?まだ未練あったの?私に八つ当たり……?」
「そうだ。で、俺に付き合って後悔させないんだろ?その台詞、本気にするぞ」
そう言って、俺は彼女の額に唇を触れさせた。
真っ赤になって照れるみゆ先輩。
ったく、みゆ先輩に俺もすっかりハマってきているようだ。
この子が可愛くて仕方がないって思うんだからさ。
「……あっ」
本当に俺と身長差が約40センチもあるんでキスも満足にできやしない。
そういうじれったさも彼女とする恋愛の魅力なのかもしれない。
「……痛いけど、嬉しい。何でデコチュー?」
「ファーストキスは好きになってからしろと言っただろ」
「私は……まだ、その、気持ちが固まってないし。恋はまだよく分からなくて」
「焦るなよ、みゆ先輩。俺は……こういう恋も悪くないって思うんだ。失恋した俺にとっていいリハビリになるよ」
俺はみゆ先輩に出会えて絵美の事を吹っ切る事ができた。
いつか俺が本気で彼女を好きになって。
そして、みゆ先輩も俺の事を好きになる。
ちゃんとした恋人としての付き合いができる日もそう遠くはないのかもしれない。
冬の寒空の下、俺はロリッ娘の身体を抱き上げてみる。
「きゃっ!?ちょっとやめてよ、こんなの子供みたいじゃない」
「ははっ、みゆ先輩みたいな女の子に会えたのは幸運かもしれない。期待してるよ、ロリ先輩。これからが楽しみだ」
「ロリじゃないっ。ホント、生意気な後輩なんだからっ!絶対に私を好きにさせてやるんだからね!!」
そんな軽口を叩きあいながらも、お互いに笑いあう。
これは俺達の恋が始まる少し前のお話。
――そして、物語は次のステージへと進み始める。