プロローグ:『146-86』との遭遇
【SIDE:倉敷貴雅】
この学園には噂になる美少女がいる。
コードネーム『146-86』。
影で噂する男達から彼女は謎の番号で呼ばれている。
それは決して、女子に知られてはいけない意味で伏せられていた。
その番号に秘められた謎とは一体何なのか?
それは後に分かる事になるだろう。
だが、それが俺、倉敷貴雅(くらしき たかまさ)と関わり合いになるとは予想すらしていなかったのだ。
「……146-86?」
「何だ、お前は知らないのか?」
高校1年の11月の終わり、ある日の放課後に友人の北村翔馬(きたむら しょうま)から告げられた謎の番号に俺は疑問を返した。
「146-86?何だ、それは?バーコードか何かか?」
「最近、噂の美少女の事だよ。ホントに知らないのか?」
「知らん。というか、つい最近まで恋人のいた俺にとって興味ある話題ではなかったからな。いけない、思い出すだけで胸に痛みが……どうして、俺達は別れたんだろう」
「まぁ、その恋人にも見事にフラれたんだ。この話を聞け」
うぅ、マジで本命の相手にフラれたのは辛い。
俺の何が悪かったのか、彼女はこう言いました。
『私の運命の相手は貴雅じゃないんだって。有名な占い師にそう言われたの』
そして、俺達はあっけなく破局を迎えてしまった。
適当な事を言いやがった占い師、出てこいやっ。
俺は怒りを通り越して嘆いていた。
俺と彼女の愛は占いごときに引き裂かれるものだったのか、と。
今でも思い出すだけで失恋のショックが蘇える。
ちくしょう、今度は絶対に本物の恋をしてやる。
「で?その146-86って何だ?」
「……それはだな、耳を貸せ」
翔馬は俺に番号の詳細を話す。
コードネーム『146-86』。
大きな声では言えない内容だが、俺はまずその詳細に首をかしげた。
「マジでそんな子がうちの学園にいるのか?俺は見たことないぞ?」
「いるんだって、先輩にそう言う人が……」
「へぇ、1度そういう子に会ってみたいね」
男にとっては憧れる存在には違いない。
……まぁ、その時は俺もただのその番号だけに興味を持っていたのだ。
俺達はそのまま帰りに遊びにでもよるかと思い、教室を後にする。
世界は動き出す、己の意思さえ無関係に――。
まるで導きあうように俺達は出会ってしまう。
校門を出ようとした辺りで胸ポケットに入れておいた携帯電話がないのに気づく。
「……あっ、教室に携帯電話を忘れてきた」
「おいおい。あんなの忘れたら、あとで面倒だぞ。さっさと取って来いよ」
「悪い。すぐ取ってくるから待っておいてくれ」
俺は翔馬を校門に待たせて再び、学校内へと戻る事にする。
俺の記憶が確かならば机の中に置き忘れたはず。
すぐに教室に戻ると無事に携帯電話は見つかった。
「よかった。ちゃんと見つかった」
これには別れた彼女との思い出の日々を記録した写真たちが残っているのだ。
いかん、未練ありすぎて涙が零れるぜ。
「……誰もいない教室って寂しいものだな」
放課後の教室ほど寂れたものはない。
俺はさっさと校門で待たせてる翔馬の所へと行こうとした。
だが、しかし、急いで教室を出たために誰かとぶつかってしまったのだ。
「ふにゃっー!?」
猫のように鳴く生き物が俺に当たって勢いよく吹き飛んだ。
……なんで、猫が校舎内に?
そんなわけない、すぐにそれが女の子だという事に気がついた。
少女は廊下に倒れこんでいる、勢いあまってえらく吹き飛んでたからな。
「……あ、あの、生きてるか?」
声をかけるが倒れこんだ女の子に反応なし……逃げるか。
まるでひき逃げしてしまった罪悪感はあるが、一歩後ろに下がろうとする。
「くぉらッ、か弱い美少女が倒れているのに逃げようとするなぁっ!」
だが、その気配に気づいたのか彼女はバッと元気よく起き上がる。
頭の打ち所でも悪かったのか、言葉遣いが荒いぜ。
「私はとても悲しいものを見たわ。倒れた人間を、いえ、ぶつかって倒した人間を哀れとも思わずに逃げ去ろうとした卑劣な男を私は見たっ!そんな最低な野郎は将来、絶対に平気でひき逃げしたりするのよ。私が今、粛清してあげよっか?」
「……いや、その件は真摯に反省する。すまない。おでこ、赤いんだけど大丈夫?」
どこかでぶつけた額が真っ赤になっている。
元気そうなので大した怪我ではないと思うが。
「うぅ、痛い……。おでこが痛いよぅ」
今さら痛みが来たのかおでこを押える少女。
「大丈夫か?保健室にでも連れて行こうか?」
「……そんな暇はないの。私には今、重要任務があるのよ」
それにしてもやけに小柄な少女だ。
どう見ても高校生にも見えない、むしろ身長で見れば小学生?
大きな瞳が印象的な可愛い顔をしている。
制服はサイズが合わないのか、少し裾があまってるようだ。
「それじゃ、俺はもう行くから。悪かったな」
「ふんっ、次からは気をつけてよね」
彼女は用事でもあるのかすぐにその場から去ってしまう。
……女の子相手とはいえ、悪い事をしたな。
次からはちゃんと確認して廊下に出るとしよう。
「……ん?何だ、これ?」
ふと、足元に落ちていた紙に気づく。
拾い上げるとそれは手紙のようだった、しかも封にはハート型のシール。
俺はこういうような手紙を知っている。
もらった事は人生で2度しかない、これはまさか……。
「これってラブレターじゃないか?」
今時、こんなので想いをつたえようとする子もいるんだな。
中学の時はよく見かけたが、高校になってあげている人間を見るのも久しい。
「……これは誰のなんだろう」
名前は書いていない、あげる方へも差出人の名前さえも。
「まさかさっきの小さな子と書いて“小女”、もとい、“少女”の手紙か?」
何やら急いでるようだったし、可能性としては1番高い。
しかし、俺としてはどうすることもできない。
名前も知らないので届ける事もできないし、どうするかな。
そのままもとの場所に捨て置くのもあんまりだ。
気づかれずに明日になれば、うちのクラスの誰かに拾われてしまうだけ。
非常に微妙な気持ちを抱いてどう対応するのか思いあぐねていると、
「……そこの男子、ちょっとどいてっ!」
大きな声をあげて廊下を走る女の子。
先ほどの子だと思ったが、こちらに向けて直進してくる。
「きゃっー、止まんないっ!そこ、どきなさいっ!は、はぅっ!?」
しかし、ここで俺がどいても彼女はどうなる?
あの勢いだと、壁にぶつかりでもして怪我をしてしまうかもしれない。
「ふぁあ~っ!?」
どうやら、自分では走る勢いを止める事はできないようだ。
なので、俺はあえてその場に待機、彼女を受け止める事にした。
「ぐっ!?」
「ふぎゅっ!?」
猪突猛進、弾丸のように突っ込んでくる少女の身体を受け止める。
衝撃に倒れそうになるのを堪えて踏ん張った。
よくやったよ、俺、男の子としてカッコいいぜ!
「……おい、生きてるか?」
「かろうじて……生きてるわよ」
俺の腕の中に飛び込んできたような格好の女の子。
うむ、小柄ながらも抱き心地は悪くない。
「あ、ありがと……」
小さくお礼を言って彼女は俺から離れる。
照れた表情を見せるなんて可愛げはあるんだな。
「廊下は走るな、子供じゃないんだからさ」
「分かってるわよ。……って、それ所じゃないの」
慌しい様子で再び走り出そうとする彼女。
俺は急いで読みとめて手紙を差し出した。
「ちょっと待て。これはアンタのじゃないか?そこで拾ったんだ」
「……ち、違うわよ。そんなの、私のものじゃないしぃー」
手紙を見るや否や、顔色を変えて彼女は否定する。
「アンタのじゃないのか?それじゃ、誰のなんだ……?」
手紙を開けようとすると少女はそれを止めようとする。
「人の手紙を勝手に見ちゃダメっ!」
「中を見ないと誰の手紙か分からない。やっぱり、アンタのラブレター?」
「違います。私はラブでベタなレターなど書いておりません」
めっちゃ怪しい、9割方、この子が差出人なのは間違いない。
だが、そこまでして否定するのはなぜだ?
本人のものならすぐにでも受け取るはずだが、事情でもあるのか?
「まさかこれはアンタから俺宛のラブレターなのか?」
「そんなわけないでしょ!誰が初対面の人間にラブレターなんて……ハッ!?」
簡単に引っかかる辺り、見た目と同じく中身も子供っぽいようだ。
他クラスの同級生だろうが、こんな子もいるんだな。
「ほら、返すよ。アンタが書いたものなんだろう。好きな奴に渡しに行けよ」
「……違うもん、私のじゃないもんっ。そんな手紙、捨ててしまえ」
「意味が分からん。捨てろってアンタが自分で捨ててくれ。人の手紙は捨てられない」
どうしても手紙を受け取る気はないらしい。
事情は不明だが勝手に手紙を捨てるわけにもいかんだろ。
「あっ!?」
突然、窓から吹きこんだ強い秋風が手紙をさらい外へと飛んでいく。
急いでふたりで窓から下を覗き込むと木の上に見事にのっかかっていた。
「ちょっ、ちょっとどうしてくれるのよ!捨てろとは言ったけど、窓の外から放りなげるなんて。うぅ、あれじゃ隠滅もできやしない。ひどいわ、この男。やってくれるじゃない」
「わざとじゃない。文句があるなら悪戯好きな風に言ってくれ」
「風のバカーっ!アホー」
マジで風に文句を言いやがった、本物の子供だな。
少女はムッと表情を不機嫌そうに強張らせたままだ。
「はぁ、しょうがない。あの手紙を取りに行くか」
「もういい。どうせ、誰の名前も書いてないし、バレても私だと分からない」
「それで、誰かに出そうとしてたのか?意味なくないか?」
宛先もなければ差出人の名前も書かないなんて手紙としては意味がない。
「名前を書かないなんて、それじゃ、ただの悪戯になってしまうぞ?」
彼女は俺の言葉を無視して、こちらを見つめてくる。
何だろう、理由は聞くなと目で語ってる。
「もういいから気にしないで。はい、おしまい」
そう短く言葉を終えると彼女は俺にビシッと指をつきつける。
「貴方は自分のおうちに帰りなさい」
「なぜ、アンタに命令されなきゃいけないのかは分からないが、もう良いなら帰るぞ。あとになって手紙を落とした責任取れって言うなよ?」
「言わないからさっさと帰れ。じゃぁね」
少女はそう言うと鞄を持って廊下から立ち去ってしまう。
何だろう、あの手紙に書かれていた中身が気になる。
俺は再び窓を見下ろした先に引っかかるラブレターらしきものを確認する。
少し木を登るなり、ホウキなどで払えば取れそうな位置にはある。
「……俺に関係ないのは分かるが、気になるんだからしょうがないよな」
俺は手紙の詳細を調べるために現場に向かう事に決めた。
気になるんだ、あの手紙も女の子の事も。
ワケありのラブレターと小柄な美少女。
それが俺と“コードネーム『146-86』”との初遭遇になるなんて思いもしていなかった。