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魔の巣食う校舎で私は笑う  作者: 弥生菊美


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7.懺悔


 今日は本当に朝からとんでもない日だ……。研究室に白衣も羽織らず飛び込めば、実験台に片肘を乗せてコーヒーを飲みながら優雅に新聞を読んでいるスーツ姿のシルバーグレイの男性が目に入る。短く切りそろえられた髪は清潔感があり、ジャケットは綺麗に折りたたまれて、隣の椅子の上に置かれている。白いシャツには皴一つなく、奥さんの趣味だろうか?ブルーがかったグレーのネクタイは、その姿をさらに品のある男性へと引き立てる。がっ!!!


「ここ研究室ですよ!!飲食禁止ですよ柳教授!!」


 そう注意すれば、柳教授がゆっくりとした動作で新聞から目を離しこちらを振り返る。教授と言っても正確には元教授だ。定年退職して隠居するのかと思いきや、こうして暇さえあれば研究室に顔を出して若者に声を掛けアドバイザーという名の暇つぶしで来ているのだ。


 今の教授からすれば目の上のたん瘤だろう。普通、教授は定年退職すると業績やコネ次第で名誉教授として席が残ったり、中には自ら起業したり、どこかのベンチャー企業の理事やアドバイザーとして残るのだが、柳教授はそういったことは一切せずに、ただ大学の研究室の居心地が良いという理由だけで来ているのだ。もちろん給料など出ていない。完全に暇つぶ……趣味なのだ。


「やぁ!桜井君、そんなにカリカリしていると早死にするよ、ハハッ!」


いや、何がおかしいんだよ!今日に限ってはめちゃくちゃ不謹慎だろ!!!という言葉は飲み込む。


「いつからいらっしゃったんですか……大変なんですよ今日は、放送聞きませんでした?」


 溜息をつきながら教授の脇を通り抜けて研究室の奥にある冷蔵庫から試薬を取り出し、並びにある巨大なー30℃の冷凍庫の扉を開けて試薬をしまう。私がガサガサしているというのに、お構いなしの教授は


「昼頃に来たんだが……もちろん状況は知っているとも、殺人があったんだろ?自殺と言う話も出ている様だが、まぁ、この大学で自殺や事故死は珍しくはないがね。定年退職したOB、OGでも早々に噂が回っているようだ。退職すると皆暇になるからね。」


 人の死を、暇つぶしのスキャンダルくらいにしか思っていないのだろうかこの方々は……。医学部も病院も教授という名の付く席に座るには、心を捨てないとなれないと誰かから聞いた気がする。

まさにその通りであろう。


「とにかく、そういう事ですから教授も早く帰ってくださいよ!

警察が回ってきて職質されても知りませんよ」


「おや、失礼だね。

私は元教授だよ、無関係ではないから大丈夫」


「いやもう職員証もないし、無関係みたいなもんじゃないですか……。

牧教授が良しとしても不法侵入ですよ」


「今日の桜井君は随分と辛辣だねー、何かあったのかい?」


 だから其れどころじゃないと言うのに、こんな状況でもマイペースを貫く柳教授に苛立ちを通り越して呆れてくるが、仕方ないと諦めて冷凍庫の前から教授の前に戻るとキャスターの付いた黒い丸椅子を引き寄せて教授の向かいに座る。


 警備員か警察官が見回りに来ないことを願うばかりであるが、廊下はまだ慌ただしい声が響いているので全員の撤退には時間がかかるだろう。正直、今朝の話と入院棟で聞いた話を三橋さんと山田さんに話そうと思っていたが、ゴシップネタを手に入れたかのようで不謹慎な気がして話せなかった。けれど、誰かには聞いてほしかった。私の胸の内に籠ったこのモヤモヤを吐き出したかった。


 私が思い詰めている顔をしていたのか、雰囲気を察した教授も新聞を畳んで実験台に置く、聞く準備はできたよと言わんばかりの教授を見て、今朝の出来事から先ほどの看護師の会話までの話を教授に話した。教授は無言であったが静かに頷き、私の話が終えるまで一言も発さずに、ただひたすら話を聞いてくれた。


私が話し終えて黙り込むと、教授は「なるほど……」と言って足を組むとコーヒーに手を伸ばす。


「それは確かに朝からショッキングな現場を見てしまったね。

助かったならまだしも、亡くなったと言うのだからそれは気持ちが晴れないのも無理はない。だけどね桜井君、君はその医師の知り合いでもなければ、救命にあたるべき医師でも看護師でもない。

たまたま居合わせてしまっただけだ。それは君の役目ではないのだから、気に病む事は何一つとしてないよ。とは言っても、君は性根が優しいからねー。当分は脳裏に焼き付いて事あるごとに思い出すだろうが、何事も時間が解決してくれる。そう。何事も少しずつ風化していくものだ。君も経験があるだろ?」


 その言葉に、まぁ……はい……と手首をポリポリと搔きながら歯切れが悪く答える。この教授はどこまで私の事を知っているんだか……一体どこから耳に入るのか、私に限らず他の所属員の私生活なんかも話した事がないのに知っているのだ。教授陣の情報網は本当に恐ろしい……。そう思いながら小さくため息をついて、研究室の床に視線を落とした。


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