26.逢魔が時
「1号館も捜査!?なんで!?」
素っ頓狂な声がミーティング室に響く。声の主は西原先生だ。教授がうるさいと言わんばかりに、眉を顰めれば西原は直ぐに口を噤んで冷静な声を意識する。
「殺人事件があって、その上、白骨化した遺体が2号館の地下で見つかったって話は聞きましたよ!ですが、それで何故1号館が捜査される事になるんですか!?」
教授に向かって思わず語気が強くなってしまい直ぐに「スミマセン……」と謝罪を入れたものの、持っていたマグカップをテーブルに置いて溜息を吐けば、つられるように横にいた松谷も溜息を吐いて「実験がまた止まる」と、嘆きながら天井を見上げていた。
「調べるのは地下だけですからご安心を。調べる理由は昔から言われている噂が原因だそうですよ。」
「噂って?」
西原が首を傾げる。
「あぁ……1号館の地下には死体が埋まってるって話ですか?
でも、2号館で見つかったなら……って、まさかまだ遺体が出てくるかもって事ですか!?」
そう驚いたように松谷が目を見開けば、教授も小さくため息をついてコーヒーを啜る。
「それもあるようですが、どうやら2号館で見つかった白骨化の遺体の一部が欠損していて見つかっていないのだとか、そこで兼ねてより遺体が眠っていると噂されている1号館の地下を調べると言う話が上がったそうです。」
「地下も耐震工事を行ってませんでしたっけ?」
「工事は壁と柱の補強だ、地下の床下は関係ないだろ」
バカにしたような口調で松谷が言えば、西原がイラついた様子で松谷を睨みつける。
「私の前で喧嘩はよしてください。
まぁ、そう言う事です。現在1号館の耐震工事は終了していますが、地下は捜査が入る為しばらく立ち入り禁止とのことです。」
「地下だけならまぁ……」
「私も地下に出入りする事はないですし……」
「それなら問題はなさそうですね。
地下は老朽化のせいで床から水が染み出たりして、湿度とカビで殆ど使われていませんからね。
あれだけ広いのに、文化祭の用具置き場とは勿体無いですが……」
教授がそう話すと西原がブルリと体を震わせる。
「ここの地下って不気味ですよね……数えるほどしか行った事がないですけど、遺体が埋まってるなんて噂が回るのも分かる気がしますよ……何度電球を交換しても1週間とたたずに点かなくなるとかで、非常口の緑のボヤッとした光のみで暗いし、湿度高いし、地下だから窓ないし、気味が悪いですよ……」
そう言うと教授も、「そうですね……」と言葉を返す。
「昔から地下には死体が埋まっているとか、夜になると歌が聞こえるとか、人が歩き回っているような音が響くとか、色々と言われていましたからね。
まぁ、実際に遺体が出てきたのは2号館でしたが……。
話が逸れてしまいましたが、後日、大学側から正式な連絡がいくと思いますが、先生方も自身の班員達に地下へは行けなくなる旨をお伝えください。」
「承知いたしました」
「はい」
そう返事をすると教授は席を立ち、マグカップを持って教授室へと戻っていった。それをお茶を飲みながら見送ると、すかさずテーブルの上にあった焼き菓子のパックを松谷が3個鷲掴みにすると、袋を開けながら西原に話しかける。
「大学始まって以来の大惨事だな。学生や教員の自殺はたまーにあったけど、人が殺されるし、遺体は出てくるしでとんでもない大学だな」
「面白がるのはやめて下さい。
殺人とは断定されて無いじゃないですか。自殺か事故死の線もあるって聞いてますよ。」
「ハハハ、面白いでしょうよ。
特等席でサスペンス劇場見てる気分」
笑いながら焼き菓子を頬張る松谷を軽蔑的な目でみるも意に介さない様子。研究者の中には頭のネジが飛んだ変わり者が多いが、この男はまた別の意味で頭がおかしい。
「面白い話ついでに、この大学の過去の事件の話を教えてあげますよ」
「いや別に「30年近く前だったかな?いや、もっと前?ともかくそれくらい前に、この大学の女医と医師が行方不明になったらしいんですよ。なんでも、2人は付き合っていたらしいんですけど、何がどう拗れたのか、2人して行方不明になったそうなんです。」
「はぁ……そうですかっ「まぁ、聞いて下さいって、後日、男の医師の方は大学近くの池で遺書と脱いだ靴が見つかったんです。男の遺書にはその女医を殺してしまった事と、自分も自殺するって書いてあったらしいんですが、その男の遺体も女医の遺体も池から見つからなかった。
けれど、友人や家族も2人が無理心中や駆け落ちをするような状況でもなかったと主張するが、男の部屋にも女の部屋にも争ったあとはなく、今日まで2人の遺体は見つからずじまい。さて、その遺体はいったい何処に行ってしまったのでしょうか?」
両手を広げ、おどけた様子を見せる松谷。
「まさか、その事件の女医が2号館で見つかった白骨化遺体……」
「まぁ、2号館は昔っから医局の入ってる建物ですからね。
大いにあり得るんじゃないですか?」
そう言って、コーヒーをぐびぐびと飲みほし、また焼き菓子の袋を開けて口に放り込む松谷。
「でもなんで、わざわざ大学に隠したの?それに遺体の一部が無い理由は?
1号館に分けて埋める意図は?」
「さぁー?頭のネジがぶっ飛んでる人の考えなんて理解できませんよ。
あぁーでも、痴情のもつれから勢いで殺してしまって、隠蔽のために隠したものの、罪に耐えきれず自殺したんじゃないかとか、そういう憶測の話もあったって噂も聞きましたけどね。
まぁ、まだ1号館の地下からその遺体の一部が出てきたわけじゃ無いですし、僕的には出てきたら更に面白いのにとは思んでますけど」
頭のネジがぶっ飛んでるのはお前もだよ!という言葉を飲み込み「本当に、不謹慎ですよ!!」と、西原は声を荒げたのだった。
顕微鏡を覗き込み染色した細胞の観察をしていたら、突然響いた西原の声に思わずビクリと肩が揺れた。
「西原先生、キレてんなー」
スライドグラスに、「桜井」と鉛筆で描き込みボックスにしまっていく。扉が開いていたので、先ほどの3人の話は丸聞こえだった。あの部屋の標本を避難させないとなー。そんなことを考えながらも、よく理事長が地下の調査を許可したなとも思う。まぁ、確かに、医学部なだけあって昔から幽霊話などのオカルト的な話は事欠かないしな……。
夜中に卒研の為に学生が残っていたら、その部屋から死装束の衣装を着た80代位のお爺さんが廊下をヒタヒタと歩いて行って、窓を通り抜けて消えた。なんて話も聞いたことがある。この大学だけで怪談話の本を出せるんじゃなかろうか?と思うほど、色々ある。
しかし……それにしても……このタイミングで白骨化遺体が発見されるとは……という気持ちだ。先日見てしまった刺された医師も殺人か自殺が断定されていない。噂では、犯人が大学の重鎮で口を噤んでいる人間が多過ぎて、捜査が進展しないなんて話も耳にした。
この汚れきった大学であれば、有り得る話だ。こんなに事件が起きているというのに、報道陣が大学の門と病院前に集まったのは2日間だけ。あとは嘘のように居なくなった。その上、ネットニュースも数日と経たずにその話が取り上げられなくなった。昔から、マスコミ関係に強いパイプがあるらしいという噂はあったが、その噂も真実だったようだ。
ほんと、昔っからしょーもない大学だ。医学という命を最も尊ばなければならない教育機関だというのに、己の保身と金の為に命を粗末にして、人を消耗品のように扱う。まぁ、この大学だけではないんだろうけど……。
腹の底が熱くなるような、煮え繰り返る怒りを静かに吐き出して、その怒りを逃す。私がどう足掻いたとて、この大学の根幹を変えることなど不可能なのだ。1号館の地下には遺体が埋まっている……その話も散々噂されてきたが、未だかつて捜査などされたことはない。
さて、どうなる事やら……窓の外を見れば夕焼けでオレンジ色に染まった隣の校舎が見える。
「逢魔時……」
そう呟いた声が、伽藍とした研究室に静かに響いた。




