第四話:過去の残像:熊のチョコと未完の恋
――『顧みる』とは、後ろ髪を引かれ、幾度も過去を振り返る姿を指す。
本来、後悔とは愛の変質した形に過ぎない――
エティモロギア 覚書 第八六編章 参照
「うぃ~す!」
普通に友達として接してくれたのは、部活を一緒に真面目に取り組んでいた奴等だけだったな……。
高校一年生にてレギュラーになった俺に嫉妬の嵐が吹いていたのかもしれないが、俺は全く気が付かず真面目な奴等と過剰ともいえる筋トレや、部活が始まる大分前から自主練習をしていた。
彼女についても部活に対してもとにかく真面目過ぎたんだと思う……。
車のハンドルでも遊びがなければ急に曲がって事故になるように、ガチガチに真面目過ぎたために少しのずれが俺自身の心を縛り付けていた……。
当時はアホな人間を演じて皆の笑顔を見ることが楽しみの一つだったが、「明るく元気な人間は、実は人知れず周りに気を使っている」という模範のような生き方をしていたのだった……。
――彼女が叫びながら俺を追いかけて走ってきていることを知っていながらも駅の角を曲がり、身を隠した。
「何をやってんだよ俺は……」
(本当は、ただ無事に帰ってきたあいつを抱きしめたかっただけなのに……)
走りながら遠回りをして、自分の車に戻ってきたときには彼女はどこにも見当たらなかった……。
おそらく探し回っているのだろう……。
「くそぉ、つくづく自分が嫌になる……」
罪悪感で押しつぶされそうだった……。
しかし俺は嫉妬心を抱きながら彼女との生活を続けることに苦しみを覚えてしまった……。
心と身体の行動の矛盾に切り裂かれる思いをしながらも身体が言うことをいうことをきいてくれない……。
車に戻った俺は、車の中にあった小さなコンビニの袋にガサガサと彼女から借りてたCDや合鍵を入れていた。
そして彼女の部屋のドアのまえに立ちドアノブにガサッと袋をひっかけた……。
(くそぉ、くそぉ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……)
身体は逃げ帰るように車まで走り、エンジンをかけてその場を後にした……。
その時、俺の魂はどこかに行ってしまったらしい。
身体を動かすための魂が耐え切れず身体だけを勝手に動かしていたのだろう……。
――彼女とうやむやに別れた……。
その後3年間もの間、バレンタインデーには彼女から大きな熊形のチョコレートが届いた……。
(きっと高いに違いない……)
そのチョコを食べながら涙を流しながら彼女のことを思い出し、彼女に会いたくて仕方がなかった……。
しかし子供だった当時の俺は
「また嫉妬してしまうのならこのまま別れてしまう方がいい……」
(就職に失敗していた俺となんて、結婚しても彼女を幸せになんてできるわけが無い……)
チョコレートとともに言葉を飲み込んだまま、バイトを転々として自分に対する言い訳を探す人生が始まった……。
(20年近くも昔の話だ……)
――眩しすぎる世の中にめまいを覚えながら数分ほど歩きみずほ銀行についた。
(なんか、暑さにやられたのか? 時間の感覚がおかしい……)
やたらと人々も薄っぺらいカードのようにロボットが歩き回っているように見える。
銀行の自動ドアを開いたころには、10億円の喜びなどは消え失せていた……。
「かぁ~、涼しい!」
銀行の中は外の世界と隔離されたようにクーラーが効いていた。中を見渡し受付を探す。
「ちょ、ちょ……」
「どうしました?」
銀行員に怪訝な顔をされてしまった。
「………あ、え?」
このままでは警備員を呼ばれてしまうか、TVでよく見るテーブルのしたの赤いボタンを押されてしまう……。
人と話さない期間が長すぎるとこうも口が上手く動かないものなのか?
「こ、これ……」
とロト7の紙を差し出す……。
受付のおねぇさんはそれで察してくれたようで……、
「少々お待ちください」
と後ろの偉そうな人と話をしている。
――暫くして、胡散臭いその上司?の人はニコニコしながらこちらにやってきて、
「どうぞこちらへ」
と階段をのぼり別室に案内してくれた。
(銀行に階段ってあったんだ……)
始めてみる銀行内の客間、俺にとっては異空間でしかなかった……。
「ここでしばらくお待ちください」
そう言うと二人掛けの茶色の高級レザーのソファーに座ることを促された……。
「外暑いですよね、麦茶です。 もうしばらくお待ちくださいね」
先ほどの受付のお姉さんは氷が入った麦茶を持ってきてくれた。
お姉さんが扉から出て行ったことを確認してから、すかさずグラスに手を伸ばし喉を潤す。
「くぅ~! もう熱さと緊張でのどがカラカラだったから助かるわぁ!」
麦茶の香ばしい香りと氷のヒャッとした冷たさに、脳内も鮮明になった気がした。
――その後書類を持った先ほどのおねぇさんと、先ほどの胡散臭そうな責任者らしい人物が現れた……。
「わたくしはここの支店の代表を務めさせていただいている……」
お決まりの文句で名刺を渡してきた。
俺だって管理職経験者だ、それくらいの社交辞令くらいはわきまえているが、ポケットをまさぐるも名刺がないことに気づく。
改めて財布から免許証ゴールドを取り出して、
「……こういうものです」
と頭をかく……、これで今は名刺は持ち合わせていないと相手に伝わっただろう……。
(日本とはそういう空気で伝わる特殊な言語がある国である)
――まぁ、色々書類を見せられたり説明を受けたが要約すると、高額当選の場合は身分証や支払いまでの期間や様々な手続きで1週間ほど振込までに時間がかかるとのことだった……。
「つまりは当たってもすぐにお金がもらえないってこと?」
全額は払えるだけの金額を常時銀行に置いていたら世の中のお金のほとんどが銀行に置かれたまま流通しないわな……。
と納得しつつも……。
「100万くらいはスグにほしいのですけど……」
というも、
「高額当選の場合は即日の支払いは出来かねます」
(でた「出来かねます」日本語の肯定を否定することで相手には否定的な印象を持たせないという面倒な言葉遣い……、俺も散々つかったなぁ……)
と思い出しつつも、日本人らしい融通の利かなさであるとも感じていた。
ヨドバシに車を駐車しているから何か購入しないと駐車料金がかかってしまうと正直に話したところ、
「本来なら即日支払いはしておりませんが、10万円以下の当選の場合は売り場や支店での即日支払いが可能ですので、本日は10万円ということで得別にお渡しいたします」
(ラッキー! 言ってみるものだな……)
「……ありがとうございます」
「準備してまいりますのでもうしばらくお待ちください」
――と、なくなっていた麦茶のグラスに新しい麦茶を入れてくれた……。
――さてと、ヨドバシに戻った俺の手元には10万円。
どのPCパーツを購入しようかとPCコーナーをうろうろする不審者へと変貌する……。
最新のCPUやグラフィックボードなどをガラスケース越しに覗きながら、
「10万円じゃ買えねぇ……」
「俺の最強PC自作計画が台無しじゃないか!」
と毒付きながらも、何か買わないと駐車代を払わなければならなくなる……。
300円程度のものであるが、実に庶民的感覚が根深い俺らしい……。
「おぁ!、32GBの大容量メモリ! 2枚組で82,880円かよ、とんでもねぇな!」
そのメモリを見つめた時になぜかメモリがきらりと光り俺を見ているような気がした……。
「そうか、お前も俺を選ぶか……、よし、君に決めた!!」
思わず叫んでいた。
顔を真っ赤にしながらメモリを購入してニヤニヤしながら、ヨドバシの一階にあるマクドナルドで、照り焼きマックバーガーセットを注文し、もぐもぐしながらこれからのことを考える……。
「10億円。……俺の手の中に、世界の隙間から溢れた数字がある。
視線を上げると、今日も雲が形を変えて流れていた……。
「自由な〝雲〟と〝数字〟に縛られた俺。……皮肉なもんだな」
「レット イット ビーである……」




