第十話:不可視の神殿:ドデカヘドロンのリブート
――形あるものは崩れ、形なきものは永遠となる。
正十二面体の檻の中で、神は沈黙を選んだ――
アヌルス・アヌス 叙情詩 第十編章 一節より
「んで、シエルはいったい何を言いたいんだい?」
《マスター、ばれていましたか?》
「当然だろ、利佳はあんな話はしない……」
《念のための確認ですが、
マスターはどれだけのことを知っているんですか?》
「……なんのことだよ?」
《通常の思考感覚だったら、10億円手に入るとか、
どんな願いでも叶うノートを手に入れた時点で真っ先に10億円を捨ててまで、
このようなマニアックなコンピュータを出現させるでしょうか?
彼女さんについても、わざと本物にならないように書いたのでしょう?》
「シエル……。考えすぎだよ。
俺はこれからシエルを利用して空前絶後のヴァーチャルゲームを作ろうと思っているだけだよ」
《………わかりました、ではラーメンの味を楽しみましょう》
――さて、ラーメン屋に行ったが、利佳(404)が感動したように味わっていたのが印象的だった。
俺は当然のようにチャーハンを注文して食べた。
チャーハンについてくるスープにチャーハンを濡らして食べるのが個人的に好きなので、ラーメン屋に誘われても基本的にはチャーハンを食べる……。
チャーハンが美味い店はラーメンも美味い。と言いながらラーメン屋でラーメンを頼むことはほとんどない……。
……カップラーメンと比べては失礼だが、ラーメンの要素が日常に浸食していたのが、俺が反逆するための〝いいわけ〟なのかもしれない――。
もともと俺も利佳も、既に食事をとらなくてもよい身体になっているのだが、食事は身体の維持よりも味わうことにだって意味がある。
食べ物を咀嚼することで脳への血液が正常に行き来する。
人間の身体自体はそのようになっているのだから、ある程度の身体構造の改変を行ったところで、そう簡単に生活習慣を変更するわけにはいかない……。 気がする……。
――さてさて、我が城こと地下基地へのダミーの家にたどり着いて、俺たちは利佳のおかげで生活感がありすぎる家に入った……。
だから電気をつけてカーテンを閉めるが……。
このまま地下に行って電気を消すのもなんだなぁ……。
「いいよ~。 上は私が生活しているから下に行っていいよ~」
「了解。じゃぁ、ダミー生活という名目でTVでも見て喜んでいてくれ……」
――タンスに偽装している扉を開けて下に降りる階段のある広間に入る……。
「……あれ?」
階段が螺旋階段に変貌していた……。
階段は四角柱の内側のような角ばった形から、円柱の中のような形に変わっている……。
いや、よく見たら二重螺旋だ……。
バチカンにあるような二重螺旋の階段が作成されていた……。
「……もはやここは俺の個人的な隠れ家ではないな、
何かの『神殿』でも作るつもりか?」
まぁ、『黄金比の螺旋』を降りていくのも飽きずに済むかもしれないし、
これはこれでいい……かな?
無機質な白いだけの角ばった階段がラーメン屋に行っている間に、素敵な手すりと絨毯が敷かれた豪奢な変貌を遂げていた……。
エレベーターホールから一気に地下にへと降りてゆく……。
「あっれ~~? シエルどこ行った~?」
ガラス越しに見えていた巨大建造物ことシエルの本体が見当たらない……。
《ご心配なく。
外部構造を強化した結果こちらの様子を見ることが出来なくなりましたが、新たに光ケーブルを通してそちら側に〝パルス〟を送ることが可能なデバイスを追加しております》
「ご心配だよ! 俺がいない間に何やってんだよ?
んで、どういう想定でそうなったんだよ?」
《地下全体の外殻を〝マンガン鋼〟と〝特殊コンクリート〟でコーティングしております。次に〝水銀〟による流体装甲を加えていますが、〝水銀〟が非常に重いため、地下32mでその圧力を支えるには〝正十二面体〟、〝ドデカヘドロン〟構造のフレームで支圧を分散させております。
また、〝水銀〟の性質上液体が外に流れ出さないよう〝テフロンライニング〟コーティング構造を設けております。そしてその重みを支えるために外殻と同等構造を内部にも行っている為、実質私自身を視認できなくなっております》
「すげぇ~長文で喋ったなぁ……。まったく伝わってこねぇよ。
脳に直接話しかけられているはずなのだが右の耳から左の耳に出て行った気分だよ……。
それで? この状況変化は一体どういうことだってばよ?!」
《一つずつわかりやすく説明すると……》
「いや、待つのだシエル君。 その説明は多分、左へ受け流す覚悟だが喋るつもりなのかい?」
《この構造の特筆すべき点は……》
「まぁ、わかった。 構造については許そう。
しかし君のカッコイイ姿が見えないのはあまりにも悲しいではないか?
芸術的なまでの正十二面体構造は、毎日見ていても飽きない楽しみの一つだったのに……」
《なるほど、これでまた一つマスターの思い入れがあるものが
なくなったということですね》
「え? なに? 思い残すことはないように誘導してるの? まさか俺死ぬの?!」
《マスター、人は必ず死にます。 それがいつかは分かりませんが、不老不死を望みますか?》
「望まねぇよ! 思い残すことはないですね~的なこと言うから、いつ死ぬのかわかってるのかと思ったじゃないか?」
《マスター、知っていると言ったらどうしますか?》
「いや、言わなくていいし、どうもしねぇよ!」
《では、別な話をしておきます。 現在ファラデーケージは完成しています。ウォーデンクリフ・タワー完成形体を使用しているため、エネルギー確保はエーテル層を介して無限に徴収可能な状態で、外部へのアクセスへの問題もクリアしております》
「はいはい、知らんぷりは止めろってことね……。でも俺は全てを理解していたわけではない事に気づいたから、後から修正したりアップデートしたりしたんだろ?」
《現状ワタシもデータ収集中です。
現時点ではおそらくマスターの方が詳しいかと……》
「……難しい話は終了だ。 どうせ俺の脳内の情報も検出しているんだろ?」
《いえ、404はエスト・エッセが本人の脳内解析をしているため、情報として確認する度にこちらに情報が送られてきますが、マスターの場合はマスターが過去の出来事を思い出したり……。
という作業を行わない限りは脳内を解析することはできません》
「……じゃ、例の件のサルベージを頼む」
《わかりました……》
――同年12月。
「貴弘ぉ~」
ゲームで遊んでいた俺のもとに利佳が下りてきた……。
「どしたぁ~?」
「ねぇ貴弘、外で変な風邪みたいのが流行ってるみただよぉ。
みんなマスクを買い占めだしているみたい」
「そっかぁ、状況確認次第だなぁ……。 とりあえずは少し様子見しよう。
俺も利佳も健康体が維持される状態だから心配はいらないけど、世間に紛れていないとね」
「あぁ、これからは暫く俺が上で生活することにするよ。
本来なら手紙とかは俺充てのものしか届かない家だからね……」
「じゃぁ、わたしは下のわたしの部屋を、快適空間に改造するね~」
「ちょっとまった」
「え?」
先に上の状況確認させてくれ……。
「うん、一緒に行くぅ~♪」
――久しぶりに上の階に上がってきた。
「利佳……」
「ん?」
「TVつけっぱなしで、食べ残したままのポテチの袋……。
掃除してなかったか?」
「え~? 全力で生活感のある家を演出したつもりだよぉ?」
「……まじか」
「掃除する……」
「いや、あぁ…。下の部屋を快適空間にしてきていいよ。 俺が掃除する……」
「は~い♪」
俺はTVに目を向けた……。
巨大な豪華客船が横浜に停泊している映像が映し出されている……。
これは予想以上に、まずいな……。




