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燧の音色  作者: 野宿の匠


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第7章兼重の栄華

カッカッ!カッカッ!


兼重の江戸での心の傷はいつまでたっても癒えない。過去を引きずって、生きていても、商売に身が入らない。

その傷が癒るのは、新しい恋が芽生えた時である。それ以外に治癒できる方法は無い。



川内の中野家の工房(太い赤線が曲がっている右側の三角地帯)と吉井宿の木戸(右側端)


しばらくして、その兆しがやってきた。相手は宿場の木戸の中の吉井宿の建具屋「林」家の娘ワキ。舎弟の熊次郎が門の中の店にいる。そこで火打鎌の販売を行っていた。建具屋のワキは熊次郎の幼なじみである。ワキが遊びに来ていたところに兼重がやってきた。ワキは純粋無垢なとっても可愛らしい女の子であった。時々熊次郎の店の札書きなどを作って手伝っていた。札書きとは現代の売り場での商品案内である。二人の関係は単純に幼なじみで、兄妹で一緒に遊んでいるのに近い心理状態だ。


桜の花吹雪が飛び交う頃だった。

熊次郎「ワキ!火打鎌あります。って書いてくれよ。」

ワキ「くまさん、はいよ!こんなんでいい?」

熊次郎「もう少し元気よく。書き直し!」

兼重「おいっ熊!それはちょっと厳しくないかい?きれいな字だんべに!なんでこれが書き直しなんだよ。」

熊次郎「叔父兄!通行人がぱっと目に止まるような迫力が字にないとねダメだんべーや!」

兼重「じゃぁ、俺が書いてやる。」

熊次郎「叔父兄は火打金を作る人だろうが。俺はワキに頼んでるんだよ。」

兼重は、熊次郎とワキを自分の目の前から引き離したかった。

兼重「ワキ!花のお江戸で大好評!吉井本家の火打金。火花がバリバリ出るよ。て書いてくれよ。」

ワキ「そんだけの文字書くと、字がちっちゃくなる。こんなのでいいかいな?」

兼重「いいんだよ。いいんだよ。ワキちゃんそれでいいんだよ(ニヤニヤ)。」

熊次郎「良いわけないだろ。そんな小さい文字見えねーな。叔父兄は黙っててくんな。」

兼重はワキと絡みたかった。

兼重は、熊次郎とワキが親しそうに接しているのを見て、やきもちが焼けるようになってきた。それらがどんなことを意味するのだかわからなかった。

熊次郎は兼重に対して言った。

「叔父兄!ワキが来ると人が変わるよな。丁寧になるよ。そんで何かぎこちないんだよね。なんかほの字じゃねーのかい」

兼重「そんなことねーよ」と言って顔赤くした。

熊次郎「ほら。当たりだ。顔が赤くなってらあー。素直に好きだって告白しなよ。俺が伝えてやろうか?」

兼重「るせえーやい。余計なことするんじゃね。」


ッカッ!カッカッ!


ワキに江戸にかつて、妻のような恋人と子供がいた事を話した。

二人とも親子して、現在でも行方不明である。

家族には話しているが、そのことに関連した話になると、腫れものに触るように扱い、全員口をつぐんだ。

人生最大の悲しみと苦しみを、新しくこれから築いていこうとする家庭にまで、引きずりたくなかった。複雑な心境である。


それから一年後、兼重はワキと祝言を上げた。


ワキの実家は建具屋。「上州吉井宿御燧所」の六尺の長さの看板を実家よりいただいた。

この上なく立派な看板は藤岡方面から姫街道を吉井宿に入る木戸の外側、川内村の先祖代々の敷地の店に掲げられた。


天保十二(1841)年

兼重は、一反前後の極小百姓ではあるが、火打鎌作りで一定の財産を形成し、村内で一定の役割を果たしていた。火打鎌の種類は、ネジリ形、短冊形、富士形、鎚形などがあり、他の鍛冶屋と差別化するために、鉄片に「吉井」「本吉」「上州吉井本家中野屋孫三郎女作」などと製銘を刻み、板に「吉井本家請合」などという焼印が押してあるのが特徴である。また注文に応じて製造された火打鎌も少なくなく、孫三郎兼重の名工としての腕前があらわれる。


天保十三(1842)年。「天保時代名物競」と言う雑誌の見立て番付に「上州吉井火打鎌」として、吉井火打鎌が取り上げられた。その中心人物が孫三郎兼重であった。天保年間、江戸の所々に吉井火打鎌の店が出現し、それまで隆盛の「枡屋」の火打鎌は、一気に下火に。江戸市場は、吉井火打鎌一色に染められた事は「近世商売尽狂歌 嘉永五年(1852年)」に掲載されている。

また冊子には暖簾をかけて火打鎌売りをする姿が絵が画れており、この暖簾には中野屋孫三郎兼重女作一の文字が入っている。この暖簾は岩井家で保存され現存している。


ここで「女作一」について、多くの解釈がある。まずなんと読むのか?

高崎市教育委員会では「むすめ作」と解説しているが、その説を唱えているのは他では聞いたことがない。


エビデンスの提示が欲しいところである。


「めさく」という読み方が吉井市民の中では一般的なようだ。

何を意味するのか?鍛冶屋の仕事は女人禁制。仕事場には「おんべろ」がかけられ、そこから先は女は入ってはいけない事になっていた。

女が作ったと解釈すると、その鍛冶屋の掟をやぶり、兼重の妻ワキが手伝っていたことが考えられる。鍛冶の仕事は鉄を切ったり伸ばしたりするのに、どうしても二人で行う作業となる。「向こう手」は、たたく係。もう一名は「箸・ハシ(やっとこの呼び名)」で真っ赤になっている鉄を、金床の上で角度やたたく場所を変える係。親方または横座と呼ぶ。うまく叩けるかどうかは、親方の加減で決まる。そして何より大切なのは、二人の阿吽の呼吸。

考えられるのは、兼重の父親兼孝が他界した後、男手がなく、やむなくワキが向こう手となって手伝ったのだと思われる。そこで、業界では珍しい女が作ったという事を表現し、他との差別化を図ったと考えられる。

では「一」は何なのか?「女作」と「女作一」と刻印がある。一がついているものは比較的後期。後継者の長男「孫三郎信重」が生まれ、後継ぎの長男が一人いるのだぞという事を表現するため、女作一となったのではないだろうか?


天保十三(1842)年、上州吉井の空に、新しい槌音が混じった。中野孫三郎兼重と、しっかり者の妻・ワキの間に、待望の長男・孫三郎信重が生まれたのだ。

嫡男であるが故、孫三郎の名を引き継ぎ、かつ兼重の「重」の字を充てた名だ。その三年後には、お転婆な長女・タケも加わった。


二人が歩けるようになると、鍛冶場は恰好の遊び場となった。

「信重、こら! 鉄屑をしゃぶるんじゃない。それは煎餅じゃないんだぞ!」 「タケ! ふいごの紐で縄跳びをするな。火が消えちまうだろうが!」


兼重の怒鳴り声が響くが、子供たちはどこ吹く風。時におっかなびっくり火の粉を追いかけ、小さな火傷を負うこともあったが、二人は泣かなかった。むしろ赤く光る鉄を「お星様みたい」と喜び、煤まみれの顔で笑い合う。その姿は、まるで火床から生まれた精霊のようだった。


そんな平和な日々に、悲しみが訪れる。父・兼孝が亡くなったのだ。鉄を鍛える「素延べ」の工程で、横座の兼重に合わせて大槌を振るう「向こう手(先手)」がいなくなってしまった。


「……旦那、アタイにやらせておくれ」 そう言って前に出たのは、ワキだった。


「ワキ、お前……。これは男でも音を上げるきつい仕事だぞ」

「ふん、何を今さら。あんたの背中を何年見てきたと思ってるんだい? それに、向こう手がいなきゃ、この子たちの腹は膨らまないよ」


翌日から、夫婦の共演が始まった。

「せーの、ハイッ!」

「ソレッ!」


ワキが振り下ろす大槌は、最初は少しばかりおぼつかなかったが、次第に兼重の呼吸を完璧に捉え始めた。時折、体力の限界が来ると、兼重が「交代だ」と横座を譲り、ワキが鉄を操る側に回ることもあった。


「お父ちゃんと、お母ちゃん、踊ってるみたいだね」

火花の向こうで、信重とタケが目を輝かせて見守っている。


「信重、よく見ておけよ。これが『夫婦の火花』ってやつだ」

兼重が汗を拭いながら笑うと、ワキがすかさず言い返した。

「上手いこと言ってないで、ほら、次を焼くよ! 火打金が待ってるんだからね」


カチリ、と小さな火花が散る。 それは暗い天保の世を照らす、世界で一番温かい家族の光だった。



かっかっかっかっかっかっ


丸文は天保十三(1842)年。 江戸に支店を設けた。吉井の丸文が、中野屋の火打鎌を倉賀野河岸、利根川を経由し、丸文の江戸支店を通じて、江戸で販売していた。それは全国に向けて発売することを意味していた。


11代堀越文右衛門富美(1839-1924)

兼重「堀越様。支店だしてくれたおかげで、注文も絶好調ですね。ところでちょっと新しいやつ作ったんだけど、これ見ていただけませんか?」


文右衛門 「どれどれ?今度のやつはずいぶんと凝った仕上がりだね。このねじるやつはさぁどうやって作ったんだい?

ねじってるうちに鉄が切れちゃうだろう。なかなかずいぶんと粋な細工してるね。これはいいね。」


兼重 「もう既に、ウチの吉井川内の店で売ってるんだけど、善光寺帰りのお客さんがさぁ買ってってすごい評判いいんですよ。

火花が出るのは元からうちのは日本一だけど、今度のねじりは何しろ粋な細工ですぜ。いちど善光寺参りの帰りに買って行った江戸のお客さんが、倉賀野宿に用事があるって時に、わざわざ家の川内まで足を伸ばして、店に来てお土産に買ってくんですよ。江戸じゃ売ってないって言うんでさぁ」


文右衛門 「そうかい?それはいいね。早速、江戸の取引先に紹介してみら。」


兼重 「生意気なようで、大変恐縮ですが、今回はやたらめったら、いろんなとこで売ってもらわないようにしていただきたい。どこでも売ってたんじゃねじりの特色的な商標の高価な雰囲気が下がるから、特約店制度を作ってもらもらえねえですかい?丸文様のとこの取引のある店で、粋な店だけに卸してもらいたい。安売りするとこには売ってもらいたくないのです。あっしは江戸の問屋には、丸文様しか卸しませんので。

家の商品は愛情と技がこもっているのです。

ソンジョソコラの鍛冶屋のものとは訳が違う。

うちはもともと刀鍛冶。今でも頼まれりゃ刀を作る。それも武田信玄の配下の子孫「近江守助直」直伝でさあ。技が違うんでえ。」


文右衛門 「なるほど。吉井本家火打鎌の特約店制度を作ろうじゃねーか」あ


兼重のねじり型火打鎌は江戸の街で火がついた。と同時に吉井本家の火打鎌自体の底上げに貢献した。ねじり形を買えないお客さんは丹尺形などを買って行った。


売上はうなぎ登りで上がっている。京都の明珍や岡崎の枡屋のシェアを吉井本家が奪っていっている。それは江戸市中だけでなく、全国的にその傾向は激しくなった。



嘉永五(1852)年。孫三郎兼重は川内村役人(組頭)に抜擢された。

仕事は村方三役(名主・組頭・百姓代)の一つで名主を補佐する役割である。具体的には、5~7軒を一組とする「五人組」の長である「五人組頭」を務め、年貢の徴収や村政の運営に携わった。村人からの信頼感も厚かったのである。年貢の徴収は厄介である。天保の飢饉のときだったら悲惨なことになるが、その後の豊作期なので、比較的運に恵まれた仕事であった。


かかかかかかんん


文政から天保、そして弘化へ。上州吉井の地に響く槌音は、もはや一軒の鍛冶屋の音ではなかった。それは、絶望の淵にあったこの村を、熱い鉄で叩き直していく「希望の鼓動」そのものだった。


中野屋の大家族と、おにぎりの乱

中野孫三郎兼重の工房は、今や総勢十六名の大家族になっていた。五人の職人は農具から火打ち金までこなし、五人の見習いと勘定方、そして三人の丁稚が忙しく立ち働く。


「おい、丁稚ども! 飯はまだか! 腹が減っては槌が振れんと言っただろう!」


一番弟子の職人が叫ぶと、裏手から丁稚たちが湯気の立つ大きな桶を抱えて走ってくる。その食事の世話を一手に引き受けているのが、妻のワキだ。


「はいはい、今おにぎりができたよ。でもね、今日は一つだけ『当たり』が入ってるからね」 ワキが悪戯っぽく笑う。


「当たり? 旦那、中身は何ですか。鮭ですか、それとも梅干しの二個入りですか?」 見習いの一人がかじりつくと、途端に顔を真っ赤にして吹き出した。 「ぶはっ! な、なんだこれ、中身が真っ黒な蒟蒻こんにゃくだ!」


「ははは! それは『腹が黒い』職人にならないためのワキ特製のおまじないだ!」 兼重が豪快に笑い、工房全体に明るい声が広がる。吉井のどこよりも高い給金、そしてこの温かい賄い。中野屋で働くことは、この近辺の若者たちにとって最高の誇りとなっていた。


2. 信重の成長と、恋の火花

長男の**信重のぶしげ**は、十歳から鉄を叩き始め、十五歳で立派な戦力となった。刀鍛冶としての仕事も兼重より受け継いだ。そして二十歳。彼は人生で最大の「名刀」を手に入れることになる。 相手は、吉井の有力者、堀越文右衛門の次女・キタだ。


「旦那、信重のやつ、丸文の本店へ行くたびに鼻の下が伸びてますぜ。仕事の打ち合わせなんだか、惚れた腫れたの密会なんだか」 留二がからかうと、信重は顔を赤くして鉄を叩く手を早めた。


「うるさい。俺は、丸文との関係を強化するために赴いているんだ」

「へぇー、関係強化ねぇ。キタさんの手を握るのも、政治的な思惑ってやつですか?」


兼重は、そんな息子を黙って見守っていた。この縁組は、中野屋の技術力と丸文の財力・流通力を結ぶ「鉄の結束」となる。しかし、何より嬉しかったのは、不器用な息子がキタという優しい娘と、心通わせる恋愛をしていたことだ。二人が祝言を挙げた夜、兼重は自ら打った最高の火打金を二人に贈った。


「信重。この火を、絶やすんじゃないぞ」


弥勒院の変革:病院山の奇跡

兼重が商売で築き上げた富は、蔵の中に眠ることはなかった。彼はある壮大な計画を立てる。 「弱者も強者もない、誰もが病に怯えずに暮らせる村を作る」


先祖代々の菩提寺弥勒院は、戦国時代に築かれた「川内の砦」の場所に、徳川の時代になってから、建設された寺である。他の檀家はなく、管理も延命蜜院の住職が執り行っていた。兼重の一存で、檀家の多い近くの延命蜜院に吸収させることにして、場所を開けさせた。通称病院山と呼ばれた。弥勒院の場所を使い、近代的な病棟——今で言う「病院」を作ることに決めたのだ。

兼重は、商売で儲かったお金を、地元に還元した。それは兼重一代で終わる事業ではなかった。地元の人に喜ばれる使い方に徹した。兼重の代では、延命蜜院に弥勒寺を吸収させ、更地にし、病棟を立てるところまでである。長男信重の代にわたる大事業であった。


「旦那、正気ですか! 寺を壊して病院にするなんて、仏罰が当たりますよ!」 周囲の反対を、兼重は一蹴した。 「仏様はな、死んだ後の極楽を説くだけじゃねえ。今、目の前で苦しんでいる民を救ってこそ仏だ。弥勒寺は延命密院に吸収させ、場所を開ける。文句があるなら俺が地獄へ行って詫びてやる!」


更地にし、建物を立てるまでは兼重。そして、そこを動かすのは息子の信重の代の大事業となった。 信重は、腕利きの針医であり漢方医の「梅安」を招き、常駐させた。当時、伝染病や不治の病にかかれば捨てられるのが当たり前の時代に、入院治療を行う施設など日本中どこを探してもなかった。


「おじいちゃん、痛くないよ。先生が魔法の針を刺してくれたんだ」 病棟から聞こえてくる子供の声。儲けなど度外視の、壮大な慈善事業。吉井の住民たちは、中野親子を「生き仏」と呼び、深く感謝した。


栄光の陰に潜む、嫉妬の火花

しかし、成功の光が強ければ強いほど、その陰に潜む嫉妬も濃くなる。 「中野の家だけが贅沢をしやがって。寺を潰して病院だ? 偽善もいいところだ」


吉井の同業者、そして他産地の競合たちが、中野屋の躍進を苦々しく見つめていた。

「火打金の品質を落としたと噂を流せ」

「原材料の供給を止めろ」

不穏な動きが、中野屋を包囲し始める。


ある夜、信重が兼重に尋ねた。

「父上、敵が増えています。私たちは、やりすぎたのでしょうか」


兼重は、赤々と燃える火床を見つめて静かに答えた。

「信重。いい鉄ほど、叩かれれば火花が散る。叩くのは職人の槌だけじゃない、世間の嫉妬も、時代という名の重みもだ。叩かれて、叩かれて、それでも折れずに光を放ち続けるのが、本物の鉄だ」


兼重は、かつて自分が救ったおみつや信じて付いてくる十六名の家族の顔を思い浮かべた。


「俺たちが打っているのは、ただの鎌じゃねえ。吉井の誇りだ。……信重、用意しろ。明日はもっと大きな火を熾すぞ」


「カッカッ! カッカッ!」


その槌音は、迫りくる暗雲を払いのけるように、いっそう激しく、そして優しく、上州の夜空に響き渡った。


「カッカッ! カッカッ!」


中野屋の隆盛は、吉井の町を潤す一方で、暗い妬みの火種にもなっていた。 「中野の親子のやり口は、商売の筋を壊している。寺を潰して病人を入れるなど、不吉極まりない!」 近隣の鍛冶仲間や、中野屋に市場を奪われた他産地の商人たちが、夜な夜な酒場で結託し、陰謀を巡らせていた。


その嵐の前触れは、ある朝、病院山のふもとに張り出された一枚の「投げ文」から始まった。


卑劣な罠

「旦那! 大変だ、町に妙な噂が流れてる!」

弟子の留二が、息を切らせて工房に飛び込んできた。

「中野屋の病棟は、病人を治すためじゃない、新薬の毒を試すための実験場だ……なんて、ひでえ作り話が広まってやがります」


兼重は槌を置かず、静かに火床を見つめていた。

「……叩く奴は叩かせろ。鉄は叩かれなきゃ強くならん」


だが、敵の狙いは噂だけではなかった。 その夜、病院山の薬草庫に火が放たれた。火の手はまたたく間に広がり、入院していた不治の病の老人たちがパニックに陥る。


「逃げるな! 梅安先生の指示に従え!」

信重が炎の中に飛び込み、患者を背負って運び出す。


兼重の決断と、留二の「笑い」

翌朝。焼け残った薬草庫の前で、兼重は集まった村人たちを前に立ち上がった。


「皆の衆、よく聴け! 中野屋を妬む者が、この病院を、そして皆の命を狙っている。だがな、俺は一歩も引かん。むしろ、この病院山をもっと大きくしてやる。文句があるなら、俺の槌より強い鉄を持ってこい!」


重苦しい空気の中、留二がわざとらしく大きなあくびをした。

「あーあ。旦那、そんな格好いいこと言っちゃって。でも、薬草が焼けちまったんじゃ、これからは『おにぎり』に毒消しの梅干しを多めに入れるしかねえですな」


「ははは! 留二、お前は本当に空気が読めねえな」

信重が煤まみれの顔で笑い、村人たちの強張った顔も少しずつ解けていった。


栄光の礎:信重への継承

兼重は、信重を連れて弥勒院の奥にある先祖の墓前に立った。


「信重。病院山を守り抜くのは、並大抵の苦労じゃねえ。金も出る、恨みも買う。だが、この火が消えた時、吉井はただの貧しい村に戻るんだ」


「父上。わかっております。……私は、刀鍛冶としての腕も、この病院の主としての覚悟も、すべて受け継ぎます」


信重は、妻キタに支えられながら、父が築いた基盤の上に、さらに寺子屋の塾長・隣村の名主の鈴木軍助と協力し、子供たちへの教育支援も始めた。 読み、書き、そして「鉄のように強く生きる知恵」を教えた。


中野屋は、単なる商家から、村の精神的な支柱へと進化していった。 妬んでいた競合たちも、中野屋がもたらす経済の恩恵と、病を救われた家族たちの圧倒的な支持の前に、一人、また一人と頭を下げ、傘下へと加わっていった。


結び:受け継がれる「火」の記憶

数年後。隠居した兼重は、夕暮れの病院山を眺めながら、かつての仲間たちのことを思い出していた。 国定忠治。人形町のおみつとわが子紋次郎。共に鉄を鍛えたワキ。そして今や中野屋を支える大黒柱となった信重。


「カッカッ! カッカッ!」


工房からは、今も信重が振るう槌音が聞こえてくる。 その音は、かつて兼重が打ったものより、どこか柔らかく、包み込むような慈愛に満ちていた。


「……いい音だ。これで、吉井の火は百年は消えねえな」


兼重は満足げに目を閉じ、懐の火打金を一度だけ叩いた。 シュン、と飛んだ火花は、夜の帳を優しく照らし、新しい世代の道を明るく導いていた。



実際は、成功するものがいれば、それをねたむものがいる。そして足を引っ張るものもいる。政敵もかなり多かった。

それは、吉井の産地の中だけの競合だけではなく、他の産地との競合でも起きてきた。

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