第11章新選組浪士隊と中野屋
新選組と中山道
文久二(1862)年、幕府は庄内藩士・清河八郎による献策で浪士組の結成。第十四代将軍徳川家茂の上洛に際して警護募集した。
文久三(1863)年二月。浪士隊は江戸から京都へ中山道を西上することとなった。
上州吉井の街は、これまでにない殺気と熱気に包まれていた。「おい、次助! ぼさっとするな、火床を最大まで上げろ! 鋼をどんどん持ってくるんだ!」
中野孫三郎信重は鉢巻を締め直し、声を荒らげていた。それもそのはず、目の前の中山道を、二百三十名を超える「浪士隊」の隊列が砂塵を巻き上げて進んでいたからである。
1. 浪士たちの襲来と「上州男」の気質
浪士隊。後の新選組や新徴組となる、腕に覚えのある無頼の徒。身分を問わず、武に秀でた者を集めたその集団は、一見すると武士の行列だが、中身は血気盛んな荒くれ者ばかりだ。
「……旦那、見てくださいよ。あの一番前でふんぞり返ってるのは、近藤とかいう多摩の男だそうで。強そうな面構えですが、その隣の男(土方)なんて、薬売りの分際で刀をぶら下げてやがる。時代も変わったもんですな」
次助が口を尖らせて囁くと、信重は苦笑いしながら答えた。
「お前、滅多なことを言うな。彼らの中には上州出身者が五十八名もいるんだ。武蔵に次いで二番目の多さだぞ。特に東毛の連中は気性が荒い。聞こえたらその首、胴体と離れちまうぞ」
「へいへい。でも旦那、なんで上州人はこんなに首を突っ込みたがるんですかね?」
「決まってるだろう。『新しいもん好き』で『義理人情に厚い』。それが上州男だ。それに……ほら、あそこで案内してる高崎出身の清間清之助さんを見てみろ。西毛の連中がこぞってうちを勧めてる。商売繁盛、これこそ義理人情だ!」
信重が槌を振るう工房の軒先に、ひときわ身軽そうな若者がひょいと顔を出した。一番隊組長の沖田総司である。その瞳は澄んでいるが、時折見せる鋭さは、抜身の刀そのものだった。
「おじさん、ここの火打金はそんなにすごいの? 僕、あんまり力がないから、簡単に火がつくやつがいいな」
「力がないとは、よく言えたものだ。あんたの踏み込みの鋭さは、隣の通りまで響いているぞ」
信重がそう言うと、背後から柔和な笑みを浮かべた山南敬助が進み出た。
「総司、あまり職人さんをからかうものではないよ。店主、私にも一丁いただきたい。道中、民家の軒下に泊まるのに明かるい頼もしい相棒が必要なのでね」
山南の言葉は丁寧だが、その奥には覚悟の重さが同居していた。中野屋の店先には、永倉新八や斎藤一、さらには原田左之助といった、後に歴史を震撼させる剣客たちが、まるで見世物小屋に集まる子供のような顔をして、鉄の塊を吟味していた。
その横では、藤堂平助が「江戸の道場仲間にも配りたいな」と赤ん坊のような無邪気な笑顔で、若々しく声を弾ませていた。
この多摩の試衛館組は、まさに「鋼の集団」であった。
沖田総司は、その細い指先で火打ち金を弄びながらも、視線は常に周囲の動静を捉えていた。彼は後に池田屋で血を吐きながらも戦い抜く宿命を背負っているが、今はまだ、吉井の春風に目を細める一人の青年に過ぎない。しかし、その身のこなしは常人の域を超えていた。
山南敬助は、知的で穏やかな物腰の裏に、古流武術の厳格さと、移りゆく時代への苦悩を隠していた。彼はこの後、隊の規律を重んじるあまり自ら切腹の道を選ぶことになる。信重が手渡した火打ち金の重みを掌で確かめ、「良い鉄は、使う者の心を映すと言います。この光に恥じぬよう歩まねば」と静かに語ったその姿は、職人の心に深く刻まれた。
幾重にも螺旋を刻んで鍛え抜いた「吉井本家・ねじり形火打ち金」。それは、死線を潜り抜ける剣客たち一人一人の魂と共鳴し、戦いの闇を照らす「守護神」へと昇華していくこととなる。
「おい、斎藤。お前はどれにするんだ?」
永倉が尋ねると、斎藤一は無言で一丁のねじり形火打金を選び、指先でその鋼の鳴りを確認した。
「……音がいい。これは、折れぬ鉄だ」
斎藤の短い言葉に、原田左之助が笑いながら槍の柄で床を叩く。「火花なんて、景気良く飛べば何でもいいじゃねえか! 俺は一番派手なやつを頼むぜ!」
三番隊組長・斎藤一が選んだのは、最も鋭く、深くねじり込まれた一丁であった。この鉄を己の冷徹な剣筋と一体化させた。密偵や暗殺といった闇の任務において、信重の打ったねじり形が放つ火花は、どの道具よりも白く、鋭く闇を裂いた。一瞬だけ敵の網膜を焼くその閃光こそが、牙突を放つための唯一の勝機となる。斎藤にとって、この火打ち金は単なる道具ではなく、己の孤独な正義を肯定し、明治、大正と続く長い戦後を共に歩む、唯一裏切ることのない「戦友」であった。
そして二番組組長・永倉新八。最強の剣客として生き残った彼は、晩年、小樽の凍てつく寒空の下で、錆びることのないこの守護神を鳴らした。バチッという音と共に舞う黄金色の火花の中に、彼はかつての仲間たちの横顔を、中山道の砂塵を、そして散っていった誠の旗を見た。信重が鋼に込めた「ねじり」の意志――「折れず、曲がらず、志を貫く」という祈りは、永倉の手を通じて、滅びゆく武士道の最後の誇りを語り継ぐ灯火となったのである。
土方歳三の「値切り」と、芹沢鴨の「火」
浪士隊の面々は、京都での不浄を祓うためか、はたまた実戦での火種を確保するためか、次々と中野屋の店先に雪崩れ込んできた。
「おい、職人。この火打金、まとめて三十丁買う。安くしろ」
前に出たのは、冷徹な美男子、土方歳三であった。彼は宿泊の手配から物資 調達まで一手に引き受ける「浪士隊の財布」である。
「土方様、うちは吉井本家。品質は日本一ですが、値引きは……」
信重が言いかけると、後ろから大きな影が割り込んできた。芹沢鴨である。
その顔には不遜な笑みが浮かんでいるが、眼光には水戸天狗党の一派として修羅場を潜り抜けてきた者の暗い狂気が宿っていた。
芹沢は元々、水戸藩の過激な尊王攘夷組織「天狗党」の流れを汲む男であった。かつて常陸の国で彼が行った悪事は、今や伝説となって上州にまで届いている。天狗党は「攘夷の資金」と称して富商を襲い、従わぬ者の家に火を放ち、一族を皆殺しにするという惨劇を繰り返していた。芹沢自身も、気に食わぬ料理屋の主人を白昼堂々と斬り捨て、その返り血を浴びたまま酒を呑むような怪物であった。昨晩も本庄宿で、宿泊の待遇が気に入らぬという理由だけで、持参した大鉄扇を振り回し、民家の蔵を焼き払うという暴挙に出たばかりだ。
「ケチなことを言うな。俺は昨晩本庄宿で蔵を焼いてきたばかりだ。火の出が悪いと、次はこの店を焼くことになるかもしれんぞ? はっはっは!」
「……ひっ! 冗談に聞こえませんよ、芹沢様!」
次助が震え上がる。芹沢の「蔵焼き」の噂は、昨晩の話でも、既に吉井にも届いていた。彼は水戸天狗党の過激な尊王攘夷思想を背負い、行く先々で波乱を巻き起こす怪物であった。だが、信重は落ち着いて一歩前に出た。
「芹沢様、火を付けるならうちの道具をお使いください。本物の火打金なら、蔵どころか、あんた方の志に火を付けて、京の闇を照らしてみせますよ」
信重の啖呵に、土方はふっと口角を上げた。
「……気に入った。定価で買おう。ただし、一番火花の出るやつを揃えろ」
土方の合図で、最年長の井上源三郎が手際よく火打金を検品し、包み始めた。
「源さん、数に間違いはないか?」
「ああ、歳さん。中野屋の親父さんの心意気も、しっかり数に入れておいたよ」
井上の温かい言葉に、殺伐とした浪士たちの間に一瞬だけ和やかな空気が流れた。
副長・土方歳三にとって、そのねじり形火打鎌の機能美は「組織の規律」そのものであった。徹底した合理主義者である土方は、信重が施した螺旋の溝が「雨露を逃がし、いかなる過酷な戦場でも確実に火を熾す」という実利を即座に見抜いた。多摩の薬売りから幕臣へと駆け上がる己の半生を、叩かれ、ねじられることで強度を増す鋼の性質に重ね、彼はこの一丁を愛用した。池田屋の夜、あるいは箱館の雪原。絶望的な状況下で土方が放つ白い火花は、隊士たちの迷いを断ち切る「勝利の吉兆」となり、彼が倒れるその瞬間まで懐で不屈の芯を守り続けた。
宿場町の事情と、遅れた一日
浪士隊は中野屋で火打金を買い込むと、安中宿へと向かった。 しかし、ここからの道程は苦難の連続であった。
天保十四(1843)年「中山道宿村大概帳」によれば、安中宿は民家六十四軒、三百四十八人が暮らしていた。本陣、脇本陣各一軒、問屋場一軒。 無高で家数も少なく困窮していた宿場であった。 松井田宿は民家二百五十二軒、一千九人が暮らしていた。本陣二軒、脇本陣三軒、旅籠屋十四軒、問屋場二軒であった。 板鼻宿は民家三百二十二軒、一千四百二十二人が暮らしていた。本陣、脇本陣各一軒、旅籠屋五十四軒、問屋場二軒であった。上州の宿場の中では旅籠屋が一番多い。それは碓氷川が川止めとなると旅客が滞留するためである。 碓井川は「歩渡し(かちわたし)」もしくは平たい台に乗せて運ぶ「蓮台越」で越えていたが、このころは常設の仮土橋が架けられ、橋が流失した時「歩渡し(かちわたし)」が臨時措置として行われていた。
当初、宿泊は松井田宿の予定だが、隊員の庄内藩新徴組で安中出身の佐々木三次郎とや四番組安中原市出身の田島陸奥・道中目付安中藩の武井三郎・四番組中島政之進(甲源一刀流)からの情報では、地元勢が口を揃えて「松井田は民家が少なく、二百人以上は無理です。我々の実家を中心に泊まらせましょう」と進言した。 実際に当時の安中は民家六十四軒の困窮した宿場。対する松井田や旅籠が五十四軒もある板鼻と比べれば、宿泊の手配は至難の業だった。土方はこの「地元ネットワーク」を駆使して隊員を分散宿泊さたが、そのあらかじめ予想しない事態のせいで京都到着は予定より一日遅れることになった。
「まったく、土方さんも大変だ。安中から原市まで隊士をバラけさせて、一軒一軒頭を下げて回るんだからな」
次助が、去りゆく隊列を見送りながら言った。
「それだけじゃない。安中は民家が少ないだけでなく、水も乏しい。あんな大人数が一度に押し寄せたら、井戸が枯れちまう。地元出身の連中が自分の実家を差し出したのは、彼らなりの故郷への愛着だろうよ」
信重は、碓氷川の仮土橋を渡っていく浪士たちの背中を見送った。
「……次助、あいつら、本当に行くんだな」
「ええ。皆、懐に中野屋の火打金を忍ばせて。京都でどんな火を熾すつもりやら」
信重の手元には、浪士たちが置いていった小銭と、激動の時代の熱気が残っていた。信重は再び槌を握り、カッカッ!と、誰かの行く先を照らすための火種を叩き続けた。
散りゆく火花への祈り
夕闇が迫る中、信重は一丁の火打金を手に取り、試し打ちをした。 バチッ、と鮮やかな火花が散り、一瞬だけ闇を黄金色に染める。
「次助。あの沖田って坊主、一番小振りのを選んでいったが……ありゃあ、自分の命を削りながら笑っているような目をしてたな」
「旦那も感じましたか。斎藤って男も、土方って男も、皆どこかこの世の者じゃないような。まるで、この時代の最期を看取るために生まれてきたような、そんな寂しさが漂ってやがりましたよ」
次助の言葉は珍しく的を射ていた。浪士隊は、この後京都で「新選組」となり、池田屋騒動、そして鳥羽伏見の戦いへと歴史の激流に飲み込まれていく。吉井の地で手に入れた火打金は、彼らが冷たい屯所で暖を取り、あるいは死の間際に最後の一服を味わうための火を灯したことだろう。
「……あいつらが熾す火は、幕府を守るための火か、それとも新しい日本を焼く火か」
信重は誰にともなく呟いた。中野屋の鋼は、使い手の心に呼応する。もし彼らが誠の道を貫くならば、その火花はどれほど冷たい雪の中でも、決して消えることはない。
数年後、戊辰の戦火が上州にも及び、信重はかつて火打金を売った男たちの何人かが非業の死を遂げたことを風の噂で聞くことになる。藤堂平助は油小路に散り、山南敬助は切腹し、沖田総司は病に臥し、隊長の土方歳三は函館の地で散り、近藤勇は板橋で斬首。
一瞬の輝きを放ち、闇の中に消えていく火花。それは、彼らの生き様そのものであった。中野屋の火打ち金は、鉄と石が激しくぶつかり合って初めて光を生む。彼らもまた、古い幕府という「鉄」と、新しい維新という「石」の激突の中で、最も鮮やかな火花となったのだ。
吉井本家、中野屋のねじり形。それは、幕末という激流を駆け抜けた男たちの魂を繋ぎ止め、冷え切った夜を温め続けた、鉄の守護神そのものであった。
彼らが死の直前まで握りしめていたのは、吉井の土と、職人の誇りが詰まったあの鉄の感触であったはずだと。
信重は再び火床に向き直った。 時代がどれほど残酷に変わろうとも、誰かの夜を照らす火が必要な限り、中野屋の槌音を止めるわけにはいかない。
カッ、カッ、カッ。
「どんな火でもいい。ただ、あいつらが故郷の上州を思い出す時、その火花が温かいものであってほしいな」
信重の祈りは、夜風に乗って安中へ、松井田へ、そして遥か京都へと流れていく。
職人の仕事とは、ただの鉄を売ることではない。誰かの人生に、一筋の光を添えることなのだ。信重は、自分自身の指に刻まれた火傷の跡を愛おしむように見つめた。これは、彼らと共に時代を叩いた勲章であった。
吉井本家、中野屋の看板は、その後も風雪に耐えて生き続ける。
しかし、あの文久三年の二月に、二百三十名の侍たちが一斉に火を熾した時の、あの圧倒的な光の渦を、街の古老たちは今でも語り継いでいる。
「あの日、吉井の空は昼間のように明るかった」と。
信重は、最後の鋼を一心不乱に叩き上げた。
その火花が、いつか誰かの冷え切った心を温める日が来ることを願って。
槌の音は、吉井の山々に反響し、新しい時代の幕開けを告げる鐘の音のように、どこまでも、どこまでも響き渡っていった。




