----序章----
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350年の時を超えて響く、鉄と石の咆哮。これは、一度は歴史の闇に葬り去られようとした「火打金」という名の魂を、執念で呼び覚まそうとする男の記録である。
1.闇に消えゆく火花の記憶
カッカッ、カッカッ。
凍てつく冬の夜気、乾いた音だけが耳を突く。
現代において、この硬質な旋律の正体を即座に言い当てられる者が、果たしてどれほどいるだろうか。
「火打金ひうちがね」
その名を口にしても、返ってくるのは決まって困惑の表情だ。「マッチのことですか?」「ライターの部品?」――無理もない。今の世、火は指先ひとつの魔法で灯る。100円の使い捨てライター、あるいはキッチンのスイッチ。火は「起こす」ものではなく「点く」ものに変貌した。鉄の板と石を打ち合わせ、散った火花を慎重に慈しみ、炎へと育て上げる……そんな「不便という贅沢」は、高度経済成長という名の濁流に押し流され、歴史の地層深くへと埋もれてしまった。
だが、日本人のDNAには、この火花の記憶が刻まれているはずなのだ。
思い出してほしい。泥舟で沈みゆく狸の背に、ウサギが非情な火を放ったあの物語を。
民話『かちかち山』。老婆を騙して殺し、あまつさえその肉で「ばばあ汁」を作って夫に食らわせるという、狂気と残酷に満ちたストーリー。現代の中央教育審議会やコンプライアンスの番人たちが眉をひそめ、絵本から次々と抹消していったあの場面。ウサギが狸の背後で「カチカチ」と音を立てたとき、狸が「何の音だ?」と問う。ウサギは答える。「ここはカチカチ山さ」。
あの時、ウサギの手の中で火花を散らしていたものこそが、火打金である。
あるいは、1000年以上の刻を遡り、日本神話の世界へ。
日本武尊やまとたけるのみことが、蝦夷討伐の東征において敵の火攻めに遭った絶体絶命の瞬間。周囲を火の海に囲まれ、死を覚悟した彼を救ったのは、叔母である倭姫命やまとひめのみことから授かった革袋の中身だった。そこには草薙剣とともに、火打石と火打金が収められていた。彼はその道具で迎え火を放ち、逆転の勝利を掴む。
しかし、これらの物語は今や、語り継がれることもなく風化しつつある。
かろうじてこの音の記憶を繋ぎ止めているのは、時代劇『銭形平次』の再放送を食い入るように見つめていた、60代以上の世代だけかもしれない。愛する夫の背中に向け、妻がお守り代わりに放つ切り火。「カッカッ」という景気のいい音とともに散る火花。それが無病息災を祈る儀式であったことを、今の若者たちは知らない。
2.猪苗代湖の邂逅、そして覚醒
運命の歯車が回り出したのは、2017年の初夏のことだった。
福島県、猪苗代湖。
磐梯山の麓に広がる湖面は、初夏の強烈な陽光を跳ね返し、周囲の新緑をいっそう鮮やかに際立たせていた。私はこの場所で、自社のオリジナルガレージブランド「CAMP SMITH」のブースを構えていた。「GOOUT CAMP」という大規模なアウトドア・イベント。SNSを駆使し、新たなマーケットを切り拓くための、私にとっては社運をかけた戦いの場でもあった。
その様子を、インターネットの海の向こうから凝視していた男がいた。
高校時代の恩師、山岳部の顧問だった丸山博先生である。
先生から届いた一通のダイレクトメッセージ。そこには、あるブログのリンクが貼り付けられていた。
「こんなものに、興味はないか」
それは、60人もの小中学生を引率し、6泊7日にわたる野外体験学習を記録したブログだった。
そこには「キャンプ」という生ぬるい言葉では言い表せない、剥き出しの自然との対峙が綴られていた。マッチもライターも使わせない。子供たちは自ら火打金で火を起こし、煙に目を細めながら炊事を行う。火を「つける」のではなく「育てる」。
そのプロセスを通じて、バラバラだった子供たちが一つのチームへと変貌していく。凄まじいファシリテーションの記録だった。
私は戦慄した。自分がビジネスとして扱っているアウトドアの、さらに奥底にある「根源」を見せつけられた気がした。
帰宅後、私は30年ぶりに先生と再会した。高崎市箕郷町にある、蕎麦の名店「おお野」。
喉越し滑らかな蕎麦の余韻にたった後、帰りの駐車場で、先生は懐から「それ」を取り出した。
カッカッ、カッカッ。
昼下がりの静かな駐車場に、鋭い音が響く。
「なんだ……これは……」
私は絶句した。先生の手元で、目に見えないほど高速の火花が狂ったように舞い、麻の繊維へと吸い込まれていく。
それは、高崎市吉井町でかつて350年もの栄華を誇ったブランド「吉井本家」の携帯用火打金だった。わずか2寸(約6センチ)。「丹尺二号」と呼ばれるその小さな鉄板には、江戸時代から大正末期まで、日本人の暮らしを根底から支え続けた誇りが宿っていた。
一つ、譲り受けた。石とともに。
家に帰り、取り憑かれたように打ち合わせた。だが、火は点かない。15分間、無心で打ち続け、ようやく小さな煙が上がった。その瞬間をスマートフォンで撮影し、Facebookにアップした。
すぐに先生から電話が入った。
「やり方が違う。これから行くから、待っていろ」
先生による再講習。火花の飛ばし方、石の角度、受け止める火口ほくちの置き方……。
コツを掴んだ瞬間、私の手の中で、炎はわずか1分で産声を上げた。
脳が焼けるような達成感だった。350年続いた商標の重み、そして今なお生産され続けているという事実。しかし、地元である群馬県民も、高崎市民も、その価値を誰も知らない。
「これを、絶やしてはならない」
私の心に、消えることのない火が灯った瞬間だった。
3.爆発、そして海を越える宿命
インターネット通販を開始したが、最初は全く売れなかった。
当然だ。これは「買いさえすれば使える」道具ではない。手に入れた後、自らの身体で技術を習得しなければ、ただの鉄の塊に過ぎないのだ。
私は各地のアウトドア・イベントに、火打金の体験ブースを出し続けた。
大きな転機は、新宿中央公園での出店だった。2日間の会期の初日、ふらりと一人の男がブースを訪れた。
当時は失礼ながら存じ上げなかったのだが、それがキャンプ芸人として絶大な支持を集めるヒロシ氏だった。彼は少年のような目をしてワークショップを楽しみ、火打金を持ち帰った。
翌朝、宿泊先のホテルで目が覚めると、スマホが通知の嵐で震えていた。
「ヒロシちゃんねるに出てるぞ!」
彼はその日のうちに動画を編集し、全世界へ配信してくれていたのだ。
2日目の会場。開門と同時に、私のブースには人の波が押し寄せた。売上は前日の10倍。通販サイトの在庫は瞬く間に消えた。歴史の遺物が、現代のデジタル・プラットフォームを通じて、一気に熱狂の渦へと放り出されたのだ。
私の探究心は加速した。単なる販売者ではなく、この歴史の語り部にならなければならない。
吉井町郷土資料館、あかりの資料館、そして吉井本家の直系子孫である中野氏……。
各地の学芸員や、今は亡き先達たちの知恵を借り、膨大な情報と記録を蓄積していった。
そして、世の中から消えて150年が経っていた「ねじり形」の火打金の復刻に挑んだ。安中市の松永製作所をはじめとする鍛冶職人たちの執念が結集し、ついに伝説のフォルムが現代に蘇った。
さらに、調査を進める中で、私は身震いするような事実に辿り着く。
かつて高崎の中野屋が誇った世界最高峰の鍛冶技術。その「種火」は、なんと海を越え、スペイン王室御用達の職人の手へと継承されていたのだ。
「これをドキュメンタリーにしたい」
私はYouTube動画『吉井本家の歴史と現在を繋ぐ』の製作を開始した。最後はスペインへ飛び、国王と、中野屋の血を受け継ぐ鍛冶職人T氏の邂逅をカメラに収める……それが私の描いた、完璧なグランドフィナーレだった。
だが、現実は小説よりも残酷だ。
国境の壁、権利の壁、そして自身の資金力の限界。
様々な問題が毒のように回り、その壮大な企画は、あと一歩のところで断念せざるを得なくなった。
4.老いなき夢、そして燧ひうちの旅へ
企画は頓挫した。だが、私の魂は折れてはいない。
映像という形が叶わないのであれば、文字に刻めばいい。
私は「史実に基づいたフィクション」という形で、この物語を世に問うことに決めた。
2026年現在、私は今年70歳になる。
これまでの人生、小説など書いたことはない。脚本のいろはも知らなければ、映画製作の教育も受けていない。ビジネスでは手痛い失敗を繰り返し、蓄えと呼べるような金もない。
この年齢で「小説を書き、映像化を目指す」などと言えば、世間の人々は鼻で笑うだろう。
「いい加減、年相応の隠居をしたらどうだ」
そう諭す者もいるかもしれない。
だが、私は思う。
夢を語らなくなったとき、人は本当の意味で老いるのだと。鼻で笑う彼らこそが、心の灯火を消してしまった「年老いた人々」なのだ。
私は、人生の最期まで巨大な夢を抱き、それに向かって疾走できる自分を誇りに思っている。
達成できるかどうかなど、問題ではない。そのプロセスにどれだけの情熱を注げるか。それこそが「若さ」の定義なのだ。
これから私が綴るのは、吉井本家の商標を持つ中野孫三郎兼重と、その息子・信重の物語である。
幕末から明治、激動の時代の中で、火とともに生き、火とともに散っていった親子二代の栄華と没落。
それは単なる骨董品の話ではない。日本人が忘れ去った「誇り」と「執念」の物語だ。
私は命が続く限り、この音声入力を中止しない。
たとえ資金がなくても、実績がなくても、私の胸の中にはあの「吉井本家」の火打金が散らした、烈火のような情熱が燃え盛っている。
さあ、準備はいいだろうか。
現代の闇を穿ち、未来を照らす、あの火花を求めて。
私と一緒に、時空を超えた「燧ひうち」の旅へお供願いたい。
カッカッ、カッカッ。
物語の幕は、今、切って落とされた。




