表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無色の魔力を持つ出来損ない令嬢ですが、その力をうっかり聖獣に見初められたので、冷酷な婚約者と傲慢な妹にはもう関わりません  作者: 九葉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

最終話

クラウディオ王子に導かれ、私が足を踏み入れた王城の中は、想像以上に深刻な状況だった。

廊下のあちこちで騎士や侍女たちが倒れ伏し、玉座の間からは、重苦しく淀んだ瘴気が溢れ出している。


玉座の間の中央。

そこには、国の要である国王陛下と、その側近たちが苦悶の表情で喘いでいた。

彼らの体から立ち上る黒い靄が渦を巻き、部屋全体の魔力を蝕んでいる。あれが、この異変の源泉。


「……なんと、禍々しい」

クラウディオ王子が、思わずといった様子で呟く。


広間にいた宮廷魔術師たちが、青ざめた顔で私たちに気づいた。

そして、私の隣に控える聖獣フェンリルの神々しい姿と、私自身から放たれる清浄な気の奔流に、目を見開く。


「あの方は……まさか、森の聖女!?」

「聖獣様までお連れだ……!」


国王陛下が、かろうじて意識を保ち、助けを求めるように震える手を私に向けた。

「……頼む、聖女よ。この国を……民を、救ってくれ……」


私は、静かに頷いた。

もう、迷いはない。

恐怖もない。


私はフェンリルとクラウディオ王子に見守られながら、ゆっくりと広間の中央へと進み出た。

そして、瞳を閉じ、両手を胸の前でそっと組む。


(お願い……)


祈りを込める。

誰かを救いたいと、心から願う。

それは、かつて出来損ないと蔑まれた少女が、初めて心の底から自分のためにではなく、他者のために力を解放する瞬間だった。


私の体から、光が溢れ出した。

それは、何色でもない、ただひたすらに純粋で、どこまでも透明な『無色』の光。

左手首の腕輪が、今までで最も強く、温かい輝きを放つ。


光は、はじめは小さな灯火のようだったが、すぐに広間全体を満たすほどの奔流となった。

シャンデリアの光でも、太陽の光でもない。

魂を直接温めるような、慈愛に満ちた光。


「おお……」

「なんて、温かい光だ……」


魔術師たちから、感嘆の声が漏れる。


私の光が、渦巻く瘴気に触れた。

ジュウウゥゥ……という音と共に、闇が光に浄化されていく。

まるで、夜の闇が朝の光に払われるように。

あれほど頑なだった瘴気の塊が、いとも容易く霧散していく様は、まさしく奇跡の光景だった。


国王や側近たちの体から黒い靄が消え、その表情に安堵の色が戻る。

光は玉座の間を満たし、さらに城全体へ、そして王都の隅々へと広がっていく。

灰色の靄に覆われていた空が晴れ渡り、久しぶりに見る温かい太陽の光が街に降り注いだ。

人々は空を見上げ、その奇跡に涙を流し、聖女の到来を喜び合った。


やがて、光が収まった時。

王都を覆っていた瘴気は、一片の欠片もなく消え去っていた。

後に残ったのは、雨上がりのように澄み切った空気と、人々の穏やかな笑顔だけ。


私は、そっと目を開けた。

国王陛下が、玉座から立ち上がり、私の前に進み出て、深く、深く頭を下げた。


「聖女リゼットよ。この国を救ってくれたこと、心より感謝する。……我々は、あなたという真の宝が、こんなにも近くにいたことに気づけなかった。愚かだった」


その言葉に、周囲の貴族たちも皆、一様に頭を垂れる。

そこにはもう、私を『無色』だと蔑む視線は一つもなかった。

あるのはただ、純粋な感謝と、畏敬の念だけ。


私は、静かに微笑んで首を振った。

「陛下、お顔をお上げください。私は、為すべきことを為したまでです」


その時、玉座の間の扉が乱暴に開け放たれた。

そこに立っていたのは、惨めなほどに打ちひしがれた、アルフォンス様と父の姿だった。

彼らは、国王が私に頭を下げ、貴族たちが傅く光景を目の当たりにして、愕然と立ち尽くしていた。

自分たちが捨てたものが、今、この国の誰よりも尊い存在として輝いている。

その現実を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。


王都を救った聖女への感謝を伝える祝宴の席は、そのまま、国を危機に陥れた者たちへの断罪の場へと変わった。


玉座の前に引き据えられたのは、アルフォンス、ヴァインベルク侯爵、そして、震える体で俯くカトリーナの三人。


国王の厳かな声が、静まり返った広間に響く。

「ベルクシュタイン公爵子息アルフォンス、並びにヴァインベルク侯爵。両名は、聖女リゼット様を不当に虐げ、その尊い力を知りながら私利私欲のために利用しようとした。あまつさえ、聖女様を追放したことで、王都の危機を招いた罪は万死に値する」


「そ、そんな……! 私は、知らなかったのです!」

父が、見苦しく弁明を始める。

「あの娘が無色の出来損ないでなかったなどと! 知っていれば、もっと丁重に……!」


その言葉が、彼の罪をさらに重くした。

国王は、侮蔑に満ちた冷たい視線を父に向ける。

「……つまり、そなたは力ある者にはへつらい、力なき者(と思い込んだ者)はゴミのように扱うと。そう申すか。貴族の風上にも置けぬ男よ」


隣に立つクラウディオ王子が、静かに口を開いた。

「陛下。聖女リゼット様は、我がエルツハイム王国が正式に保護をお約束した方。その方を虐げたということは、我が国への侮辱と受け取ってもよろしいですな?」


その一言が、決定打だった。

隣国、それも大国であるエルツハイム王国の王子からの、静かな、しかし絶対的な圧力。

国王は頷き、判決を言い渡した。


「ベルクシュタイン公爵家、及びヴァインベルク侯爵家は、その爵位を剥奪! 全財産を没収の上、王都から永久追放とする!」


「そん、な……」

父が、その場にへたり込んだ。

アルフォンスは、顔面蒼白のまま、わなわなと震えている。

彼らが最も執着していた、地位、名誉、富。その全てが、一瞬にして奪い去られたのだ。


最後に、国王の視線がカトリーナに注がれた。

「カトリーナ嬢。そなたは姉を貶め、その婚約者の地位を奪おうとした。何か申し開きはあるか」


カトリーナは、はっと顔を上げた。

その瞳には、涙が浮かんでいたが、それは反省の色ではなかった。

憎悪と、嫉妬に燃える、醜い光だった。


「どうして……どうして、あなたみたいな『無色』がッ!」

彼女の叫びが、広間に響き渡る。

「わたくしの方が、美しい薔薇色の魔力を持っているのに! わたくしの方が、アルフォンス様に相応しいのに! あなたさえいなければ、全部わたくしのものだったのにッ!」


その醜い嫉妬心が、彼女の中に残っていたわずかな魔力さえも濁らせていく。

あれほど誇りにしていた薔薇色の輝きは、もはや見る影もなく、淀んだ泥水のような色に変わっていた。

人々は、その変わり果てた姿に、憐れみと軽蔑の視線を送る。


「……哀れな娘よ。お前は最後まで、物事の本質を理解できなかったようだな」

国王はそう言って、興味を失ったように視線を外した。


爵位も財産も、そして自慢の魔力の輝きさえも失った三人は、兵士たちによって引きずられていく。

その道中、アルフォンスは、まるで最後の蜘蛛の糸にでもすがるように、私の足元に這い寄った。


「リゼット……! 頼む、考え直してくれ! 君を愛している! 私の、私の女神……!」

「……離してください」


私は、その手を冷たく一瞥した。

「あなたの言う『愛』は、わたくしには必要ありません。それに、わたくしは誰の女神でもありませんわ」


私は、はっきりと告げた。

「わたくしは、ただの『リゼット』です」


その言葉に、アルフォンスは完全に打ちのめされたように崩れ落ちた。

彼らがこれから辿るであろう、惨めで苦しい人生。

それは、彼らが私に与えてきた仕打ちを考えれば、あまりにも当然の報いだった。


全てが終わり、私は王城のバルコニーで、生まれ変わった王都の景色を眺めていた。

街には活気が戻り、人々の楽しげな笑い声が風に乗ってここまで届いてくる。


「……美しい眺めだ」


いつの間にか隣に立っていたクラウディオ王子が、優しい声で言った。

彼の翡翠の瞳が、私を穏やかに見つめている。


「クラウディオ様。……この度は、本当にありがとうございました」

私が深く頭を下げると、彼は慌てたように私の肩に手を置いた。


「やめてください、リゼット様。礼を言うのは、私の、そして我が国のほうです」

彼は真摯な瞳で、続けた。

「リゼット様。もし、よろしければ……この国を出て、私の国へ来てはいただけませんか」


それは、あまりにも思いがけない申し出だった。

「あなたのその偉大な力を、我が国のために、などと野暮なことは言いません。ただ……あなたに、穏やかで、幸せな日々を送ってほしい。もう二度と、誰にもあなたの心を傷つけさせはしないと、私が誓います」


「クラウディオ様……」

「私は、森で初めてお会いした時から、あなたに惹かれていました。聖女としてのあなたではなく、傷つきながらも、他者を思いやる優しさを失わなかった、リゼットという一人の女性に」


彼の言葉は、今まで誰からも向けられたことのない、温かく、真っ直ぐなものだった。

それは、私の『力』ではなく、『私自身』に向けられた、偽りのない想い。


「リゼット様。私と、結婚してください。私の隣で、あなたのありのままの笑顔を見せてほしい」


気づけば、私の頬を涙が伝っていた。

それは、悲しみでも、安堵でもない。

心の底から湧き上がる、温かい、幸福の涙だった。


私は、最高の笑顔で頷いた。

「……はい、喜んで」


―――


それから、一年後。

エルツハイム王国の王宮には、国民から深く敬愛される、一人の美しい王妃がいた。


彼女の魔力は、相変わらず『無色』のまま。

けれど、そのことを蔑む者など、もうどこにもいない。

人々は知っている。

その色が、何よりも尊い、生命を育む癒やしの光であることを。


「リゼット、ここにいたのか」

「クラウディオ様! ……見てください。この月光花、綺麗に咲きましたわ」


中庭で、私は新しい夫となったクラウディオと、そしていつもそばにいてくれる忠実な騎士、聖獣フェンリルと共に、穏やかな時間を過ごしていた。

私の隣には、真に私を愛し、理解してくれる家族がいる。

もう、他人の評価に怯え、自分を偽る必要はない。


私は、ありのままの私を愛してくれる人々と共に、ここにいる。


かつて『出来損ない』と呼ばれた令嬢は、その無色の輝きで世界を照らし、誰よりも幸せな笑顔で、新しい人生を歩み始めたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

★~★★★★★の段階で評価していただけると、モチベーション爆上がりです!

リアクションや感想もお待ちしております!


ぜひよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
次章 リゼット隣国で無双する。 的な追加エピソードが掲載して欲しい。 面白い作品でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ