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無色の魔力を持つ出来損ない令嬢ですが、その力をうっかり聖獣に見初められたので、冷酷な婚約者と傲慢な妹にはもう関わりません  作者: 九葉


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第5話

私が森で穏やかな日々を取り戻しつつある頃、王都アウステルリッツは、静かなる脅威に蝕まれ始めていた。


事の発端は、貴族街の一角で発生した原因不明の衰弱病だった。

はじめは数人の発症者だったものが、日を追うごとに数を増し、やがて王城にまでその影響は及んだ。

患者たちの共通点は、誰もが強い魔力を持っていること。そして、その魔力が日に日に濁り、輝きを失っていくことだった。


「――またか! これで今月に入って三人目だぞ!」


王城の一室で、宮廷魔術師団長が苦々しく顔を歪めた。

彼の目の前では、また一人の騎士が、生気を失った顔でベッドに横たわっている。

騎士の体からは、まるで陽炎のように黒い靄――瘴気が立ち上っていた。


「浄化魔法が効かん! いったい何故だ!」

「団長、これは……呪いの類いでは?」


若い魔術師の言葉に、団長は首を振る。

「いや、違う。もっと根源的な……この地の魔力そのものが、淀んでいるような感覚だ」


美しいはずの王都の空は、どこか灰色がかって見え、人々は知らず知らずのうちに活力を奪われていた。

特に、魔力が強い者ほど、その影響は顕著だった。

彼らの持つ華やかな色の魔力は、その輝き故に、まるで光に集まる虫のように、瘴気を引き寄せてしまうのだ。


その影響は、当然のごとく、アルフォンス・フォン・ベルクシュタイン公爵子息と、その新たな婚約者候補であるカトリーナ・フォン・ヴァインベルクにも及んでいた。


「……っ、また目眩が……」


ヴァインベルク家のサロンで、カトリーナが額を押さえてソファに崩れ落ちる。

あれほど輝いていた自慢の薔薇色の魔力は、このところ精彩を欠き、くすんだ色合いを見せていた。


「大丈夫か、カトリーナ。医者を呼ぼう」

アルフォンスが心配そうに駆け寄るが、その彼自身の顔色も優れない。

彼の緋色の魔力もまた、以前のような鮮烈さを失っていた。


「アルフォンス様こそ、お顔の色が……。一体どうしてしまったのでしょう、この王都は」

「……分からん。だが、王城の連中も原因を掴めていないようだ。忌々しい」


イライラと、アルフォンスは舌打ちをする。

リゼットを追い出し、才色兼備のカトリーナを隣に置く。全てが自分の思い通りに進むはずだった。

だというのに、この原因不明の体調不良。

何より、あれほど美しく輝いていたカトリーナの魔力が翳りを見せ始めたことが、彼の最大の不満だった。

彼にとって、婚約者の魔力の輝きは、自らの権威を示すための装飾品でしかなかったのだから。


そんな焦燥に満ちたヴァインベルク家に、ある一つの噂が舞い込んできたのは、王都の異変が深刻化し始めた矢先のことだった。


「森に……聖女?」


父であるヴァインベルク侯爵が、眉をひそめて報告官に問い返す。


「はっ。王都の西に広がる『嘆きの森』にて、傷ついた動物たちを癒す銀髪の娘がいると。何でも、伝説の聖獣である白銀の狼を連れているとか……」

「馬鹿な。あの森は魔獣の巣窟だぞ。そんな娘がいるものか」


侯爵は一笑に付そうとした。

しかし、その隣で話を聞いていたアルフォンスの表情が、険しく変わる。


「……銀髪の娘、だと?」


一つの可能性が、雷のように彼の脳を撃ち抜いた。

出来損ないの、姉の方。

あの忌々しい、無色の娘。


「侯爵。……リゼット嬢は、今どこに?」

「リゼット? ああ、あの役立たずか。数日前から姿が見えんが、どこかの修道院にでも送ってやろうと思っていたところだ」

「すぐに探し出してください! その聖女とやらは、リゼット嬢かもしれません!」


アルフォンスの剣幕に、侯爵は目を丸くした。

「な、何を馬鹿なことを。あいつは無色の出来損ないだぞ? 聖女など、ありえん」

「ですが、他に心当たりが? あの娘が家を出た時期と、噂が流れ始めた時期が一致する! もし……もし、あの『無色』の魔力に、我々の知らない価値があったとしたら……?」


アルフォンスの言葉に、侯爵は息を呑んだ。

王都を蝕む、浄化できない瘴気。

そして、森に現れたという、癒やしの力を持つ聖女。

もし、その力が本物ならば。

もし、それをヴァインベルク家が、ベルクシュタイン家が独占できるとしたら?


二人の男の目に、欲にくらんだ、ギラギラとした光が宿る。


「……すぐに捜索隊を組織しろ! 総力を挙げて、リゼットを連れ戻すのだ!」

「これは命令だ! 我が婚約者、リゼット・フォン・ヴァインベルクを、何としてでも探し出せ!」


彼らは気づいていなかった。

自分たちが「役立たず」「出来損ない」と捨てたものが、今や、この国を救う唯一の希望であり、そして自分たちでは決して手の届かない、尊い存在へと変わり始めていることに。

愚かな男たちの、滑稽な焦燥が始まった。

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