リストラロボット
「君たちは今月いっぱいでリストラが決まった」
ロビトとロビナはくりっとした目で斎藤を見つめる。ディスプレイに表示された表情は笑顔だった。
「承知致しました。今月いっぱい、業務を全うします!」
声をそろえて二体のロボットは笑顔で言った。
――まあ、この子たちにネガティブな感情なんて組み込んでなかったか。
ロビトとロビナは、竪山機械工業という工業用ロボットではそれなりに実績のある企業が手掛けたヒューマノイドロボットで、身長が140センチという子供のようなロボットだった。ロビトが男の子でロビナが女の子ということになっていたが、馬力や稼働時間など二人のスペックはまったく同じだった。頭部はアニメのキャラクターの様にやや大きめ、ロビトはかみの毛を模した頭の黒い樹脂がクルーカット風、ロビナはボブカット風になっていた。
顔は書き換えだけに電気を消費するディスプレイで、顔は印刷されたように見えた。そのディスプレイに表示される目にロビナは睫毛が三本書き足されていて、ロビトよりはややたれ目になっているくらいだった。ボディも違いはTシャツの色がロビトが青、ロビナがピンクで、ショートパンツ風のロビトにスパッツのロビナという具合。同じボディを元に見た目を少し変えただけで、あとはサンプリングした声を男女で分けているだけだった。ちなみにもとになった声優はどちらも女性だった。
今、二人は、ある保育所での”仕事”についていた。竪山機械工業はヒューマノイドロボットを作っては見たものの、どういう製品展開をしていくのか具体的な構想が無かった。竪山機械工業は技術力には定評があったが、これまでは企業が相手で、コンシューマー向けの製品というものを作ってきたことが無かった。
世の中が人手不足でロボットの活用が喧伝されるようになって、そうした方面への企業展開も考えて試作されたロボットがロビトとロビナだった。それもあって、竪山機械工業のエンジニアたちは、自分たちのもてる技術力をフルに発揮したこともあり、かなりのハイスペックなロボットが誕生した。
二人は百メートルを8秒代で走れたし、百キロの重量を持ち上げることも出来た。これは性能を維持するためのリミッターがかかった状態だったので実際はそれ以上の能力を有していた。
国はロボットの運用にあたって、各業務ごとに細かい規定を設けていた。介護施設や病院などのヘルパーや看護師、保育施設の保育士などは、特定の業務に特化したロボットを製造・使用することが法律で義務付けられていた。一般家庭で使用する際には用途に応じて選択できたが、家事手伝い用の、メイドロボットというものが特に規定はないものの各企業から提供されていて、それが一般家庭では普及していた。
こうしたロボットはどの業態でも女性型、とい言われるものが含まれていて一部からは女性蔑視だとか批判されたりもしていた。そうした批判もあったが保育施設などの保護者からは女性型が望まれていた。それでも当初は体形などが女性的だったものが頭部以外は女性的な特徴がそぎ落とされていったりした。
性別など無い、誰が見てもロボットと判別できるようなものは工場や倉庫、建築現場などで使用されていて、こちらは馬力や耐久性が重視され、見た目は二の次だった。
こんな中で竪山機械工業が作ったロビトとロビナは、強いて言えば汎用的、悪くいえば無目的に作られたようなロボットだった。どういった業界に向けて売り込めばいいのか、まったく定まっていなかった。
家庭用や医療用としてはソフトウェアやデータの更新で対応できたが、パワーなどはオーバースペックだった。家庭用では似たような見た目のもっと安価なロボットは既にあった。
建築現場など重労働分野でも引けを取らない性能ではあったが、こちらは一番ロボットの普及が進んでいる分野でもあったので、価格競争が激しかった。
竪山機械工業は、得意な工場などでの作業用にもっとスペックを落とした安価な製品を製造することは決定していたので、ロビトとロビナには様々な分野でのデータ収集として安価に、あるいは無償で提供して、使用された、という実績を作ることが目的とされるようになっていった。
ロビトとロビナの運用担当の斎藤は、どの現場でもそれなりに重宝はされるものの、実際に導入するかどうかとなると、二の足を踏む現場が多いことに最初は苦慮していたが、それにも慣れてしまっていた。毎回初期導入止まりだと、斎藤の業務成績にも影響はでるだろうが、そこはもう諦念の域に達していた。
今は、保育施設で二人は働いていて、そこには既に専用の保育士ロボットもいた。保育士ロボットの場合、国から導入に対しては補助金が支給されることになっていたし、高価なロボットは買取ではなくレンタルやリースが主流となっていた。その分、スペックに応じた使用方法も細かい規定があって、規定外の運用には罰則もあったり、規定外の運用で事故が発生した場合の刑事責任なども法律で定められていた。
ロビトとロビナの様な汎用ロボットにはそうした規定は無い場合が多かったが、子供を相手にする、保育、の業務には携われなかった。そのため二人は荷物運びや施設内の清掃などや、不審者などの監視をするガードマン的なことを行っていた。施設の職員にはそれなりに好評だったが、保護者からは大して役に立たないロボットを二体導入するくらいなら、保育士ロボットをもう一体入れる方がましだ、という批判が強かった。
「まあ、今は試用期間ということで、無償で提供していただいていますが、実際に導入となると……」
施設の理事長は、斎藤との面談で言葉を濁した。
「そうですか」
斎藤としてはそれは予想通りの返事だった。汎用ロボットを導入する場合でも国から補助金はでるが、保育施設が保育士ロボットを導入する場合よりも金額は少ない。三か月間の無償提供期間の最後の月を迎えて、ロビトとロビナの契約延長は無くなった。
別に、それをわざわざ二人に告げる必要は無いのだが、斎藤は儀式のごとく毎回これを繰り返していた。
笑顔で業務を全うするという二人を前に、斎藤はまた別の契約先を考えなければならないことに頭を悩ませていた。
あと一週間ほどでロビトとロビナの契約期間が切れるというある日。その日も二人は、保育所の入口で送迎バスから降りてくる園児たちを見守っていた。
「ロビトくん、ロビナちゃん、おはよう!」
元気よく挨拶する園児。
「おはようございます!」
二人も元気に返事を返す。
二人は園児には人気だった。時折だきつく子もいる。後ろから突き飛ばすようなやんちゃな子もいるが、二人は基本手出しはしない。自分から手で触れたりするようなことは禁じられていた。それが出来るのは、保育や看護が可能なヘルパーロボットだけと定められていて、二人はそれを忠実に守っていた。
この日は、保育所と道路を挟んで向かい側にマンションが建築されていて、機材の搬入などは反対側の道路で行われていたので、保育所の方の道路には工事車両などは止まったりはしていなかったが、上を見上げたロビトとロビナの目には鉄骨を吊り上げるクレーンが映っていた。
「ロビトちゃん、おはようございます」
「おはようございます!」
送迎バスから降りてきて、何時も丁寧に頭を下げる女の子が門の左側にいるロビトに挨拶する。それが終わると今度は右側に立っているロビナに向かって歩いていき、
「ロビナちゃん、おはようございます」
と頭を下げたとき。ロビナの耳に、ぎい、ぎゅいい、という何か軋む音が聞こえた。女の子から顔を上げたロビナの目に、四角く接合された鉄骨が倒れていくのが見えた。
「おはよう!」
何時もより早口なロビナの声に女の子が顔を上げたときにはロビナの姿は無かった。
ガ、ガァンンン、と、重い音が反響する。鉄骨は送迎バスにもたれかかるようにぶつかっていた。屋根がへこむ、が、それ以上は動かなかった。
「今のうちに早くバスからでてください!」
ロビトの声が響く。一足早く駆け付けたロビトは神輿を担ぐような恰好で鉄骨を支えていた。
「早く、急いでください!」
その横でロビナはロビトとは逆向きに支えていた。最初は手で押さえていたがロビトと同じように肩に担ぐ形になった。二人とも既にリミッターは解除していたが、支えるのがやっとだった。
悲鳴や怒声が響く。潰れかけた送迎バスから慌てて園児を連れた保育士が離れる。状況がわからず戸惑ったり泣き出す子供たち。状況は切迫していたが避難はスムーズには進まなかった。
鉄骨を支えているロビトの足は速くも限界を超えていた。足首は破損していたが、チタンと強化セラミックの骨格が地面にめり込んでいて支える形になっていた。それはロビナも同じだった。ロビナの方は送迎バスの方を向いていたので脱出する園児たちを数えていた。
あと一人。
そのとき、斜めになった工事現場から鉄骨が一本滑り落ちてきた。それは道路に落ちて一瞬立つように止まったが、ゆっくりと倒れて行った。倒れた先にはロビトの頭部があった。
プシュン、という缶を潰すような音がして、ロビトの頭部が胴体にめり込んで鉄骨が止まった。それと同時にロビトの機能も停止していた。
「ロビトくん?」
頭を動かせないロビナからその姿は見えなかった。ロビトのボディはつっかえ棒のように鉄骨をささえていたが、ロビナに掛かる荷重はさらに増えていた。ロビナのボディから白い煙が上がり始めた。
そのとき、ロビナの目に、運転手に抱えられて送迎バスを出て行く園児の姿が見えた。その直後、バシュッという音が鉄骨の間で響いた。ロビナの内部電源がショートした音だった。機能を停止したロビナだったが、電気が切れても笑顔を浮かべた表情はそのまま表示されていた。
動きを止める者の無くなった鉄骨が、やがてゆっくりと軋みながら倒れて行き、送迎バスと二体のロボットを押しつぶして行った。
※ ※ ※
「この二人を直せるでしょうか」
斎藤が沈んだ声で言った。竪山機械工業には、無残な姿になった二体のロボットが運ばれてきていた。
「なんとしてでも直します。我々の子供みたいなものですから」
主任エンジニアが断固とした声で言った。
命がけ? で園児を守ったロボットのニュースは瞬く間に世間を賑わした。これまで知る人ぞ知る企業だった竪山機械工業が急に注目され、株価まで上昇するというおまけもついた。
※ ※ ※
「今日は福岡でのイベントに参加します。二人は福岡は初めてでしたっけ?」
飛行機で横に座る二人を横目に、女性マネージャーがタブレットを操作しながら言った。
「はい。初めてです」
ロビトとロビナが声を合わせて言った。今や二人は人気タレントとなって、広告代理店と契約して日本はもとより海外へ出張するようになっていた。
「イベントの審査員だそうだけど、大丈夫かな?」
「はい。一生懸命頑張ります!」
二人は声をそろえて言った。
※ ※ ※
斎藤は洗面台で顔を洗って鏡を見た。隈の目立つ顔はやつれていた。リビングに戻って壁のモニターを付けた。モニターのニュース映像では、福岡で行われている日本全国のご当地キャラクターを集めたイベントの映像が映されていた。その中に、ロビトとロビナの姿があった。
「二人は頑張っているな」
斎藤の顔に少し笑顔が浮かんだ。
斎藤は二人の人気がでて広告代理店と契約する前に、部署ごとリストラされて竪山機械工業をクビになっていた。
「俺も早いとこ仕事を見つけなきゃな」




