CASE4:Jun Midorino
ずっと、わからなかった。
自分のほしいもの、自分のしたいこと。
それでも、出会ってしまった。
彼女と言う花と、
失ったものを取り戻すための勇気をー
これは、そんな彼の話。
そして、彼が歩む「これから」の物語ー
*純 side*
「純ちゃんはほんっとに可愛いねぇ〜さすが、あたしとランランの血筋! 目に入れても痛くない!」
小さい頃から、割と甘やかされて育ったほうだと思う。
服も、明日の準備も、何もしなくても誰かがやってくれる。
それが、ボクの生き方だった。
「虹架はああいってますけど、自分でやることはやってくださーい。なんでもやってもらえるほど、世の中甘くないですからねー」
そんな中で唯一パパだけは、違った。
ボクのすることを叱るわけでもなく、ただ見守って、こうじゃないと道を示す。
それでも悩みやなにか考え事があるときは、話してもないのにすぐに見抜いてくれる。
多くを言わず、背中で語る人。
そんなパパが作るコーヒーが、二人が笑い合うお店が、ボクは大好きだった。
「あら、あなたどこの子? こんなお店にくるなんて、大人ね」
彼女とは、お店で出会った。
目がクリクリしてて、動くたびにきれいで、蜜柑の花のピンをつけてて。
見た瞬間、ビビビってきた。一目惚れ、っていうらしい。
その子の名前は財前橙子。お金持ちのお嬢様で、パパのコーヒーを飲みにきてたらしい。
まだちっちゃかったボクが会えたのは一回だけで、名前もパパから聞いただけだった。
「えー? あの子は来ないのかって? んー、忙しい人ですからねー。……何、もしかして気が合った系?」
「えぇ、そうだったの!? ダメじゃん、純ちゃん! 欲しいものは欲しいって言わないと!」
「ぶー」
「そだ、これからは思ってることそのまま言うようにしよ? ママ達に、純ちゃんが好きなもの、たくさん教えるの。こうすればよかったーってならないように!」
パパに対して、ママはいつも明るかった。
何も言わなかったボクに、素直に全部言っていいんだよって教えてくれたのもママ。
あの頃は、ママの言ってることがよくわかってなかったけど。
そんな二人が大好きで大好きで……ずっと一緒だと思ってた。
ママがいなくなるまでは。
「事故、ですって……かわいそうにね、まだあんなに小さいのに」
「今日から君は、緑野純だよ。いいね、お父さんのことは気にしなくていい」
それから、何もかもが変わっちゃった。
あんなに優しかったパパは、ボクを遠ざけるように離れていった。
ママのお通夜も、お葬式も、パパはいなくて。
だからおじさんのところに行くと聞いた時は、寂しかった。
店を辞めたと、聞いた時も。
あの時、パパについて行きたいって言えばよかったのかな。
でも、最後に見たパパの背中は近づいていけないくらい遠く、大きく感じて……
ああ、これか。ママが言ってたことは。
「こーかい」って、なくなってから気づくんだ。
「初めまして、緑野純君……いえ、御領原純君ですよね? 私、財前蜜柑と申します。あなたのお父さんを、探してみませんか?」
そんな時、だった。再び彼女と出会ったのは。
運命、だったのかもしれない。
蜜柑と名乗った彼女は、あの頃と随分人が変わっていたけれど。
それでも、ボクにはわかった。彼女が自分を押し殺していること。心から、笑っていないことを。
これだ。
彼女がいれば、もしかしたらパパも戻ってくるかもしれない。
こうしてとーことまた会えたんだ、やるしかない。
そう思ったら、二つ返事だった。
「勝手なことばかり言って……! そんなにいうなら、証明してみなさいよ。あの人たちと違うところ、私が好きってこと!」
パパが見つかって、店にバイトで入ることになっても、とーこは「蜜柑」のままだった。
だから、ボクが教えてあげようって思った。とーこは、とーこのままでいいんだよって。
だってボクは、とーこが好きだから「とーこ」と呼ぶのだから。
「ねえ、みんな。文化祭のことなんだけど……ボク、やりたいことがあるんだ。聞いてくれる?」
思えば、初めてかもしれない。
自分で何かをやりたいと言ったのも、こんなに手に入れたいと思ったのも。
下手っぴな絵にしたのは、何もできなかった自分から一歩踏み出すため。
書こう。ボクから見えるとーこを。
踏み出すのは、パパの背中を追うよりずっと怖いけれど。
とーこに伝わるように、後悔しないように。
ママが示してくれた道を、ここで実現するんだ。
「すみませーん、今日はお休み……なんだ、あなたですか。お一人とは珍しいですねー。今日は文化祭、なんじゃなかったでしたっけー?」
閉店と書かれたアルカンシエルで、コーヒーを作ろうとしていたパパが振り向く。
今はもう、大好きだったママはいない。
それでもこの店には仲間や、戻ってきてくれたパパがいる。
そして何より、今はとーこがいる。
「あのね、パパ。ボク、とーこにちゃんと伝えられたよ」
ねえママ、ボクは悪い子かな?
パパを探したい気持ちは本当だったのに、とーこといると、終わりたくないなーって思っちゃう。
探してる時もわざと長引かせたりして、何もわかってない風を装ったりしちゃった。
こんなことをしていたボクを、とーこは許してはくれるかな。
「……そうですか、そりゃよかったですね」
「パパにみせたくて、持って帰ってきた。じゃん。タイトルはおれんじ〜」
「わぁーすごく狂気を感じる絵ー……こんな下手な絵で、よく伝わりましたね」
「いいじゃん別にー。ママのこと引きずって、コーヒーを作れなくなったパパよりマシだもーん」
「また痛いとこつきますねー。全く、誰に似たんだか」
それでも、後悔はないよ。
これが、自分のしたいことだから。
みんながいて、アルカンシエルがあって。ボクはやっと、みつけたんだ。
自分が心から欲しいと思えるものを。
「……ふぁ……話してたら、なんか眠くなっちゃった……おやすみ」
「だからって立ったままで寝ないでくださいよー。……お疲れさま」
ふわっと、体が浮く。 懐かしくて、大きくて、あったかい。
誰の手なのか、もうわかんないけど。
でも、なんだか懐かしい。昔もこうして、パパによくおぶってもらったっけ。
『よく頑張ったね、純ちゃん』
どこかで、ママの声が聞こえた気がする。
夢の中へ溶けていくボクを見守るように、店の外では虹がかかっていたーー
(À suivre : La suite……)
*ケース話は、おまけはありません*




